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 3

 果たして、真祖は予想通りに現れた。
 いつもの時間か、と志貴の思考が訴えている。昼間にエーテライトを打ち込
んだお陰で、私は隣室にいながら、彼の意識で全てを仔細に読み取ることが出
来た。現段階では、悪くない進行だ。
 私は自室の暗がりで、ベッドに腰掛けている。神経を鋭敏に、思考展開をス
ムーズにと、準備は抜かりない。
「オマエにしちゃ規則正しいというか……。最近、毎晩だなあ」
「何言ってるのよ、呼んだのは志貴でしょ。こうしてちゃんと来てるんだから、
文句言わない」
「はいはい、解りましたよお姫様」
 真祖はその返事に、晴れやかな笑顔を見せる。志貴の胸中に暖かさと穏やか
さが広がった。口では何だかんだと言うけれど、結局悪い気はしていないのだ。
まあ、恋人が訪れたのに心から悪態を吐くような悪漢でないことくらい、私と
て熟知しているつもりではあるが。
 真祖の方も彼の内心を本能的に知っているからこそ、あんな無防備な笑顔を
見せるのだろう。屋敷に平時訪れた時などは、たまにああした笑顔を見るもの
だ。正直、戦闘者、狩猟者としての彼女しか頭に無い私には、今でもまだ馴れ
ないものがある。
 多分……敵だった方が、まだ救いがあるから、なのかもしれない。
 さておき、志貴が真祖を抱き寄せる。
「よっと……」
「きゃっ」
 それ程急でもなかったが、真祖があっさりと志貴の腕に堕ちる。力強さでは
なく、ただ包み込むだけで身じろぎ一つ出来なくする。優し過ぎる束縛。
 甘やかな言葉も無いのに、抱き締めるだけで、こんなにも彼女を大人しくさ
せる。
 志貴は、不思議だ。そして卑怯だ。
 腕の中で、とくとくと真祖の鼓動が躍っている。静かに、しかし徐々に速度
を上げていく。すっかり身を任せた姿は女の私から見ても可愛らしさに溢れて
いる。
 何故だろう。
 彼女は私よりも強いのに、どうしてこんなに弱くなれる?
 どうして。
 こんなにも―――胸が痛い。
 気付いていないことにした。
 志貴が腕に力を込める。顎を首筋に乗せているので、顔が見えないのが少々
惜しい。冷静に考えれば、恋人同士の会話も無く、ただ交尾に移行するのは余
りにも性急だ。しかしこんなにも彼等に違和感が無いのは、言葉は要らないと
いうことの体現なのだろうか。
 解らない。でも、それはそれで構わない。
 これは私の挑戦だ。志貴の快楽を我が身で味わい、耐え切る。目的はそれだ
けなのだから、余計な付属が無い方が円滑に済んで楽でいい。
 顔の右側に、真祖の頭がある。志貴はそっと顔を寄せると、すぐ側にある耳
の輪郭を舌先で舐め上げた。
「ん……」
 むしろ慎重と評せる愛撫が始まる。丁寧に、余すことなく濡れるように、舌
は耳を縁取る。唾液の線を何本も連ね、ここが自分の領土だと主張する淡い光
の面積を、段々と増やして行く。
 もどかしさに真祖が身を捩る。志貴は焦らない。あくまでも丁重に、だが焦
らすという一点に置いて冷淡に唾液を塗り広げて行く。
 意外なことに――というか考えてみれば、すぐに解りそうなものなのだが―
―愛撫というものは、している方は肉体的快楽が薄いらしい。精神的高揚や、
ある種の支配欲の充足はあれど、やはり受け手ではないと真の肉欲は味わえな
いようだ。
 真祖に繋げられれば、同じ女という視点で物事が進められた分、まだ同調の
仕様もあったのだが……それは高望みか。
 事を急く必要は無い。夜はまだ長い。耐えると決めたのだ、時間も強度も関
係無いはず。
 志貴のペニスも……まだ、反応はしきっていない。男性器というものを意識
したことは流石に無いが、股間に重みを感じるというのは不思議だ。存在する
以上重みは当たり前のことだが、異性というものはここまで違うのか。興味深
い。
 性的好奇心では断じてなく、これは知識的好奇心。そうに決まっている。
 という訳で、次に向かおう。
 万遍なく耳を汚し、満足そうに志貴は一心地つく。真祖の方も何かしら手を
出そうとは思っているようだが、さり気に腕は抑えられている。よくもまあ、
こうしたことにばかり機微が向かうものだ。
 舌先を尖らせて、首を下に下げて行く。蛞蝓のようにゆっくりと首筋を伝い、
時折吸うことでまた緩急をつける。わざと唾液を乗せて、ちゅ、と音を立てる
と、その度に真祖は面白いように体を強張らせる。有事のように毅然としてい
ることは出来ないらしい。
 唾液で円を描く。耳元に艶やかな息が降りた時、頭に血が上るのを自覚した。
首を中心として、微かに皮膚が粟立つ。
 志貴に軽めの蹂躙をされている真祖、どちらかと言えば蹂躙する傍観者たる
私。立場は違えど、私は一方的に同調する。
 未だ知らぬ男の悦楽、未だ知らぬ女の快楽、二つが私の体に纏わりついてい
る。
 耳と首筋が、隙間無く嬲られているような錯覚を覚えた。
 気持ち、いい?
