3/

 死を連想させる深い静寂に包まれた街。
 限りなく空に近い場所で、はぁはぁと途切れ途切れの呼気が夜に響く。
 股間を自ら吐き出したザーメンで汚し、ぐったりと大の字に脱力した志貴と、顔から首ま
で白くどろどろに汚れたまま震えるシオンが折り重なっている。
 ズェビアは、シオンの体液に濡れた指をじっくりと味わうように舐っては、ひくつく穴
にまた突き入れて蜜を補給する。

「うぁ、あ……はっ、う……」

 志貴は、終わりのない虚無に身悶えていた。
 異常な興奮の中で迎えた射精は、身体に残った僅かな力と理性の殆どを白濁とともに押し
流してしまった。
 もう二度と意識を張れそうにない。
 フルマラソンの後のように全身が重く、頭は乱れて定まらない。
 脱け殻の肉体に、それでもシオンが零した毒は律儀に冷徹に巡っていく。

「はぁ――はぁ――――グッ!」

 自分の身体が別のものへと変わっていくことに、粟立つような嫌悪を覚える。
 もう、抗う術が一つも残されていない。
 心の剣さえ、折れて錆を生みはじめた。
 絶望が馴れ馴れしく背中に覆い被さって、射精の後の気怠さに拍車をかける。
 ……あとどれくらい、遠野志貴は人間でいられるのだろう。
 そんな弱音を浮かべた時。

 ――――どくん、と心臓が跳ねて、血液の代わりに朱い稲妻で志貴の全身を貫いた。

「が、はっ、あ……ぁぁぁぁッ――――!」

 脳髄を抉り潰すような痛みに、志貴は獣じみた悲鳴を上げて身を暴れさせる。
 シオンの血液に侵食されている時よりもさらに桁の外れた痛覚。
 神経を腐らせ溶かす猛毒を含んだ荊が、志貴を内側からずぶずぶと突き刺している。
 
「ぎぁっ、ああぁぁぁぁぁぁ……! がはっ、ぐぅあぁぁぁぁ!!」

 ――――それは、血の相克が巻き起こす痛みの乱気流。
 志貴に脈々と流れる七夜の血は退魔の水脈であり、その位置は正道より外れ生じた歪み
である魔と真っ向相克である。
 故に二つは決して相容れず、水と油の如くに志貴の体内で互いを排斥しようと激しく衝
突する。
 その鬩ぎ合いが、激痛という形で主の志貴に伝播されているのだった。
 二つの稀なる血は、一歩も退くことなく烈火の争いを繰り広げる。
 退魔たる七夜の血と、旧き魔である吸血鬼の血が互いに活性し、志貴を内側から変革し
ていく。

「志貴――――!?」

 志貴を襲う異状に気付いたシオンが身体を起こし、怪訝な目で顔を覗き込む。
 出迎えたのは、ぎょろりと見開かれ血走った志貴の双眸だった。

「ウゥ――――ぐっ、くふぅっ……!」

 志貴の身体の奥に、新たな炎が灯る。
 血を吸われ精を奪われ、魂まで疲弊し尽くしたはずの器に、熱がじわじわと再生する。
 シオンと、その背後に立つズェビアをねめつける瞳が、鋭く細められる。
 眼球に、てらてらと艶じみた光が蘇っている。

「志貴、いったい……」

 さしものシオンもまるで状況を飲み込めず呆然とする。
 志貴本人にも、この再生の答えを理解することはできない。
 つまりは、魔に対して無意識に荒ぶり、精神を昂ぶらせる七夜の血の躍動を。

「いいね。身体は不自由極まるが――――気分は最高だ。ぶちまけそうにイイぜ」

 そんな余裕が口をついて出た。
 まだ喉に吐き気が残留しているが、そんなことより身体を巡る熱の恍惚はどうだ。
 キモチがイイなんて言葉じゃ不足すぎる。本当に今すぐ射精しそうだ。
 ああ、そうだ。目の前のシオンに思い切り浴びせかけてやるのもいい。
 髪を掴んで鼻面にペニスを押し付けて、窒息するくらいにドロドロに。
 なんだ――――この感覚。どうしようもなく破壊的な快さ。

「あっ……!」

 驚きに息を飲むシオンの前で、反るという形容が正しいくらいの強烈さでペニスが勃起
して跳ね上がる。
 射精の後とは思えないほど男根は健康的に脈打ち、ぎしぎしとさらに膨張し続けている。

「そんなにもの欲しそうな顔で見るなよ。まだまだ、こんなものじゃない」

 蔑むように軽薄な目でシオンを圧し、志貴はつまらなげに鼻を鳴らす。
 七夜の血は際限なく顕在し、志貴を暴力の使徒に変貌させる。
 しかし体内の血闘が終結したわけではなく、志貴の中には未だ確実に吸血鬼の因子が芽
吹いている。
 ただ――――シオンが組成的に完全な吸血鬼ではないことが、志貴に反撃のチャンスを
与えた。
 位置的にはハーフであるところのシオンの支配力はまだ弱く、強力な退魔の血統である
七夜を押さえ込めるほどの影響を備えてはいなかった。
 故にシオンの侵蝕を振り切って七夜の血が顕在し、目の前に存在する二匹の魔――シオ
ンとズェビア――に心身を昂ぶらせているのだ。

