「志貴さん志貴さん、似合ってますか?私」
琥珀さんはふふふっ、と悪戯そうに笑う。衣装が替わるだけで、信じられな
いほどに俺の中の琥珀さんの印象は変わる。まるで初恋の少女に再会したよう
にドギマギしてしまってうう、とかああ、とか唸るばかりの俺に替わって翡翠
が……
「姉さん……私に姉さんの服を着せて、どうするかと思ったら……」
「そ、そう、琥珀さんの和服を翡翠が着ていたら、やっぱり琥珀さんも翡翠の
メイド服を着てくるのかと……」
俺はこほん、と咳払いしてから言葉を続ける。落ち着け、俺。
「なんで、秋葉の制服を着てくるの?」
「あーん、志貴さん、似合っているかどうか仰っていただかないと教えられま
せんね〜」
なにか、きゃぴきゃぴ、とでも音がしそうな琥珀さんのはしゃぎよう。
馬子にも衣装……じゃなくて、なんというのだろう?これは。
わからない。
「ああ……可愛いよ、うん」
「あはっ、有り難うございます〜」
「それよりも姉さん、なぜ秋葉さまの制服を……」
笑いさざめきながら頭を下げる琥珀さんと、対照的な翡翠の落ち着きよう。
でも、なにか琥珀さんがどっかの女学生を叱っている様にしか見えない……
うぁぁ!
俺が混乱する頭をばりばりと掻き始めると、琥珀さんもようやく話し始める
気になったように、すっと落ち着いて背を正す。
「はい、志貴さまが翡翠ちゃんと私が似ている、ということを仰ったので、ちょっと
試してみたくおもいまして、それで翡翠ちゃんに私の服を着て貰ったのですが……」
「うん、それはわかっている……」
「もし、私がここでいつもの恰好で出て来たり、替わりに翡翠ちゃんの服で出
て来たら、志貴さんは混乱なさいますよね」
あ、と俺は琥珀さんの説明で思わず声を上げる。
それもそうだった――おれは思わず指を鳴らしてしまう。もし琥珀さんの衣
装を変えなかったら、この場には琥珀さんが二人。如何にもそれは気味が悪い。
琥珀さんと翡翠の衣装をスワップするというのも手だけど、そうなると中身
と外見が逆、という展開になる。一見それだと問題ないように見えるけども、
実際中身がひっくり返っているというのは接していると困るモノがある。
そうなると、自然と琥珀さんは別の服を着てくるのが妥当な……
「なるほど……そりゃそうだよなぁ、うん、双子だから……」
「私服でもよろしかったのですが、一度私も秋葉さまの制服を着てみたかった
もので」
「姉さん……もし秋葉さまに見つかったら……」
琥珀さんの喜びようと、それと逆の翡翠の心配。
ああ、なんかわかる。この二人の姉妹は似ているようでやっぱり違う。
「あははは、今度は翡翠ちゃんに着せてあげよっか?ね?」
「いえ……私には似合いません、秋葉さまの制服は……」
「そんなことないわよ、私でも似合うって志貴さまは仰ってくれるんだから〜」
翡翠の背中に被さりながら、琥珀さんは楽しんでいる。
まぁ、こう言うのどかのも悪くはない。俺は相好を崩しながら二人の様子を
眺め、椅子に腰を下ろす。今度は翡翠が秋葉の制服で、琥珀さんが翡翠のメイ
ド服というのも見てみたい。
「……あれ?」
何か頭の中で引っかかる。
翡翠が琥珀さんの服を着ていて、琥珀さんが秋葉の服を着ている。
じゃぁ、翡翠のメイド服はどこに行った?それに秋葉はなにをしている?
今、秋葉は部屋にいるはず……じゃぁ、秋葉の制服はどうやって持ち出した?
秋葉の奴がこんなことに喜んで自分の服を提供するようなタマじゃないのは
明らかだ。
ならば、どうする?
俺は思わず顎に握り拳を当てて考える。
いや、そんなことはないかも知れない。いやだがそうなってもおかしくない。
「琥珀さん……その服……秋葉のだよね?」
「はい、そうですが?志貴さん」
俺の顔を琥珀さんが覗き込んでくる。
にこにこと笑って屈託のない琥珀さんだったが、もしかすると……
「秋葉……貸してくれたのか?こんなことをする為に」
「あ……」
翡翠もようやく気が付いたようで、はっと身を竦ませる。
俺も思わず眉根を寄せて心配していた。ただ琥珀さんは笑顔を崩さずにいる
が、ふっと口元に不敵な笑みが浮かんだような基がした。
「もちろん……秋葉さまは諾とは仰いませんでしたので」
「え?じゃぁ……」
どうしてそれを?と俺が口にしようとしたその時。
俺の耳には廊下を力一杯駆け抜けてくる足音が聞こえた。どどどど、とまる
で床を踏み抜かんがばかりの勢いで、どうも二階の俺の部屋に向かって全力疾
走してくるように感じる。
琥珀さんも、翡翠も、俺もこの部屋にいる。
そうなると誰が走ってくるかは自明の理というものだ。俺はたらり、と脂汗
が額を伝うのを感じる。琥珀さんはドアの方を振り返ると、まるで思いだした
かのように呟く。
「あら、思ったより早く効果が切れましたね……」
「効果って……琥珀さん、一体何を?」
「姉さん!」
「いえ、大したことじゃないですよー。ちょっと秋葉さまにお薬でお休みいた
だいて、どうせだったら秋葉さまにもお色直しのご趣向を、と思いまして」
どどどどどど、どどど、どどど
足音はすぐそこまで迫っていた。俺は思わず腰を上げる。
秋葉と浮いた翡翠の衣装。もし俺の想像が間違っていなければ――
ズダァン!と蝶番が吹っ飛びそうな勢いでドアが弾ける。
俺と琥珀さん、翡翠の視線は戸口に注がれる。
「琥珀!あなたなんてコトをするのよ!」
一瞬、誰がそこにいるのか分からなかった。
なぜならポニーテールのメイドが凄い形相で俺達に向かって怒鳴っていたから。
――えーっと、どなた?
