「……こんなところにいたのか、シオン」
志貴は傾いた夕日の日差しの中で、シオンを見下ろしていた。
遠野家の広大な庭の中に人目を忍ぶように立つ和風の離れ、その縁側に腰掛
けているシオンの姿を探すまでに、志貴は大分時間を使っていた。
軽く肩で息をする志貴の長い影がシオンに掛かる。
そしてその後ろには、不満そうな顔の優美な姿のアルクェイドが居た。
夕暮れの光を吸い込んだ髪は豪奢な金色に光り輝き、眩しいほどであった。
だが画工の描く美人画のような彼女は口をへの字に結び、手を背中に回してい
かにも気乗りしなさそうにぶらぶらと歩いてくる。
「もう、その錬金術師ったら良いご身分じゃないの。せっかくそっちのたって
の希望に応えて私が足を運んでいるというのに、のんきそうに居眠りだなんて」
アルクェイドは明らかに不満そうな様子であった。腰に手を当てて眉をひそ
めているが、それでも彼女の美しさは寸分も損なわれる事はない。
志貴はそんなアルクェイドに苦笑して頭を振る。
「確かにシオンが居眠りしているのなんか初めて見るけどね。長閑でいいじゃ
ない……って、なんかそんな感じでもないな」
志貴は再びシオンの顔を、屈み込みながら覗く。
縁側に腰を掛け、猫を膝に乗せて眠っている――この光景自体限りなく平穏
で穏やかなものに見えたが、その肝心のシオンの寝顔が宜しくないことになっ
ていた。
額にぷつぷつと汗を浮き上がらせ、顔は真っ赤になっている。それは夕日の
傾きによって赤く変わった光線のためではなく、明らかに熱にうなされている
かのような顔であった。
眉間には皺が寄り、目を閉じてはいるがその眦が吊り上がっている。そして
微かに開いた口元から覗く綺麗にそろった歯を食いしばっている。
いつもの冷静さを崩さないシオンにあるまじき表情であり、志貴はその顔に
息が掛かりそうなほどに顔を近づける。きりきりという歯ぎしりの間に何かを
呟いている様な気がしてか――
「なにやってるのよ、志貴」
「いやぁ……なんか悪い夢をみてるのかなって。どう見てもこれは良い夢見て
いる顔じゃないからね」
後ろから不満そうにのぞき込んで声を掛けるアルクェイドに、志貴はそっと
答える。アルクェイドはそれに面白くも無さそうで、それでいて悔しそうにわ
ずかに顔をゆがめる。
「……良い夢も悪い夢も、私にはよく分からないわ」
「そう……だったな。まぁ、人間というままならないにはいろいろあるんだよ」
「でも、志貴が良い夢見てるときは分かるよ。こう、にたーって笑ってよだれ
垂らしてるから」
そう、微笑みながらアルクェイドは志貴の横顔に軽くキスをする。
唇が触れた跡を手に触れて驚いた顔をする志貴は、やがて照れくさそうにそ
こを引っ掻いて目を反らした。
「ば、馬鹿な事言うなよ。そんな寝ぼけているわけないだろ……」
「えへへ、今度志貴に良い夢見せて観察してみたいね……ちょうど良いじゃな
い、レンもいるんだし」
アルクェイドは手を伸ばし、シオンの膝の上で背中を丸めて眠っている黒猫
の身体をそっと抱きかかえた。アルクェイドの腕に抱き込まれると、その動き
のせいかレンがふぁ、と欠伸をして目覚め、喉をごろごろと鳴らす。
「うっ、うう………はっ、ああ……」
アルクェイドが黒猫を抱きかかえる、微笑ましくもある光景を眺めていた志
貴はその声にすぐに気が付く。シオンがうめき声を上げている。
だがそれは 追われ襲われ苦しめられているという呻き声ではなく、妙に甘
ったるく、まるで性感帯を撫でられて堪らなくなったかのような切ない吐息で
あった。
それを間近で耳にして、予想もしないシオンの意外な声にぽっと頬を赤らめ
る志貴であった。すっとアルクェイドの手が伸びて志貴の耳をつまみ上げる。
「……もう、さっきからなにやってるのよ!その女にばっかり」
「いたた、だ、だってシオンが妙な感じで……ほら、今だって」
シオンは頭をごろりと返す。口元がひくひくと動くと、何度か深く息を吸っ
ては吐きを繰り返して――
「うぁっ、ああああ、あああああああああああーーーーーーーーーーーー!」
いきなり漏れた悲鳴に、志貴もアルクェイドも驚いて思わず身を仰け反らせ
る。
シオンは自分の身体を抱きしめ、横に転がり二度三度と激しく痙攣する。そ
んなあまりにも激しい、発作としか言いようのない様子を目の前にして志貴も
