「……それで、魅了の魔眼の力で遠野くんの体を欲しいままにしたという事で
すか」

 アルクェイドの話は簡単といえば簡単であった。
 どんな事が語られるのか固唾を飲んでいたのに、拍子抜けなくらいに。
 そんな真似をした事は許すわけにはいかないが、それならば遠野くんに罪は
無い。
 なのに何故アルクェイドが罪人の如く俯き、遠野くんがそれを否定して罪の
告白をするのだろう。
 そして一度ならず何度も情交を重ねたという言葉。
 わからない。

「わからないみたいね。いい、わたしは自分の意思で志貴の事を求めたんじゃ
ないの」

 言い訳のようにしか聞こえない。
 しかしその言葉に潜む緊迫感はなんだろう……。

「わたしの衝動が、志貴が欲しいっていう想いが暴走して、志貴に対して魔眼
の力を使ったの。
 自覚無しに。いえ、わたしはそんな事止めようとしたのに、止まらなかった
のよ。志貴の血を求めた訳では無いけれど……」
「暴走したのですか」

 声が強張っている。
 これは、由々しき事態かもしれない。
 まだ堕ちていないものの、吸血衝動に屈する前触れだとしたら……。
 最後の真祖との妥協無き戦いが始まるのかもしれない。
 この強大にして凶悪な存在を敵に回す。
 背筋に寒気が走った。

「先輩、アルクェイドは堕ちてはいない。それから後は何も衝動を、いやあの
時にもそんな危険な事態は起こってなんかいない。
 はずみでアルクェイドが魔眼の力を出したかもしれないけど、それに当てら
れて行動を起こしたのは……、あいつを欲望のままに抱いたのは俺だよ。アル
クェイドがではなくて、俺が抱きたいから抱いたんだ。
 その後も、不安になって怯えていいるアルクェイドの心に付け込んで何度も
繰り返して……。
 それが真相だよ。先輩の目を盗んで浮気していたんだ。
 謝って許して貰えるなら、どんな事でもする。
 こんな見下げ果てた奴と付き合うのはご免だと言うなら、それは……、仕方
ないと思う」
「……」

 必死になっている遠野くんの顔が私の目には痛々しく映る。

「違うよ、志貴はわたしの事……」
「少し黙ってて下さい。遠野くんもです」

 わかってきた。
 この何とも歯切れの悪い状況。理解しがたい二人の言動。
 アルクェイドが怖れている事があるとすれば、それは彼女が彼女でなくなる
事であろう。
 戦いの中で命を落とす事よりも、吸血衝動に屈して堕ちる事を。

 ロアによって暴走させられた時の事は、誰にもわからない。
 しかし今、血ではないものの、遠野くんを自覚無しに襲った事は、あの時の
再現を彼女に連想させたのだろう。
 抑制を失う前触れであると。

 そして遠野くん。
 彼もその辺りの過去の事は、わたしからも彼女からも聞かされている。
 しかし遠野くんは、アルクェイドからそんな陵辱を受けたのに、彼女を庇お
うとしているのだろう。
 さっきから口にしているように、きっかけはアルクェイドだとしても、自分
の意思でアルクェイドの体を求めたのだと主張し続けて。
 そのストーリーを補強する為に、そして怯えるアルクェイドを宥め慰める為
に、何度も何度もその行為を繰り返してきたのだろう。

 その結果、わたしに嫌われるのも厭わずに。
 
 
 考える。
 感情は置いておいて考える。
 埋葬機関のシエルとしてのある種冷酷な計算のみで判断をする。
 この事態をどう判断すればよいのかを。

 アルクェイドはある意味、教会の協力者ではあるが、潜在的に最大の敵の一
人である事は間違いない。
 いずれ堕して魔王になりうる存在。
 と言う事は。
 ・
 ・
 ・ 

 変わらない。
ならば、変わらないではないか。
 不確定要素が多少強まったとしても。
 いずれは敵になる存在、それは変わらない。
 すぐに魔王と化すのだとしても、まだ時間は残されているのだとしても。
 それならば、遠野くんを取り込んでいた方が良い。
 少なくとも遠野くんを敵に回し、アルクェイドの側に立たせるのはまずい。

 ならば。
 そうだ、何も難しい事はない。
 残されるのは、私自身の問題だけ。

「アルクェイド、貴方は自分が本当に魔王と化すと自覚したらどうするつもり
です」
「前にも言った通り。自ら命を絶つわ」
「そうですか」
「先輩……」

 穏やかに、不思議なほど穏やかにわたしとアルクェイドは言葉を交わした。
 彼女の答えは期待していた通りのものだった。
 ならば今度は遠野くんだ。

「遠野くん、アルクェイドが本当に吸血衝動に屈してしまったらどうします?」
「それは……」
「アルクェイドの意志を喪失してしまったら、それでも庇いますか」
「俺は……」

