殺ス
大崎瑞香
/ ふたりは黙ったまま、蒼白い世界にいた。 式の部屋。 黴臭い人気のない部屋。 温もりも、暖かみも、なに一つない部屋に、ふたりはいた。 ふたりしかいない世界。 ふたりの身体は雨に濡れていた。それよりもなお、心は濡れていた。 蒼白い光をうけて浮かび上がる蒲団の横で二人は黙って服を脱いでいた。 雨で濡れきった身体は冷え切り、吐く息はこの季節だというのに白かった。 冷たくて、淋しくて、凍えそうな世界。 身体に寒さのため、震えがはしる。 それでも式の心は不思議と穏やかだった。 すべてを肯定すれば傷つくことはない。 すべてを否定すれば傷つくしかない。 これは誰の言葉だったか――それさえも思い出せない。まるですべてが遠く霞んでいた。 自分の罪も、自分の咎も、もう一人の自分を殺したということさえも、何もかも遠くて。 今あるのは、隣にたつ幹也だけ。 今服を脱いで、華奢なクセに意外と男性らしい身体だけ。 その身体に、その罪に、その咎に、その切なさに。 式は寒さではなく、震えていた。 振りほどいたはずの手。 温かい幹也の手。 がらんどうだった式が手に入れたもの。 手に入れた、たったひとつのもの。 それを手放すのが罰だと思ったのに、なのにそれさえも受け入れられず、こうしてまた握り返してしまった。 生きていても仕方がない殺人鬼で、化け物で、両儀という怪物だというのに。 それでも幹也は許(はな)してくれなかった。 赦(はな)してくれなかったのだ。 そして――離したくなかったのだ。 衣服は濡れているため、衣擦れの音などせず、ただべちゃりと湿った布地の音が響いて、色気も何もなかった。 まるで剥いでいるようだった。 刮げおとすかのように、脱ぎ捨てた。 凍えて冷たいはずの身体の芯が少しずつ熱くなっていく。 仄かに何かが燃えていた。 かすかな火照りと粘り。 若い女の躰の奥でチリチリと灼き焦げ始める情欲の火が、式の心を焙り始める。 式はちらりと幹也を盗み見る。 幹也と目が合う。 なぜか気恥ずかしくて目をそらしてしまった。 罪だというのに、なんでこんなにも倖せなんだろうか、とも式は思った。 雨音はあまりにも遠くて、聞こえない。 幹也は式の肢体を見た。 傷つき、ひきつった疵痕も見える。 どんな時に背負ったものだろうか、ふと思った。 あんなに強い式。戦い続け、殺しを追い求めていた式。 その時に負ったものなのだろうか? 式が欲しかったのは、何の変哲もないそこらじゅうに転がってるものだというのに。 そんな平凡というものが欲しいという、可愛らしい乙女だというのに。 こんなにも傷ついていた――肉体も精神も。 それでも、幹也はけっして式を手放す気はしなかった。 ひとりで背負えないのならば、両手も一杯で動けないのならば、僕が背負えばいい。ふたりで一緒に背負えばいい。 それが殺人を犯してしまった式の罰であり、それを止められなかった幹也の咎なのだと。 ふたりで背負えばほんの少し楽になる。 心の澱がほんの少しだけ。 囚われた檻からほんの少しだけ。 死んだ織からほんの少しだけ。 楽になれる。 式がちらりと幹也を伺う。視線が合うと顔を真っ赤にして逸らしてしまった。 式が愛おしくて堪らなかった。 式は突然気になって仕方がなかった。 今さっき自分がした自慰の臭い。 爛れた牝の匂いがこの部屋に充満しているようで、気になって仕方がなかった。 よくよく考えてみれば、今さっき幹也の上に乗った時も、はしたなく愛液で濡れた身体で……そう思うと顔から火が出そうなほど恥ずかしい。 この蒲団だって幹也を想って指先で自分をいじった後のまんまで……式はパニックに陥った。 どうすればいいのかわからない。 今更やめようなんていうことはできないし。 