アルクェイドもお互いに不安そうに顔を見合わせるばかり。
「ど、どうする?アルクェイド?」
「私に聞かれたって困るわよ、とにかくその……起こした方が良いんじゃない
のかな?」
「そ、そうかな、じゃぁ……」
志貴がおそるおそるシオンに手を伸ばして、今もびくびくと激しく動く肩に
手を伸ばそうとする。だがその時――がばりとシオンの首が起きあがった。
なんの前兆もないシオンの動作に、志貴はまたしても飛び退く。
「うわぁっ!」
「はっ、はぁっ、はぁ……はぁ……夢……そうか、夢だったのに……」
固く閉ざしていた瞼を上げて、シオンは薄目を開いてそんな言葉を漏らす。
のろのろと身体を起こすと、長い三つ編みが縁側の桟から持ち上がる。トレー
ドマークのベレー帽が落ちているのも気が付かないシオンは、眩しそうに辺り
を見回す。
「三番停止、隔離……ああ、よかった、元に戻っている……」
訳の分からないことを呟く寝覚めのシオンを前にした志貴は、表情をこわば
らせて軽く手を振ってみせる。
その後ろのアルクェイドは、黒猫を胸元に抱いたまま面白そうににやにや笑
いながら見下ろしていた。
右を見て左を見て、そしてようやく自分の目の前にいる二人と一匹の人影に
気が付くシオン。菫色の目をゆっくりと見開き、しばしピントの合わない瞳で
ぼんやり眺めていたが、その姿を判別した途端に――
「しっ、しししし!志貴!いつの間にここにいたのですかっ!」
「やぁ、おはよう、シオン……その、いつの間にってまぁさっきからなんだけ
ど」
裏返った悲鳴を上げるシオンに、志貴は困ったように頬を掻きながら答える。
シオンは柄にもなく動転し、目を白黒させると指を志貴と、その後ろのアル
クェイドに交互に向けて――
「そ、そんな、真祖まで何でなんでここにいるのですか?」
「この女、人を呼んでおきながら良い根性ね。志貴、お仕置きしちゃっても良
いかな?」
「ま、まぁ穏便にしてくれ、シオンを虐めると秋葉が飛んでくるから……」
指を突きつけられて無体な言葉を吐かれたアルクェイドは、軽くこめかみに
筋を浮き上がらせる。剣呑な言い分に志貴は振り返ってアルクェイドを宥めよ
うとする、が。
レンの喉を指でくすぐりながら、アルクェイドは生やす
「ま、どうせこの錬金術師ったら研究も忘れて緩みきって、私と志貴がえっち
するのを覗くよーないやらしー夢を見ていてるしょうけど?」
図星であった。
シオンの顔色は真っ赤から真っ青に信号機のように忙しなく代わり、目を見
開いて言葉を失いぱくぱくと酸欠の金魚のように口を開閉させている。
いきなり爆弾発言をするアルクェイドに、志貴は、は?と話が着いて行けな
さそうにぽかんとする。だが、志貴はその手に抱えられた毛並みも美しい黒猫
の存在に気が付いた。
喉をくすぐられるレンは気持ちよさそうに、笑っていた。
「もしかして、レンがまた淫夢を?」
「ふふ、さすが経験者が言うことはだけあるわね……それに元契約主を見くび
って貰っちゃ困るわ。ま、今の志貴は契約主としてはいささか頼りないけども」
ふふふ、と意地悪そうな低い笑いを浮かべるアルクェイド。
そして、そのままシオンにずいと歩を近づける。シオンは指を突きつけたま
まの格好でわずかに震えるのが精一杯の挙動であり――
「さぁて、私たちを待ちぼうけさせてまでのほほんと見ていた夢の内容を教え
て欲しいわねー?ね、シオン?私と志貴ってどんな風にえっちしてた?それで、
シオン、貴女は覗いて自慰したの?それもとレンにしてもらったとか?もしか
してアトラスの錬金術師なら私が想像も付かないすごいやり方があるのかもし
れないわね、それも教えてくれるかしら?」
畳み掛けるようにアルクェイドが顔を近づけながら尋ねる。
美しいアルクェイドの顔が、シオン苛めの情熱と後ろ暗い興奮に燃えてより
一層輝いてみえる。朱の瞳がシオンを見据える。
志貴はそんなアルクェイドの口から次々に発せられるあられもない内容に、
気恥ずかしそうにそっぽを向いて顎をひねり、ううむ、ともああ、ともつかな
い不思議なうなり声を上げていた。
「ねぇ?シオン?そんな淫夢のオカズに人を使っておいてしらばっくれるとい
うのは許されないわよ?レンに聞いてもいいけど、そーゆーデリケートな事は
貴女の口から聞かせて貰わないと」