と俺は一瞬マヌケにも尋ねてしまいそうになっていた。この部屋にやってく
るはずの人間は一人しかないけども、やっぱり初めて見るその姿と頭の中の情
報を結びつけるのは困難だった。
濃茶のメイド服で、エプロンが白くまぶしい。
それを着ているのは、細い顎筋からも秋葉であることに間違いはなかった。
だが、ヘアバンドはフリル付きのカチューシャになって。ストレートロングの
髪は頭の後ろでポニーテールにまとめられている。これだけ替わっただけでも、
驚くほどに印象は違う。
だが、修羅の如き形相は秋葉のそれに間違いない。これで澄まし顔て登場さ
れたらもう少し分からなかっただろう、と思うほどに……違うなぁ。
浅上の制服で出てきた琥珀さんといい、翡翠のメイド服で出て来た秋葉といい。
「あは、似合ってますよー秋葉さま〜」
「………」
「私に翡翠のメイド服が似合ってもなにも嬉しくないわよっ!」
俺はこう、何を言えばいいのか分からずあうあうと口を開いて戸惑うばかり。
翡翠も琥珀さんの恰好で黙っている。目の前にいるのはメイド姿の秋葉と、
浅上制服の琥珀さん。なにか、新人のメイドが巫山戯るお嬢様をたしなめてい
るような情景。
俺は眼鏡をそっと外すとと、目頭を押さえて頭を振った。
なにか変な物を、さっきからずっと拝み続けているような気がする……
「何で私にこんな服を着せるのよ、琥珀」
「それはですね、私が秋葉さまの制服を一回着てみたかったからです〜」
「答えになってないわよ答えに!それにこの髪も!」
秋葉が頭の後ろで揺れるポニーテールを掴んで目の前に引き据える。
この髪型も、秋葉の印象を変える一因だった。秋葉というとストレート、は
固定観念になっていたのだから。うむ、新鮮だ……これから秋葉にポニーテー
ルというのも悪くない。
「やっぱり、使用人の服になるからには髪もまとめませんとねー」
「……兄さん!翡翠!なにをぼーっとしているんですか!」
いきなり攻撃の矢先は俺と翡翠に向く。
秋葉はそう言って指を差すが、俺の次に差した翡翠でまた目を剥いてしまう。
それはそうだ……そこに立っているのは琥珀さんなんだから。見た目は。
「な……なな、なんで琥珀が……翡翠は?」
「申し訳ございません秋葉さま。今は姉さんの服を着ておりますが、私は翡翠
でございます」
「……いや、それは翡翠だ。俺が保証する」
俺は横から口出ししてそう付け加える。このままだと秋葉が疑念の中に捕ら
われて周囲に被害を与え始めることを恐れたから……と言っていいのかも知れ
ない。
だが、それは同時に秋葉の次の攻撃を俺の方に誘導することに他ならない。
秋葉はキっと腕を組んで俺を睨み付ける。
でも、秋葉はメイド服。いつもの噴き上がるような威圧感が無く、なんだっ
て使用人が俺を睨み付けている?というような疑問しか感じない。
……こりゃぁいい。秋葉にいつもの仕返しが出来る。
その後にどういうお返しが来るかが分からないでもないが、まぁ……今はいい。
「兄さん、なにをにやにや気味悪く笑っているんですか」
「気味悪くって……傷つくなぁ、秋葉。俺はただ微笑ましくお前のコスプレを……」
「とにかく、こんな事になっているのは兄さんのせいでしょう。なにを考えて
琥珀にここまでさせたのか、私が納得いくように説明して貰います!」
そりゃ冤罪だ、秋葉……首謀者は琥珀さんだし、俺は琥珀さんを唆せるはず
もない。
だが秋葉はそんな俺にお構いなしに、腕組みした険しい姿勢を崩さない。目
つきは鋭く容赦がないが、やっぱりこの恰好、迫力というか威圧感がない。
秋葉のすらりとした身体に、翡翠のメイド服は似合っているように見える。
秋葉の方が背が高いせいか、脛下まであるはずのスカートが僅かに高くなって
いた。白いエプロンとコントラストを為していて、見慣れているはずなのに秋
葉が着ているとどうにも新鮮に見える。
こんな恰好の秋葉をいぢめてみたい……むらむらと俺の心の中で欲望が沸き立つ。
さっきの翡翠と言い、琥珀さんと言い、俺は一体なにを考えているんだか……
「説明ねぇ……ふふん」
俺は妙に勿体ぶって鼻を鳴らしてみせる。キリ、と秋葉が歯軋りする音が聞
こえたような気がするが……怒っているのかな?
さて、どうしたものか。琥珀さんがやったんだ、俺はなにも……というのが
妥当なようだが、それはどうもつまらないし意気地がない。
いや、いっそ……
俺は琥珀さんにちらと目配せを送る。
琥珀さんもそれに気が付いたのか、俺の瞳を見て頷いた。
(To Be Continued....)
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