羞恥に全身が仄かに紅く染まっていく。 薄桃色になって、蒼白い世界にほのかに浮かび上がって匂い立つほど。 やはりやめたほうがいい、やめないと……恥ずかしくて死にそう、と式は考えた。 だから幹也に越えかけようとすると。 その幹也の目に魅入られてしまう。 何の変哲もない黒い瞳。 黒縁眼鏡の奥でやさしく輝いている。 なのにそれはとても男を思わせて、その眼差しの熱さに式は呻いてしまった。 こんなに真剣な幹也の目を見たのは初めてだと思った。 優しくて柔らかい幹也の、その眼差しに、式ははじめて、女としておののいた。 はじめて幹也をみた時も雨だったな、とそんなことを考えてしまう。 たしか学校の玄関で雨宿りして歌っていたと思う。 洋楽のシンキング・イン・ザ・レイン。 ――ああ。 式は納得した。 幹也と交わるときは、いつも雨なのだ、と。 はじめて幹也を見た時も。 はじめて幹也を殺そうとした時も。 はじめて幹也がわたしの罪を背負うよと告げてくれた時も。 はじめて幹也が殺されたと思った時も。 はじめて殺人鬼になった時も。 そして――今日も。 いつも、重く冷たい雨が降り注ぐ時なのだ、と――。 その嫌いなはずの雨音は潮騒のように聞こえる。 遠くから響いてくる、潮騒に。 あまりにも遠すぎるから、ふと気がつくとひきずられてしまうような、そんな音で。 そのまま、溺れてしまいそうな音だけが、ふたりの息に覆い被さっていた。 式はそっと蒲団の上に横たわる。 顔を背け、幹也を見ようとしない。 「……式……」 万感の思いを込めて、幹也は言う。 その言葉に式はさらに赤くなる。 幹也はそのまま跪き、式に触れようとする。 すると式は震える手を伸ばしてきた。 そのほっそりとして傷だらけの手に口づけする。 式の身体が震える。 「……幹也……握って……お願い……」 とぎれとぎれに吐き出されるか細い声に、幹也は頷き、手を握る。 式はぎゅっと握り返す。けっして離さないかのように力一杯に。 幹也は愛おしさに胸がいっはいになる。 まるで迷子の手のようだった。 手を離すと二度と頼れるものがない切羽詰まった感じが愛おしくて。 それを暖めるように、握りしめた。 そして再び口づけする。 今さっきのとは違う、軽い口づけ。唇と唇と合わせるだけの柔らかいもの。 そして式の身体に触れた。 その柔らかい肌は滑らかで心地よい。 「……幹也……」 幹也がふと彼女を見ると、その蒼い双眸が闇の中輝いていた。 死を見つめる冷酷な輝きがまるで鬼火のように灯っていた。 式の指がそおっとうなじから胸にかけて撫でていく。 その触れるか触れないかの感覚は、幹也の男をくすぐった。 ムズ痒いような心地よさ。 織は幹也を見据えた。 凶々しくも、静謐な線が幹也の躰を蹂躙していた。 その線を、そっと。 幹也の死を、そっと。 式は彼の『死』をなぞった。 ゆっくりと、そっと、愛おしげに、幹也を殺す。 幹也を殺していく。 そして自分の身体をみて、その身体に走る黒いおぞましい線をそっと撫でる。 「――ここに……して」 ひそやかに、秘めやかに囁かれる式のかすかに粘ついた言葉。 その言葉に従って幹也の指先がそっと愛撫する。 そのことに身悶える。 幹也の指がゆっくりと式の死の線をなぞっていく。 思わず式は握っている幹也の手を力いっぱい握りしめた。 幹也に殺されていく。 幹也に殺(おか)されていく。 幹也に殺(あい)されていく。 殺され、犯され、蹂躙され、汚され、屠られ、陵辱されていく。 こんなにもされていく。 こんなにも。 そう思うと身体に震えが走る。 殺されていくという悦びに、犯されているという悦びに、心が震えてしまう。 「……もっと……」 その声は掠れて鼻にかかり、妙に色っぽい。 