 否。アレは私じゃない。
 首を振って否定。首振りに合わせて三つ編みが体を叩き、知らず体が跳ねた。
死角から強くくすぐられたような気分になる。本能的に忌避感が湧き上がり、
三つ編みを解く。
 細い一本一本が、さらさらと音を立てて後ろに流れて行く。妙に音が大きく
て、この部屋の静寂が壊れてしまったと、訳も無く怯えた。
 理由が無い。意味も無い。非理論的だ。いつからこんなに臆病になった。
 志貴は志貴。
 真祖は真祖。
 私は私。
 その定点、真理を見失ってはならない。
 自分という名の芯を中心に据える。しっかり。
 志貴が真祖の足の間に、太腿を割り入れた。ついに来たか、と身構える。
 しかし、志貴は太腿をスカート越しに擦りつけるような真似はせず、ただそ
っと添えていた。彼の思考は見えている。
 覗き見た目論みは何と言うか……曲がっている。でも、志貴の頭の中を分析
するに、それは間違い無く思い通りになるだろう。
 素知らぬフリで志貴は首筋に証を刻んで行く。強めに吸い上げ、真白き肌を
鬱血させる。斑に配置された点はまるで解けない呪いの痕跡に見える。
 志貴は呪いをかける。真祖呪いに身を晒す。私は呪いを見ている。
 だから―――この首に感じる、吸血行為に似た刺激は、感情移入の産物だ。
「オマエの肌ってすべすべしてるよなあ……」
 志貴が感嘆を漏らす。恥ずかしそうに真祖は頭を垂れた。
 吸われるということに次第に耐えかねてきたのか、程無くして真祖が腰を前
後に揺らし始める。無論、自身が動かさずとも、真祖の方で勝手に始めるだろ
うという企みがあった訳だが、志貴の思う様に彼女が乱れて行くのは異種異様
であった。
 厚手の布越しの刺激は、物足りないのかもしれない。真祖は積極的に淫裂を
押し付けようと試みる。だが、嘲笑うように太腿は遠ざかったり近づいたりを
繰り返す。
「……意地悪」
 甘えた声。こんな声、聞いたことがない。
「オマエが、可愛いからだよ」
 囁くような低さで志貴は返す。
 その声が、本当に私の耳元で聞こえたみたいで―――不意に、我を忘れた。
 卑怯だ。
 気付けば私は例の如く手を胸元に置いており、ショーツが薄く濡れ始めてい
る。
 違う、嘘だ、違う。
「もっと可愛いところが見たいな」
 しかし、真祖へと手向けた言葉は、私の防壁をあっさりと決壊させた。
 解っている。でも解らない。
 だから、何故なのか、上着の前をはだけさせてしまった。味気無い白いブラ
が外気に顔を出す。
 恥知らず。
「んもう、仕方無いなあ」
 全くそんな気配を見せずに真祖は志貴を見詰めると、予定調和であるように
唇を重ねた。赤よりむしろ桃色に近い、それでいて柔らかな感触が唇に触れる。
志貴が目を閉じている所為で、感覚だけが余計はっきりと伝わる。
 彼女の下唇を己が唇で挟み込み、甘噛みを繰り返す。マッサージのようにし
つこく、凝りを解すように続けられる。
 不意に志貴は大胆に口を開くと、彼女の口を隙間無くぴたりと塞いだ。閉じ
た桃色を体液でぬめらせ、ノックする。恐る恐る開かれた闇の中に舌を滑り込
ませ、あやすように歯をなぞり上げる。ここでもまた、志貴は偏執狂のように
丁寧な一面を見せた。
 真祖の強張りが抜ける。
 待っていたとばかりに舌を伸ばし、ぐちゅぐちゅと泡立てた唾液を彼女に差
し出してやる。喘ぐように彼女はそれを求めた。志貴と真祖は泡をお互いに纏
わりつかせ、絡め、そして挟む。密閉された口の中で細かな泡が割れ、独特の
異音が反響していた。
「んっ、ぷ」
「ん……」
 無言で、淫らな音楽会に浸る。リズムも音階も無い、摩訶不思議な猥雑さ。
