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「うっ、ああっ、いいよ……そこ、いい、志貴……」

 ――各分割思考、状況報告

 その声を聞いて私がしたのは、まずは己の状況の確認であった。
 錬金術師の最大の武器である高速思考と分割思考を、安全が確認できない状
況では常に用意すべきである。特に今はそうだ、何がどうなっているのかさっ
ぱり分からない。
 剣士が刃を研ぎ、兵士が己の銃の弾を確認するようなものだ。錬金術師はそ
の長大で膨大な思考が最大の武器である。

 しかし、私は何を聞いたのだろう?それにここはどこだ?
 クローゼットの中のような暗い空間であったが、手に触る衣服やチェストの
類はない。目の前には光の差し込む細いスリットが縦一列に走っているが、天
井から床までまっすぐと走っているだけで後は何も見えない明らかに奇異な空
間であった。

 それに、この嬌声。
 聞き間違えでなければ――アルクェイド・ブリュンスタッド。
 真祖の姫君の甘い声に聞くのは、私の友人である遠野志貴の名前。
 これはいったいどういう事なのか、まずは……

 ――各思考に対する管理権限無し

 いや、そんな状況よりも私はこのメッセージに愕然とした。
 私が?シオン・エルトナム・アトラシアである私がシオン・エルトナム・ア
トラシアの思考を制御できない?それもアウトオブコントロールでなく、管理
の剥奪――私が霊魂と精神をハックされたというのか?私以上の演算能力を持
つものがいないとそれはあり得ない、そして私を心を侵そうとする存在に私が
気が付かない訳はない。

 せめて被害の状況が分かれば主要思考以外を切り離せる。
 だが、そんな私に対しての打撃はさらに続けられる。

 ――三番、被分割思考は主思考権限は無い。現状を維持

 三番、と告げられた。三番……それが私だというのか?
 分割思考は並列的な処理であるが、自我喪失に陥らない為に主従と優先順位
がある。そしてこのメッセージは主思考が各分割思考に対して発せられるもの
だ。
 つまり、私ではない私が今の私となってしまっているということだ。だが保
護待避システムの起動が発生していたわけではない。

 このような自体は初めてだった。もしこれが攻撃であるとしてもアトラスの
錬金術師のメソッドではない。もっと執拗で執念を感じる手法だった。
 特に主客転倒などというのは見たことも聞いたこともない。あるいは私は狂
って主思考たろうとした分割思考なのかもしれない。もしそうだとすると私は、
いや、主思考が主であるというのもあくまで仮定に過ぎない。ではシオン・エ
ルトナム・アトラシアとは何者なのか。

「いいっ、は……そぉそこ……いいよ、志貴……」

 柄にもなく混乱する私の耳にはいるのは、とろけるような嬌声だけ。
 それもふー、はーと流れる吐息に混じって切れ切れに響いてくる。耳を澄ま
せばぴちゃぴちゃ、という何かを舐めるような水音もそれに混じる。

 そんな声と音が聞こえてくるのは、私の目の前に空いたスリットから――

 この自体はいったいどういう事なのか?自他の認識が出来なくなった思考が
見る狂った夢なのか?それとも人間が広くいう『悪夢』と言うものなのかもし
れない。だがそれにしてはひどく奇妙な状況だ……

 ……悪夢
 夢。記憶を整理するために行われる再編纂作用。
 では、今のこの分割思考であるかもしれない私はいったい何を記憶している
のか?

 そうだ、夢だ。夢を活動の場とする存在がある。彼女は夢という世界に於い
ては絶対の支配者だ、史上に類を見ない私の思考の能力を持ってしても彼女は
その土台を根底から覆す力がある。
 残った最後の記憶は、私が黒猫を膝に置いて座っている所までだった。

「……レン?これは貴女の仕業ですか?」

 私は光の筋から顔を背け、精一杯の力を込めて言い放った。
 目の前にあるのは、頭にずきずきするようなまったきの暗闇。アトラスの窖
の中の暗闇とは違う、そこに何かがある暗闇がある。そう、それはエーテルの
満ちる空間のようなさざめく波動を内に宿している、手を伸ばせばねっとりと
指先に絡みつきそうな闇であった。

 どれほどの深さがあるのか、どれほどの浅さなのか。
 私は背後の光に振り返りたくなる本能を抑える。暗闇は人間の精神を揺さぶ
り、これをあまりにも長く見続けることは――

