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 いいように口腔をねぶられるシオンは堪り兼ねて艶っぽい声を上げる。逆に
責める志貴はまだまだ余裕があるようだった。


 「…………あ……」


 志貴の舌が突然引き抜かれる。シオンを千々に乱していたものがなくなり、
宙ぶらりんな感覚のみが残る。


 「どうして…………」


 瞳を潤ませ、消え去りそうな声でシオンは尋ねる。
 志貴は頬にキスをしてからゆっくりと唇を這わせていき、常は髪に隠されあ
まりよく見えない耳たぶを甘噛みした。
 あんっ、と声をあげるシオン。


 「はぁ……ああ…………どうして…………どうしてです、志貴」
 「どうして欲しいか言ってみて、シオン」


 耳に息を吹きかけながら囁く志貴。


 「クッ…………どうしてこんな時は意地悪になるのです」
 「そんなことシオンならエーテライト使ってとっくに知ってた事じゃないの
か?」
 「う……あんっ! ……ほんとに意地悪だったんですね」
 「やっぱり恥ずかしい?」
 「あ、当たり前です!! 何考えてるんですっ、ひゃん!」


 志貴は耳をチロチロと舐めながら胸を強めに握り潰した。指の力を抜くと元
の形に戻ろうと掌を押し返す。ブラとブラウスと上着と三枚の布越しでもその
感触はよく伝わってくる。
 それは快感の前に痛みを引き出すものであり、そこが志貴の狙い目でもあっ
た。最初のただ痛いだけの胸への攻撃を加えてからやわやわと緩やかに気持ち
よさを誘うように愛撫する。


 「志貴……なに、おっ! あ! ああ!」


 アルクェイド、シエル、秋葉、翡翠、琥珀、レン、その他多数(笑)を相手
にしてきた志貴のテクニックは服越しでも快感のポイントを突き止めシオンの
心を溶かしていく。
 胸への愛撫に加えて耳への責めも続ける。唇で優しく噛んで、舌で優しく舐
めとって、それに慣れてきた時に歯を立てて鋭い刺激を呼び起こす。
 シオンの口からピンク色の舌が伸ばされヒクヒク振るえ、端から涎が垂れ落
ちる。


 志貴に開発され呼び起こされた快感がシオンから思考に加えて力を奪ってい
く。意味を成さない言葉が口をついて出る事を止められないシオン。
 不意に志貴の胸をまさぐる指と耳を舐る舌が動きを止める。


 「あっ、あっ、ああっ…………」


 ピクンピクンと跳ねる体は快楽を要求するがそれを与えてくれる志貴は僅か
な快感をも与えまいと馬乗りになってシオンの肩を押さえつけた。


 「し、し、しき…………」
 「な〜に? シ・オ・ン」
 「っ、くっ。い、意地悪です」
 「俺のどこが意地悪?」
 「そ、そういうところです。…………止めないで、続けてください…」
 「何を続けろって言うの?」
 「…………そ、その……………………あ、愛撫、して、ください。止めない
で…」


 涙を浮かべて羞恥にまみれてシオンは哀願した。それを待っていた志貴はに
やりと笑いを浮かべると一度キスしてから服を脱がしにかかる。ちなみに帽子
はつけたままだ。
 上着を脱がして放り投げ、黄色のスカーフをほどいてブラウスのボタンを外
し、ブラをたくし上げるのに五秒もかかったかどうか。露になった乳房は志貴
が知る女性の中でも真ん中ぐらい、ちょうど手に少し余る大きさ。
 そしてそれ以上に目を引くのはずっと学院から外に出ていなかったせいなの
だろう、処女雪のような白い肌。野イチゴのような乳輪と乳首が極上のエロテ
ィシズムを醸し出す。
 白百合のように繊細で美しい肌はすべすべとしてとても滑らかである。
 志貴が知っているどの女性にも勝るとも劣らない肢体。全体のバランスのよ
さという点ではもしかしたらアルクェイドよりも優れているかもしれない。


