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「志貴さん?」
「え、あ、はいっ」

 思考の水面に浸りきっていた志貴に、琥珀の覗き込むような声が投げかけら
れる。知らず知らずの内に、表情へと出てしまったのだろうか。だとすれば琥
珀のことだ、何を考えているかなど簡単に気取ってしまっただろう。
 そんな志貴の内面に気付いた素振を見せずに、琥珀は志貴へと改めて向き直
る。

 若干ながら開いた間。
 距離にすれば数歩といったくらいか。詰め寄ろうと思えば、2秒もあれば十
分であろう。だが、そうしようとは思わなかった。距離を縮められるが、その
必要性は感じられないという微妙な距離だ。
 琥珀が軽く身を正す。
 風も無いのにスカートの裾がふわりと舞った。そんな何気ないことに、思わ
ず志貴はドキッとしてしまう。
 琥珀の頬に朱色が差し込む。
 その表情のまま、彼女は言の葉を紡いだ。

「―――志貴さん、好きです」
「こ、琥珀さんっ!?」

 それは、あまりにも純粋で、あまりにも愚直なまでの告白の言葉。それ故に、
この状況下では唐突な印象を感じざるを得なかったし、彼女の意図がさっぱり
読めなくもあった。志貴はというと裏返る声で聞き返すだけ。
 だが、彼女は志貴の様子とは裏腹に、その身をつぅと寄せて己の身を預けて
くる。
 志貴は琥珀の身体を為すがままに受け入れた。
 思ったよりも軽い、華奢な印象を与える琥珀の体躯。首筋からちらりと見え
る白い肌はキメ細やかで、制服だと和服とは異なった印象を感じさせる。

 琥珀を抱きしめていいものかどうか、志貴は悩みながら手を出せない。
 と、志貴の胸の中から若干の揺れが生じた。その原因はすぐに解した、琥珀
が笑っているのだ。微笑みよりも嬉しそうで、笑顔には遠い―――そんな表情。
揺れる彼女の身体が、志貴にも伝わってきた。

「ふふふ……一度、言ってみたかったんです。テレビとかでよく見ますよね」
「琥珀さん………」
「放課後に残って告白なんて、ロマンチックじゃないですか?」

 囁きにも呟きにも聞こえる調子で彼女は言ってくる。
 いつもならば、冗談を言っているのだろう、と判断していそうな琥珀の様子
であったが、今の志貴にはそうは思えない。琥珀の羨望や、憧憬を知ってしま
うと、どうしてもそれを冗談で済ませることが出来なかった。
 それを、そのまま無視してしまいたくない。

 彼女は。
 もうすでに取り戻せないものが多すぎた。
 あまりにも、あまりにも。
 過去であり、望んだ生活であり、思い出であり。
 だからこそ与えたかった。

「琥珀さんっ!」
「きゃっ―――志貴、さんっ」

 衝動のままに琥珀を抱きしめる志貴。
 突然のことで、琥珀は抵抗もすることができずに志貴へと身体を寄せる。そ
の重みを心地よく感じながら、志貴は身を任せて倒れこんだ。
 通り抜ける痛みは思っていたほどではなかった。無意識の内に身体が勝手に
受身をとっていたのであろう。倒れたなりの痛みはあったが、それもすぐに引
くような痛痒にすぎない。

 二人は、窓側の壁にもたれるようにして座っていた。
 琥珀が身を正すかと思ったが、そういった様子は感じられない。どうやら、
完全にこちらへ身を任せているようだ。
 志貴の上からは、窓に刺し込む斜陽が光の筋を生み出している。伸びた輝き
から判断しても、日が沈むまではまだまだ遠い。

「志貴さん……どうしたんですか?」
「いや……好きだって言われたから。抱きしめただけ」
「イキナリすぎませんか、吃驚しましたよ」
「吃驚させたんですよ」
「―――意地悪」
「その言葉が聞きたかっただけだったりして」

 拗ねたような琥珀の言葉に、満足げに笑う志貴。
 腕の中で、そっと震えるのを感じた。彼女も笑っているのだろう。

「琥珀さん」
「はい?」
「俺も、好きです」
「―――――っ」
「………………」
「やだなあ、志貴さん。冗談のつもりだったんですけど」
「でも、俺は本気ですよ」

 志貴が言ったきり琥珀は何も言わなくなってしまった。
 だが、胸の中では確かな震えを感じている。先程のものとは違う震え。かと
いって、嗚咽の震えとも異なるもの。
 風が無いのに、鼻の上を微香がくすぐる。
 淡く、微かなそれは抱き寄せていなければ気付きもしなかったであろう。腕
を琥珀の背中に回して身体をさらに密着させると、首筋から薄い香りが誘う。
言い表すならば、無色透明の雪のような曖昧で美しさを感じさせる匂い。

 力強く、華奢な身体を傷つけない程度に抱きしめる。
 そこには抵抗は無かった。全てを受け入れるような、安堵にも似た様子を彼
女から感じることができた。
 ふと、本当に忘れていたのだが――ここが教室であったことを志貴は思い出
す。学生服の琥珀と二人きりで抱き合う状況。改めて思い返してみると、ひど
く背徳的な空気を感じ取ってしまい、むしろ背中を押されたような感覚。

