――2. Second Stage 綻び ――
ぴしり、ぴしり
音が、する。
何かが、裂けていくような
地についた脚も、周りを包む穏やかな空気も、なにもかもが、不確かな積み木
のよう
バランスを考慮せず、ただ高く積み上げられただけのもの
その造型は一見、眼を惹くだけのもの。
その造型に惹かれた赤子が手でも触れようモノならば、
―――― ばらばら
眺めは良好。
その上に立つ自分達からの眺めはとても素晴らしい。
ただ、どんな断崖絶壁であっても自分の真下を覗うことは不可能なのだ。
それが、どんなに、どんなに、脆い、モノであっても、
それには、気付かない
それには、気付けない
「 ―― さま」
「 ― 貴さま」
(あ?)
「志貴さま、お目覚めください。学校に遅れてしまいます。志貴さま、志貴
さま。」
「あ、あぁ…、翡、翠?」
(―― 夢、夢か)
メイド服に身を包み、いつものように姿勢を正して俺の起床を見守ってくれる
「はい、翡翠です。おはようごさます、志貴さま。」
「おはよう、翡翠。」
寝惚けた目を軽く擦りながらいつもながらの挨拶を交わすのだが、良く憶え
ていない『夢』のせいか精彩を欠く
当然、翡翠がそれを見逃すはずもなく、不用な心配させてしまった。
「志貴さま? ―― また、お身体の調子が?」
「いや、あれから身体の方はなにも問題ないよ、翡翠。最近、ただ夢見が悪い
んだ。」
そう、身体の調子は悪くない。
今までに比べてむしろ良いとも言えるくらいだった。
「夢…ですか?」
「ああ、だから、俺にもどうしようもない。」
「志貴さま、一階で秋葉さまがお待ちしております。」
「秋葉が?」
―― また、なんで?
待っていると聞いて、まず思い浮かぶのは三白眼化した秋葉に姿だった。
俺、なにかしたか?
思い当たることは…たくさんあったりするが、俺の寝坊は今に始まったこと
ではない。
「お急ぎください、本当に時間が押してますので」
最近ではその件に関しては諦めが入ったのか黙認されているようであった。
やはり、翡翠の『その件に関しては承服致しかねます。』が聞いているのだ
ろう。
翡翠が言ったことで秋葉にも、それがどんなに無謀なことであったか納得が
いった…のか?
「― 貴さま、志貴さま?」
そう見れば、翡翠のあの遠慮ない意見もまた俺のためのものだったのだろ
うか…。
あのときの翡翠はなにを思っていたのだろうか。
そう考えると目の前の翡翠をじっと見つめてしまう。
「あ、あの…志貴さま?そんなに見つめられると、」
「え?」
「…困ってしまいます。」
気が付くと真っ赤に紅顔した翡翠が俯いていた。
「え、翡翠、困るの?」
―なんで?
「い、いいえ、志貴さまが悪いわけではありませんので!」
「はぁ、とにかくごめん、翡翠。着替えたら下に行くから先に…」
「は、はい、わかりました。先にお待ちしております。」
逃げるように行ってしまった。
一人になり、朝の仕度を機械的に行いながら考える。
―― それは、今朝見た夢についてだ。
俺は、なにを見たのだろう?
憶えていなかった。ただ、砂を掴むようなイメージ
俺は両手いっぱいの砂を持って走る。
なにかを追いかけていたような気もする。あんまり走るものだから…、
ぱらぱら、
ぱらぱら、
指の間から抜け落ちる砂
それに気付いて俺は立ち止まる。随分と減ってしまった掌の砂
面を上げると、追い掛けていたものが遠くに行ってしまう。
また、追い掛ける。零れる。抜け落ちていく。
俺は立ち止まる。目減りしてしまった砂を抱えて、ただ見てることしかで
きずに、
今ある砂を大切に抱えて、動かずにいることしかできない。
「おはようございます、兄さん。」
なんだか…機嫌、わるいのか、秋葉?
いつもどおりの不可視の棘みたいなものを感じさせられる。
階段に差しかかる所で『キッ』と言う効果音をもって睨みつけられるあた
り俺はそこまで秋葉を怒らせているのか?
そんな憶えがあるようでない俺はそんな空気の中であれ、そのままずっと
無言でいるわけにもいかない。
不用意に彼女の機嫌に障らぬようにと心掛けて朝の挨拶を秋葉にかけた。
「お、おはよう、秋葉…機嫌は、どうかな?」
「なぜ、遠野の長子たる兄さんがわたしの機嫌を伺わなければならいのです?」
視線が痛いとはこのことか
「―― それとも心当たりのところでもおありなんでしょうか?」
秋葉、なぜそんな目で俺を見る?