 ぬるり、と。
 闇がタールのように波打ったような気がした。
 光のない闇がいつしか形を作る。それは何事もなかったの様にごく自然に集
まり、形を成す。闇が抜け落ちて色を作り出し、私の目の前にするりと現れた
のは――

 結った青い髪と瑠璃の瞳。白皙の肌、それに闇とは異なる黒い外套。
 それは、志貴の記憶の中に見た姿と寸分代わりはなかった。いたく当然の事
柄であるのに、それを目に収めることは新鮮な驚きすら感じる。

 私の目の前に現れたのは、少女の姿のレンであった。
 彼女は口を閉ざし、私をじっと見上げている。腰ぐらいの背の高さしかない
小さな少女であった――愛らしい、と人々はこの娘を見て声を上げるだろう。

 だが、私にはこの静かなレンの姿が不吉なモノに見えた。
 
理由は――そもそも不吉、という言葉でしか括ることが出来ないのは不覚であ
った。リスクを確固として分析すべきであるのに、出来ることと言えば曖昧な
表現で纏めるばかり。これではあの遠野志貴とさして変わりないではないか。
 この静かなレンの姿は、私には好ましいものとは思えなかった。では何が?

「……レン、やはり貴女だったのですか?」

 こくり、とレンは頷く。夢魔の進入を許すというのは錬金術師としては不覚
である――よほど私はこの遠野家にいて油断していたと言うことであろうか。
いや、だが夢魔という睡眠世界の絶対者に対抗するのは困難であろうが。

「ここはどこ――いや愚問でした、貴女がいる以上、貴方と私の夢でしかあり
えません。ではいったいこれは何の夢を貴女は私に見せているのですか?」

 私はそう、きわめて穏やかに尋ねた。
 だがレンはその問いに首をかしげただけであった。彼女は言葉で答えようと
はしない――そう、志貴の記憶の中でもレンの声というものはなかった。彼女
はまるで唖の様に口を閉ざしているのに、私は何を期待して尋ねているのだろ
うか。

 私の夢であれば、私がまず知っていても良さそうなものである。
 だが、それがままならないのが夢と言うものだ。だから私は夢が嫌いだ――
時に酒精に酔うように見る幸せな夢でも、それが測れぬのでどこか腹立たしい。

 夢の支配者であるこのレンは、当然それを知っている筈なのに。

 レンは話さない。その代わりにとことこと私に歩き寄ってくる。
 暗闇のこの空間に床があったのか、と妙な関心を覚える私の元に――
 きゅっと、小さな子供の手が私を握った。それは冷たい手で……夢の中だと
いうのにこんなに触覚が鋭敏なのが意外の念を覚える。

 レンは私を追い越して、手をくいくいと引く。
 つまりは振り返れと言うことか――この少女の言いたいことを私は読み取る。
だがそこにあるのはあの光のスリットで、そこから流れているのは……いまで
も耳を澄ますと聞こえてくる。

「志貴……ん……あぁ……そこぉ……」

 真祖の姫君の、甘えるような声。それだけで空気が水飴と貸してまとわりつ
いてくるような不快感がある。振り返った私に、見える、黄金色に光る一筋の
光条。
 その前に立つレンは、もう片手でその光条――いや、隙間を指さしていた。

「これを覗け、ということですか?」

 私が問うと、レンはこくこくと頷く。そのたびに黒いリボンも一緒に揺れた。
 この隙間の向こうに何があるのか――いや、それは考えるまでもない。この
声が聞こえている為に、それ以外の可能性はあり得ない。
 そこにあるのは志貴とアルクェイドの交情の現場である。

 しかるに、私になぜこのようなモノを見せるのか?
 レンの真意は分からない。いや、夢魔の夢の選択に理由と説明を求めるのは
そもそも無理というものであるが、それでもやはりは問わずにいられない。

「何故?私が真祖の姫君と志貴が交わる情景を見たいと?」

 叩きつけるような言葉であったが、レンはそれに怯えることはなかった。た
だ私の手を触ったまま、なんでこんなにこの人は怒ってるんだろう――とでも
言いたそうな眼差しで首をかしげているばかりである。
 夢魔のなす事に翻弄される――すでに彼女の夢の中にいる私がそれに抗する
のは、しゃがんで膝を持ち上げて空を飛ぼうというような無駄な振る舞いなの
かもしれない。だがしかし、私が私である以上は聞かずに居られなかった。
 錬金術師の性であり――そうであることに私は満足を覚えている。