幹也の指が、式の死の線をなぞっていく。 幹也を殺(あい)して、幹也に殺(あい)されている。 そう思うだけで頭が胡乱になっていく。 殺されるという被虐に、 殺すという加虐に、 身体が熱くなり、頭が霞んでいく。 こうして、わたしは幹也のものになっていくんだと。 人殺しで殺人鬼のわたしが幹也くんに殺されて、バラバラに解体されていくのだと。 そう思うだけで、安堵する。罪にひたっていくことができる。 酷く甘くて、つらいはずなのになぜか倖せな罪に――。 「――ぁあっ!」 式の口から嬌声が漏れる。 幹也が死の線に口づけしていた。 式の指でなぞられたとおりに、その死の線をチロチロと舌がなぞっていく。 その卑猥な流れに式は身体をよじらせてしまう。 「……みきやぁ……もっと殺(あい)して」 唇が吸い付き、鬱血した後を残していく。 生(エロス)と死(タナトス)が混じり合うような愉悦に式の身体は熱く昂ぶっていく。 この罪を、この罰を、この咎を、こんなにも甘く受け入れてしまう。 幹也の唇と指はいよいよ式を嬲っていく。 式の白雪のような肌を撫で回し、弄っていく。 その肌は興奮のためいよいよ紅くそまり、しっとりとしはじめる。 艶めかしい肌の心地よさに幹也は酔っていた。 そして仄かに立ち上る牝の匂い。 牝獣の臭い。 そして乳房をゆっくりと揉みあげる。 硬くしこった乳首をそっとなでる。 身体の下の式はただ幹也と啼くばかり。 その甘い声に導かれて、式を嬲っていく。 式のその桜色の唇を、白い喉元を、うなじを、乳房を愛撫していく。 昂ぶってきたのか、式はいやいやして逃れようとしている。 式は淡く霞んだような官能に身をよじっていた。 身体の奥から昇ってくる快感に罪深ささえ感じてしまう。 この倖せに背徳感さえ覚えて。 背筋をゾクゾクとさせる逸楽に溺れてさえいく。 「……みきやぁ……」 式は感極まった声で、甘く啼く。 幹也を、たった一人の男を、たった独りの牡をはしたなく求めてしまう。 この時どうすればいいのか、式は知っていた。 どのようにすれば男が精を迸らせて、いかにして両儀を生み出すのかを。 どのような時に交合して、どのような時に精をうけて、どのようにすれば死産せずに両儀が産めるのか知っていた。 でも今はその知識は使いたくなかった。 両儀ではなく、式として、ただの女として、幹也を、男を受け入れたかった。 それに、こんなにも心地よい。 知らされていた交わりはこんな甘美なものではなく、ただ『産む』だけのもので。 こんなにも蕩けるような愛し方ではなかった。 だからこそ、溺れていくのだと思った。 幹也に堕ちていくのだと、罪にまみれていくのだとわかった。 幹也の唇が乳首を吸う。 じんじんとした疼きが広がる。 今さっきの自慰とは比べものにならない。 幹也がされていると思うのと、実際にされるのとではこんなにも違う。 苦しいほど。 だから式は切羽詰まった声をあげてしまう。 急き立てられるような狂おしさに、痺れてしまう。 ただ乳首を舐められただけだというのに、そこはいよいよ硬くなって、疼き始める。 胎内の子宮がそれに応じて疼き始めた。 身体が変化していく。 幹也を受け入れると考えただけで、身体が勝手に変化していく。 男を受け入れられるように、柔らかく、とろけるようになっていく。 男を溺れさせるために。 この柔肌に、媚肉に溺れさせるために。 いよいよ艶めかしくなっていく。 牝の匂いが立ち上り、牡の匂いとまじって、淫らに、さらに猥らに。 この蒼白い世界さえも、猥褻に染めていく。 幹也のたどたどしい愛撫から愛おしさが伝わってきて、式の胸を一杯にいっぱいにしていく。 死の線をなぞられるだけで。 幹也に触れられているだけで。 