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 遠野の当主になること。その実態も解っていないのに、父の幻影に押しつぶ
されそうになって焦っていたのだろう。
 当主の座に据え付けられた瞬間、全てを失うと思い込んで焦っていただけ。
兄さんの傍にいたくて却って場を乱していただけ。
 とどのつまり、私は兄さんを信用していなかったということ。一人で全てを
背負わなければいけないと思い込んでいただけ。
 だから兄さんが帰ってきたら、今度は兄さんを信じて、兄さんに寄りかかっ
て、ゆっくりと兄さんとの日常を楽しもう。
 そのために、一旦全てを在るべきところに戻して、場を整え直そう。


 再転校の手続きで遅くなったため、学校に残っている生徒は殆どいない。短
い秋の陽は既に沈んでいる。私も急いで帰ろう。

「秋葉さん」

青い髪に丸眼鏡の女生徒――シエルが校門で待っていた。正直なところ、あま
り会いたい相手ではない。

「また元の学校に戻るそうですね」
「ええ、私がここにいては却って兄さんに迷惑をかけるだけでしたから。私が
半人前かそれ以下だと思い知らされました。だから、私は私の在るべきところ
に帰ります」
「あなたはそれで良いでしょう。でも、遠野くんは?」
「兄さんには回復次第、この学校に復学してもらいます」

 シエルの目つきが厳しくなる。

「遠野くんはいつ頃回復の見込なのです?」
「兄さん次第です」
「そもそも遠野くんはどこに行ったのです?
 国内全ての病院・診療所・保養所に手を回しましたし、出国履歴もチェック
しましたが遠野くんらしき人物はいませんでした」

 ……あきれた。兄さんの休学と私の転校を届けたのは今朝だというのに。

「どうやって調べたというのです?」
「ああ、秋葉さんには言っていませんでしたね。
 お気づきの通り私はまともな学生ではありません。本業は荒事専門のエクソ
シストです。遠野家は本業に関わる存在ですから、組織に調べてもらいました」
「兄さんは普通の人間よ。あなたとは関係ないでしょう」
「普通かどうかは置いておいて、遠野くんは確かに私の「仕事」の対象ではあ
りません。でも、私にとって大切な人です。関係はあります」
「仕事抜きで調べたと?」
「仕事にかこつけて、仕事抜きでです」
「職権乱用ね」
「それだけ心配なんです!」

 ああ、こういう人だから兄さんが信頼していたのか。

「意外と単純な見落としをされるのですね。休学届に書いた通り、兄さんは自
宅療養中です」
「あ……済みません、昏睡状態のために休学という口コミしか聞いていません
でした」

 シエルは一旦ぼけぼけな表情で謝ってから、再び殺気立った表情で詰め寄ってきた。

「意識不明の病人を医者に見せずに自宅に置いているというのですか」
「兄さんの身体的な異常は既に回復しています。加療を必要としなければあと
は自宅で対応できますし、週に一度は主治医に往診してもらう予定です」
「まさかとは思いますが……遠野くんは植物状態なのですか?」
「回復すると分かっている以上、植物状態ではありません」
「分かりません……なぜ回復すると言い切れるのですか?」
「そうね……エクソシストなら、魂が体とは別な場所に居るだけだ知っている
からだ、と言って信用してもらえるかしら」
「遠野くんの魂はどこです?」
「そこまで教えるほど私は親切ではないわ。でも、あなたとは仲良くするよう
兄さんに言われているから、特別に教えてあげましょう」

 本当はただ単にシエルに私と兄さんの仲を誇示したいだけだけど。

「私の中よ。
 あの馬鹿な兄さんたら、勝手に私のために死んだつもりでいるの。落ち着い
て考えれば死ぬ必要なんか無かったし、私と繋がっている兄さんが死ねる訳が
ないと言うのに」

 シエルは何も言わなかった。

「さようなら、シエルさん。あなたの卒業前に兄さんが帰ってきたらまた会う
事もあるでしょう」

 シエルに一方的に別れを告げ、家路につく。

 歩きながら、あの夜のことを考える。
 そう、私に命を返すつもりで自殺しようとしても、私と兄さんの命は繋がっ
ている。だから兄さんだけが死のうとしても私が生きている限り兄さんは死ね
ない。私と兄さんとで1つの命を分け合って生きることになる。
 もっとも、それは兄さんとシキも同じ。父が殺し、兄さんが致命傷を与えた
にも関わらずシキが死ななかったのは兄さんが生きていたから。あの夜、どう
いう訳か兄さんが切り裂いたのは自らの急所ではなくシキとの命の接点。命の
供給源を絶たれた事でシキは完全に死んだ。ひょっとして兄さんは解っていて
やったのだろうか。

「解っていてやったのなら、とっくに生き帰っているはずよねぇ」

(To Be Continued....)