「馬鹿な――志貴は私の友人、アルクェイドは研究対象ですがそれ以上の下世
話な興味はありません!それもこのような隙間から覗き間の如く覗くなどと言
うのは言語道断、栄えあるエルトナムの後継者でありアトラスの娘である私に
下賤な行いを好むなどと思われることすら我慢は――!」

 ――三番エラー発生。直ちに補正を実行

 渾身の力を込めて喚いていた私の真上から振ってくる、私の固い声。
 それは主思考の絶対の命令であった。なによりもそれらの思考を管理してい
た私がそう言うのだから間違いはない。

 私の声は喉で栓でもされたかのように止まった。
 私の目の前にいるレンは、私に抵抗してはいけない……ともいいたげな様子
で首を横に振っていた。私を支配する私を操るレン……この遠回りで、なおか
つ圧倒的な振る舞いをする夢魔に腹立ちをおぼえるが、私にそれに対する抵抗
の武器はない。

 ただ、憎らしげな瞳をレンに向けるのが精一杯だった。
 その瞳にレンは押し黙ったままじっと私を見上げていたが、身動きできない
私の後ろに小走りに回ると、腰の当たりをぐいぐいと推してくる。
 小さな身体のレンに押されて、私の身体は金色の光の差し込む隙間に近づい
てくる。

 そんなことをしなくても、主思考の制御があるので私はこれを見なくてはな
らないと言うのに――

 私は顔を背けてその隙間を覗くことを拒否しようとする。
 喩え夢だといっても、志貴とアルクェイド・ブリュンスタッドの交わる姿を
のぞき見るなどというのは私の誇りが許さない。確かに真祖のその性行動に研
究対象としての興味を覚えないわけではないが、かといってこのような下卑た
真似を私がするというのは……

「うっ……くぅ……」

 私は呻き、脂汗を流しながら引きつった首の筋肉に力を込めて隙間から身体
を遠ざけようと逆らう。しかしおかしなものだ、私の思考の中、夢の中だとい
うのに身体の感覚だけはやたらに明確だった――レンの触る手のひらの感覚や、
今も抱きかかえるようにして私の腰を押してくる感触などが。

 私は手を突いて身体を遠ざけることは出来なかった。
 耳に響く、アルクェイドの声は次第に大きくなってきて――

「ああっ、いいの……そこを……もっと……舐めてぇ、志貴……」

 舐めるというのはいったいどこを――ふと邪念が私の中を横切った瞬間に、
私の目は、シオン・エルトナム・アトラシアの目は金色の光が差し込む隙間の
向こうを見つめてしまった。
 すぐに目を背けようとするが、私の瞳はそこに釘付けにされてしまった。

「あっ………」

 意図せず漏れる私の声。
 広い部屋の真ん中にあるベッドの上で、絡み合う二つの身体。
 真っ白なアルクェイド・ブリュンスタッドの裸体――仰向けになって胸を反
らし、その豊かな双丘のたわわなふくらみと、先端の桜色の突起がつんと立っ
た艶めかしい姿。金の髪は微かに震え、顎が動いてあられもない言葉をその唇
からこぼれ落ちさせている。

「そこ……そぅ……もっっとぉ、もっとして、志貴……ひゃうっ!」

 そんな喘ぐアルクェイドの身体に、細めだが無駄のない肉体の志貴が……そ
の顔をアルクェイドの両太股の間に顔を挟み、抱え込んで……
 志貴はアルクェイドの身体を四つんばいになって、むさぼっていた。志貴の
その身体はうっすらと汗を掻き、横から見る私の目には股間の男性器が硬く勃
起しているのが写る。

 志貴がアルクェイドにしているのは口舌の前戯であろうか。クンニリングス
とも言うものであるが……それを目の当たりにするのは当然初めてである。も
ちろん私自身にも縁はない。だが、あの足の付け根の敏感な所をぬらりとした
舌で舐められるというのは想像するだけで――

「ふ、ああ、そ……そう、ああん、いいよ……おかしくなっちゃうよぉ、志貴
……」
「じゃぁ、こうすればもっとおかしくなっちゃうかな?アルクェイド?」

 初めて志貴の声を聞いたが、それは何とも言えずに楽しそうで――私の背筋
にぞくりとした戦慄を生む声であった。殺意とか敵意とかそういうものではな
い、私の首に両手の指が回されて喉頸を親指が掴まれた瞬間のような、生殺与
奪を奪われた無力感のような。
 私と同じ事を感じたのか、アルクェイドも頭を上げて志貴を、期待と不安の
入り交じった顔で見ている。

「そ、そんなのどうするの……ひゃぁぁぁ!」

 すちゅるるるるぅ!

