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3.

「あはー。これは、見事に生えてますねえ」
「うん。生えてるのー」

時南医院。

兄さんのかかりつけの病院に、私たちを呼び出した琥珀は、
一通り、羽ピンの股間から生えてきた『モノ』
ーーー白っぽいことを除けばまるで男性器そのものの形をした「茸」ーーー
を観察してから、感慨深げに頷いた。

答える羽ピンは、女の子に自分の股間を覗き込まれて、さすがに照れくさそうだ。

「ちょっと、失礼しますねー」
しばらく考え込んでいた琥珀はもう一度、しゃがみこんで羽ピンの股間に顔を近づけて、
えい、と指で、その...『茸』を軽く弾いた。

「ひあ?!」
がたん、とベットが音を立てるほどに大きく羽ピンの体が跳ねた。

「今のは、痛かったですか?」
「ううん。痛くはなかったけどー」

「どちらかというと、気持ちよかったですか?」
「うん。そうかもー」
琥珀の審問に、えへへーと照れ笑いを浮かべて羽ピンは頬を掻く。

そうなのだ。
何が一体どうなっているのかは、知らないが、ふざけたことにあの茸。

羽ピンと神経的に繋がっているらしいのだ。
しかも、その男性器に似た形状通り、あろうことか、性感帯でもあるらしい。

その事実に、一番ショックを受けていたのは当の羽ピンではなく、蒼香。
さっきから、蒼い顔で、羽ピンの様子を不安げに見守っている。

寺の生まれの割には、超常現象の類には否定的な彼女。
すぐさま、羽ピンを病院に連れて行こうとはしたのだが、
病状の異様さが蒼香の行動を押しとどめていた。

とりあえず、大きな病院につれていくまえに、
その茸のもともとの所有者である琥珀に相談しようということになって、今にいたる訳だけど。

「はー、世の中何があるかわからないものですねえ」
さすがの琥珀もやや呆然と、羽ピンから生えている異物に視線を注いでいる。

「枕もとに置いていた『茸』が朝になったら、股間についていた。
 ―――それで間違いないですよね?」
「うん」
琥珀の問いに、あっさりと頷く羽ピン。
なんで、そんなもの枕もとにおいて寝ていたのかの問いには「良い匂いがしたから」
などとのたまっている。

私と蒼香が羽ピンにしたのと、ほぼ同じ問いを終えると琥珀は
一人、納得したように頷いた。

「琥珀。どういう症状か、わかった?」
「・・・はい。非常に信じがたい話ではあるのですけど、多分」

そこで一旦、言葉をきって、癌を宣告する医師のように、重々しく告げた。



「凸茸の呪いですね」



・・・え?

「・・・なんですって?」

聞き返す私に、琥珀は再び真摯な表情のまま、今度は一言一句、
はっきりと告げた。

「も・っ・こ・り・だ・け・の・の・ろ・い・で・す」

「...ありがとう。今度は、よく聞こえたわ」
ずっと聞こえない方が良かったのかもしれないけど。

至って真剣そのものの琥珀の口からこぼれた奇怪な単語に直ぐに理解できずに、
無言のままに私と蒼香は顔を見合わせる。

その私たちを尻目に、羽ピンが嬉しげにぱちん、と両手を打ち合わし、あろうことか―――。
「凸茸ー」
と、自らの股間に生えたモノをぴくぴくと動かした。その直後。

すぱーん。

一瞬の間さえおかず、スリッパで蒼香が羽居の頭をはたく。
さすが、自他共に認める羽ピンの保護者。ショックを受けていても突っ込みは迅速だ。

「いたーい。蒼香ちゃん、おうぼー。秋葉ちゃんに似てきたんじゃない?」
「あのな」
頭を抑えて、恨めしげな視線を蒼香にむける羽ピンは、
奇怪な『茸』に動揺しながらも、それでもいつもの調子を早くも取り戻している。