「うっ、うっ、うぁあああああ!」
ほとんど鼻と鼻がぶつかりそうなほどに顔を近づけていたアルクェイドに、
とうとう耐えられなくなったかのようにシオンは逃げ出した。
それも、何を考えたのか――背中に当たる閉まった雨戸の方に向けて。
「うわぁぁっぁ!」
どがばたーん!と聞き苦しい音を立ててシオンは雨戸ごと、縁側から中の和
室に転がり込んだ。真っ暗な和室の中を、仰向けでシオンはにじって逃げてい
く。
だが、それが行き止まりの屋内であることに今のシオンは察知しているのか
どうかは――怪しい所であった。
暗い和室の中を見据えるアルクェイドは、夕日を背負って不敵に笑う。
「うわぁ、シオン、雨戸壊すなよ……後で翡翠と秋葉にどう謝れば良いんだか」
「ふふふーん、部屋の中に入り込むというのは……シオン、今度は夢じゃなく
て直に私と志貴がえっちするのを見てみたいってことかなー?」
そんなことを鼻歌混じりに呟くと、アルクェイドは志貴の手首を掴む。
手を取られた志貴はえ?と思考停止状態の惚けた顔を向けるが、アルクェイ
ドが返したのは怪しい、らしくもない何かをたくらむかのような赤い瞳であっ
た。
シオンはじりじりと畳の上を後進し、今度は押し入れの襖にぶつかる。
そしてその衝撃で、襖と布団が次々にシオンの上に落ちてきて――
「うゎ!」
「ほら、お布団用意してまで見たいっていってるわ、シオンは」
「そ、そんなシオンの目の前でするのだなんてそれはちょっと……」
思いも寄らないシオンのあわてふためく様子の志貴を、じれったいとばかり
にアルクェイドは手首を掴んで引き寄せると、大股で足台と縁側を上っていく。
「なによ、いつかはベランダでえっちしたいとかそんなこと言ってた志貴だか
ら、シオンの前だったらこーふんするに決まってるのにー」
「それとこれとは関係ない、というか靴履いたまま畳の上に上がるなぁ〜!」
「いいわよ、どうせすぐに靴も服も脱ぐんだから」
ちがうの?とばかりに向けた瞳の、煌々たる輝きに志貴はう、と返す言葉に
窮する。
そしてそのまま手を引かれて、なんとか靴だけは脱ごうと足をもつれさせな
がら――
「な、何をする気ですか、貴女は!」
「んふふふー、それはもう、シオンが見たかったえっちにきまってるじゃない
の。志貴との」
「落ち着け、アルクェイドー!」
シオンは布団と枕と破れた襖に埋もれながら、目の前に立つアルクェイドを
絶句して見上げる。夕日を背負うアルクェイドの姿は美しくも――彼女にとっ
ては不吉であった。
――ああ、これも悪夢の続きであると言ってくれ
そうシオンは、祈らずには居られなかった。
だが、アルクェイドの腕からぴょこんと降りた黒猫が、目の前を横切った。
黒猫のレンは横を向くと、シオンににゃぁ、とふざけた様な笑顔を向ける。
悪夢も良夢も立て続けに続くものではありません、とでもいいたげな――猫
の表情にまでそんな事を読み取ってしまうほどの、困惑しきったシオン。
そんなシオンの焦点の飛んだ瞳の前で――
「さ、志貴も脱いで脱いでー」
「うわぁぁぁぁ!」
《END》
《あとがき》
や、どうも阿羅本です。今回のSSも皆様お楽しみいただけましたでしょうか?
なんというか序破急というか、まったり→ショック→エロ→シュール→お笑いと
いうか、困るとこんな風にお話を付ける阿羅本の根性が憎い……でも、こういう
終わり方がある意味みんな安心できるのかなー?とか思っているもので(笑)
で、初めてレンでえっち……というか、シオンの相手をレンにして見ましたが
なんともむずかしいものでして、むしろ覗いている志貴とアルクェイドのえっちを
描写する方に夢中になっていた感すらもあります。というか、この二人のえっち
に巻き込まれるシオンというのは王道だと思うのですが、如何でしょうか?(笑)
なんというか、シオン語りパートではいろいろがんばって見ましたが……むず
かしいですねぇ、シオンの言葉でえろくするのは、いや、でもシオンの言葉回し
をねちねち書いているのはなかなか楽しくもありました。
……で、総体としてみると……なんか、妙なリズムですな(笑)
皆様、おつきあい頂きましてどうも有難うございました〜
でわでわ!!
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