「なっ、なっ、なぁぁぁーっ!」

 そこに描かれていたのは……ベッドの上に横たわる志貴と、その股間の肉棒
に唇を寄せるアルクェイドの姿であった。
 いきなりほのぼの絵本が十八禁イラストに変わってしまった衝撃に、志貴は
スケッチブックを取り落としそうになっていた。まるでスケッチブックが焼け
た鋼鉄の板であるようにわたわたと手の上で踊らせていたが、秋葉の冷ややか
な視線に気が付き震えながら持ち直す。

 また、一枚紙をめくると、そこには同じ様な恰好で両手で志貴の逸物を弄る、
眼鏡をしていないシエルの姿がある。
 次は、切なげな顔で跪いて志貴の股間に口を宛って奉仕する翡翠の姿。
 可笑しく嬉しそうにベッドに縛り付けられた志貴の股間を愛撫する琥珀の姿
と、それを見ながら椅子の上で自分を慰める秋葉の姿。

 皆、奇妙にリアリティのある絵に志貴は思えた。なにしろ、この絵に描かれ
た事は……すべて、志貴の中に潜む欲望の鏡に映る、妄想の影であったのだから。

 ――まるで、コレは俺の夢を書き写したような……

 夢。
 その言葉で、志貴の中で歯車の一つが噛み合った。だが、一つの歯車が噛み
合い真実に向かって進んだとしても、まだなにもかも分からないことだらけで
あったのだが。

「レン、なのか……?」

 夢魔の少女の名前を、思わず口にする志貴。志貴の夢を垣間見ることが出来
るのは、レンしかないのだから――
 だが、スケッチブックに目を落としたままの志貴を見下ろす秋葉は、その呟
きを聞いて冷たく素っ気ない笑みを低く浮かべる。

「あら、あの娘にはそういう名前があったんですか」
「ああ……って、秋葉!何でお前がそんなことを!」

 レンは、この屋敷の中では黒猫としてしか現れていないはずであった。
 だが、秋葉はレンが人間の形態をとれるという事に気が付いている――なぜ?
という答えのない問いが頭の中でぐるぐる渦巻く志貴。

 秋葉は、腰に手を当てて溜息をついた。

「兄さん、兄さんは私を何だと思っているんですか……それは、普通の人間だ
ったらあの黒猫にそんなことが出来ると気が付くわけがありません。でも、私
は遠野なんですから、人間以外のモノはすぐに気が付きます」

 遠野――鬼種の血統。人にあらざる血故に、常ではないレンの正体に気が付
いたというのか。志貴が口をぱくぱくさせて言葉もなく息をはき続けるのを見
つめて、姿勢を崩さずに秋葉が続ける。

「それに、琥珀も気が付いて……巫淨は『観』える家柄ですから。
 私と琥珀に気づかれているのを知ってか、あの娘は素直にしてくれましたわ」

 うっすらと笑いを浮かべてそう言う秋葉に、志貴はぶるりと身体が震えるの
を感じる。よもやレンにはひどいことをしていまいな……と祈るような気分で
あったが、秋葉の檻髪と琥珀さんの陰謀が重なると、何が起きても不思議では
ないのだ、この遠野家の中では。
 そう志貴は心の中で独白する。

「で、秋葉、そのー」
「いえ、非道いことはしてませんわ。ただ、琥珀はあの娘と遊んでいて、言葉
がしゃべれないからこうやって絵を描いていたそうで……」

 そう話す秋葉の前で、志貴は琥珀とレンの中庭での様子を思い出す。
 ああ、そうか……レンと遊んでいたのか、琥珀さんは。志貴はそう思って何
と無く安堵に似た気持ちを憶えなくもなかったが、それがどう、今の十八禁画
に繋がるのかが見えてこない。

