両儀家というもの II





 雨が止み、世界がようやく静けさを取り戻した頃。
 風は生暖かく、もうすぐ梅雨があけることを、夏の到来を告げていた。
 夜更けというより明け方なのだが、工房伽藍の堂にはまだ灯りがついていた。
 もちろん就業時間はとっくに過ぎ去っていて、ただ一人の社員などいない。
 オーナーにして所長である橙子が工房で、電話を受けていた。
 きめていたマニッシュのスーツを脱ぎ、ワイシャツのボタンを外し、リラックスしていた。その喉には紅く鬱血の跡がいくつもあり、目元には朱がちっており艶っぽく、匂い立つような色気があり、今さっきまでの情事を伺わせていた。



「ああ、わたしだ。うまくいったようだな」



 ファックスつきの安い電話である。子機は橙子の私室にあるので、本機で受けていた。このタイプにはもうひとつ子機がつくのだが、前にどこかにほおってしまって、それ以来見つかってない。
 灰皿を置こうと、ごちゃごちゃして整理がつかない資料の束をぐいと横にずらす。ととたんに騒々しい音をたてて、床に資料や図面が散らばる。
 ひらりひらりと飛び散る図面をどうでもいいように見つめながら、マッチを擦った。
 橙色の火が橙子の顔を照らす。
 その瞳は冷たく、口元には冷酷な笑み。
 魔眼を押さえるための眼鏡はなく、魔女の貌をさらけ出していた。



「雨降って地固まる、か。いいかげん暗躍しない方がいいと思うがな」



 煙草を取り出すと火をつけて深く吸い込む。
 すったマッチを灰皿に投げ捨てる。カランと渇いた音が響いた。



 ――やったあとの一服は たまらないな、とそんなことを頭の片隅で思った。



「そんなに両儀というものが大切か。たしかにお前らしいな」



 たなびく紫煙が消えゆく先をぼんやりと見ながら、橙子は薄く嗤う。
 ゾっとするような笑みが浮かんで、すぐに消えた。



「綱渡りをしているみたいなやり方で、好みではないな。まぁだからこそ式も黒桐も作為的な事柄だとは気づかないだろう。まわりくどいと思うが、成功したのならば何の問題はない。後は早く式に子供が出来ることを祈るばかりだな――それが両儀である確率はあるのだろう?
 ああ、わかった。正統な両儀の血統を守るためか。しかし黒桐が式に殺される確率もあったのだろう? そうしたらどうするつもりだった――なるほど、そこで殺されるならば、両儀は産み出せないか」



 まさしく魔術師だな、と橙子は思った。
 両儀家という家系は『 』とつながるものを産みだそうとしている血筋。
 ただ『 』に至るために連なっていく血と技術。
 そのためにすべてを賭けている血筋。血統。
 それはまさしく魔性に溺れた魔術師の家系、呪われた血筋そのものだった。
 そう考える橙子の貌はぞくりとさせるような冷たいでも妖艶な、まさしく魔女の笑みが浮かんでいた。



「それが両儀家というもの、というわけか。ああ、皮肉だ、気にするな。ではきちんと口座に振り込んでおくように。――必要ならば躰でもいいぞ。これは冗談だ。ああ、ではな」



 電話が切れ、乱暴に受話器を置く。
 橙子は煙草を深く吸い込んだ。
 たなびいて消える紫煙が、まるで式と黒桐のふたりの行く末のようだな、とふと思った。
 とたんその妖しい蠱惑的な美貌が歪み、魔女の貌が消える。



 これではまるで式と黒桐を案じているかのようではないか。



 これでは弟子のことをいえないな、と苛立たしげに煙草を吹かした。





■ 注釈



 この作品はIIとあるとおり、N×Tクラブ様の秋隆祭に寄稿した「両儀家というもの」と同一の概念、設定を用いています。そちらもお読みになられますと、よりいっそう作品を楽しむことができるものになると思います。



 またType-Moon様で開催された第四回人気投票の支援SS#435「犯されるという喜び」があります。これには短編ゆえに罪と罰という概念がありませんが、幹也と式との関係ということにおいては同じテーマを別のアスペクトで書いています。
 そういう意味では本作品はリライトといえるかもしれません。




あとがき



 本編の「両儀家というものII」です。「雨」から「殺ス」、そして「エピローグ」まではそれだけで完結している話であり、また本作の前ふりであり、またある意味、別の話でもあるのです。



 本作はエピローグにのみ掲載されているハイパーリンクの7.に気づいた方のみ読んでいられると思います。
 前のエピローグにはきちんとという文字はありませんし、いつもの執筆終了した日付とシリアルナンバーもありませんでしたからね。
 これは隠しでもなんでもありません――ややイタズラめいていますが――ので、ここまできちんと含んで一作品となっています。気づかない人に教えてください。わたしが教えるのはなんていうか手品のネタ晴らしのようで興ざめなので(興ざめならば最初からきちんと書いておけといわれたら、それまでですけどね)。



 さて、最近のわたしは長編向けになっています。
 まぁ今年の目標が場面きりだしから物語性をもったものへと移行したいというのがありまして、その目標に従って書いたためこのような感じになりました。



 前に「わたしの血」という作品をかきましたが、bbsにて「脈々と受け継がれる血」というものがあまり描かれていない、という感想をいただき、一度再チャレンジをしたいと考えていました。

 ちなみに今回なぜ式の咎と罰についてかいたのかというと、奇しくも自サイトClockworkの「ボクと魔王の物語」と同じテーマが空の境界にあったのです。
 虎の穴でのType-Moonフェアで栞が配られたのをご存じでしょうか?
 これはType-Moon様のサイトでダウンロードできるものですが、栞は三枚あり、それぞれ式、幹也、橙子が描かれています。しかしそれにかかれている英文はよく知られている「... is nothing id, ... is noting heart」ではなく、「the Garden of the Sinners」でした。
 罪人たちの庭、という意味です。これはClockworkのGreen Paradiseと同じテーマだったので吃驚したという記憶が残っています。
 とかく浅上藤乃の罪と罰ばかりに注目をあびていますが、本当は式も幹也も橙子も罪人なのだと、そのフレーズに言われた気がしたのです。
 この「罪人たちの庭」というフレーズに互いの傷を舐めあうしかない切なくて哀しい人間性を感じ、それからインスピレーションをうけ、今回の作品とあいなったわけです。



 つたない作品でしたが、最後までお読みいたたぎ、ありがとうございます。



 では、また別のSSでおあいしましょうね。

16th. May. 2003. #105

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