「随分と元気が有り余っているようだな、少年。
 誂え向きだ、そろそろメインディッシュと洒落込もうじゃないか」

 志貴の変化を目にしてなお、ズェビアは余裕を崩さない。
 彼もまたエルトナムの名に連なる錬金術師であり、その磨き抜かれた眼力と思考で眼前
の敵の状況を性格に分析している。
 即ち、志貴の回復が精々声を上げる程度のささやかなものであり、反撃などを行なえる
ほどには到底達していないことを理解しているのだ。

「いいぜ。せっかく極上の肉を用意してくれたんだ、ナイフも通さずに帰るのは勿体無いからな」
「……だそうだ。来たまえ、シオン。今夜の馳走は君だからね」
「あ……は、はい」

 志貴の豹変に困惑しながらも、燃え盛る肉の熱には勝てないのか、シオンが促されるま
まにズェビアへ歩み寄る。
 志貴は、ワイシャツから零れかけた乳房や色濃く蜜を滴らせる腿を視姦しながら羊が近
付くのを待っている。
 同時に、脳髄は氷の如くに冴えて、先程までと真逆の理論を組み立てる。
 即ち、セックスによる精神的秩序の崩壊ではなく、寧ろそれを利用した安定を。
 全身で暴走する混血の痛みは、底無しの熱と渇きで志貴を苛む。
 それらの毒――少なくとも熱に関しては体温の交換である性交を用いればある程度を削ぐこと
は可能だろう。
 そこに活路を見出すのだ。
 油断なくぎらぎらと眼を輝かせ、志貴はぺろりと一度舌舐め擦りをした。

「そうだ、来いよシオン。好きなだけ注ぎ込んでやる」
「志貴……はい。私を、犯して……」

 動物的な欲望に身を焦がしながら、シオンは倒れたままの志貴の上にふらふらと跨る。
 腰が揺らめく度、血腥い夜風に吹かれて短いスカートが揺らぎ、剥き出しの下半身が白
い色香を放つ。
 シオンが志貴の両手をとってスカートの中へ導き、柔らかな太腿に添えさせると、志貴
は弱々しくだがむっちりとしたそれを握り締めた。

「んっ……そのまま、握っていてください。わたしが、始めますから……」

 志貴の腰の上で充分に股が開かれ、シオンは志貴の頭の脇に右手をついて身体を傾け、
上半身を密着させる。
 そして、腰の下では左手ががちがちに勃起したペニスを握り締めた。
 やや汗ばんだ指が竿をきつく圧迫して、心地好い刺激に志貴は熱い吐息を漏らす。

「は……ぁぁっ……」

 甘く喘いで、シオンは支えたペニスに狙いを定めると貝のようにひくつく入口をゆっくり
と近づけていく。
 充分すぎるほど愛液で濡れそぼった秘唇は、棒のように膨れ上がったペニスをなんら苦
もなくぬるりと咥えこんだ。

「んんッ――――!」

 シオンが挿入に愉悦し、豊かに女性を意識させる膨らみが志貴の鼻先で揺れる。
 ずるりと飲み込まれたペニスはスムーズにシオンの中を突き進み、たっぷりと濡れた内
壁を摩擦しながら奥を目指す。
 すぐには腰を落とさず、竿を半分ほど飲み込むとまた腰を上げて、ゆっくりと下ろす。
 ぬるぬるとシオンの中にペニスが消えては現れ、愛液に浸されて次第に妖しい光を帯び
ていく。
 ペニスがさらに一回り肥大して、充分にぬかるんでくると、シオンはやや表情を硬くし
て長いストロークで身体を沈める。

「は……ぁぁッ……」
「う、くっ」

 ペニスの先に跳ね返る感触を覚えて、志貴は眉を寄せる。
 シオンはゆらゆらと腰を小刻みに使って、亀頭で処女膜を擦っている。
 おそらくタイミングを図っているのだろうと思い、志貴は敢えて自ら動かずにシオンの
望むようにさせた。
 やがて、志貴の上でシオンが大きく肺を躍動させ、一つ深呼吸をした。

「……いきます、志貴」

 すとん、とシオンの手が志貴の胸から離れて、一気に頭の位置が下がる。
 ぬるりとした感触がペニスを伝って、一度目よりも強かに先端が薄膜を圧迫する。
 それでも破れるには至らず、結果シオンはさらに体重をかけて慎重に粘膜を断裂させる
ことになる。

「――――あ、くんっ……ぅ、あぅッ……」

 耐えるような悲鳴は、少しずつ裂けてゆく粘膜の痛みによるものだろう。
 しかしシオンは普段の気丈さを失っておらず、微痛を押し殺してさらに腰を沈めていく。
 汗を浮かせながら、それでも次なる快楽を求めようとする雌の姿に、志貴の背筋がぞく
りと震えた。
 そして、一際はっきりとした断裂感の後、志貴はシオンのさらに奥へと飲み込まれた。

「ふぁ、くっ――――――!」

 破瓜の痛みを、シオンは取り乱すことなく許容してみせた。
 その上、直後だというのに多少強引なくらいの腰使いで志貴のペニスを咥え始める。
 それが自分と同じく快楽で苦痛を払拭する試みだと理解して、志貴はシオンに奇妙な近
親感を覚えた。
 ……そして、実験はお互いに功を奏しているようだ。

「……ぐっ」

 軟体動物のような襞の感触に、志貴は弛みそうになる意識を繕う。
 この快楽を存分に楽しむ。しかし――――流されてはならない。
 それを改めて意識しつつ、パンパンに膨れた亀頭がシオンの内部を擦りつける感触を堪
能する。
 菊座と同じく、鮮血はシオンの身体を急速に、かつ淫靡に蕩かせているようだった。
 シオンは志貴の上で甘ったるく鼻を鳴らし、志貴との結合を楽しみながらも、それだけ
では満足せずに首を後ろに向ける。