こんなにも、殺(あい)されていく。 殺(ころ)されて、殺(おか)されて、殺(あい)されていく。 切り刻まれ、バラバラになって、解体されていく。 されて――いく。 式は幹也の頭をその胸にかき寄せる。 そして幹也のもうみえない瞳に、その傷口に、その咎に、けっして癒えることのない罪の烙印に、証として口づけした。 式の身体は柔らかかった。 滑らかで柔らかで、そのくせ吸い付いて。 手で触れているだけでこんなにも甘くわなないて、身悶える痴態はいやらしい眺めだった。 吸い付く肌にそっと口づけし、チロチロと舌で撫でていく。 愛おしく、狂おしく。 この幹也の胸の中にある思いをありったけ込めて。 こんなにも愛している。 けっして赦さない。 けっして許さない。 けっして――。 そっとしたの茂みにふれる。 熱かった。 茂みの上からでもそこは熱く熱を帯びているのがわかった。 そこに直接ふれないように撫でる。 式は腰をよじる。 でもそのすりあわせた太股を撫で、また下腹部を愛撫するだけ。 ゆっくりとゆっくりと式を高ぶらせていく。 幹也の名かでもなにかがざわめく。 ざわめいて仕方がない。 それは熱くて、滾っていて、昂ぶっていて。 ゆっくりと漂う淫らな牝の匂い。 くねくねと腰をゆする式からだんだんと牝の匂いがし始めた。 それがなんともいえなくいやらしくて卑猥な眺めで、興奮していた。 幹也はそれでもあそこにはふれない。 じわりじわりと虐める。 式はいきなり抱き寄せられる。そして疵痕に口づけされる。 その震える甘い吐息に、わななく唇に、酷くかき立てられる。 式の熱さが伝わってくる。 その熱さが、その喘ぎが、その鼓動が、その切ない震えが幹也を溺れさせていく。 式の口から鼻にかかった掠れた声があがる。 雨音をかき消し、この蒼白い世界を淫蕩に変えていく。 式は幾度も疵痕に口づけする。 その顔は官能に蕩けきって、ゆるみきったやらしい女の貌で。 目元を紅く染め、その蒼く輝く瞳は官能に濡れていた。 幹也は式を指先で嬲りながらも口づけの雨を降らせる。 胸に、鎖骨に、喉元に、唇に、頬に、髪に、腕に、指先に。 幾度も幾度もふらせて、式を痺れさせる。 式は喘ぎとも呼吸ともとれる曖昧なオンナの声をあげ続けた。 ムズ痒い感覚が皮膚の上を撫でていく。走り抜けていく。 式は涙目になって、自分の指を噛んでいた。 身体を突き上げてくる淫らな愉悦を耐え忍ぶ姿はとても淫靡だった。 それでも唇からはむせび泣くようなオンナの媚声が漏れる。 幾度も、幹也の名を呼ぶ。 幹也、幹也ぁ、みきやぁと甘く誘うように呼ぶ。 甘美に震える粘ついた声が静寂に響いていく。 空気さえも蕩けていきそうだった。 そしてようやく幹也は式の女に触れた。 「……っはぁっ!」 切ないくせにたまらない声。 式の淫蕩のオンナはすでに濡れていた。 そこは熱くとろけているかのようだった。 淫蜜はあふれ、なぞっただけの指にからみついてきた。 紅く充血した媚肉は男の指に吸い付いてくる。 そこを弄る。 指でそっと擦り、花開かせていく。 切羽詰まったような掠れた声が次々に式の口から漏れる。 ぷっくりと膨らんだ陰核を皮の上から撫でる。 気丈な式がオンナの貌をみせて、よがる。 そのまま、指でじっくりと弄る。 少し中にいれて、かき乱してみる。 式の背が少しのけ反る。 ゆっくりと下がって、式のオンナを見る。 ひくつき、乱れたやらしい淫花が咲き誇っていた。 熱く爛れたような薫りを放ち、男を誘う淫蕩な花は、熟れきる直前で。 蠱惑的で、淫靡な眺めだった。 花芯からどろりと濃い蜜がこぼれ、滴り、陰肛を伝わっていく。 紅く咲き誇ったそこに口づける。 その熱い蜜をすすり、舌でなめとる。 