「秋葉…俺がなにをした?」
「兄さんが悪いんです!」
「だからなにが?」
脈絡無く赤面する秋葉、今のどこに照れるところがある?
もじもじと秋葉にはめずらしく視線を合わせないどころか聞き手の方すら向
かずにぶつぶつ呟く。
「だって、兄さん私が見てないとどこで何してるのかわかったものじゃない
し…」
「秋葉…」
おそらくは『そこそこ』どころではない一品なのだろう、そのティーカップ
が音無き悲鳴を上げている。
秋葉、ティーカップがどんなことになってるか、自分で気付いてるか?
「なによ、私がいないところで誰?先輩?なにそれ?
兄さんは私の兄さんなのに、遠野の長子なのに、見知らぬ未確認生物までが
ちょっかいだしてくる…って、なに?
危険なのよ、外は危険でいっぱいなのよ。兄さんを護るため…、だから仕方ない…
全ては正当化されて然るべきことなのよ。」
うふふふふ
「あ、秋葉?」
「兄さん!」
「はぃ!」
にこり♪
面を上げると満面に笑みを貼り付けた秋葉が其処にいた。
なんか、目が笑ってない。
「今朝は一緒に登校しましょう。」
くすくす、
笑いを零す秋葉、ちょっと違う。
秋葉…おまえ、朝から血圧高いだろう?
兄さんのお願いだから反転はしないでくれよ…。
そうは思えど口から出る言葉は志貴という自分を裏切る。
「なんだ、秋葉そんなのあたりまえぢゃないか。うん、一緒、一緒にな…♪
あ、琥珀さん俺の朝飯、用意してくれた? あ…、食べます、食べます。」
琥珀さんが用意してくれたこういった食べ方をしても問題ないようなメニ
ューを時間をかけずに平らげる
秋葉がこれ以上壊れないように全霊をもって急いだ結果、起床時刻に比べ登
校するには若干のゆとりが生まれた。
(俺、必死だったんだな…)
ちょっとだけ泪がでた。
ちょっとだけ余裕のあるギリギリとでも言うのか、この時間帯は最も人通り
が多い時間でもある。
浅女の寮でも充分余裕をみて登校していただろう秋葉、自宅通学になってか
らはそれこそ車で送迎である。
こんな登校風景なんかも物珍しいものなのかも知れない。
秋葉は周りをしきりに気にしているようだった。
(と言っても秋葉の転校からそこそこ日が経ってはいるのであるが…)
「秋葉、なんでそんなにきょろきょろしてる?落ち着けよ。」
「いいえ、兄さん。『男子たるもの一度外界に出れば、七人の敵がいる』と
言うではありませんか。
用心に越したことはありません。」
(その論議でいくならば用心するのは俺であって秋葉ではないと思うのだが…)
「遠野君、おはよう。」
「あ、おはようございます、シエル先輩♪」
うふふふふふふふふふふ…
「おはようございます、シエル―先輩?
それで、いつまで『先輩』してるおつもりで?」
「あら、それじゃ…私にさっさと消えてくれっておっしゃってるみたいです
ね、秋葉さん。」
「あら、そう聞こえてしまったのなら、ごめんなさい。そんなつもりではな
かったんですけども…」
「じゃあ、どんなつもりだったんでしょうねー?」
虎が…、大蛇が見える。
怪獣が、互いに牽制し合っている。
この二人は…なんで仲良く出来ないんだろうか?
ここまで笑顔で相手と刺し合うことができるなんて俺や有彦なんかには考
えられないだろう。
どちらかというと俺は直情型だし、有彦はそれでなくばなんなんだという
ほど自分に正直だ。
ここまで噛み合うものというものを俺は他に見たことが無い。
ああ、まだ時間が早いというのになぜか皆さん駆け足登校だ。
ちなみに俺も駆け出したいのだが、『逃げるモノは追われる』という言葉
を一字一句違わず体現されるが目に見える。
ああ、それこそ眼鏡を外さずとも死が見えると言う物さ!
もちろん、俺自身のな?