「さあ――――ズェビア……」

 シオンは恥じらいに頬を染め上げながら、おずおずと桃を思わせる尻を持ち上げてズェ
ビアを誘惑する。
 汗の浮いた柔肌がてらてらと光り、まさしく魔性の果実のように淫らだ。
 
「――――うむ。ではとくと堪能しようか。不浄の穴の妙味をな」

 ズェビアも衣服を緩め、志貴に劣らず立派に屹立した自身を曝け出す。
 シオンは視線だけをそちらに向けながら両手をついて、やがて来る挿入――それも彼の言
う通り不浄の穴への――に身構える。
 唇が期待を隠しきれずにふるふると震えている。
 ズェビアの両手が荒々しくシオンの尻を掴み、左右に引いて尻の谷間を広げると、シオンは
それだけで志貴を咥えこんだ膣を期待で締まらせた。

「――――そぉ、らッ!」

 ハスキーに声を荒げ、ズェビアが腰を突き出す。
 棒のように景気良く勃起したペニスがシオンの尻の谷を擦って、ねっとりと濡れた蕾に
ずぶりと挿入された。

「……んくッ、は、あぁぁぁぁッ――――――!」

 志貴の上でシオンの身体が大きく跳ねて、形の良い唇がぱくぱくと魚のように空気を噛
み締める。
 あの異常極まる肛虐の刺激を経てなお、男性自身を肛門に受け容れるという行為はシオン
にとってかなりの衝撃であった。
 しばらく身体を動かすこともできず、シオンはぞくぞくと小刻みに震えながら内部をじ
わじわと進んでくるペニスに抵抗する。

「……ズ、ズェビア……! こんなに、大きい、なんてっ……! ふぁ、あぁぁッ……!」
「ぐ、あっ――――」

 志貴は連鎖的に収縮が強まる膣の味を噛み締めながら、爬虫類のような眼光でシオンの
痴態を眺めている。
 今、確かにシオンは悲鳴を上げた。
 だが、その苦悶の悲鳴に色濃い艶が含まれていたのもまた確かだった。
 ……いかに前戯でこっ酷く弄くり広げられたとはいえ、いきなり尻に男を受け容れて悦
べる女などそういるものじゃない。
 千人――――いや、万人に一人、それほどに極めつけの。

「……なるほど、そうかよ。錬金術師様は筋金入りのスキモノだったってわけか」

 ズェビアのモノを根本まで受け容れて、目を閉じて悦楽の祈りを捧げるシオンを見上げ、
志貴は嗜虐的な笑みを浮かべた。
 この身体が自由に動くなら、今すぐにそのだらしない膣をガバガバにしてやるところだ。
 だが現実に四肢は重く、吐き出しきれない衝動が苛立ちに転ずる。
 それを、意外にもズェビアが緩和してくれた。

「さあ……動くぞ、シオン」

 ズェビアはシオンと尻で繋がったまま両手を伸ばし、脱げかけていたワイシャツのボタンを
乱暴に毟り取って乳房を露出させる。
 ブラが引き裂かれて、丸みを帯びた肉の丘がこれ見よがしに志貴の眼前に現れる。
 それを、ズェビアの両手が押し潰さんばかりに握り締めた。

「……あ、んんッ……!」

 無遠慮な愛撫は乳房を強かに歪めて、シオンは走り抜けた痺れるような痛みに眉を顰める。
だが、続いたのはもっと無遠慮で野性的なピストン運動だった。

「――――は、あッ、んんッ……あッ、あぁぁぁッ……!」

 ぱん、ぱんと音を立ててズェビアがシオンへ腰を打ちつける。
 括約筋を押し退けてペニスが暴れ、シオンの尻を奥へ奥へと抉っていく。
 そして、志貴の見立て通り前戯を経たシオンの菊座は、初体験とは到底考えられない滑らか
さで張り切ったペニスを受け容れる。
 ぬるぬると体液で湿った内壁は、しかし滑りすぎずに膣以上の圧力でペニスを搾り上げ
る。

「おやおや。こちらは慣れない強張りも楽しみのうちなんだが……想像以上に君はいやらしい
娘だったようだ!」

 ズェビアが身を乗り上げ、シオンに深々と突きたてながら両手で乳首を強烈に捻る。

「ひぁ――――あはぁぁぁっ……!」

 突然の焼けつくような痛みに、シオンの背が仰け反る。
 はぁはぁと肩で息をつく間に志貴と目が合って、尻穴の快楽で疎かにしていた前の律動
を思い出し、申し訳なさそうにした後でシオンのほうから腰を使いはじめる。

「――――んぅ、あっ……はぁっ、志貴ぃっ……!」

 むっちりと張りつめた腿が震えて、シオンの腰が上下にスイングする。
 ちゅぷ、ちゅぷと卑猥な音を立てながら、志貴のペニスがシオンの中に飲まれては蜜に
濡れて飛び出してくる。
 シオンの内部はぬめったゼリーの層のようで、表面を亀頭でずるずると擦りながら進むだ
けで志貴の背筋に甘ったるい感覚が走る。
 だが、この快楽は使える。
 脳髄にまで届く女の感触が、体内で暴れ回る血の痛みを和らげてくれる。
 だから。この淫乱には、精々自分のために腰を使ってもらわなければならない。