 ひときわ高く鳴り響く、淫らな音。それは志貴がアルクェイドの女陰を音高
く啜り上げる音であった。アルクェイドは金色の髪を振って、手を志貴の頭に
押し当てて身体を反らす。

「やぁぁ!そんなのぉ!うぁ!やぁ、入れないでぇ……」
「じゃぁ止めようか?アルクェイド?」
「やっ、ちがうの、もっと………もっとして、でもそんなのぉ……ああんっ!」

 支離滅裂なアルクェイドの言葉。
 世界の代行者である真祖の姫君というのはもっと理知的な存在であるものだ
と思ってたし、何度か会ってもその印象は替わらなかった。
 だが今はどうだ、まるで幼子のように甘えて泣いて違うことを言って――

 私の背中を、ぞくぞくと震えが走る。

 あの真祖の姫君をしてあのような痴態を演じさせる志貴の愛撫というのはい
ったいどういうモノなのであろうかと……いや、アルクェイドの感じている快
感は如何ばかりかのものなのであろうか?。人間のA−10神経とドーパミン
やエンドルフィンのもたらす生理学的作用の内なのだろうか?と。

 ――私はそうやって、私を偽らずにいられない。

 今もこうやって私は隙間を覗き続けている。覗くことを拒否は出来ない、と
いうのは私の自我の自己防衛の為の言い訳だ、私は本心ではこうやって覗き見
たいという快感を抱えている存在なのだ――そもエーテライトという触媒とソ
ウルハックを行う私は、それを本性とする本当は卑劣かつ淫らがましい存在な
のではないのか、という身を焦がす思い。

 だから、私はこれを望んでいる。
 そして、アルクェイドが――真祖の姫君がされているのと同じ事を、私の身
体にもして欲しいという淫乱な欲望を……
 そんな妄語が私の思考を占めていく。そして今の私はその思考を遮断するこ
とが出来ない。

「してぇ……もっと、おねがいぃ………んんっ、はぁぁっ、あああん!」

 アルクェイドは頭を振りながら哀願の言葉を口にしている。その度に豊満な
胸がぷるん、ぷるんと揺れ続けて、女性である私から見てもあの柔らかそうな
肉に指を埋めてみたく思う。志貴はすちゅるると音を立てながら、姫君の女陰
を啜り上げ続けている。
 その音が響くたびに、私はだんだんものを考えられなくなってきそうな錯覚
を覚える。

「もうドロドロだよ、アルクェイドは感じやすいからね……」
「それは志貴がそんなことするから……ああんっ、中に指……入ってきて……」
「くす、俺の指がするりとアルクェイドの中に飲み込まれてるよ……中は熱い
ね、融けてしまいそうだ」

 志貴はアルクェイドの股間に顔を埋めたまま、愛戯と肉体に耽っている。
 志貴の低くそれで居て囁きながらも声量のある声を耳にすると、それだけで
もう自分の中が駄目になってくる。シオン・エルトナム・アトラシアは本当は
志貴の腕に抱かれて、あの甘い声で囁かれたいのだろうと……そのありもしな
い快感の予想だけで私の胸の中の心臓が怪しく鼓動するほどに。

「うんっ、ああ……もっと……もっとして、入れて……志貴」
「お姫様は欲張りだなぁ、俺の指をぎちぎちと締め付けているのにもっと欲し
がるだなんて」
「やんっ、志貴……意地悪しないで、お願いだから……やぁぁぁあ!」

 ずぷり、という音が聞こえた――様な気がした。
 いや、そんな音は私の身体でもないので聞きようがないのだけども、アルク
ェイドのその声高な嬌声を耳にすると……聞こえない方がおかしい、という気
になってくる。

 私は隙間の向こうを、 いまや病みつきになって覗き見ていた。
 そうやってこの志貴とアルクェイドの秘事を垣間見るという、後ろめたい喜
びだけではなく志貴の手によってアルクェイドにされている行為を我が身に置
き換え、淫らな妄想に耽る――見下げた行いだ、たとえ夢だとはいえ私の中に
かくも卑しい欲望が宿っていたなどと。

「ん……」

 私は身体に違和感を感じて、微かに声を上げる。
 私を隙間に押しつけているレン――身長の差のためか、私の腰の当たりに顔
を押しつけるような格好になっている夢魔の感じがおかしい。
 いつのまにか、もぞもぞと腰に回っていた筈の手が下に下がっている。それ
は丁度、私のスカートの下あたりまで……何故、何がおこっているのか?

