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 夕暮れの図書館で呟いた蒼香は、顔を引きつらせていた。
 そうしてこの奇っ怪な事態はなんの解決も見ないまま放課後を迎え、そして……

「蒼香ちゃんー」

 当事者のくせに悩みのなの字もない羽居の声が、蒼香を打った。
 ベッドの上に俯せになり、明日の課題もなにもかも知らないと言いたげに倒れる蒼香はその声に答えたくなかった。

「蒼香ちゃんー蒼香ちゃんー」

 自分が答えないとそのまま何度でも連呼されそうな羽居の呼び声。
 蒼香は首をもぞりと動かすと答える。

「なんだよ、もう……」
「困っちゃった、これ生えてたら、お風呂どうしようー」

 個室にユニットバスがあるわけではないこの寄宿舎、風呂は大浴場で共用である。
 そんな浴場に逸物を生やしたまま入れるはずがない――今更ながら羽居はそのことに気が付いたのである。蒼香も言われて半ば絶句する。

 ――こいつはそんなことも考えずに生やしたのか、と

 いや、そこまで熟慮して羽居が行動するわけがないのは明白であり、蒼香の口から我知らず長い長い溜息が漏れる。
 そしてそのまま枕に顔を埋め、そのままぱったりと動かなくなる。

 このまま眠りの国に落ちた方がましだ、ともこれが夢であってくれ、とも言いたそうな哀愁を背中に漂わせて横たわる蒼香。その小さな体はがっくりと力が抜け落ちて痛々しくも見える。

 羽居は机の上でいつもと変わらず、道具袋を広げて内職に励んでいる。
 普通の人間なら動転してしかるべきな変化を受けても、日常通りの生活を崩さない羽居。股間に男性器を生やしても普段通りの生活をしているので、周囲に気がつかれた様子がない。何しろご当人が気が付いているかどうか怪しいときもあるのだし。

「でもねー蒼香ちゃんー」

 机からベッドに向かって羽居は言う。

「やっぱりオトコノコの方が、お手洗いは便利だよねー」
「ぐはっ!」

 その発言に、思わずベッドの上で発作を起こしたようにのたうつ蒼香。
 羽居に振り回され続けるその姿はもはや哀れと言うしかない――

「なんだよそれはっ!」
「だってお○んちんが生えてるから立ったままでも出来るからー」
「立ったまましたのかお前は!」
「んー、一回だけ。気持ちよかったよー」

 ベッドの上でその答えを聞き、蒼香は精も根も尽き果てたかのように倒れ込む。
 こんなのがいつまで続くのか、いやどうすれば終わるのか、と自問する蒼香。自問することなく羽居に怒鳴りつけでもすればいいようだが、この羽居はそれをマトモに受けないことは目に見えている。

 ……もう、どうにでもしてくれ。

 べったりとした疲れを覚える蒼香。
 そのまま俯せになって枕に顔を押しつけ、蒼香はそのまま動かない。そのままついうつらうつらとし始める。このままだと寝てしまうな、風邪引くかもしれないと思いながらも体と布団の接した面が暖かく、そのまま眠ってしまいたい欲望に駆られる。

 掛け布団の上に沈む腕が、体が心地よい。
 だんだん頭の中がぼんやりし始め、現実と夢が交互に入れ替わるような――

「蒼香ちゃん」

 そんな声がまたしたが、もう答える気力もない。
 蒼香は俯せのままでその声を無視していた。答えるとまたろくでもない話をされるんだろう、立ちションの次はいったい何を言い出すのかと思うとどっと疲れが出てくる。

「蒼香ちゃんー」

 うるさい、と思ったが、どうなるモノでもない。
 なにかごそごそと物音がしたが、何処で鳴っているのかもわからない。
 このまま寝込んでしまえば羽居もあきらめるだろうな――とぼんやり思う。

 ぎしり、という音共に体が微かに波打つ。
 あれ?と残り掛けた蒼香の意識が警告を発する。だが体は眠り掛けている。
 蒼香の指先が、頭がぴくりと動く。

「蒼香ちゃんー、うふふ−」

 間違いない。

 その声ではっと蒼香は顔を枕から引き離す。
 いままでベッドの向こうから聞こえていたはずの羽居の声が、今や頭の上に感じる。そして羽居の気配がこの、自分が乗っているベッドの腕にある――

「もう、蒼香ちゃん寝たふりなんかひどいよー」
「寝たふりじゃない、寝てたんだ――?」
「涎たれてるー」

 うるさいっ、と言いかけながらも手の甲で口元をぬぐった蒼香は、その目の前にあるモノを見て――
 ピンクの花柄のプリント。それが目の前いっぱいに広がっている。
 それも盛り上がっていて。

 ぺちっとそれが頬に触れた瞬間に、蒼香の中の時間が止まった。

 ………

 ……アタシは何をしているんだ?
 ――それよりも、何が顔に当たってるんだ?
 