「どうした、足りないぜ。イかせてほしいんだろ……もっと尻を振れ、シオン!」

 志貴が吠え、鉛のような身体を浮かせてペニスを槍のように真下から突き立てる。
 シオンには計算外の行動で、ちょうど沈めようとしていた腰が真っ向から貫かれて、キ
ノコのように膨らんだ亀頭のくびれが膣奥を擦り付けた。

「んァぁぁ、っ―――――!」

 深々と下から挿入されて強張ったシオンの尻へ、ズェビアのペニスもまた容赦無く注挿を続ける。
 二本のペニスが上下からシオンを挟み込み、体内へぐぷぐぷと鍵のように沈み込む。
 シオンはどこへ逃げることも出来ずに、男根から注ぎ込まれる熱と快感に悶え狂う。
 甲高い嬌声が、まるで歌っているようだった。

「あっ、はっ……あっぅ、くぅ、んぁぁっ――――――!」
「クク……そうそう、もっと歌ってくれシオン! 快楽の歌はソコで歌うものだ!
 襞で感受し粘膜で思考し体液で語れ! そして、タマラナイ気分になった時にはその口
にはしたなく出すのだ―――――おねだりの言葉をね」

 最後はうわべばかり優しげに零して、ズェビアはシオンの背に覆い被さると、

「さあさあさあ。――――――感情せよ感動せよ感応せよ官能せよ!」

 圧迫。まさに押し潰さんばかりの激しさで、ズェビアは真上からシオンの尻を犯しはじ
める。
 鋭い爪が乳房に食い込み、ところどころに紅い筋を生み出しても、シオンの喘ぎはトーンを
下げることなく、甘ったるく潤み続ける。

「んんッ……うぁ、はぁっ……ふ――深く、はいってるっ……! おなかに、届いて、し
まいそうでっ……あッ、はぅんっ――――――!」

 ズェビアの体重で、シオンの身体が次第に沈んでいく。
 唇が志貴と触れ合わんばかりに近付いて、乳房はとっくに胸板へ押し付けられ、極めつ
けに降りてくる腰と腰とが密着し、ペニスの結合をさらに深いものにする。
 根本まで深々と飲まれたペニスが、口に頬張られたような弾力で根こそぎに圧迫される。

「う……お、おおっ……!」

 暴力的なまでの勢いを持ちながら、肉の棒を愛撫するのはひどく繊細な圧搾だ。
 そのギャップが、志貴の予想以上に快楽を生産していく。
 ――――こいつはいい。
 極上の愛撫を堪能しながら、志貴は内心でほくそえんだ。

「――――あはっ、ン……くぅっ、志貴の、おおきい……ですっ――――」

 大きく開脚し、股間を擦りつけるようにしてシオンが志貴と結合する。
 中では膨れ上がった亀頭が我が物顔で暴れ回り、ずるずると粘膜を撫でる度にシオンが
甘く蕩けた悲鳴を上げる。
 動けない志貴をリードするためか、シオンは上下左右を問わず実に大胆に腰を使った。
 体操でもするかのように、忙しく腰と尻が揺れる。

「酷いなシオン、こちらの大きさは不満なのかい?」

 ズェビアが叩きつけるように腰を振り、上から圧し掛かってシオンの耳に舌を這わせる。

「んくっ……ち、ちがっ……! んぁっ……み、耳は、っ……」

 一層に強まる尻への挿入と、これまでとは異なる耳への刺激が混ざり合ってますますシ
オンの理性が磨耗する。
 ふるふると身悶える血族の少女にズェビアもまた激しい昂ぶりを覚える。
 打ち振るう腰は止まるどころか際限なく勢いを増し、柔らかな尻に壊れんばかりで叩き
つけられる。

「フハ、フハハハハハ! 良い声だ、良い顔だ、良い躰だ! 素晴らしいよシオン!
 本当に本当に素晴らしくいやらしく浅ましい! 君こそ理想の牝だ!」

 二人の吸血鬼は、禁忌の交わりに身の一片までも焼き焦がされる。
 だが、その淫風の中で、たった一つの思考だけが逆に冴えていった。
 志貴だけが、機械のように冷静にこの状況を読み込んでいる。

「――――――いける」

 ここまでで試みは概ね成功。
 奴等が同類相憐れみながら獣に還ってくれているおかげで、こちらはこうして考え事も
していられる。
 身体にもゆっくりとだが力が戻ってきている。
 後は、夢見心地で腰を振っているシオンの中に根こそぎぶちまけてやれば、それが反撃
の狼煙だ。
 こちらも体力を温存しつつ適当に愉しませてもらうか。

「あん、ぁ、はっ、うぁ……んんッ! はぁ、ふぁっ……こん、な、感覚っ……!
 志貴と、ズェビアが……んぁッ、わたしの……なかでっ、擦れて、るぅっ――――!」

 シオンは唇から唾液の糸を引きながら、上下から身体を貫く逞しいペニスに歓喜し身悶
える。ズェビアの舌がシオンのおさげを押しのけ、白い首筋をぴちゃぴちゃと這い回ると、
シオンも連鎖するように舌を志貴の唇に忍ばせてきた。