 志貴が黙って頷くと、秋葉はほんの少しだけ視線を志貴から外す。

「あの娘はいろいろ絵を描いていたんですけども……琥珀はあの娘が他人の夢
を垣間見られると分かったみたいですね、さすがは琥珀というか……
 そこで、聞いたそうです。『兄さんはどんな夢を見ているのか』って」

 ――ああ、なるほど

 志貴の中で、秋葉のその言葉で腑に落ちた。
 琥珀さんはほんの興味からそんなことを聞いたんだろう。それで、レンは正
直に俺の夢を描き、それが秋葉に……だから、こんなスケッチが俺に回ってき
たのか。
 そう、それならば不思議でも何でもない――

 ――って、おい、それは……

 一つのことが納得できた志貴ではあったが、それは同時にものすごく恥ずか
しいところを観られた恥ずかしさが身体を占める。いうならば、ずっと秘密だっ
た日記帳を誰かに読まれるような、立ちくらみのするような恥ずかしさ。

 ざぁぁぁ、と志貴の顔から血の気が失せていく。それもそのはず、自分が心
の中で弄んだ淫夢の数々が暴露されて、あまつさえこのように紙の上に残り、
それが琥珀に見られたどころか、秋葉の手に渡っていたのである。
 
 志貴の中でポイントが切り替わったかのように思考回路が動き始める。そう
だ、これは……琥珀さんの陰謀なのだ、と。如何にも琥珀さんがやりそうなこ
とだ――とも。
 だが、そう確信したとしても一体事態がどこにむかって動いているのかが分
からない以上、今の志貴は目隠しされてジェットコースターに乗せられるよう
な、いかんともしがたい状態であった。

「秋葉、これは……その……」
「……兄さんのその狼狽からすると、あの娘の描いたその絵も、まんざら嘘で
はないみたいですわね」

 秋葉はそう言って、ふっと暗い笑いを顔に過ぎらせる。その顔色からは、た
とえそう考えていたとしてもこれを嘘だと言って欲しかった――という、秋葉
の願望の色が読みとれなくもない。
 だが、そこで嘘を付けないのが志貴であった。秋葉の言葉に詰問を勝手に見
いだしてしまい、頷くでも首を振るでも無く、硬直している。

 秋葉は姿勢を崩すと、志貴の元に歩み寄ってスケッチブックに手を掛ける。
志貴の指はスケッチブックを握っていたはずであったが、秋葉が指を引っかけ
て引き上げるとまるで、砂で指が出来ているかのように、脆くも手放してしまった。

「秋葉……そんな、レンの事を真に受けるだなんて……」
「あら、あの娘は嘘が言えるようには思えません。むしろ、兄さんが夢と称し
て嘘をついているかもと思ったんですけども」

 秋葉はそう言いながらスケッチブックの頁を戻していく。その頁に書かれた
痴態の絵を見ると秋葉の頬が紅潮するが、咳払い一つしてなんとか話をし始める。

「まぁ、兄さんも殿方ですから、私たちでこういうその、いやらしい妄想をさ
れても仕方がありませんし、私も兄さんにそんな夢を見るなとは言いません」

 そう良いながら、秋葉は志貴に一枚また一枚とレン画の志貴の口唇奉仕され
ている姿を見せていく。自分で見るのも赤面するモノであったが、こうやって
秋葉に一枚一枚見せられると言うのは、身悶えするほどに恥ずかしいことであった。

 出来るものならこの場から逃げ出したい志貴だったが、手は痺れ足は萎え、
身動き一つままならない。もしや秋葉の檻髪の術中に填ったか――とさえ考えら
れる。
 が、秋葉の様子は僅かに怒りを湛えているが、それ意外に不穏な気配はない。

 志貴が相変わらず無言なのを見て、秋葉は一枚の絵で指を止める。
 それは、ベッドに縛り付けられた志貴をお口で弄ぶ琥珀と、それを眺めなが
ら椅子の上で淫らな恰好で自慰に耽る秋葉の姿が描かれた一葉であった。