「あのさ…」
「なに、遠野くん?」「なに、兄さん?」
「いや、学校に遅れてしまうんだけど」
情けないって言うな。
これがいまの俺の最大の努力にして最大の効力を持ちえる術だ。
二人のさっきまでの殺気が持ち越しで此方に向けられる。
いや、本気で止めてくれ、二人とも…
「兄さん、急ぎませんと」
「そうですね、じゃあ遠野くん、急ぎましょう。」
『おう、急ごう♪』
事態が好転をみたところで俺がそう切りだし平穏に収めようと言うときに、
「なぜ、先輩が『一緒に』なんでしょうか?」
秋葉…そんなに俺が憎いのか?
8年の歳月は永く、果てしなく遠いのだろう。ついでに俺の意識も遠くなりそうだ。
「あはは、そんなの決まってるじゃないですか。ねぇ、遠野くん?」
そこで俺に振りますか?
シエルさん、あんたも俺が憎いのです?
そりゃ、俺はロアだよ。どんなに取り繕ってもシキはロアだったし、シキ
の魂は元は俺のものであった。
俺が本気でロアを殺したら俺も死んでしまう。俺は直死の魔眼でロアとい
う意識概念を殺したけど、それはロアというパーソナリティを永遠に封じた
だけであってその存在を殺したわけじゃない。
死ななきゃ駄目ですか?ええ、完璧に死ぬまで許してもらえませんのですか?
『啓子さん、俺、何処ぞか旅立っちゃいそうです。』
「遠野くん…私とでは、嫌、ですか?」
いえ、いえ、そんなことはありません。
俺達はそう、いわば『パートナー』ではありませんか?『戦友』でも可で
す、当然芽生えるものもあったのです。
ついでに言うとその流し目は反則です。
「に、兄さん、往来でな、なんて破廉恥な…」
「あら、これも愛情表現ですよ?」
二人の間に割って入り、掻き分けっとばかりに握り合った手を引き離す秋葉。
「兄さん、学校へ行きましょうか?」
秋葉お前本当に笑っているのか?
「おーい、志貴ー♪」
うぐ、嫌な記憶を彷彿とさせる登場の仕方のアルクェイド
かつて、『俺が彼女を殺した翌日に出逢ったとき』を思い起こさせる。颯
爽とした登場だった。
ああ、彼女の笑顔が眩しい。それゆえに俺の後ろに生み出されている影が
怖いのだが…
『誰か俺を助けてくれぇ!』冗談ではなく、かなり切実だ。
「やはり、でましたか未確認生物」
「あーぱー吸血姫、懲り性もなく昼間から迷い出てくるとは…、そろそろ現
実を教えてあげなければいけませんね。」
「ねーねー、志貴ー♪遊びに行こう?」
聞いてやしねぇ。
噛み合ってねぇ。
これほど学校に行きたいと思ったことはないかもしれない。
「兄さんは貴方みたいな暇人ではありませんので、お断りさせていただきます。」
「なんで、妹がそれをいうの?」
「アルクェイド?そろそろ国に戻ったらどうです?
昼間から迷い出て善良な遠野くんを惑わす暇があるくらいならおとなしく私
に封印されてください。」
「うわー、またシエル無茶なこと言ってるよ。
これだから埋葬機関は…もうちょっと平和的になれないの?ねぇ、志貴そう
思わない?」
原因その1が言うな。
「久しく兄さんとふたりでの登校だというのにあなたたちはどうして…」
ふふふふ…あはははは
兄さん、わかりますか?これが現状です。
兄さんが、ガシッ―っと、私に首輪つけられてないからこんなことになって
しまっているのです。
そうです、今度琥珀と前向きに検討してみましょう。ふふ♪
「平和を乱しているのは貴方たちでしょう?」
秋葉、俺…お前が怖い。
「どうしてこんなことになってしまったのでしょう?
兄さん、八年前が懐かしいですね?『未確認生物』も『自称先輩』もいない。
私と兄さんと翡翠と琥珀だけの世界
あのころはよかった、…なんといっても兄さんを脅かす ――――」
ギロリ、
あああ…秋葉三白眼が全、開 ―だ。
シエル先輩とアルクェイドを睨み付ける。
「 ―― なによ、妹?」
「なんでしょうか、秋葉さん?」
「 ―― あなたたちがいない世界だったんですから」
にやり
「まぁ、あなたたちには八年前の私と兄さんがどんなに幸せだったか――――
知りようも無いでしょうけどねぇ?」
な、なにを想像してらっしゃるのですか、おふた方?
「八年前の…志貴。」
「八年前の遠野くん ―――」
「ああ、八年前は良かった♪ ――― と、いうわけで邪魔者は消え
てください。兄さんと私の邪魔ですから。」
秋葉、まさか、本気じゃないよな…?