 「…………………………………………」
 「む、無言にならないでください。一体どうしたのです」


 自分の裸はどこかおかしいのだろうか、とシオンは不安に駆られる。彼女は
自分が女であるという事を強く意識した事がない。そんな事より探求の方が大
事であった。いざ実際の場になると思考すら儘ならない刺激を受けてしまい困
惑していた。


 「シオン…」
 「な、なんです」
 「すごく、きれい」


 その時彼女は始めて志貴の『直死の目』を理解した。直死の魔眼で志貴が殺
すのは何も存るものだけに限らないのだと。彼女は志貴の本当の直死の魔眼を
知ってはいても分かってはいなかった。


 為に、シオンは志貴に殺される。




















 「うっ……はぁ、はぁ、……ああっ! くぅっ!!」


 志貴の胸への責めはどんどんと強くなっていく。
 始めは赤ん坊の柔肌に触れるが如くひたすらに優しく、十分にほぐれて慣れ
たところで打ち破るが如く強く。志貴の数多くの情事によって鍛え抜かれた技
の前に処女であるシオンが太刀打ちできるはずもない。
 揉みしだく動きに加えてとっくに固くなっている乳首を咥える。するといい
ようにシオンは声を上げ、躯を捩り、快楽を享受する。


 「ああっ、そんな、やぁ…………っくぅん……はぁ、はぁ……」
 「シオン、初めてなのにずいぶん感じてるね」
 「そんなことは……くぅああっ!!! 」


 それまで揉むだけだった指が突然乳首をギュッと捻り潰す。鋭い感覚が脳に
達して悲鳴に似た声が細い首を通って出る。
 レロレロと胸全体を舐めながら志貴はシオンに対し屈辱的な一言を投げかけ
る。


 「感じまくってるみたいだけどどう説明するのかな、シオンは」
 「そ、それは……」
 「君なら初めての女の子がどんな反応をするか”知って”るんじゃないの?」
 「う…………」
 「ほらやっぱり。シオンは随分えっちな娘なんだね」


 顔が深紅のバラのように紅く染まり、堪り兼ねて顔を見られまいと横を向く。


 志貴がシオンにした質問はトリックと呼べないがちょっとした引っ掛けがあ
る。
 女性が始めて体を許す相手は圧倒的に同年代が多い。つまり初めての相手が
百戦錬磨のテクニシャンである可能性というのはほぼゼロに等しい。
 そういう意味でも志貴は大分特別だった。普段のシオンなら容易に気づけた
ことかもしれないが、アルコールと鍛え抜かれた愛撫の快楽地獄に思考を奪わ
れてそれに思い当たらない。


 シオンが横を向いたために志貴はシオンの純白の体に唯一の欠点を発見する
事になる。
 少し力を込めれば折れてしまいそうなか細い首の付け根、浮き上がった鎖骨
のすぐ上にある二つの小さな黒い点。
 その正体に志貴はすぐさま当たりをつけた。間違いなくこれは、シオンがタ
タリに噛まれた時の昏い昏い傷痕。


 シオンも志貴の視線に気づいた。気づいた途端に暴れだす。力の入らない手
足をバタつかせ、志貴の視線から逃れんとするため体全体で上になってる志貴
を弾き飛ばそうと足掻く。


 「いや……いや……見ないで…………みないで志貴……」
 「……シオン…」
 「お願い、お願いです志貴……見ないで……イヤァ」
 「……シオン」
 「見ないで……いやぁぁぁぁぁぁ…………いや、いや、……お願い嫌いにな
らないで……志貴に嫌われたら私は、わたしはぁ……」


 いつも凛々しくきびきびとしたシオンの面影はどこにもなく、志貴の目の前
にいるのは自分が人と違う事に苦しみ続けている一人の繊細でか弱い女の子。
 恥も外聞もなく大粒の涙をポロポロ流して、それでも好きな相手に嫌われま
いと自分の暗部を隠そうとするいじらしい可憐な女の子。