「兄さん……これは、どう言うことなのですか!?」

 秋葉はその絵を改めて志貴に見せつける。その絵の中に自分の姿も描かれて
いることから、秋葉も恥ずかしい思いであったが、その恥ずかしさを越える何
かが――秋葉を動かしていた。

「……そ、それが一体どーしたんだ、秋葉……」

 かすれる声で志貴は尋ね、空唾を飲み込む。秋葉はしばらく無言で志貴の様
子を見つめていたが、黙っているばかりでは埒が明かないことを悟るとゆっく
りと説いて聞かせるように話し始める。

「兄さんの夢では、アルクェイドさんも、シエルさんも……それに、翡翠や琥
珀も兄さんにお口でされているのに……なんで私だけ、これなんですか!?」

 眉をつり上げた秋葉がそう怒りに震えながら、指をスケッチブックの自分の
姿の上に突き付ける。志貴は言葉もなく、秋葉の詰問の前で答えが見つからず
に頭の中では右往左往するばかりであった。

「兄さん……そんなに兄さんは、私にお口でされるのが嫌なんですか?」

 ――そうか、そう言うことだったのか

 志貴の中で、初めて全ての質問と意図が繋がった。秋葉は、レンの描いた絵
の中で一人だけ違う行動であったことを気に病んで尋ねてきたのだと。
 そう分かればひどく他愛ない話であったが……志貴は感心したような目で秋
葉を眺めて笑おうとしたが、その瞬間に笑いは喉で凍ってしまった。

 秋葉は、まるで人でも殺しかねないような瞳で志貴を睨んでいた。
 
「秋葉、お前……これは、俺の夢の話だろ?そんなにムキになることは……」
「いいえ、兄さん。夢の話しだからこそあるんです」

 ずばっと断言されて、志貴は思わずたじろぐ。スケッチブックに突き付けた
秋葉の指は力みすぎてぶるぶると震えだし、顎を引きキッと志貴を睨む瞳の中
に、尋常ではない紅の色を見いだして志貴は言いしれぬ不安に狩られる。

 ――そんな、馬鹿な

「夢は、時には覚醒時以上に如実に人の心理を写すんです、兄さん。
 この絵を見ると…他の方はお口でされているのに、私だけは違う……兄さ
んは、本当に私にお口でされるのがお嫌いだとお見受けいたしますが、どう
なんですか?」

 さぁ、とばかりに半歩ずずいと寄ってきた秋葉。
 それに対し、答える事もできず退く事も出来ない志貴は、ベッドの上に追い
つめられるような形になる。思わず腰が砕けてベッドの上に座り込んでしまう
志貴と、まるで押し倒すかのように立ちふさがる恰好になる秋葉

「秋葉!誤解だ!」

 ようやくのことで志貴の喉から割って出て来たのはそんな言葉であった。わ
たわたと萎える腕を振り回し、なんとか弁明に努めようとする志貴。
 そして、スケッチブックを放り投げ、怒りを通り越してもはや怪しい笑みと
なった表情で腕を組み、志貴を見下ろす秋葉。

「俺は一回も秋葉にお口でされたくないだなんて考えたことはないんだ!信じ
てくれ!」
「……でも、兄さんは私に今まで一度もお口でしてくれ、と言ったことはあり
ませんよね。ええ、この絵を見てやっと腑に落ちたんですよ、私は……」

 そんな、いつそんなことを言う機会があったんだよ!という志貴の抗議の叫
びを無視して秋葉は話を続行する。今や志貴をベッドに追いつめた優勢の立場
に立つ秋葉は、ふんと鼻で笑ったかと思うと――

「まぁ、そんなことは構いませんわ、兄さん
 兄さんも、一度私にお口でされたらきっとその考えを改めていただけると……
ですから兄さん、大人しくなさって下さいね」
「ひぃぇぇぇぇ!秋葉!思いとどまれ!」