「………あははは」
「……ふふっ、何ですか、琥珀さん。笑ったりして」
「そっちこそ、志貴さん……」
「えーと、ですね。そのー」
「はいはい?」

 軽く咳払いして、志貴は提案した。
 どこか恥ずかしげに視線をそらしながら。

「キス、しませんか?」
「……そうですね、キスしちゃいましょうか」

 ただ、それだけのことなのに、純粋に澄み切った行為のように思えて仕方が
無い。
 唇を重ねる。もう、何度と無くしてきた行為が、初めてする時のごとく二人
を緊張で強張らせる。
 志貴の唇。
 琥珀の唇。
 二つのそれが、潤いを含んで触れ合う。その瞬間だけ、二人がさらに身体を
強張らせた。怯えるように探るように、慎重に出方を窺った口づけ。
 ついばまない。
 味わうこともない。
 それでいて、感じることのみが許されたキスに酔いしれた。琥珀の求めてい
るものが、こういう口づけなのではないかと思っての行為だったが、どうやら
彼女の反応を窺う限りは大丈夫なようだ。

「―――――」
「―――――」

 言葉も無く、互いに瞳を交えた。それだけで、意思が疎通できたような気に
なってしまう。実際には錯覚にすぎないだろうが、今だけは錯覚などではなく
思える。
 そのまま、志貴は琥珀の胸に顔をうずめた。
 制服を一枚隔てた向こう側には、もう彼女の柔肌がある。そう感じるだけで、
吐息が荒くなってくるのを感じていた。触れると押し戻されるような弾力。確
かなものを感じながら、志貴は顔を上げると首筋や耳たぶをついばむ。

 琥珀の吐息が零れるのを耳朶で感じる。
 それは小さく、特別響くわけでもなかったが、どこか胸の内に浸透する心地
よさ。
 同時に、呼吸に合わせるように、胸元で彼女の同じ部分が荒く上下するのを
志貴は感じていた。
 自然と志貴からも吐息が零れる。

 どちらも服を脱いでいるわけではなかったが、その触れ合った胸は互いの感
覚を鋭敏にし、触れ合う胸板と乳房が布を隔てて摩擦しあう。それだけで、痺
れてしまうような昂ぶりが背筋を駆けていく。

「んっ、あっ」

 琥珀の口から声が漏れた。
 気がつけば、志貴が抱き寄せていたせいか。彼の膨張したそれが、彼女の股
間を軽く擦っていたようだ。予想外の感覚に、お互いが荒く吐息し、そして深
く息を吐く。
 視線が再び交錯すると、いつの間にか志貴は頷いていた。そのまま、ズボン
のファスナーを下ろして、高々とした尖塔のような逸物をむき出しにする。

「やだ……志貴さんの、もうこんなに……」
「琥珀さんが……そんな可愛い声あげるから……」

 照れるように、琥珀が俯いた。頬が朱に染まる様子が、密着している状態だ
とはっきり解る。いつもの琥珀とはどこか異なった様子に、志貴はたまらなく
彼女が可愛くなって、さらに抱きしめた。
 確かに琥珀の様子はいつもと違っている。普段の彼女は、こうして身体を重
ね合わせていると艶のようなものを感じさせるのだが、今日の彼女は艶という
よりも純っぽくて、蕩けさせてあげたくなるような衝動にかられる。
 元々、与えられるような行為には慣れていない――むしろ免疫がないと言う
べきか――彼女であったが、それをさらに発展させたかのような印象。
 だから。

「あぅ……志貴さんの、固いのが……当たっていますよぉっ……」
「んっ………琥珀さん」

 志貴の肉棒が琥珀の割れ目と触れ合うだけで、恥ずかしがったように顔を真
っ赤にさせてしまう。
 裏筋と擦れあう陰核の感触。二・三度くらい往復しただけで、そこから湿り
気のある音が漏れ出てきた。志貴の剛直がぴくぴくと脈打つ度に、琥珀の吐息
が甘く漏れる。

「ふわぁぁ、志貴さんっ。なんか……ぴくぴくしてますっ」
「気持ちいいから……琥珀さんが、やわらかくて」
「やぁ……志貴さん、いやらしいです」

 さらに抱き寄せて、口づけ。
 先程の触れ合うだけのものとは違うが、舌を入れるには至らない。軽く、互
いの唇をついばんで何かを確認しあっているような印象。
 引き寄せた身体は二人の距離をゼロにしていた。
 琥珀の割れ目が位置的に志貴の下腹部と触れ合っていて、ざらつくような触
感が伝い、背筋を這うように響く。そして、志貴の肉棒は彼女の後ろの割れ目
―――お尻に。

