玄関を背にし、開け放たれた正門が見える前庭の砂利敷きの道の真ん中で、
志貴は焚き火に手をかざしていた。
陽は既に落ち、当たりには暗闇が広がっている。遠野家の明かりも絞られて
いて、一階の一部にカーテン越しの明かりが見えるだけであった。
志貴の足下でぱちぱちと音を立てて燃える薪が、一番大きなこの庭を照らし
出す明かりであった。志貴は火の具合を見て、足下に積んである薪を火の中に
投げ込む。
志貴は、こうやって敵が来るのを待っていた。敵とは言うまでもなく――ネ
ロ・カオスである。
志貴は白く息を吐きながら、時折門に目を投げ掛けながら待つ。
庭園の空気は、重く沈滞している。唯でさえ遠野邸の庭は広大で鬱蒼とし、
重苦しく感じる事があるが、この空気の重さはシエルの張った結界ゆえだとい
う。効果のほどは志貴には半端にしか分からないが、とにかく有利に勝負を進
めるためのお膳立てだと言うことである。
シエルは、火の周りには居ない。ネロを迎え撃つための有利なポジションを
占めるために、まずは穏行するというのが作戦であった。だが、シエルの武器
のことを知る志貴には、この作戦自体がかなり無茶であることを知り、内心冷
や汗を垂らす思い出いる。
望むらくは、シエルの腕に誤りがないことを祈るばかりの志貴であった。な
ぜなら、シエルの武器というのは――
志貴は足下からサーベルを拾い上げ、鹿革を巻いた柄を握って体温を馴染ま
せると、鯉口を切ってゆっくりを刀身を抜く。焚き火の火を移す刀身に、紅黒
い光の反射が映るのを眺め、志貴は軽くサーベルを振る。
使って使えないことはない。もっとも、七夜の方の志貴はどう考えているの
かは分からないが――志貴はそんなことを考えながらも、使い慣れたナイフを
刺した腰のベルトを撫で、そして、意を決したように眼鏡のフレームに指を掛
け、深呼吸してから外す。
暗闇の中でも、世界は変容した姿を見せつけていた。
志貴は左手で軽く眉間を抑えると、ふーっ、と長く息を吐き、闇に光る蒼い
目を開け放たれた門に向ける。
そこには――黒いコートの影があった。黒い瘴気のような殺気を帯び、混沌
の暴君たる傲慢な素振りをみせ、傍若無人の様で門を越える黒い男。ゴツゴツ
という重い足音を響かせ、砂利を踏みしめて進んでくる。
志貴はサーベルを下げ、炎を隔ててその男と対峙した。
「出迎えはお前か。この策を仕組んだ、あの殺し屋はどうした?」
顔を顰めて不満そうに言い捨てる男――ネロ・カオス。
志貴は前もって、この傲岸な死徒に対して萎縮してしまうことを恐れていた。
だが、危険を身に染みて知っているはずの二度目には不思議に威圧を感じず、
むしろ志貴の中の七夜の極死相がより早くせり出してくるのを感じる。
むしろ、怒りの転じた戦意すら湧く。それは、戦うのは一人ではなく、シエ
ルが供にいるという安心感からなのかも知れない。
志貴の声は、震えていない。
「ここは俺の家で、客が来たら迎えるのが俺の仕事だ。俺では不満か、ネロ・カオス」
志貴の声に、ネロは露骨に不快そうに眉をつり上げる。ク、と僅かに開いた
口から不快そうな唸り声が漏れて志貴の耳に低く伝わった。
まるで猛獣だな――志貴は心の中で一人語ちる。
サーベルを吊す手が次第に軽くなっていくのを志貴は感じていた。己の中の
もう一人の志貴が身体を支配し、この得物を操る感触を掴んできているからだ
と知った志貴は、すいと切っ先を上げ、黒いネロに擬する。
「……多くのことは言わない、ネロ・カオス。秋葉を返せ」
「お前のその風では、交渉して取り戻そうなどという気は更々あるまい、遠野
志貴。あの女に唆されたか……愚かな、命を無駄にする気か」
肩をすくめて見せたネロに、志貴の低い笑いが響く。
「こっちは一回死んだ身だ。死は――喪失と後悔に満ちた生に比べれば恐れる
に足りない」
「……分かったようなことを言う。その高言の咎、己が身で――贖え」
(To Be Continued....)
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