その論理って、あまりにも琥珀さんには酷すぎ ――――
「なぁんでしょうか、兄さん?」
「なんでもない。」
(ごめん、琥珀さん)
「アルクェイド…俺、学校あるから。」
「遠野くんにはあなたになんか付き合う暇なんでないんですよー。」
「むぅーなんでシエルなんかにいわれなきゃなんないのー!?」
「それは私が、遠野くんのこ、こ、こ…」
「コッペパン?」
「誰がコッペパンですかぁ!!!」
「兄さん、あんな恥ずかしい人たちは放っておいてさっさと行きましょう。」
「あ、ああ…遅刻は拙いしな」
ごめん、シエル先輩、遅刻決定だ…
…と、ついでにアルクェイド
お前は遅刻みたいなものは関係ないよな?
もうすこしだけ状況を見てくれると俺、おまえに感激しちゃんだけどな。
最期に、
『頼むから死人を出さないでくれよ。ふたりとも…』
節に、節に願う。
俺は街角に座り、缶コーヒーを呷る。となりには二十歳過ぎたぐらいの男
その出会いは限りなく安っぽいものだった。
この世の中は狂っている。
人は日の下に有るべきなのに、それでも人は夜に惹かれ、月に惹かれた。
巷では、俺のことが話題に上っていることだろう。
しかし、人の流れは途絶えることはなく、夜が消えることも無い。
人がいる限り、それは変わらない。
人の匂いがした。そいつは人だった。
人のくせに、そいつはこう言ったのだ。
実に気安い。この俺をなんでもないかのように。
「なんだ……先客?お仲間か、釣果はどうだい?」
「みれば、わかる…。なんならお前も加わるか?」
地面には既に肉になった人が無造作に落ちていた。
筋を断ち、肉を切る。
不用意に動脈を傷つけたりしない。ただ痛みを与えるだけ
痛みに怯えて動かない獲物の血は、残さず俺の血肉となる。
いつも通り、いつものように、
簡単だ、あくびが出るほどに簡単な仕事。
「はっ、冗談だろう?おれはバラされる側に回る気は無い。」
男は、俺の申し出を断った。しかし逃げるようなことも無い。
男は殺人鬼だった。
男は我慢ならなくなる時、夜に出るそうだ。
――笑わせる。
お仲間? 笑わせる。
「ここらも潮時だな…」
「なんでだ?」
「殺人鬼が二人いる。ここは飽和状態さ」
「俺は、構わないぞ?」
「?」
「簡単だ、『お前では俺には勝てない』。」
いらいらする。
これもあいつが俺を奪ったからだ。
だから、俺はこんなにも苦しんでいる。
仲間?いっしょにするな
遊びのお前と一括りにするな
糧とする、…この俺と同じにするな
「は、はははは、OK♪わかったよ、ここには近づかない。
たしかに俺ではあんたに勝てないだろうしな…そのときがこないことを祈っ
てるよ。」
胸が痛む
見上げれば月
「若いな…」
月齢はまだ満ちるに足りず、欠けている。
この俺のように…
なにかを、欠いている…。
「おい、遠野…遠野!」
「あ…?」
「『あ…?』じゃねぇ!この馬鹿!!!」
…有彦?
「飯だ、昼は飯を食うための時間なのだ。
授業中どれほど寝ようと昼を潰してまで惰眠を貪ることはこの俺が許さん。」
「有彦…無茶をいうな」
「無茶?遅刻寸前で着いたそのまま爆睡し続けた遠野くんは睡眠がまだ足りぬ
とおっしゃりますか?」
俺が、ずっと…寝ていた?
ちょっとまて?
「有彦、お前、朝から学校にいたのか!?」
そうじゃなければ俺がずっと寝ていたなんてわかるはずが…
「いや、人に聞いただけだ。」
「そうか、それはよかった。俺よりもお前が心配になるところだったよ。」
「はははは、相変らず素敵に無礼だぞ、遠野。
まぁ、そんなことはどうでもいい。さっさと秋葉ちゃんのところへ俺を導く
のだ!」
いまの、なんだ?
―― なにかを、欠いた
夢…夢、だよな?
――> 餓えるモノ
「ああ、裏庭な…先輩はくるのか?」
「おお、シエル先輩もくるぞ。多分な♪」
『俺は、殺していた?』
―― 何を?
さも、当然の如く
それでも足りぬと月を、見上げ
…俺は、一体…なにを、した?
(To Be Continued....)
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