「んん……ふっ、しき、志貴――志貴っ……!」

 たっぷりと舌を絡めながら、シオンは志貴との結合に集中し始めた。
 鉤型を描くように何度も腰をグラインドして、ペニスを膣奥まで飲み込んでいく。
 主と同じく昂ぶりきったシオンの襞は、貪欲に蜜を溢れさせ、ゴムのような柔軟さでぎりぎ
りと男根を締め上げ、熱い射精を促す。
 くちゃくちゃと絡み合う舌の音と、ぬちゃぬちゃと卑猥に擦れ合う性器の音が混ざり合い、
張りつめた志貴の意識さえも弛緩させそうなほどに悩ましく響く。
 さらに。

「そら、今度はこっちと遊ぼうか、シオン!」

 ぱぁん、と渇いた音が響いて、ズェビアがシオンの尻を平手で張った。

「ふぁ、あぁぁぁッ――――! ん、くっ、は――――いっ……」

 ひりひりと痛む肌も取り合わず、シオンは斜めに腰を浮かせて、今度は上のズェビアに
尻を打ち付けていく。
 ズェビアもリズミカルに腰を寄せて、躍るような軽快さで二人の性器が深々と結合する。
 菊座も血と体液ですっかり弛んだのか、シオンの尻が浮く度にペニスは容易く谷間にす
っぽりと飲み込まれていく。
 受け容れるシオンの顔にも、今や見て取れるのは恍惚とした悦びの感情だけだった。
 尻を貫かれる背徳を蕩けた笑顔で歓喜し、自ら先をせがむように腰を揺らす。

「……んっ、くふっ……! すご、いっ――――うしろが、こんな、にっ……気持ち、いっ、
なんてっ……! とまら、な、いっ――――!」
「そう、君はもう止まれない。初めての夜がこれでは、もう真っ当な交わりでは身体が満
たされまい。更なる快楽、更なる羞恥を求めて乱れるしかないのだ。
 だが心配することはない。……クク、これからも私がそれを与えてやる!」

 ぐぷぐぷと粘液が交わる音を響かせ、二人の肛姦はさらに極まっていく。
 呆れたことにシオンはそれだけには満足せず、下になった志貴にも淫蕩極まる腰使いを
続ける。
 二人の男の間でシオンの細い肢体が忙しく揺れ動き、尻と股間で濡れたペニスがまた一際に膨張する。
 志貴もズェビアも、着実に射精の瞬間を近づけている。

「く――――――」

 性器の根本に熱い感覚を覚えながら、志貴は同時に身体の自由が戻りつつあることを悟
った。このままいけば、一勝負終える頃には立ち上がれるだろう。
 そうしたら、この吸血鬼どもにも然るべき報いを与えよう。
 黒い欲望に身を焦がしながら、いつシオンの中にぶちまけてやろうかと企んでいた時、
 ――――――予想外の誤算が生じた。

「は……ぁッ、志貴、私っ――――」
「な――――」

 つぷ、と再び首筋に鈍痛。
 シオンが瞳を潤ませ、また首筋に噛み付いてくるのを志貴は制止できなかった。
 痛恨の失念だった。
 志貴が快楽で衝動を誤魔化すのとは逆に、シオンは恍惚とすることで吸血の欲望をさらに
増幅してしまったのだ。
 シオンは、とろんとした表情で唇を窄め、志貴からまたじわじわと体液を搾取する。
 戻りかけた血液が吸い上げられる。

「う、ああっ――――――!」

 志貴は苦悶し、シオンを振りほどこうとするが、首筋に吸いついたまま腰を振るいつづけ
るシオンの艶かしい感触に力が入らない。
 吸血によってシオンはまた発情し、ペニスを咥えこんだ膣がじわりと愛液で潤む。
 腰の動きも、快楽を貪る妖婦のそれへと変わっていく。
 だが。

「……これ、は」

 一瞬、恐慌状態に陥りかけた志貴だったが、その奇妙な異変に気付くのは早かった。
 侵蝕が、一度目ほど急激で乱暴ではないのだ。
 シオンが吸血よりはセックスに集中しているせいもあるのだろうが、血が抜けていくの
は緩やかで、何よりも血と血がぶつかり合うあの地獄の苦痛は、ほとんど感じられない。
 ――――七夜の血がシオンの未熟な吸血鬼の血を調伏した結果だった。
 歓喜に、ペニスがはちきれんほどに滾る。

「はは、ははは、ははははは!」

 首から血を吸い上げられ、女に跨られ腰を振られながら、志貴は狂人じみた笑い声を上
げた。もう堪らない。今すぐにシオンの膣から子宮まで、ドロドロに吐き出してやりたい。
 勝ちだ。賭けは遠野志貴の勝利で幕を閉じる――――!

「そうか、楽しいか。タノシイカ!」

 シオンの背後から、ぬう、と化物の顔が現れる。
 ぎょろりと見開かれた両目も、裂けんばかりの口も、すべてが朱い。
 眼窩から涙のようにだらだらと流す朱い水は、かつて彼が略奪した鮮血か。
 バケモノは、キキ、と蝙蝠じみた声を上げると、おどけるように首を傾げ――――

「血、血、血、血ィィィィィィィ――――――!」

 ぞぶり、と。遠野志貴の首筋に牙を突きたてた。
 シオンとは異なる、あまりにも略奪的な吸血だった。
 バキュームのような激しさで傷口から血液が飲み乾されていく。
 その津波のような勢いに、志貴の背筋が凍る。
 ――――拙い。全身全霊で抵抗しなければ、それこそ砂上の楼閣のようにあっさりと押
し流されてしまう。
 志貴は舌に歯を立て、そこから噴き出す痛みを楔にして意識を張りつめた。

「ぐぅ、ぐぁぁぁぁぁぁっ……!」

 新しく強力極まる毒が、志貴の体内を凄まじい勢いで駆け巡る。
 甘かった。シオンとは桁違いの侵蝕力。
 疲労しきった身体に、黒い触手があたり構わず根を伸ばしていく。
 変えられる。犯される。壊される。

「冗談じゃ、ねえっ……!」

 ここまできて、逆転などさせてたまるか。
 勝つのは俺。そして消えるのはおまえたち吸血鬼。
 答えははじめからひとつ。
 ならば、たとえ脳髄の悉く弾けても、ここは耐えるしかない。
 耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ!