 レンの手が、私のスカートの中の忍び込んだ。
 するりと小さな手が私の太股伝いに上がってくる。そして私のショーツの上
を撫でる。

「何を……あああっ、あ!」

 私は抗議の声を上げて身体を振り解こうとしたが、それは適わぬ相談であっ
た。
 そもそも彼女の夢の中にいるのに、その主に逆らおうというのだから。さら
には私は力弱く淫らな思考の一つに過ぎず――
 レンの指が、私の股間の丘の上を這う。布地越しに小さな指が、くすぐるよ
うに私の秘部の上で揺れる。

「ああっ、あ……んぅ……」
 
 私は隙間の向こうを覗きながら、身体はレンによって悪戯されていた。
 本当は望んでいたのに――ただ見るだけでは私は満足できない、本当は自分
の指で割れ目の中をかき混ぜたいのに、何を――そんな不純で、なおかつ正直
な感情。
 なぜ、こんな今までに抱いたことのない感情を私は弄んでいるのか。錬金術
師には禁断の情動であるはずなのに、私はなぜ酒にでも酔うかのようにこんな
に浸っているのか。

 私の視界の中で、アルクェイドははしたなくも大股を開いて志貴の顔を押し
つけている。その顔の、嬉しそうなことといったら……見られたものではない。

「ぅ……くぅ……はぁ……」

 嗚呼。
 嫉妬だ。私は志貴に抱かれているアルクェイドに嫉妬している。そして志貴
に抱かれることの喜びを身体一杯に表しているアルクェイドに嫉妬をしている。
そして私を抱いてくれない志貴に嫉妬をしている。
 そんな身を蝕む悔いが、私を淫らな欲望に駆り立てる。いや、嫉妬を私は肉
欲で紛らわせようとしているのか。そこを分析できないほど私は狂っていた。

 この、言いようもない、胸の底を掻きむしるような感情に。
 こうなっていることを知っていたけども、認めたくなかった私。だがそれを
見せられることで私がしたのは壁を叩いて悔しがることでも、拳を握りしめて
泣くことでもなく、自らを偽って観察しようとしたこと。
 そんな私には、こんな罰がふさわしい――

「ああ……くぁ……はぁ……」

 レンの手が私のショーツを太股まで下げ、ミニスカートの中の私の腰はむき
出しになる。そこに忍び寄るレンの小さく細い指先。 その指の腹が前から私
の割れ目に触れる。
 触られて、初めて私は分かった。

「ん……はぁ……う……」

 私の女性の女性たる部分は、くちゃりと水音がするくらいに濡れそぼってい
た。
 レンの指が前から後ろから私の秘所に忍び寄る。お尻の穴を撫でられたかと
思うと指はそのまま会陰をつたって膣口の上に触れる。襞の寄った窪みを浅く
犯すように指が伝う。

 レンに身体を弄ばれながら、私は真祖と志貴の情交を覗き続けていた。覗く
ことが私の興奮を高めて快感を感じさせるのか、レンの指の快感が私を駆り立
ててより一層の覗き見の快感を呷るのか。
 ただ確実なのは、私が吐息を漏らしながら覗いていることだけだ。

「んぅ……ああっ、志貴、お願い……してぇ……」

 志貴がアルクェイドの足の付け根から顔を離すと、哀願の声が発せられる。
私の目は距離があるというのに、志貴の唇からつうと唾液と愛液の糸が引くの
さえ見えた――
 いや、それを見たいと私が思っているからか、レンがそれがいやらしいシロ
モノとして私にことさらに見せようとしているのか。そうして引いた糸が私の
身体でも同じように起こるのか思うと…… 

 レンの指は、くすぐるように私の中を動いていた。
 その指先の動きはあくまでも繊細で、私の襞の表も裏も丁寧に撫で、揉んで
いく。その度に走る刺激に私は膝をガクガクと震わせた。いっそ耐えられなく
なってしゃがみこんでしまいたいほどの快楽。