 だから志貴はシオンの闇の傷痕に優しく口付けてから歯を立てる。彼女を闇
へと追いやった悪魔のような相手、タタリと同じように。


 「ヒッ…!」


 シオンの悲鳴。その行為は三年前を想起させ、心をズタズタに引き裂くもの。


 歯を立てた志貴はそのままチュゥゥゥ、と首筋を吸い上げた。彼女にそれま
で以上に苦難の道を歩ませた忌まわしき相手、ワラキアの夜がかつてそうした
ように。


 「あ、ああ、あああああ……」


 瞳孔が大きく開かれ、シオンの眼は何も映さない。
 心を支配するは恐怖。体が真冬の吹雪の中に打ち捨てられた子猫の如く小刻
みに震える。
 心を満たすのは絶望。志貴が肌を吸い上げるたびに自分がより人でないもの
に堕ちていく錯覚。


 シオンの心も、精神も、魂も。寒風の中の蝋燭のように消えようとしていた。


 吸いきった志貴が唇を離して一言、自嘲するように、囁くように言った。





 「こうして、シオンを蝕む毒を吸い取る事ができたらいいのに」





 「あ………………」


 あれほど止まらなかった震えがぴたりと止まり、寒くてたまらなかった胸の
中が雲が晴れたように暖かくなる。
 それを認めてしまえば、後から後から溢れ出る涙を堪えることなど、出来は
しない。


 「う…………ひっく、えぐ」
 「シ、シオンごめん! その……君の気持ちも考えずに、その……軽はずみ
なことしちゃって」
 「あっく……、うっく……酷いです。ずるいです。鬼畜です。外道です。そ
んなことされたら、されたらぁ……えっぐ、怖かったです。すごく怖かったで
す。……うぐ、なんてこと、して、くれやがりまして。……あひっく、責任、
っく、とってください」
 「え……? シオン?」
 「血を吸われたかと思ったじゃないですか。怖かったんですよ。志貴が吸い
取るたびに自分がどんどん吸血鬼になっていくみたいで。う、うう……」


 糾弾する声にどんどん力がなくなっていく。
 胸に顔を押し付けて必死に大泣きするのを我慢しているちょっとだけ意地っ
張りな彼女の頭をお化けを怖がる幼子にするように優しく、慈しむように撫で
上げる。
 その気持ちが伝わったのか幾分落ち着いて、しっかりした調子でシオンは我
が儘を言った。


 「あんな事言われたら、責任とってもらうしかありません。私の毒を、志貴
が、全部吸い取ってください」


 駄々をこねる子供のようなことを口走るシオンの顎に手を添えて上向かせて、
優しいキスをしてから志貴はこう答えた。


 「俺はシオンの事好きだから、できるかぎり手を貸すよ」


 これはもう致命傷だ。剣術に喩えれば見事に大事な血管や筋を斬る大技だ。


 微塵もの照れをうかがわせずに、即死級のセリフを吐けるなんて志貴はやっ
ぱり死神です、と次々と断線していく残りの僅かな頭でシオンはそんなことを
考えた。


 「う……うわ…………うわぁぁぁ、志貴、シキ、しき、しきぃ…」
 「いいんだよ。泣いたって。シオンは女の子じゃないか。辛かったり寂しか
ったらいつでも言ってくれ。俺が傍に居てやるから」


 殺された。文句なしに殺された。ぐうの音も出ないくらいに殺された。これ
以上ないくらい完ッッッッ璧に殺された。


 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 志貴! シキ! しき! じぎぃ…」


 シオンは泣いた。大泣きした。みっともないくらいに泣いた。それでも恥と
は感じなかった。


 嬉し涙が、枕を濡らした。







                                      《つづく》