 私の芯を蕩つかせ、ふしだらに染める単音の群れ。
 しゅわしゅわ。
 とろとろ。
 どろどろ。
 なんて―――厭らしい。
 右手が体を這い回る。何かと思えばそれは自分の手であり、意思に反してミ
ニスカートを捲り上げようとしているのであった。
 どうして。
 同期するように、志貴は真祖のスカートを捲くる。だが秘部がはっきりと視
認出来るまでではなく、生白い熟れた太股が掴めるくらいで止まっていた。丁
度、今の私のスカートの位置と同じくらい。
 理解する。
 志貴が同期しているのではなく、私が同期してしまっているのだ。
 流されない。流され、ない。
 太股の上を手が蠢く。真祖は、
「んあっ、ん」
 と可愛らしい声を上げ、私はその感触に震える。志貴が喜んだのが、手に取
るように理解出来た。今手に取っているのは私の股であり、真祖の肌は柔らか
く張りがある。
 境界線が解らない。
 志貴の股間に血が集中していく。半ばまで起き上がっていた肉塊が、肉棒へ
と変じる。 知り得ないはずの感覚に体が紅潮する。熱い。
 何、これ。
 戸惑いが焦りへと繋がり、私は思わず自身の股間へと手を伸ばす。そこにあ
るのは期待感になのか、はしたなく愛液を、垂らす、穴であり。でも、私の肉
体が存在しない部位にも、何故か緊張というか怒張があるような気がして。
 解らない。
 これが、勃、起……?
 嘘だ。信じられない。
 真祖の視点が下がる。連られて志貴も。
 そこにあるのは、パジャマを突き破ろうとしているかのような圧倒的存在感
の、男性器。ペニスを逸物と評するのは知っていたが、これはまさしくそうな
のかもしれないと、不覚にも思ってしまった。
 常ならば間違いなく考えられない発想。赤く潤んだ割れ目が、更に潤いを得
る。
 私はふしだらじゃない。
 仕方が無いことなんだ。間違ってない。
 ―――ああ、もう、もう泣いてしまいたい程に。でも愛しくて。
 最早思考は一切の秩序を持たず、男女両方の矛盾した快楽を際限なく訴えか
けてくる。まだ挿入にも至っていないのに、既にこれでは――挿入したら、一
体どうなってしまうのか。想像も出来ない。
 狂的な熱病に浮かされたように、私はショーツを少しだけ下げた。
 だらしなく全身を弛緩させて、次の展開を待つ。
「おっきくなってるよ、志貴……」
 目を細め、にこやかに真祖がペニスを撫で摩る。心なしか腰を前に出して、
志貴は受け入れようとする。
 が、真祖の手が退いた。
「アルクェイド?」
「んふふ、お返しー」
「おいおい」
 困惑気味な反応を漏らすが、お構いなしで真祖は触れるか触れないかを繰り
返す。じれったいヒットアンドアウェイに、徐々にペニスが張り詰める。
 空虚な勃起。私には陰茎など存在せず、でも束縛感すらある怒張の痛みが体
を戦慄かせる。
 そっと、いつものように右手を潜り込ませた。薄いヘアを爪先で掻き分ける。
愛液で先端の濡れた陰毛は重い気がする。
 私はこんな厭らしい女じゃない。
 内心に叩きつける。眦が下がって、泣きそうになった。否定に否定を重ねて、
身勝手に追い詰められて行く。まるでだだっこだ。
「解った、悪かった。だからいつもみたいにしてくれよ」
 こんな状況で、彼は爽やかさすらある雰囲気を作り出す。次いで彼の態度に
満足したらしく、真祖も朗らかになる。
 先入観、だったのだろうか。私は性行為というものに、陰鬱でねっとりとし
た鈍さを予想していた。性行為とはあくまでも密やかに行われるものであり、
特殊な嗜好を持っていない限り、明け透けなものにはならないと、訳もなく思