 だが、それだけで私は満足は出来そうにない。
 もっともっと、この身体の中から熱い劣情を掻き立てて欲しいと。友人とそ
の恋人がまぐわう光景を覗きながら、女陰を弄ってもらって喜んでいるこの卑
しく厭らしい恥ずべきエルトナムの裔を辱めて……狂わせて欲しい。

 これは夢だ、だから私は狂ってしまいたい。
 夢でない私は偽りの仮面の中で偽りの正気を演じるのだから。

「ああっ、はぁ……ん、あ、あああ!」

 私の喉は今までより大きな声を絞り出す。
 私の敏感な粘膜の陰唇を、レンの指が掻き回し続けている。前から回された
指が割れ目の中の、鞘の被った私の陰核をなぞり上げると――鋭敏すぎる、痛
いほどの快感が私の中を駆け抜けた。
 隙間のある壁に顔を押し当てて、私はつま先立ちになってその快楽に身震い
する。

 紅い霞が掛かったような視界の中では、アルクェイドから顔を離した志貴が
膝立ちで見下ろしていた。垂直に立つ志貴の身体から水平に生える、たくまし
い男根。それは先端の粘膜までめくれ上がらせた、逞しい男性本来の破壊力を
象徴するような器官であった。

 それを目にして、向こう側のアルクェイドもこちら側の私も図らずも息を飲
む。

「ねぇ……志貴……お願い……」
「じゃぁ、いつもみたいにどうして欲しいかお願いして?アルクェイド」
「ほしいの……志貴のおちんちんで……私を貫いて……中にいれて……」

 頬を赤らめて、そう志貴の身体を嘆願するアルクェイド。
 嗚呼――それは同性の私から見てもぞくぞくする、組み敷いてその欲望の限
りを尽くさねば気が狂ってしまいそうな美しくも悩ましい表情であった。果た
して志貴も同じ事を感じたのか、志貴はうっすらと笑みを浮かべて姫君の白い
足を取る。

「じゃぁ……奥まで入れてあげよう」
「来てぇ……私がおかしくなっちゃうくらい……」

 お尻の当たりでもぞもぞと身動きがある。
 レンの頭が私のスカートの中に潜り込んで来ていた。そのひんやりとしたレ
ンの頬が火照った私のお尻に当たり、心地よく感じる。だがそれだけではなく
レンの顔はどんどんお尻を下がって来て、それに私の恥部から離れた手が私の
膝を押し広げ、後ろのレンに向かってアナルを見せつけるような姿勢に――

「あっ、ああ………」

 志貴はアルクェイドの足を掴んで身体をひっくり返すように持ち上げる。そ
して両足を肩で担ぐ様に持ち上げ、その腰をアルクェイドの屈曲する身体に押
しつけていく。
 志貴の身体から佇立した男性器は、亀頭の先端がアルクェイドの濡れそぼっ
た太股の付け根に押し当てられていく。先端がお尻の間にず、と顔を埋めるの
が見える

 私のお尻に、レンの冷たい両手が触れた。
 そしてその臀部の肉を両脇にくつろげる――私のお尻の穴と女陰が今、レン
の目の前に晒されているのであろう。自分でもよく見つめたことのない部分を
夢魔の双の瞳でまじまじと見つめられていると思うとそれだけで……締まりの
効かなくなった蛇口のように私はどろりと女の蜜を漏らしてしまう。

「あ……はぁ……おっきいの……大きいのが入ってくるぅ……志貴……」
「うぅ……ああ……はぁ……いっ、あ……」

 アルクェイドの身体は、志貴の下で二つに折り敷かれている。いまやアルク
ェイドのお尻と志貴の腰はぴったりと接触し、志貴は笑いを、アルクェイドは
泣き出しそうな歓喜の顔を現していた。
 方や私は眉根に皺を寄せ、レンの愛撫に身悶えしている。

 レンは後ろから、私の濡れた陰部に接吻する。
 冷たい唇が柔らかく私の陰唇に触れる。粘膜と粘膜が接触する、くっつき合
うかのような感触とぴりぴりと走る鋭い快感。それは私の太股の間から電流の
ように背中を駆け上った。
 痛いような、それでいて流されそうに感じてしまうほどの感触。