どんどん奥から熟れきった蜜がこぼれてくる。 その淫蜜と甘く、胸いっぱいになっていく。 なのに足りない。 足りないから、さらに貪ってしまう。 式の熱いぬかるみのようなそこを食べてしまうほど。 口をつけて啜る。 舌でえぐる。 指でこすり、ひらく。 さらに愛液がこぼれる。 さらにやらしい牝の匂いが立ち上る。 そこはいやらしくテラテラと輝き、オトコを誘っていた。 式の腰が突き上げてきて、幹也に押しつけられる。 「……ぁあ……」 式の貌はとろけきっていた。 目からは涙、唇からは涎を流して、官能に惚けていた。 感じきってゆるんで、甘くとろけていて。 唇はひらき、舌がつき出てきそうなほど。 いやらしく、ただやらしく、よがっていた。 時折息が止まり、酸素をもとめて口がぱくぱくひらく。 深く吸い込み、そして喘ぐ。 空気さえも、淫らにそまっていく。 淫水の音と遠くからの雨音、そしてふたりの呼吸だけが響いた。 幹也は式の淫芯をただ貪る。 幾度舐めても、幾度啜っても、そこからはあふれてきて、むせかえるようなだたれたオンナの芳香に痺れていた。 胸も、頭もそれでいっぱいになってしまって。 そのひくつく襞が。 その震える太股が。 その淫らに染まった柔肌が。 幹也をいよいよ溺れさせていく。 切なそうなオンナのふるえた嬌声が幾度もぐもって響いた。 式の瞳はとろけていて、ただ牡を求めていた。 牝として牡が欲しくて、揺らぎ、訴えていた。 そして幹也はたぎったソレをそこにあてる。 数度それで擦る。 粘膜と粘膜とのそれあって絡みつき、それだけでも心地よい。 その愛液で濡れた肉襞は亀頭をなめ回していた。 「……いくよ……」 式は涙をたたえた瞳で、ただ頷く。 幹也はただ優しく、ひたすらにやさしく、式の媚肉に分け入った。 入ってくる。 痛みが走る。 身体が裂けていくような痛み。 式はその痛みから逃れようと腰を引く。 切り刻み合った時と同じ、でもどこか違う痛み。 苦痛で貌を歪める。 ずるずると腰をひいて逃れていく。 痛くて、なにかがじりじりとこじ開けてくる感覚。 胎内の奥が裂けていく感覚に、式は掠れた悲鳴を上げた。 つい幹也の身体を手で押してしまう。 式の腰がよじり手で逃れるので、幹也は尋ねる。 「……やめとくかい?」 なんて恥ずかしいことを聞くのだろう、と式は思った。 一生許さないなんていっておいて! でも式の身体は苦痛から逃れるために後ろへと下がっていこうとしてしまう。 「……大丈夫……だから……お願い……幹也……」 幹也は頷くと、腰を突き入れてくる。 耐えようと思っても、どうしても腰をひいてしまう。 ずるずるとにげて、幹也はずるずるとおいかける。 そうして蒲団の上から落ちて、畳まで逃げてしまう。 白いシーツの上に紅い跡が淫らに残り、畳の上に朱い残滓が蛇のようにのたうっていた。 そして壁にあたって逃げられなくなった時。 式の頭の上まで貫くような痛みが走った。 頭の頂点の髪のがひっぱられていくような、全身がひくつくような痛み。 痛くて、わからない。 ただ身体の奥に幹也が入ったのだと実感できる。 この痛みが、この身体の奥にねじ込んでくるよう硬さが。 まるで灼熱の棒を突き立てられたかのな辛さが。 とうとう女になったのだと。 幹也のものになったのだと。 幹也の殺(あい)されたのだと、告げていた。 許されることのない罪を犯して悔い改めようとしているのに。 なのに、また罪を犯してしまう。 罪を犯して、罪を犯し続けて、生きていく。 犯して、犯されて、汚されて、穢れて、苦しんで、のたうち回って――。 このまま 幹也と一つになりたかった。 そんな想いがとめどもなくあふれてくる。 いっそ、女陰になってしまいたかった。 