 口ごもる。
 確かに遠野くんには酷な問いかもしれない。
 しかしここでいったん旗幟鮮明にして貰わないといけない。

「そうしたら志貴がわたしを殺してよ」
「アルクェイド……」
「うん、志貴にならいいかな」

 遠野くんが苦悩の色を浮かべている間に、アルクェイドが口を開いた。
 その声は穏やかで明るい。
 悲壮感が無いところが、逆に胸をつかれる。敵対する私ですら。
 でも、それに動かされる訳にはいかない。

「そうですね。もしあなたが堕ちる事があれば、わたしと遠野くんがあなたを
責任をもって殺します」
「二人共何を言っているんだよ」
「それまでは、保留にしておきましょう。もっとも今すぐにでも後の禍根を絶
っておきたいと言うのなら、すぐにでも始末してあげますが」
「それは、おことわりだわ」

 アルクェイドの言葉に頷き、今度は遠野くんの顔を見る。
 話の流れが完全には消化しきれていない様だが、幾分緊張が薄くなっている。

「と、言う訳で遠野くん、今はここまででいいでしょう。
 遠野くん、アルクェイドの変調が知れたら、わたしがアルクェイドと容赦の
ない死闘を繰り広げるとでも思って、心配していたんでしょう?」
「うん……、そうだよ」
「では安心してください。今のままなら、わたしは彼女に予防策を取ろうとは
考えません。その代り事態が確定したら……」
「その時は、アルクェイドを救う為に先輩の力になる」

 よかった、その言葉を引き出せた。
 内心で安堵しているわたしと、アルクェイドも同じ気持ちだったのだろう
 うん、とアルクェイドが頷き、微かに笑みを浮かべる。

 それは僅かに哀しい光景だったかもしれない……、なんて感慨は置いておい
て。


「ところで、遠野くん」
「なに、先輩」
「にこやかになって安堵している遠野くんにこんな事を言うのは躊躇われます
けど……。
 咎なく恋人に浮気されて傷ついてしまった可哀想な女の子に対する落とし前
は、いったいどうするおつもりですか」
「えっ」

 遠野くんは絶句している。
 
「まさかわたしが黙って許すとは考えていませんよね」
「……」
「あ、許さなくていいよ。シエルが志貴のこと嫌いになっちゃったんなら、わ
たしが志貴を貰うから」
「あなたは黙っていなさい」

 もう精神的に立ち直ったのか。
 しぶといと言うか打たれ強いというか。

「何をすれば許して貰えるかな。何を言われても仕方ない……、と思う。
 先輩を傷つけて嫌われるような事したんだから。俺の事なんかもう恋人にし
たくないと言うのなら、もう捨て……」
「遠野くんも果てしなく落ち込まないで下さい。大丈夫です、遠野くんを手放
したりはしませんよ。
 ただ、罰は受けて貰いましょうか」
「罰……?」
「いえいえ痛かったりするような罰では無いですよ」

 露骨に怯え、そして目に見えて安心する辺り、素直で可愛いというか、少々
お馬鹿さんというか、ああ、抱き締めたくなるほど愛おしさを感じますよ、遠
野くん。


「遠野くん、今ここでアルクェイドの事を抱いてください。いつもしていた通
りにしてみせて下さい。
 もちろんわたしの目の前でですよ」
「な、何を……」
「シエル、何言ってるのよ」

 二人して驚愕の顔。
 何を言い出すのか、と目でも雄弁に語っている。

「聞こえなかったんですか。
 罰として、二人でいつもしていた事を私の目の前で、再現してくれと言った
んです。最初から最後まで」

 沈黙。
 しばしの間の後、ようやく当惑した遠野くんの声が紡ぎ出される。

「本気、先輩?」

 黙って頷く。
 本気も本気です。嘘でこんな事言えますか。

「いいよ、志貴。シエルがああ言っているんだし、そうしないと許して貰えな
いんでしょ」
「しなきゃいけないんだね、先輩」

 にっこりと笑って見せて頷く。
 多分遠野くんがよく言う「先輩の笑顔なのに目だけ笑ってない怖い顔」にな
っていると思う。

 遠野くんは観念した顔をする。
 ちら、と遠野くんが視線をベッドに向け、ちょっと伺うようにわたしを見る。
 どこですればいいのか問うている。

「お布団を床に敷きましょう。仕舞ってるのもありますから」

(To Be Continued....)