 それだけでも苦しいほどなのに、私の秘所の中に忍び込んでくるレンの舌。
 頬も指先も冷たいのに、レンの舌だけは私の身体を溶かしてしまいそうなほ
どに熱い。濡れた粘膜をこちょこちょとくすぐる様に動いたかと思うと、ぬら
りと上から下へと舌が動いていった。

「ああっ、あ……う……ぅく、あはぁ……」

 私の口から漏れる、意味のない声。
 歪んだ視界の中では、アルクェイドの足を肩に担ぐ様にしてベッドとの間に
挟んでいる志貴が、満を持してその性器の挿送を開始しようとしていた。志貴
の眼鏡がアルクェイドの顔を向くと、姫君は手を伸ばしてその頬と眼鏡の蔓に
指をかける。

「私の中……志貴のでいっぱいだよ……」
「わかる、アルクェイドの奥が俺に触れてるし、周りからもきゅうきゅうって
……じゃぁするよ、アルクェイド」

 そんな睦みの囁く言葉すら、私には聞こえてしまう。
 志貴の腰がゆっくり上がったかと思うと、それはくっと素早くアルクェイド
の中に沈む。

「ああっ!あー!」

 あの真祖が、こんなに嬉しそうな……声を上げているだなんて。
 不思議なものを見るようでもあり、それで居ながらあそこまで感情を露わに
出来る真祖が羨ましかった。そして胸の中を焦がす嫉妬の炎。

「いいっ、もっとしてぇ、志貴!」
「はいはい、俺もそうしようと思ってるからね、うん」

 ぎしぎしとベッドのスプリングが軋み、志貴の腰が機械の様に引かれ、そし
てアルクェイドの秘所を深く穿つ。あの逞しい志貴の男根が華のようなアルク
ェイドの女陰を犯しているのを想像するだけで思考があやふやになる程なのに、
目の前でそんな光景が繰り広げられているだなんて――

 ベッドと志貴の身体の間で、足を抱くような格好で二つ折りになっているア
ルクェイド。
 そんな彼女が出来ることは、ただ声を上げて――

「いいっ、ああっ、志貴……中でぐりぐりってしてぇ〜」

 そんなあられもない言葉をまき散らしながら喘ぐことばかりであった。
 私も、することと言えばアルクェイドとさして代わり映えはしない。腰をレ
ンの顔に向かって突き出し、その舌に嬲られるのをただ腰を震わせて喜ぶばか
り。
 快楽におぼれているというのに、彼女の私の差と言ったらどうだ――

「う……うう……うっ、はぁ……」

 レンの舌は、私のクリトリスを探り当てる。指が襞の中に絡み、広げて舌が
踊る場を広げている。私の内側からたらたらと女性の蜜が溢れ、レンの顔と私
の内股を汚しているのであろう。くちゅくちゅという淫らな水音は、私の身体
からも聞こえてくる。

 つんと舌が私の粘膜の先端に触れると、つま先立ちになってしまうほどの官
能が――

「あああっ、はぁ!」
「んっ、あっ、志貴……志貴、いいの、もっと……はぁあ、ああ……ふっ、あ
あ!」

 荒い呼吸とベッドの軋み、そしてリズムよく聞こえる腰の肉が打ち合わされ
る音の中にアルクェイドの嬌声が響く。志貴は抱え込んだ足と女体を折り敷き、
汗を流しながらその身体を貪っている。
 志貴の横顔は怖いほど真剣そうであった。眼鏡を外して敵を切ろうとする時
の志貴の見せるあの冷たい残酷さではなく、飲まれてしまいそうなほど情熱的
な眼差し。
 あの瞳に見つめられたい。そう思う私はこの夢の中で狂わされているのだろ
うか?いや、私は望んでいるからその眼差しに気が付いているのだろう――

 私はゆっくりと動く手を目の前の暗い壁に付き、前屈みになって目を隙間に
当てる。身体は小さなレンのもたらす快感を貪っているというのに、目と心は
志貴とアルクェイドの性交を見つめ続けたがっている。私は何と貪欲なのかと、
こんな私を私が偽って生きているのかと思うと――情けない。だがその情けな
さが私をより興奮させる。

「ふっ、はっ、いいか?アルクェイド?」
「いいよ、いいよぉ志貴……駄目になっちゃうぅ、はぁ、あああーん!」

 隙間の向こうでは、志貴がよりピストン運動の速度を上げる。
 ぎっしゅぎっしゅというそのリズミカルな音が私の脳裏を支配する旋律とな
る。そのリズムを感じ取っているかのように、レンの舌も私の感じる粘膜の突
起をつついてくる。
 服の下の乳首が硬く尖り、下着を押し上げて痛いほどに。
 