幹也のソレで貫かれ、幹也をしっりと受け止め、幹也とまじわる、あのいやらしいオンナそのものに。 ずっと幹也とともに、いたかった。 そのまま幹也は動かず、ただゆっくりと体重をかけてくる。 その重みが心地よい。 痛みさえも甘い。 傷つけられたというのに、嬉しい。 幹也自身によって貫かれたという破瓜の痛みは、罰としては軽く、甘く――式は泣いていた。 その痛みが愛おしくて泣いてしまった。 この罪が、この咎が、この男が、この痛みが、なにもかもが愛おしい。 式が落ち着いたのを見たのか、幹也はそっと動く。 そのたびに痛みが走る。 破瓜の痛みが駆け抜ける。 傷口がふさがらない上から擦られえぐられているのだ。痛いに決まっている。 痛いと決まっているくせに、甘美で。 胸をつくような苦しみで。 なのに堪らないほど、嬉しい。 式は痛みを堪えながら女の悦びに浸っていた。 幹也はその媚肉に溺れていた。 じいっとしているのに、そこは熱く締め付けてくる。 熱く爛れた蜜にいれたかのよう。 ぐちゅぐちゅになって、逆に自分が犯されているような感覚に呻いてしまった。 式は貌を苦痛に歪めながらも、健気に耐えていた。 そんな式に気を遣いたいのに腰が動いてしまう。 式の蜜壺はぬめりと熱さをともなって、不規則で微妙な圧力がかかってきて、幹也を嬲っていった。 入れているだけで肌の下に性悦が駆け抜けていく。 抜くとこすれて堪らない。 じんじんとした疼きが腰奥でうまれる。 入れるたびに、抜くたびに、微細な感覚が幹也の感覚を舐めあげていく。 ただ淫らに。 だたいやらしく。 ただ気持ちいい。 ただ心地よい。 蕩けるような、おぼれるような、わけのわからない感覚に縛られていく。 式が突然ぎゅっと抱きしめている。 縋るように、離れないように――離さないように。 痛いぐらいぎゅっと抱きついてくる。 息もできないぐらい強く抱きしめられ、耳には甘い吐息がかかる。 追い詰められていくような感じ。 爪をたててまで、しがみつき、縋りついてる。 苦しくて、愛おしくて、そして気持ちよくて。 この式に、この女に、この牝に爛れていく感覚。 たてられる爪でさえ心地よく、ただただ貪ってしまう。 淫虐なわななき、うち震え、このたまらない感覚に溺れていく。 このふかい悦楽。 この快楽。 この性悦。 この法悦。 このまま式にとけていく感じ。 式の腕の強さが、からみつく脚が、喘ぐ息が、わななく唇が。 男を、牡をとろどろにしていく。 目の前の牝と融けあっていくという牡の愉悦。 ただれて、溺れていく。 肉の悦びが身体の奥深いところでかけずり回り、わななく。 荒い吐息と甘い嬌声。 破瓜の苦痛と女の肉欲。 愛情と性欲。 同じのようでけっして同じでない相反するやらしい感覚。 式の柔肌が。 式のよがり声が。 式の痴態が。 式の健気さが。 こんにも幹也を溺れさせていく。 どんどん胡乱にさせていく。 情欲に溺れてしまう。 式はただ必死に幹也に抱きついてくる。 その胸の感触が。 その柔らかい唇が。 その喘ぎ声が。 そのしなやかな肢体が。 むずむずするような性悦が。 締め上げてくるような愛おしさが。 このやらしくてたまらない官能が。 幹也を苛む。 苛んで、苦しめていく。 式を抱いているのに、抱かれているような感覚。 それさえもわからない。 式が溺れているのか、溺れているのかさえも。 ただ、このひくつく粘膜の愉悦と腰の奥のムズ痒い愉悦が。 ただ、この胸の奥に心をぎゅっと締め付けてくる感覚が。 ただただ、たまらないほど、優しくとろけるほど苛む。 苛んで、惑わせる。 初めてなのに、式の媚肉は、幹也の肉棒をとろかしながら締め上げてくる。 式の堪えられないオンナの声が。 式のたまらない肢体が。 式の艶やかな仕草が。 