 志貴は秋葉の腕が伸び、寝間着の下を触ろうとするのに気が付いて必死に抵
抗しようとする。だが、片手で秋葉は志貴の腕を掴むと、軽く払いのけて抵抗
を封じる。そして、腰を下ろして秋葉は志貴の寝間着をずり下げようとしていた。
 もがく志貴。妖しい秋葉の笑顔。

「うふふ……こういうのもいいですね、兄さん……兄さんの無力な様がそそります」
「何を口走っている秋葉っ、あう!」

 秋葉の細い指が寝間着の股間を掴み、まだ堅さの残った男性自身を握られる
感触で思わず声を上げてしまう志貴。その声を聞いた秋葉はうっすらと笑うと、
おもむろに――

「ひやぁぁぁ!秋葉!」

「ほらほら妹、志貴は妹にお口でされるのはいやだって」

 脳天気な第三者の声が部屋の中に響き、志貴も秋葉も動きを止める。

 志貴は秋葉越しに、秋葉は肩越しに振り返ると――開け放たれた窓を背に、
声の主が忽然とあたわれていた。秋葉を妹呼ばわりして止まないのは、白いハ
イネックのサマーセーター姿のアルクェイド、その人しかいない。
 
 秋葉は志貴を押し倒した恰好を見られていたが、そんな恥ずかしいシーンを
見られたという事よりも、せっかく志貴を押し倒した所を邪魔された苛立ちか
ら、眉をつり上げてアルクェイドを睨む。
 一方のアルクェイドは、にやにやと意地悪い笑いを浮かべている。

「……なぜそこにいらっしゃるの?アルクェイドさん」
「この窓は、私と志貴の愛の通い路だからねー。あ、お邪魔してるね、妹」

 秋葉に睨まれても、アルクェイドには動じる風もない。一方押し倒されてい
る志貴は窮地を脱したかと思ったが、それはすぐに秋葉に襲われる窮地から、
秋葉とアルクェイドの修羅場に放り込まれただけだと理解する。

 アルクェイドは無頓着に近寄ってくると、床に放り投げられたスケッチブッ
クを拾い上げ、ぱらぱらとめくって覗き込みながら喋り出した。

「だーかーら、妹。多分志貴は妹がお口でするのがヘタだと分かっているだよ
ねー。ま、吸血鬼の端くれの妹にお口でされたら、噛みつかれると思っている
んじゃないのかな、志貴は」

 平然とした顔をしながら、恐ろしく挑発的な事を口にするアルクェイド。そ
の言葉を聞いて文字通り凍り付いてしまう志貴と、対照的に立ち上がって憎々
しげに睨み付ける秋葉。
 秋葉はギリ、と奥歯を噛み締めると唸るように吐き捨てる。

「はっ、本物の吸血鬼のあなたにそんなことを言われたくはありません!」
「ふーん……それじゃぁまぁ、論より証拠ってやつを見せてあげる、妹」

 アルクェイドは不敵な笑いで秋葉に応え、そのまま志貴に向かって進んでい
く。先ほどは秋葉に迫られてだらしなくずり下がっている寝間着の下を直す暇
もなく、秋葉を押しのけて目の前にやって来たアルクェイド。志貴は、その美
しい彼女の姿を惚けたように見上げる。

「アルクェイド、お前……」
「あ、楽にしててね、志貴。私が妹にお見本を見せて上げるから……」

 アルクェイドはにっこり笑ってベッドの元に跪く。
 秋葉に迫られたときには、志貴は正直の所身の危険を憶えていた。だが、何
の因果かアルクェイドに同じように迫られている今は、信じられない、という
思いの方が先に立ち、逃げたり抵抗したりする前に、呆然とするばかりであった。

 ――一体、さっきからどうして

「じゃぁ志貴……」

 志貴の身体にアルクェイドの細いしなやかな手が伸ばされた瞬間。
 窓の外の木立がガサリ、と鳴る。志貴の前からはじき飛ばされた秋葉ははっ
として窓に向き直ると、そこには――

(To Be Continued....)