 私は片手をゆっくりと離し、まるで病人のようにゆっくりと……私の胸に触
る。
 そこは熱く、私の心臓の鼓動が肌の上まで迫り上がってくるかのような――
そんな私の胸をゆっくりと触れる。この指が、私でなければどれほど嬉しいか。

「はぁ……くぅ、ああ、はぁ……」

 私の中で、高まる興奮と官能。
 それはレンの舌とクリトリス、私の手と胸、そして目のはいるアルクェイド
と志貴の二人と瞳が私の中を駆けめぐり、危険なほどに温度を上げていく。私
は何をどうすればこの、この苦しいまでの感覚から解放されるのか。

「いいっ、ああ……いっちゃうよぉ、志貴ぃ……」
「大丈夫だよ、アルクェイド……俺も一緒にいくから……アルクェイドの中に
たっぷり出してあげるよ……」

 そうか、オルガイズムの中に自らを放擲してしまえば――
 そうすれば、この夢は覚めるのであろうか?
 いや、私のこの狂った思考は無限ループとなってしまうのかもしれない、私
は私の情欲の中で形を成さぬほどに崩れてしまうのかもしれない。そのきっか
けを作ったのはレンであっても、この夢を望んだのは私だから――

 ――三番、自我保護抑制限定解除

 そう、誰かが私に告げる。
 そんなことをしたら、私は――!

 その瞬間、それは……身体が裏返ってしまうほどの感覚だった。

「あ、あ、ああああああああああああーーーーーーーー!」

 私の肌の密度が二倍になり、三倍になり、四倍になる。
 私の肌に触れるレンの指が私の頭の中ではっきりとした形を成し、レンの舌
のその味蕾の細かい突起までが私のイメージとなる。それはイメージではなく
舌そのものであり、まるで私の頭の中身をなめ回すように動く。

 私の脳幹に差し込まれた下は、どろどろとした脳髄を掻き回し、愛液のよう
な脳漿をしたたらせながら頭蓋骨の内側に沿ってなめ回す。私の女陰は私の脳、
いや私の全てになってしまったかのように。

「ひぃっ、きゃぁあああああああああああああああああああああ!」

 そして、私の目は私を越えてしまっていた。

 私の目の中に写るアルクェイドと志貴が、私と私になる。私は私に押し敷か
れ、その野太い男根を濡れた襞の中に突き刺し、掻き回す。私は私の締め付け
る膣口の感触、中のぬるぬるとした襞が棹を触れる感触、そして先端がつるり
とした子宮口に押し当たり尿道口とキスをする感触が。
 私が私になり、お腹の底から突き上げ、息が詰まるような強いインパクトを
感じで――

 そしてそんな私と私を、無数の舌が襲いかかり、足を、脇を、胸を、うなじ
を、背中を、指を、どろどろぬるぬると唾液に、脳漿まみれにしてなめ回す。
私にこぼれ落ちるどろどろとした白い脳髄がゼリーのようにぼたりぼたりと落
ちていく。

 その全てが甘い。
 舌が感じる甘さではない。肌が甘さを感じている――味覚と触覚が入れ替わ
り、舌が私の秘所をなめ回す柔らかな触覚を倍にして伝える。

 麝香の、没薬の、乳香の入り交じった不可解な薫りが空気となる。
 その薫りの空気の中を私は私と無数の舌と流れる灰色の思考の屑と絡みなが
ら落ちていって――

 私と、レンの黒いマントと、アルクェイドの金の瞳と、志貴の眼鏡が絡んだ
奇妙なオブジェが浮かび上がる。その奇怪な光り輝く物体に私は叩きつけられ、
バラバラに――

「うぁっ、ああああ、あああああああああああーーーーーーーーーーーー!」

 見るのでも、感じるのでもない。
 私が私を私でない私が私でしかない私の――もはや何もない。
 錬金術師である私の思考能力が、シオンという存在を破壊しそうなほどに展
開していた。7個の分割思考以上の、ヒトもカミも知り得ない空恐ろしいほど
の、オーバーヒートする思考と夢のの生み出した幻。

 どくっと。
 びくっと。

 私は震えた。それがオルガイズムであるかどうかを私は知る由もなく――



                                      《つづく》