「んはっ……志貴、なんて、素敵な貌……そんなの、見たら――わたし、もう我慢が、でき
ないっ……!」

 目を血走らせ、ぎりぎりと奥歯を噛み締める志貴の凶相に、シオンはぞくぞくと背筋を
震わせ興奮を募らせる。
 膣は極めつけに締まりを増して、志貴の精を根こそぎに吸い取ろうとする。
 ズェビアを受け容れた尻も同じで、それこそ一本の棒に貫通されているかのように、シ
オンの腰は滑るような上下の動きを繰り返している。
 二つの穴から垂らした体液で腿もオーバーニーも水に浸したように濡れそぼり、むわりと
した女の香りが志貴の鼻腔をくすぐる。

「フハハハハハ! 甘露甘露歓喜歓喜! 楽しいぞ、たのしいぞタノシイゾ人間!」

 ごくごくと喉を鳴らして志貴の鮮血を汲み上げるズェビア。
 遠野志貴そのものが体液とともに奪い取られていくような喪失感。
 脱け殻のように軽くなっていく身体を恐怖しながら、志貴はそれでも耐えつづける。
 意識が、ピアノ線のように細くなって、何度か千切れかけ、繋がって。
 視界にそれが映って消えて、映って消えて、映って、消えて、消えて。
 シオンが喘ぎ、腰を振るうと強制的に覚醒して。
 ズェビアの哄笑とともに、また喪失して。
 何度その浮き沈みを繰り返したのか。
 霧のようにぼやけた意識の海で、志貴はいつしか体内に未知の感覚を生み出していた。

「――――――あ?」

 シオンもズェビアも、朱い月も、未完成の神殿も視界から失せる。
 漂白された世界。単色の世界。ここには志貴しかいない。
 一体、何が起こっている?
 視覚を失ったのか? それにしては白だけが残るのは妙だ。
 これも、吸血鬼の血の起こした異状だろうか。

 首を動かそうとしても、自分がそこに存在しているという実感が希薄すぎる。
 視覚だけが世界に取り残されている。
 瞬きさえできない。ただ、目の前にある無限の白を焼きつけるだけの時間。
 なんだ。この地獄は一体なんだ。

 …………変化は、唐突に訪れた。

「う――――――」

 どろり、と世界が溶解した。
 赤く、儚く、すべてが爛れ落ちる。
 紅く、朱く、飽くなき鮮やかさで、視界を直接にアカが侵蝕する。
 鼓膜にはぴちゃぴちゃと滴る血の幻が響く。
 溢れる唾液は、花もかくやの処女から搾り上げた極上の鮮血だ。
 甘い、ワインのように薫る赤い体液の香気。
 頭には、一つの欲望だけ。
 際限なく発生し、増産し、増殖し、完成し、進化する。
 
 現実界の肉体にも静かな変化が現れる。
 蒼の魔眼が、誰にも気付かれないほど密やかに、淡い紫へ転ずる。
 加速度的に膨れ上がる欲望。
 我慢できない。我慢など要らない。
 そうか、これが。この感情が。
 
 ――――その衝動を正しく理解した瞬間、
 志貴はありったけの精液をシオンの膣内に放っていた。

「ひぁ――――んっ、出て……ます、志、貴ぃっ……! んぁ、ああぁぁっ……!」

 びくびくと痙攣しながら、志貴のペニスが大量のザーメンをシオンに注ぎ込む。
 波のように膣の奥を叩く精の感触に、シオンは大きく背を反らせて志貴を追いかけるように絶頂した。
 膣の中で愛液が弾けて、痙攣を続ける志貴のペニスに熱いシャワーとなって降り注ぐ。
 それに応えるように、根本からぶるりと震えた男根が一際濃厚な白濁をシオンの奥深く
に浴びせかけた。
 膣内に二人が吐き出しつづける体液が溢れ返り、混ざり合ってとろとろと結合部の隙間
から零れてくる。

「んッ……んんッ……ふぁぁ……すご、いっ……」
「いや――――もう、一声だ!」

 射精と絶頂の快感に震えるシオンの尻。
 その奥の窄まりに、とどめとばかりに深々とズェビアのペニスが埋め込まれた。
 男根が脈打ち、志貴に負けじと大量の精液をシオンの直腸へ注ぐ。

「――――んぁ、あぁぁぁぁぁっ……! 熱いのが、お腹、までっ……! ひぁっ、当たっ
て、るぅっ…………ん、んっ――――――!」

 膣で絶頂した快感を受け容れ切らないうちに尻にも精液を注がれ、感覚の極まった状態
でシオンは二度目の――尻穴での――絶頂を迎える。
 どろどろと直腸を駆け上る煮立った粘液を感じて、シオンはズェビアの胸板に背中を押
し付けながら甲高い絶頂の声を響かせた。

