「あくまでも推測ですが……」

 シエルが口を開くと、志貴は湯呑みを置き、足を組み替えて話を聞く姿勢を
取る。

「秋葉さんは、おそらくネロとアルクェイドが対峙していたフィールドの紛れ
込んだのではないのかと思います。秋葉さんもかなりの特殊な力の持ち主なの
で、この二人に引き寄せられた可能性も考えられますが……」

 シエルはちらり、と志貴の顔を眺める。そこに不安の隠しきれない様子を見
て、シエルは先に進むのを僅かに躊躇ったが、軽く一息ついてから再び話し始
める。

「その際に、秋葉さんに注目したネロが、秋葉さんを取り込んだのでしょう。
 秋葉さんは、どうも吸血種や超能力者というよりは、もっと根元的なものに
――精霊や超越種・幻想種に近いルーツの影響が強いみたいです。〈略奪〉と
〈共有〉という二つの力を、ネロは手に入れようとしたのかも知れません」

 志貴は、ネロの言葉を思い出していた。胸から秋葉を出して見せたネロは、
秋葉の力と言うことに拘っていたように、今となっては聞こえることに志貴は
ようやく気づく。
 志貴は、あのネロの侮蔑の事を思い出し、秋葉を前に何もできなかった忸怩
たる自分の惨めな様を思いだし、冷たい怒りにじっと手を握る。

 震える唇で、志貴は言う。

「……何のために秋葉をそんな……」
「……アルクェイドと戦う時の、切り札としてでしょう。〈略奪〉の力をネロ
が身につければ、勝負の趨勢を決する武器になりえますから」

 身動き一つせずに答えるシエルの言葉の冷たさに、志貴は苛立ちを一瞬憶え
る。だが、それは彼女の冷徹な計算故と言うことが分かる志貴は、それを表に
出すことはなかった。

「でも、秋葉さんの事は恐らく狙ってやっていたことではなく、偶然でしょう
ね……」
「先輩、じゃぁ……秋葉は助かるのか?」

 志貴の重々しい問いに、シエルは否定も肯定もしなかった。

「……まだ、秋葉さんは完全にネロには取り込まれていないと……獣王の巣は
対真祖のための解析型の遅効結界ですし、秋葉さんも並大抵の存在ではないか
らまだ保つかも知れませんが……どのみち時間は我々を味方しません」

 シエルの明るくない展望の言葉に、志貴は肩を落とす。

「それに……ネロがもう一度アルクェイドと戦う前に、ネロを何とかしないと
秋葉さんを救える機会は無いでしょう」
「……?」
「……ネロがいくら強大だと言っても、本気になった真祖に敵うとは思えませ
ん。もし、ネロが敗れてしまえば……秋葉さんの事はご破算です」

 シエルはそこまで言うと、顔色を陰らせて俯く。そして、言いにくいことを
口にするかのように、訥々と語り出した。

「私の仕事とすれば――人類にとってより有害なのはアルクェイドよりネロで
す。なので、吸血鬼同士が相打ちするのを黙って監視し、漁夫の利を得ろとい
うのが機関指導部の方針です。したがって秋葉さんは不幸な被害者だった。と」

 シエルの言葉はともすれば冷たく聞こえるが、慚愧の念に耐えぬのが志貴に
も感じ取れる。志貴は、そんなシエルに声を掛けようとしたが、掛けそびれて
ばつが悪く黙り込むに止まる。
 シエルはしばらく俯いていたが、やがて決意を秘めた目で顔を起こした。

「……ですが、私も秋葉さんや遠野くんには恩がある身です。みすみす見殺し
にするわけには行きません」
「……恩?恩って、先輩、俺はなにも……」
「ロアの転生体――シキ、の事です。私はあのロアには並ならぬ仇があったの
で……ですから、遠野くんや秋葉さんの苦境を見て見ぬ振りはできないのです」

 志貴はその言葉に呆気にとられていた。
 だが、シエルの言った言葉の滲むように心に広がり、シエルが自分たちを助
けようとしてくれることに対して、言葉に尽くしがたい感謝の念が満ちあふれ
てきた。

 ――先輩は、あの時だけでなく俺を助けて……

 だが、次にシエルが言い出したことは志貴の予想に反しており、志貴は愕然
とした。

「だから、遠野くんは無理せずに万事解決するまで……」
「……先輩、悪いけどそうもいかない」
「そうもいかないって……遠野くん、遠野くんはフツーの人間なんですよ?あ
のネロの時だって危なかったのに……」
「先輩、悪いけど俺は普通の人間じゃない」

 俄に腰を上げて反論する志貴と、それを説得して押しとどめようとするシエ
ル。二人は腰を上げてお互いにまくし立てるが、志貴の最後の言葉にシエルは
黙り込み、え?と首を傾げる
 志貴は腰を下ろし直し、ゆっくりとシエルに告げる。

「……先輩も知っているかと思うけど、俺……物が壊れる線や、人の死の点が
視えるんだ。だから、戦えないことは……きっと……」
「……ごめんなさい。こっちも遠野くんが『直視の魔眼』の持ち主だって忘れ
てました……ふーむ、なるほどなるほど……」

 ふむふむ、と呟きながらシエルは志貴に続いてクッションの上に腰を下ろす。
そして、眼鏡を鼻に引っかけたままで、視線は天井を見つめてなにやら算段や
物思いに耽っている様子だった。
 そして、志貴のことを上から下までじろじろ眺めてから、真面目な顔で問う。

「遠野くん……もし一緒にネロに対して戦うとなったら、生半可な心構えだっ
たら死にますよ?」
「……戦う覚悟は、シキの時にもう付いた。それに先輩……秋葉を救うための
策はあるの?」
「……無いことはないのですが、その……そうですね、これは遠野くんに協力
して貰った方がいいみたいです。やっぱり……うん」

 何かを納得して頷くと、シエルは言葉を続けた。
 志貴はなにかを胸中に蔵しているシエルを前に、ごくりと唾を飲む。

「よし、これで作戦は決まりました。遠野くん、協力をお願いします」
「俺にできることであれば、何でも……先輩?」
「遠野くんの家の庭、貸してもらえますか?」

 意外な提案に、志貴は一瞬どう応えていいのか迷うが、すぐに頷く。

「大丈夫だと思う。で、先輩、それがいったい……」
「周囲に迷惑が掛からない、勝負の場です。それと、いろいろ機材を遠野くん
の家にあらかじめ運び込ませて貰いたいのと……」
「ああ、それは七夜さんと翡翠に言っておくから。で、機材って言うのは?」

 そう尋ねられて、シエルは腰を上げると、傍らにある無愛想な木箱をぽんぽ
ん、と叩く。志貴がその箱を眺めると、シエルは手慣れた動きで木箱の釘を懐
から出した万能ナイフのプライヤーで外していく。

「まぁ、これだけじゃないんですけども……」

 両手で蓋を開けたシエルが中を示し、それを覗き込んだ志貴は文字通り絶句
した。
 何しろ、そこに収まっていたのは――

「せ、せ、先輩……何やる気なんですか?」

 箱の中を覗き込んだ志貴が真っ青になって尋ねる。
 しかし、箱の中を示すシエルは得意満面な面もちで、一言。

「決まっているじゃないですか、今度は戦争です」

(To Be Continued....)