っていた。無論そこに愛情はあろうが、笑顔とは妖艶であるべきで、会話とは
淫らであるべきだと。あの二人を見る限り後者は否定し難いが、日常的な笑顔
なんて見れるはずがないと思っていた。
 でも、誤解に過ぎなかった。
 私も……あんな風に、笑顔で、ありたい。闇に潜んで一人女性器をいじくる
ような、蔑視の対象になどなりたくもない。
 私は私を軽蔑する。叶わなかった。
 また流されてしまった。自分を恥じると、非難するように体液が後から後か
ら太股をべとつかせる。
「いやぁ……」
 力無い悲哀が、みっともなく溢れる。
「ここを……こうして、と」
「志貴の、堅くなってるね」
 今や上着をたくし上げ、真祖は豊かな乳房を誇らしげに晒している。くすり
と唇を曲げて、志貴は両手で乳房をこねる。
「ぁん」
 軽い喘ぎに気を良くし、力を段々と強くしていく。手を閉じれば、桜色の先
端を乗せた柔肉は高さを変え、快楽を自らで主張し始める。つんと立ち上がっ
た乳首が婀娜な誘いをしているかのようだ。
 奥底で疼きが促された。
 志貴が軽く中指で乳首を弾く。たわわな実がぶるりと性感に喜び、鼻にかか
った嬌声が喉をつく。
 真祖が感じてくれている。
 ウレシイ?
 キモチイイ?

 志貴(私)も、気持ち良くなりたい。

 脆い音を立てて、半ばから何かが折れた。
 溶けていく。
 もう我慢なんて言葉は、彼方へと遠ざかっていた。
 ブラをホックも外さずに、そのまま上にずらした。触れる前から堅く尖った
乳首がブラのフレーム部分に引っ掛かって、痛みを訴える。顔を顰めた。
 空いた左手を添えて、痛みを抑える。優しく撫でて誤魔化してやると、すぐ
に機嫌を直してくれる。現金だとすら思った。
 視界をチェンジ。
 志貴は荒荒しく猛ったペニスを真祖の両の乳房で挟み込み、助長を望むとば
かりに擦り上げる。腰を前後に揺すると、谷間に埋もれたグロテスクな亀頭が
時折顔を出す。
 彼としても急いていたのか――潤滑油となるものが無い為、心地良さより苦
痛が先に立つ。表皮が削がれるような、地味な刺激。
「焦りすぎじゃない? 志貴?」
「オマエが意地悪なことしてくれた所為、かもな?」
 まだ余裕があると言わんばかりの態度。痛覚を快楽に変換など出来ないし、
まして両者を同時に受けることなどない私は、どうしてもその奔流に流されて
しまう。
 別々のベクトルの奔流を、分割思考が巧くまとめてくれない。一方向へと上
り詰める思考形態はこの場合、各々に違う方向性を再現無く与えてしまう。
 私は女だ。同時に女と男ではあれない。
 だが今、私はその矛盾の真っ只中に放り込まれている。放り込んだのは、こ
の私。
 ―――真祖が志貴の手を一度離し、睾丸を優しく包む。そしていきなり、大
胆に口腔内に怒張を頬張った。
 熱く、どろどろに蕩けた軟体に、纏わり付かれている。私がしゃぶられてい
る訳でもないのに、腰が引けた。ベッドのスプリングは私を下に逃がしてはく
れない。
「やだぁ……」
「ひぃもひい?」
「何を、言ってんだ……」
 切羽詰った様相。それもそのはず、喋ろうとした為に舌は所構わずに這いず
り回り、不規則な欲望を脳髄に轟かせる。頭は構えているのだが、多少タイミ
ングがずれると、射精への危ういラインを越えてしまいそうになるのだ。
「気持ちいいよ、アルクェイド……」
「っぷぁ、志貴のおちんちん、凄い……」
 真祖が口を離すと、てらてらと鈍い光を浴びて、筋張った欲望が現れた。先
の乾いていた時と打って変わって、厭らしさに拍車がかかった気がする。