 頬の上でそれはぴくぴくと熱く脈打っている。
 片目の視界は塞がれていて、もう片目には肌色の……いや、むき出しの太股が見える。 じゃぁ、この顔に当たっているのは羽居の……

 それ以上考えられない、いや考えたくない蒼香。

「あーんもう、蒼香ちゃんったら大胆ー」

 いったいどれくらい立ったのか分からない。わずかな時間のようでもあり、頬に当たったもっこりしたものの温度が自分の体に染み渡るほどの時間が経ったような気もする。
 蒼香は止まっていた時間と思考が復活するのを感じた。

 そうだ、これは――羽居の股間だった。
 それもショーツの向こうには、それを押し上げる肉棒が……

「なっ、なっ、なぁぁぁあああああ!」

 蒼香は一声叫んで飛び上がろうとしたが―――

 その次に自分がしたこと、自分の身に起こったことは一度に理解できなかった。視界が気味悪くぐるんと反転し、俯せになってた体は仰向けになり、頬にあたっていたはずのもっこりはいつの間にか顎の上に当たっている。

 どさっ!

 蒼香の耳には音は遅れて聞こえた。
 跳ね上がった蒼香の肩に手を入れられ、そのまま勢いよく体を回転させられる。羽居の腕力はさして強くもないが、蒼香が小柄なのと警戒も何もしていなかったことから驚くほど簡単に体がひっくり返った。

 そうして仰向けになった体の、それも肩の上に羽居はまたがった。
 いつもゆっくりした動きの羽居にしては無駄のない動きであり、蒼香は抵抗するまもなく馬乗りにされている。

「よっこいしょっと」

 のんびりと羽居は言うが、蒼香の頭はまたしても混乱の最中に放り込まれていた。
 まず視界には羽居の可愛らしいが、凶暴な逸物で盛り上がったアンバランスな股間が広がっている。そして下から覗き込むのでパジャマの上着の下からおへそとお腹が覗いて見え、さらに一番遠いパースの向こうににまーっと楽しそうに笑う羽居の顔が見える。

 なによりも、視界いっぱいのショーツが……

「わーわーっ、な、何をするぅ!」
「あーんもう、暴れないでー蒼香ちゃんー」

 蒼香は必死にもがき、しまいにはブリッジまでして羽居の体を引き剥がそうとする。
 だが悲しいかな、ウェイトの差と姿勢の差は跳ね返しがたい。たっぷりとした豊かなお尻は蒼香の胸の上にどっしりと乗っかり、これもたぷりとした太股は蒼香の肩をがっしりと押さえ込んでいる。

 そして、股間のふくらみは蒼香が暴れるたびに顎に擦れる。
 その刺激に羽居は目をつぶって……

「んっ、やぁん……蒼香ちゃん……」
「落ち着けっ、羽居っ、何をするっ、いや落ち着かなきゃいけないのは私かっ、でもはーなーせー!」
「もう蒼香ちゃん、そんなに騒ぐとまた人が来ちゃうよー」

 ほとんど蒼香の顎に股間をこすりつける様にしている蒼香が、そっと囁く。
 その途端に蒼香は抵抗の動きを止める。朝の事態も誤解を招くが、今の姿勢は誤解を招かない方がどうにかしているという格好であり……

 一番恥を掻く、というか退っ引きならない事態になるのは羽居のはずなのに。
 なぜか一番をそれを恐れていたのは蒼香だった。なぜだか分からないが……
 蒼香は腰が半分持ち上がった姿勢のままで凍り付く。だが落ち着くと、顔の前に広がる羽居の股間を否が応でも見つめなくてはいけなくなる。

 ……ああああ……

 初めてこんなに間近で見る、男性器の姿。
 小さく可愛い羽居のショーツの上から、すでに膨らんだ肉棒の先端は剥き出ていた。
 皮を半分纏った、つるりとした粘膜の丸いフォルム。亀の頭とはよくいったものだ、と動転しているはずの頭の中でもそう変に納得する自分が居る蒼香。

 羽居は自分の股間をまじまじと、目をそれこそまん丸に見開いている蒼香の顔をにまと笑って見下ろす。口元には怪しい笑みさえ浮かべて、手をゆっくりと腰の両脇のショーツに掛け、そのままするするとずらす。

「あっ、あああ……」

 羽居がショーツをずらすと、まるで我慢できなくなったかのように――羽居の半ば隠された、ありえざるペニスがこぼれ出た。
 ぱつん、と音でも立てそうに飛び出たそれは、堅くなっていたがやはり地球を支配する重力の法則に抗しきれず、そのままくーっと頭を下げると……

 ぺちっ

 今度はむき身で、蒼香の顔に命中した。
 天使が四輪馬車で宙を駆け抜けるほどの、一瞬の沈黙の間をおいて――

「…………………!!!!!!!!!!!」


                                      《つづく》