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 シオン・エルトナム・アトラシア。外道な行いをも時に容認する魔術協会の
者達の中ですら異端視され、穴倉とまで呼ばれるアトラスの錬金術師。その中
でさらに腫れ物として扱われたエルトナム家の跡取りであり、ミクロン単位の
モノフィラメントである擬似神経エーテライトを操り学習という過程を飛ばし
て知識を得る。
 教会より要請され、三年前に死徒二十七祖が13位ワラキアの夜討伐に参加
するものの討伐は失敗。彼女自身もワラキアの夜に噛まれ死徒となる。その後、
吸血鬼化の治療のためアトラス院の禁忌である『創造の解放』を犯し、各地の
学院を回りエルトナムの知識と自身の研究内容を交換材料に治療の手立てを求
める。
 そのため教会、協会から共に指名手配されているが探索の網の目をくぐり極
東の地、日本の三咲町において怨敵であるワラキアの夜を完全に消滅させる。
 そして現在は、同地の遠野家に留まり自己の操法を学びつつ吸血鬼化の治療
の研究の最中である。


 なお、真祖の王族であるアルクェイド・ブリュンスタッド、埋葬機関第七司
教弓のシエルともたびたび接触しているが、決定的な戦闘にまで移行していな
い模様である。




 シオンさん初体験

           黒騎士





 シオンの遠野家での生活は有体に言って初体験の連続であった。
 確かにエーテライトを使っての情報収集のおかげで知識量だけは図書館並を
誇っているが、実体験が伴っていないのである。


 例えばシオンは唐辛子は辛いものであるという情報は所持している。そして
一般的にどれくらいの量を用いれば料理の味が引き立つかの『平均値』も知っ
ている。しかし自分にとってどれくらいの量が適量かであるかはわかっていな
い。
 『平均値』に従って唐辛子を振りかけた。が、それは彼女にとっては聊か多
すぎたようである。一口目を口にした途端、真っ赤になって涙をポロポロ流し
だしたのである。


 他にもある。彼女は風呂に入ったことがない。アトラス院では簡単に済ませ
られるからという理由でシャワーを使っていた。そんな彼女が熱い湯を好む日
本人の湯船に入ったらどうなるか。
 悲鳴を上げて飛び上がり、それに驚いた志貴が風呂場に駆け込んで…………
その後はお約束の展開である。秋葉に吊るし上げられ、翡翠に冷たい目で見ら
れ、琥珀さんに玩ばれ、と散々な体験をする事となる。


 とにかく彼女は理論には強いが経験則に基づくものに関しては別人と思える
ほど弱いのである。










 どうしてこんな事になったんだろう、と志貴は思った。


 「兄さん、飲んでますか?」
 「……………(うつらうつら)」
 「あはー」
 「いいですか志貴、私は酔ってなどいません。15625通りの思考パター
ンをもってしてもそれを指し示す可能性は皆無だといっているのです。ええ、
そうですとも。酔っているのは志貴のほうです。いいですか志貴、私は酔って
などいません。64通りの………」


 みんながみんな、そろって酔いが回っている。秋葉や琥珀さんはほんとに同
年代!? と思うほど酒に強く、翡翠はワインを少し舐めただけで酔ってしま
うくらい弱い。
 その翡翠に勝るとも劣らないくらいにシオンは酒に弱かった。


 どうしてこんな事になったのだろう。


 わからない。


 そもそもシオンは酒に強いと言っていた。酒の飲み方は心得ている、故に大
丈夫だと。自信満々にそういっていたはずだ。
 が、実際はビールを一口啜っただけでかくん、と首がたれてしまった。とり
あえず横にならせて介抱していたが意識を失ったままの方が始末がよかった。
酔って眠ってしまうくらいなら可愛いものだが、絡み酒である。可憐な外見か
らは想像も出来ないが、得てして酒が入るとこんなものなのかな、と半ば現実
逃避しながら志貴はとりとめもない思考を続けていた。
 結局志貴自身も大分酔いが回っているようであった。