 赤とも黒ともつかない肉棒が、挿入を待ち焦がれて先から粘り気を溢れさせ
る。人差し指で押し躙ると、滑った指先が雁首まで落ちる。
 志貴が呻く。私は腰を前に出してしまう。置きっぱなしの掌の所為で、まだ
難を逃れていた陰毛は全てぺたりと肌に張り付く。
 何かに責められているよう。もどかしい。ちょっとだけ、毛先がくすぐたい。
 ああ、きっと、志貴が責めてくれれば、こんな感じなのだろうか。
 予想と疑問の争い。
 望むのは、もっと。
 もっと、責め、て。
 絶え絶えに浮かんだのはチープな嘆願。しかし内心の後押しは真祖が受け止
める。
「ねえ、志貴……挿れて」
「きちんと言ったらな」
 知っている。
 時折志貴が意地悪でさせる、ありふれた頼みごと。普通どうなのかは知らな
いけれど、志貴に関してと限定すればありふれている。
 興奮―――する、らしい。男とはそういうものらしいから。
 真祖はどうしようかな、なんて、選択肢があるフリをしている。
 全くの嘘。最初から選択肢なんて無い。
 だから彼女は、渋るだけ渋ってから言うのだ。
 志貴は固唾を飲んで見守る。私は黙って流れを眺めている。
 真祖は後ろ向きになって、腰を高く掲げた。
 望んだ結果を待って、志貴は体を前傾させた。
 それを見て思ってしまったのだ、仕方が無い。
 悔しいですけれど、何となくですけど、解ります真祖。
 だから私は声を上げて泣いてしまいたい。

「「私のおまんこに、挿れて……」」

 声が重なったのは、きっと真夜中の悪夢に過ぎないのだろう。
 もういい。
 エーテライトを緩めて、志貴の感覚がそれ程強く伝わらないように調整した。
 認めてしまおう。
 真祖は貴方が好きで、貴方は真祖が好きです。
 だから私は邪魔出来ない。
 でも、諦めない。縋る。
 この糸は真祖には無い、私だけの志貴との繋がり。
 せめて貴方を少しだけでも感じられるようにと、私はここで妥協した。
「っくう、相変わらず、ぎゅうぎゅう締めつけてきやがって、オマエはっ……!」
「だってえ、志貴が、凄いからっぁ!」
 先程よりはまだ幾分薄れた快楽は、丁度良く私を狂わせる強度になっている。
 放って置かれたままの手で、女性器を撫で回す。
「はぅ……」
 下唇を噛んで、まだだと自分を宥めた。遮るものが無い以上、調整は自分で
しなければならない。志貴と真祖はと言えば挿入が半ばまで進んだくらいで、
絶頂からは遠いのだ。
 背中に手を回された感触。支えを求めて、真祖が志貴を抱き締めている。適
度な柔らかさを持ったふくらはぎが、腰の辺りに巻きついてきた。
 ここに彼女はいない。でも、真祖はこうしていて、志貴はこれを感じている。
 彼女に、引き寄せられる。
 そっと口付けて、挿入が全て終わる。あの大きさをそのままに飲み込んで、
真祖は圧迫感にのたうつ。志貴は全体を包まれたまま、動きを止めていた。
 股間が、酷く熱い。
 灼けてしまいそうな空気。我を失いそうな衝撃に陰茎を掴もうと手をまさぐ
れども、元より何も無いのだから掴めるはずもない。
「そん、な。何で」
 無い。あるのに。いや無い。どうして。
 錯乱が始まる。志貴のペニスを求めて股間を必死で探しても、愛液塗れでく
たびれた陰毛が指に触れるだけで、見付かってはくれない。
 何処。
 怖くて目が開けられなくなってきた。脳裏には真祖が涙を目に湛えてよがり
声を上げている。
 頼られている気がした。
 きつく抱き締める。きつく抱き締めて。真祖の体が暖かくて安心する。
 緩くなった思考回路が、無いと解り切っているものを探して奔走する。上に
無いなら下にある?