...あるいは、取り戻したふりをしているだけなのかもしれないけれど。


こほん。
じゃれあう二人を微笑ましげに見つめる琥珀に、咳払いを一つ。

「琥珀? 電話では、漢方薬だっていってなかったかしら」
「はい、そう申し上げました」
「漢方薬は、人に寄生しないし、ましてや神経を共有するなんてことはできないと思うんだけど」
「そこは、ほら、凸茸ですから」
こいつは。

「琥珀、悪いけど今、質の悪い冗談につき合ってられる気分じゃないの」
「あ、酷いです。秋葉様。私が今まで質の悪い冗談なんて言ったことありましたか?」
そんなの、それこそ数える気にもならない。

「遠野、漫才は後にしてくれ」
「漫才って・・・あんたに言われたくないんだけど」
「琥珀さん―――でしたね」
憮然と呟く私を無視して、蒼香は厳しい視線を琥珀に向ける。

「悪いけど、本当に今は冗談につき合う気分じゃないんだ。
 呪いであんなものが生える、なんて質の悪い冗談以外の何者でもーーーー」
「私は至って真面目ですよ? 月姫さま。
 今の三澤さまの症状を一番適切に表す言葉は、間違いなく呪いです」

はっきりと言い放つ琥珀に気おされて、蒼香が口篭もる。
その彼女に変わって私が再び、口を開いた。

「琥珀、きちんと説明してくれるかしら」
「はい。では、僭越ながら」
苛立ちを溜息で押し殺した私の問いに、琥珀はその声色に僅かに喜色を覗かせて頷いた。

「秋葉さま、宦官、という職業をご存知でしょうか」
「男性器を切り落とした役人、という程度理解で構わないのならね」
充分です、と頷くと、ぴっと、人差し指を立てて彼女は言葉を続けた。

「その切り落とされちゃった男性器の怨念が凸茸の由来なんです。
 なんでも、放たれなくなった精を解放してもらうために、人に取り付くとか。
 つまりは、今回の三澤さまの症状はまさしく、これになるかと思われます」

「思われますって、あなたね」
正気か、と喉まで出かかった言葉を飲み込んで、私は黙って彼女の眼を見返した。
そこに笑みは一切浮かんではおらず、至って真剣に彼女は私の視線を受け止めている。

「ご理解いただけましたか? 秋葉様、月姫さま」
「ご理解もなにも...
 あまりにツッコミどころが多すぎて、どこから突っ込んでいいかわからないくらいなんだけど」
うめくように搾り出した私の言葉に、能天気な声が重なった。

「秋葉ちゃん、つっこむの? だったら今の私に任せてー」
すぱーん。再び、スリッパのなる音。

もはや音のする方向を見るまでも無い。
「頼むから黙ってろ、羽居」
「うー。差別だ」
疲れた蒼香の声に、能天気にうめく羽ピンの声。

動じない方ですねー、と琥珀さえ感心させているのは、正直たいしたものだとは思うけど。
見習いたいかどうかは微妙な問題だ。

「秋葉さまが信じられないのは無理もないと思います。私だって、信じてなんかいませんでしたし。
 その、三澤さんの『モノ』拝見するまでは」
その琥珀の言葉からは確かに、嘘は感じ取れない。
まあ、こんなことで嘘を付いたところで、何の特にもならないだろうし。

「わかった。いいわ、じゃあ、アレが生えたのは呪いだとしましょう。
 そうであった場合―――ちゃんと、解呪できるの?」
そう、今はそのことが気にかかる。

現象としてはどんなにふざけた呪いであっても、呪いは呪い。
その病根が深い場合、決して解けないこともある。

「その辺りはご安心下さい、秋葉さま」
そんな私の心配を、打ち消すように琥珀は朗らかに笑った。

...ただ、続く言葉は。

「――――出しちゃえば終わりですから」

私の不安を、爆発的に増やしてくれたのだけど。

                                      《つづく》