 「……………って、シオン! 君なに飲んでるの!?」


 シオンが両手で持ってラッパ飲みにしているのはアルコール度数95%を越
えるポーランド産のウォッカ、スピリタスである。火気厳禁で、冒険家などが
持ち歩く酒で、ただ飲むだけでなくいざという時には消毒にも使え、さらには
燃料にもなる万能品。
 ちなみに日本の法律上は60%以上のアルコール度数のものは希釈用アルコー
ルに分類される。つまり酒ですらないただのアルコールとみなされるのだ。


 ボトルに半分くらい残っていたスピリタスの一気飲み。はっきり言って急性
アルコール中毒になってもおかしくない。
 シオンは空け終えるとゆっくりと胸の辺りまでボトルを下げ、ゆら〜りゆら
〜りと揺れながら、志貴のほうに倒れこんだ。


 「シオン、大丈夫?」
 「………………………………………うふふふふふふ」


 こりゃダメだ。
 ため息をついてシオンを抱きかかえる。秋葉たちは再び酒盛りをおっぱじめ、
下手に声でもかけたりしたらそのままなし崩しに潰れるまで飲まされるのは間
違いない。


 「うふふふふふふふふふふ」


 はぁ。




















 志貴はシオンを彼女の部屋のベッドに寝かせると大きく息を吐いてから首を
軽く回した。
 シオンの体はとても軽く、よくこの細い腕と足でアルクェイドやシエル先輩
と互角に戦えるものだ、と疑問に思った。


 「…ん……志貴…」

 正気を取り戻したのだろうか、シオンは横になったまま下から志貴の目を見
つめていた。どこか、据わった目で。
 どうしたの、と志貴が尋ねるより早くシオンの細腕が首に回され、視界が零
になる。唇に感じる柔らかい感触。頬にかかる熱の篭った鼻息。胸にあたる膨
らみ。それらがアルコールでただでさえハイになっていた志貴から理性を毟り
取る。
 力がこもる腕に対抗するように志貴の腕がシオンを包み込み、帽子越しに頭
を優しくなでる。


 ただ唇を合わせるだけの行為は、その甘さが故に飽きることなく続けられる。
離れて大きく息を吸い、また重ねられてその感覚に没頭する。



 誰かとキスをするのは、同年代の異性と碌に会話すらした事のないシオンに
とっては勿論初めてだった。酒精に犯されぽっぽと音を立てるような四肢以上
に交わる唇は熱を持ち、高速だった思考を鈍らせ分割された思考を侵食する。
 しかし、片割れである志貴にとって口づけはその先のステップのためのクッ
ションである。安心させるように背中をなでながら深く口づけ、舌をゆっくり
とシオンの口腔内に侵入させる。


 それは甘い接吻に対して焼きごてのような熱さを持っていた。甘いキスです
ら初体験であったシオンにとっては聊か強すぎる刺激。ビクン、と全身を強張
らせ、蕩けた瞳が見開かれる。
 歯茎をねぶり、驚愕で力が抜けて開いた歯の間から舌を差し込み相手のそれ
に軽く触れる。逃げるように引っ込む舌を追って更に奥深くで強く触れ合う。
それだけでシオンの体は弛緩し、ベッドに沈み込む。
 ねちゃりねちゃりと唾液を捏ねる音が骨を震わせ耳腔に響く。いやらしい音
が脳髄に届く度にシオンの睫毛はフルフルと揺れる。


 それでも、シオンは嫌がる素振りを見せなかった。


 舌を交わらせ時折内側の歯茎を舐めとり、歯の裏側を叩く。その時は体の震
えが一層大きくなる。緊張のため堅くなっていた舌からも次第に力が抜けてい
き、ぎこちなくも志貴の舌に自分から触れてくるようになる。
 口の中に溜まっていく唾液を交換し合い一杯になったのを嚥下したのはシオ
ンが先だった。志貴と自分の唾液が混ざり合ったものは最高度数を誇るスピリ
タスよりも喉を灼く。


 「ん……んはぁ…………んん…んっ!」


                                      《つづく》