「あっ……あふっ……二人とも、たくさん……んっ、まだ……出て、います……」
「君こそ、まだ締め付けて離してくれないじゃないか。なんていやらしい尻だろうね。
 今夜だけでは味わい切れそうにないが……クク、三年ぶりの宴としては上々だ」

 ズェビアが身体を離すと、シオンの尻から糸を引いた逸物が引き抜かれ、弛んだ蕾から
こぽこぽと白濁の液が溢れ出す。
 シオンも身体を包む余韻に甘い息を漏らしながら、名残惜しそうに身を起こす。

「ん……ふぅっ……」

 くちゅ、と水音がして、二人の体液でどろどろになった志貴のペニスがシオンの中から
引き抜かれる。
 情事を終えてなお萎えきらないペニスに、シオンの熱っぽい視線が注がれる。
 しかし、志貴は仰向けに倒れたまま、精も根も尽き果てたかのようにぐったりと身動き
さえしない。
 時折ぜいぜいと苦しげな息を漏らして、また脱力を繰り返す。
 死体じみたその姿を見下ろして、ズェビアは大仰に哀れみの言葉を吐く。

「なんとまあ、情けない姿だ。しかし私達も少々はしゃぎすぎたかな。
 ついつい吸い取りすぎてしまった。まあいいかな、どうせ殺すのだし」
「待ってください、ズェビア。私は、志貴を殺したくはない。ですから――――」
「しかしね、シオン。彼の持つ直死の魔眼は、一歩間違えば――――」

「…………」

 遥か遠くで、志貴はシオンとズェビアの会話を途切れ途切れに聞いていた。
 実際には目の前で話しているのだが、聴覚に慢性的なノイズが走って巧く聞き取れない。
 ――――そもそも。
 実際問題、遠野志貴はそれどころではなかった。

「か――――――ハッ」

 さっきから

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

 どうしようもなく圧倒的に耐えがたく頭に来るほど

「ゼェ――ゼェ―――――」

 のどが         かわく

「グッ――――くふ、ふふふふふ」

 あんまりにも渇いて、血管までカラカラになりそうで、何故だか笑いが込み上げてくる。
 とうとう頭が狂ってしまったんだろうか。
 いや――――違う。自分は正常だ。
 さっきから頭の中はアレで鮨詰めのまま、どうやってそれを実現しようかと妄想ばかり
湧き出して、……ああ、だから可笑しくなるのは当然だった。
 だって、そうだろう。
 遠野志貴は滅茶苦茶に渇いていて、そいつを満たしてくれるイキモノが尻尾を振って目の
前で踊っているんだから――――――!

「えっ……!?」

 シオンがズェビアから離れ、再び志貴へと近付こうとした瞬間。
 志貴が動物的な動きで跳ねるように起き上がり、閃光と化してシオンの脇を駆け抜けて
ズェビアに突進した。
 半死人とは到底思えないような迅速極まる疾駆だった。
 志貴の中を駆け巡る強烈な欲望。
 渇き。鮮血への本能的な渇き。
 吸血衝動と呼ばれるソレが半ば変性しかけていた志貴の肉体を活性させ、異様な精度で
もって突き動かしているのだ。
 早く。一秒でも早く目の前のコイツをバラして、咽返るような血を啜らなければ。
 この自分は、木乃伊のように渇ききって死んでしまう。

「ハ、ァ――――――!」

 志貴はポケットから流れるようにナイフを取り出し、標的へ向けて正確に四度疾らせた。
 その腕には既に人智を越えた膂力が生まれ始めている。
 生じた斬閃は、軌道に存在する悉くを両断し、切断し、解体する。
 空気が、女の悲鳴にも似た響きで鳴動した。
 空間が、物質が、存在因子が断裂する。

「な――――――」

 間の抜けた悲鳴を漏らして、
 ズェビア=エルトナム=オベローンは、音もなく身体から切り離された自らの四肢をま
じまじと眺めた。
 痛みさえ感じないままに、芸術的なまでの切断面を描きながら手足が身体から逃げていく。
ぼたり、と鈍い音を立てて、四つの肉塊が散乱した。
 鮮血が、爆発する。
 かつて手足の存在していた部分から夥しい鮮血を噴出して、首と胴だけになったズェビ
アは無様にシュラインの床へ転がり落ちた。

「……なニヲ、シた?」

 鮮やかな金髪を鮮血で汚して、胴だけでばたばたともがきながら、ズェビアは呆けた声
で問いかける。
 自らの血の海に浸され、驚愕に顔を歪ませるズェビアに、志貴はくしゃくしゃと前髪を掻
き揚げながら答える。
 顔にはまだ色濃い疲労が浮いていたが、内側から異様な圧迫感が絶え間なく噴出して、
ズェビアには自分を見下ろす青年がまるで地獄の悪魔にさえ見えた。

「見ての通り、お前の手足を切り落とした。暴れられると面倒だし、こっちも散々好き放題
にされたわけだから、お礼参りってところか」

 志貴はくるくると手品のように手の中でナイフを弄び、逆手に構えて握る。
 そして、遠慮の欠片もなく刃をズェビアの脇腹に突き立てた。

「ギッ――――!」

 ズェビアが魚のようにびくんと跳ね、ごぽりと唇に逆流した血が垂れる。
 志貴はズェビアを串刺しにしたまま両手で持ち上げ、顔の位置まで来させると、零れた鮮
血を舌でぺろりと舐めとった。
 その残虐極まる光景を、シオンは指一本すら動かせずに震えながら見守る。
 志貴を止めることも、ズェビアを助けることもせず――――正確には出来ずに、人形のよ
うに硬直して、惨劇の証人となる。
 そう、これから始まるのは、血色の惨たらしいドラマだ。