性悦となる。 その性悦に犯されていく。 犯されて蹂躙させていってしまう。 何度抱きしめ合っても、胸がぎゅっとなる。 胸の奥の柔らかいところが震えてしまう。 ただ貪ってしまう。 この柔肌を、この肢体を、しなやかさを、貪ってしまう。 頭が白くなっていく。 式も幹也もただ肉欲に溺れていく。 それだけになっていく。 あるのは愛情と性欲だけ。 互いを求めあい、欲し合う、情だけ。 ただそれだけ。 ただの男と女の。 ただの雄と雌の。 だたの牡と牝の。 愉悦。 愛情。 淫楽。 思慕。 性悦。 肉の悦び。 ただ――それだけ。 幹也と式。 殺し殺し合うという関係。 愛し愛し合うという関係。 許し許し合うという関係。 互いに依存しきった爛れた関係。 もともと両儀とはそういうもの。 男と女。陰と陽。 ただそれらがどろどろに解け合って交わって、いやらしいスープとなっていくだけ。 ただひとつになっていくだけ。 狂おしい。 息苦しい。 堪えきれない。 たまらない。 じれていくような、ムズ痒い感じ。 ぐすぐすと滾っていた。 腰奥からのぼってくる感覚。 式の身体はいよいよのけぞり、声はひどく響いた。 そして幹也は胎内に奥深く、これ以上ないほどに貫くと放った。 どくんどくんと放つ。 式の胎内に濃くて熱い精液を浴びせる。 子宮に熱い液を浴びせられて、ひときわ大きい甘い声をあげた。 熱くて、嬉しくて、堪らなくて、とうしようもなくて。 涙を流しながら、かすれた細く長い悲鳴にも似た媚声が響いていく。 充血しきった肉襞と感じて震えてる子宮を白濁液が汚していく。 身体はのけぞり、身悶えた。 そして二人は手を繋いだまま、殺(あい)し殺(あい)し合ってうまれた、昏く深い愉悦の闇へと堕ちていった……。 それは『死』に似ていた。 イクということは、死とよく似ていた。 堕ちて、沈んで、引きずり込まれて、押しつぶされていく、この感覚。 死はあんなにも孤独で無価値だというのに――。 死はあんなにも黒くて不気味なのに――。 死はどんなものよりも怖かったのに――。 この『死』は淫らで、蕩けるほどで、そして安らぎに満ちあふれていた。 それは、たぶん。 それは、きっと。 そう、それは――。 / 『わたし』は目を覚ました。 横には式の好きな男性。 何も望まなかった酷い人。 その人と式は手を繋いで眠っていた。 もう離さないように、強く、固く、しっかりと――。 『わたし』は横で眠る式の最愛の男性に囁く。 「何も望まないあなたが、唯一望んだものなのね」 ついくすりと笑ってしまった。 まるで子供の恋愛のよう。 式の意地っ張りと思い詰めた感情が引き起こした今回の騒動。 でもそれは正しいと感じていた。 罪に応じた罰。 ソレを背負って生きていく。 それが人間というもの。 式と『両儀式』が背負うべき咎。 「幹也君、式をお願いね。式と幹也君と『わたし』。この三人で背負えばよいのだから――」 それ以上『わたし』は言わなかった。 言葉なんて無意味だと知っていたから。 それでも、唇だけで言葉を紡ぐ。 どんなに無意味でも言葉を紡がない限りけっして他人に届くことはないから。 たとえそれが、他人を理解したと錯覚する倖せであったとしても。 それは確かに倖せなのだから――。 ――だから、わたしも、一生、許(はな)されないのだから、と――――。 そして『わたし』は倖せそうに寄り添って眠る、もっとも残酷でもっとも孤独な幹也君を見て、そっと頬に口づけする。 もう二度と逢うことのない男への最後の贈り物。 何も望まなかった酷く孤独な人への『わたし』からのたったひとつの贈り物。 そしてまた深く昏く何もない深淵へと、夢も見ない微睡みへと『わたし』は堕ちていった……。 |