 ある?
 無い?
 太股の付け根のへこみは、水溜りのようになっている。爪先の数ミリを用い
てそれを掻き出しても、減った分は即座に供給される。際限無く水溜りは入れ
替わる。乾く暇など無い。
 無い無い無い無い無い。
 少し指先をずらせば、今度はへこみではなく厚みをもった肉に行き着く。
 無いのなら。
 ココですか。
 しとどに濡れそぼった割れ目はぬるぬるとして、指を目的通りにさせてくれ
ない。
「あふぅ、あん」
 爛れた息が零れた。淫らな裂け目から腰の真ん中を抜けて、背筋に形容し難
い疼きが走る。
「「ああ、もっと……」」
 欲しい。
 欲しいんです、志貴。
 もっと、良く、して………。
 志貴が激しく腰を突き上げる。接合部から飛び散るのではないかというくら
いに、汁気が溢れて止まらない。
 何て激しい。
 引き抜かれ、捲れ上がった肉襞が強くペニスを刺激する。こんなに気持ち良
いのに、止まれるはずがない。
 入り口でさ迷った指が愛液を掻き混ぜて、ぐちゅりと卑猥な音を立てた。
 聞かれた?
 ううん、聞いて。
 どこまでも落ちて行ける気がした。上り詰める。
 上っているのに落ちていく。矛盾している。間違ってはいませんよね?
 誰か応えて、ねえ、志貴。
 貴方がいいんです。
「奥まで、突いてぇっ!!」
「解った……よっ!」
 解った、で後ろに下がって。よ、の辺りで前に出た。
 予測されたこの行動ではあったが、真祖はリズムを違えた。だからダイレク
トに乱れる。頬から流れた髪の毛が口の中に入っている姿は、女の私が見ても
艶やかだった。
 志貴が夢中になる気持ちは、痛いくらいに解る。
 だって、胸が痛いもの。
 本能的に忘却を求めるように、手が自身の肉を割り広げる。目を開けてもい
ないのに、案外自分の体を正確に把握出来ているなあ、と妙に感心してしまっ
た。
 人差し指と薬指で抑え、中指で中身を擦る。馴れないのに無理をしていると
は思う。快楽と苦痛が背中合わせで、割合は二対三。
 それくらいでいいかと思った。
 破瓜を望むべくもない。
 真祖、私のペニスは、気持ちいいですか? 私は――まだ解りません。
 真祖の顔を見ながら、自慰に耽る。止まらない、止まれない。
 もう、戻れない。
「アルクェイドっ……!」
「あ、ああっ、志貴、私も……!!」
 ペースを上げた志貴から伝わる悦楽に、追いつけなくなっていく。
 骨と骨をぶつけてるみたいな強さに、腰が砕けそうになる。
 ああ、志貴、志貴ぃ……。
「ね、一緒に……」
「解ってる……!」
 二人とも切羽詰っている。待って、私も。置いて行かないで。
 ふしだらな焦りが動きの乱れを呼ぶ。誤って、爪が剥き出しのクリトリスを
引っかいてしまった。
「うああっ?!」
「あ、あっ……!!」
「アル、クェイド……!!」
 強過ぎた痛みは痛みと判断されず、ただの感覚として脳髄に叩き付けられた。
 志貴が絶頂を迎え、白濁した精液を真祖の中に吐き出す。収縮した膣はそれ
を貪欲に貪る。
 しかし絶頂に際し受け取るものも与えるものも持たない私は、代替を生み出
さねばならない。
 力の入らない体が、精液の代わりに尿を止めど無く漏らして行く。
「ああああああ……」
 ダメ。ダ、メ。
 静けさを打ち破る勢いで、シーツは黄色く染め上げられていく。
「そんな……そんな……」
 抑えようと思っても、収まってくれない。だらだらと股間から太股を伝って、
薄い黄色を帯びた雫が垂れていく。点々と円が描かれる。
 認めたくない、酷い情報が一気に襲い掛かり、私の意識はじわじわと遠のい
ていった。


                   

                                      《つづく》