「さてと、さんざったら盗まれたモノを返してもらうとするかな。
 こっちはさっきから喉がカラカラなんだ」
「な、に……貴様、まさか!」
「真逆も糞もあるか。返せと言ってるんだよ――――オマエが俺から吸い取った血を、たっぷ
りと利子つきにして」

 志貴が吐き捨てた言葉の意味をこれ以上なく理解して、ズェビアは端正な顔を露骨に引
き攣らせる。
 ワラキアの夜、タタリと呼ばれ恐れられた彼は、あくまで吸血の鬼――常に奪う側の存在だった。
 そのズェビアが、今夜初めて略奪を受ける側に置かれたのだ。
 それも、まだ吸血鬼になってさえいない半人前の若僧に。
 その羞恥。屈辱。失意。狂気。憤怒。憎悪。悲哀。絶望。絶望。絶望。
 ごちゃ混ぜの感情。けれど、絶望は彼に涙を流させた。
 ひとでなしの涙。これまで吸い続けた、幾千幾万の鮮血の色をした涙を。

「ア、アアアア、アアアアアアアア!」

 奇声を発し、とめどなく溢れる血で河を作りながら、ズェビアは嗚咽する。
 志貴はサディスティックに細めた双眸でそれを見据え、先程ズェビアが向けた以上の不遜さと
哀れみを込めて、にやりと唇を歪めた。

「こんな時、吸血鬼ならどう言うのかな。ああ――そうだな、こういうのはどうだ?」

 ――――おお、愛すべき我が血袋よ。

 恭しく演じて、志貴は獅子のように口を開いてズェビアの喉元に歯を突き立てた。
 既に幾分成長していた犬歯が皮膚を突き破り、志貴の口内に強い粘りを帯びた液体が流れ込
んでくる。
 ごくり、と最初の一口を喉に通す。

「ぅ、ッ――――」

 それは、なんという妙味。
 人の味覚には鉄の味ばかりが浮き彫りでお世辞にも美味でなどなかったものが、こうして喉
に通すとまるで芳醇な蜂蜜のような舌触りと香りを放つ。
 どんなに成熟したワインでも、これほどまでに複雑な味わいは作り出せないだろう。
 舌に、喉に染み込んで、じわりと発散する極上の味覚。
 馬鹿げている。なんだ、この出鱈目な味は。
 世界中の一流コックの試行錯誤も、まるで幼稚な砂遊び。
 ただイキモノから直接に搾り出しただけの鮮血が、すべての味雷を屈服させてしまうほ
どに蠱惑的な味わいを備えているのだから。

「く、くくっ……」

 駄目だ。
 こんなモノを一度味わってしまったら、盛られた料理を平らげて、皿の一滴までも悉く
舐め尽くさなければ止まれない。
 もとより止まるつもりなどないが、この誘惑はあまりに凶悪すぎた。
 ……また喉が渇いてきた。あんなものでは全然足りない。
 一先ずは理性など忘れて、目の前の杯から最後の一滴までを堪能するとしよう。
 血に濡れた牙が、一層に鋭く大きく成長する。
 今や完全に蒼から紫に転じた志貴の瞳が、月光を受けて鮮やかに輝く。

「キッ、キキッ、キカカカ、カカ……」

 喉を食い破られ、ズェビアは既に声さえ正常に発せられなくなっている。
 志貴の牙がさらに食い込み、ヒルの貪欲さで鮮血を吸引する。

「ギャアアアアアアアア!」

 生命の雫、生命そのものを吸い取られる激痛と恐怖に、ズェビアは夜闇へ悲痛な絶叫を
響かせる。
 志貴は首の肉を食い千切り、傷口を掻き広げてそこへ唇を押し付ける。
 牙が動脈を傷つけ、噴水のように吹き出した血が快く喉奥を打つ。
 美味い。およそ想像しうる味覚のすべてがこの中にある。
 悦びすぎて頭がハレツしそうだ。
 足りない、足りない。もっと、もっと、もっと。
 お前が持っているありったけの鮮血を。ありったけの叫びを。ありったけの感情を。
 すべてを捧げ尽くして、骨と皮とに成り下がるまで――――――

「ハァ――――ハァ、ははは、はははは、はははははははは!」

 ぎらぎらと輝く紫紺の瞳。
 達磨と化したズェビアを片手で軽々と持ち上げる腕力。
 朱い月の光を浴びて、志貴は確実に夜の繭の中で変化する。
 いよいよ断末の痙攣を始めるズェビアの頭蓋をみしみしと軋ませながら、首の骨をへし折ら
んばかりに牙を埋め、吸い立てる。
 ごぐ、ん
 志貴の腕に血管が浮き出し、鈍い音を立ててズェビアの頭部がひしゃげる。
 漸く静かになったソレを両手で抱え込んで、志貴は酒瓶を呷るように体内に残った鮮血を余さず吸い上げる。
 
 ――――――そして。
 かつてタタリと呼ばれた吸血鬼が無残な空の皮袋と果てるまで、志貴は貪欲にその血を
貪りつづけた。
 後には新たな崇りが顕現し、シオンは恭しく跪いて彼の掌に口付けた。

(To Be Continued....)