 志貴がゆっくりと腰を上下させると、胸の琥珀が啼く。
 固いそれが、割れ目の間を緩やかに力強く上下し、空気が擦れるような音。

 しゅに、しゅに……

「ふぁっ、あ、あんっ、志貴さん、そんな、動いたら……だめぇ、だめですぅ」
「何が、ですか……っ?」
「うぅぅ、志貴さんのいじわる……」

 次第に、その音から潤いのようなものが含まれてくる。見ずとも解った、志
貴の剛直から半透明の液体が零れ出ているのだ。鈴口からとめどなく溢れてく
るそれを、お尻の割れ目にこすりつけるように志貴が動く。
 にちゃり。染み込まれるように、こすりつけられた先走り液が琥珀のお尻で
啼く。ゆっくりと這うように伝うその液は、緩やかな曲線をなぞり、太股まで
を生ぬるく撫でる。

「あぅ、ぅああっ、んっ、あっ」
「はぁっ、こはっ、琥珀さんっ……」

 琥珀の身体を少し離し、己の肉棒を彼女の前に曝け出す志貴。
 先程まで、自分のお尻を擦っていたそれは何かの胎動を思わせるように、妖
しく脈打っていた。
 そして今度は、前の方の割れ目―――琥珀の股間部分に沿うように、肉棒を
こすりつけてゆく。ぬちゅり、と両者の液が混ざり合う音が耳朶を打つ。

「琥珀さん……すごい、ぷにぷにしてっ、気持ちいいっ」
「あっ、んあっ、志貴、さぁんっ、こすれて、わたしもっ」
「んっ、くぅ―――――っ!」

 限界は以外にもあっさりと訪れた。
 耳に吹きかけられる、琥珀の甘い吐息。響く嬌声。志貴の固さと琥珀の柔ら
かさ。学校での背徳的な行為。全てが志貴を追い込む要素となって、襲い掛か
る。
 強張りが振るえ、その様子が割れ目からも確実に伝わってきていた。琥珀が
同じように身を震わせて、戦慄く。

「ふああぁっ! 志貴さんっ、すごいっ……あついですっ」

 射精された白濁は琥珀の下腹部を穢し、染みを作ってしまうのではないかと
思わせるほど大量に注がれた。彼女の肌が持つ白さとは別の、穢れた白が重な
り、どろりとした粘液を滴らせる。

 だが、それだけでは終わらなかった。
 志貴の肉棒は未だに萎える気配を見せていない。
 むしろ、出したことによって準備運動を終えたような印象を感じさせている。

「琥珀さん……やわっこくて、すごい気持ちいいよ、もう挿れたい」
「や、やぁぁ……志貴さん、なんかえっちです」

 言葉では否定しつつも、琥珀は小さく頷いた。
 志貴は頷き返して、零れ落ちる白濁液を彼女の股間に擦りつける。
 琥珀からは、もはや言葉ではなく吐息のみが零れていた。意味を成さない、
原始的で根源的な声色。

 二人の性器が触れ合ういやらしい感触。
 ゆっくりと琥珀に腰を落させると、志貴自身も動いて挿入してゆく。
 何度か体験した交じり合い。
 琥珀とはこれが初めてではなかったが、志貴は妙な違和感を覚えていた。何
か、いつもの琥珀とは違うような。
 どこか、固い強張った印象。彼女には変化はなさそうなのだが、反り返った
肉棒を入れると実感として感じられる。
 思っていたよりも、挿入しにくい感覚か―――まるで、相手が初めてのよう
な、それ。

「琥珀、さんっ?」
「んっ、ふぅう、ああっ!!」

 その表情にいつもの余裕は無い。
 受け入れるだけで精一杯といった様子か。

 可愛い。
 そんな感想を頭のどこかに感じる。
 その感情は行為となって動いていた。琥珀のほんのりと赤みを増した肌を味
わい、沈めた腰を荒々しく穿つ。秘裂のきつい締め付けが襲ってきたが、そん
なことを気にも留めずに一心不乱に腰を動かした。

 膣内の抽送に身を任せる琥珀。
 彼女は、ただ志貴の背中に手を回して啼声を響かせる。甘く、透き通るよう
な。
 限界を迎えた彼女が、痺れたように震える。胸の中のその揺れが、全身を伝
わって何ともいえない感覚を志貴へと与える。
 ほどなくして、志貴も絶頂を迎えた。

「―――――っ、琥珀さんっ、射精すよっ!」
「んっ、あぁっ、志貴さんっ、きて……くださいっ!」

 我慢とか、そういった類のことは思い浮かばない。
 ただ、感じるままに身をささげた琥珀が、あまりにも愛しく感じてしまい、
志貴も彼女に倣っただけ。
 骨の髄まで痺れてしまいそうな戦慄き。
 何度も、何度も琥珀の膣へと注がれるそれを、彼女は一身で受け止める。

 肉棒が抜かれると、どろりとした液体が零れ落ちた。
 まるで白く濁った涎のよう。
 零れるものは、他には吐息くらいか。
 互いの名前を呼び合う余裕も、余力も無い。

 未だに胸の内で震える彼女が、ひどく小さく感じ。
 志貴はそっと抱き寄せた。




「しっかし、これ……秋葉の制服だろ。染みにならないかな……」
「大丈夫ですよ。実質、これは予備の服ですから未使用です。こっそりと、新
しい予備を新調すればOKです」
「結局は、琥珀さんの制服……で、落ち着くわけですか」

 呆れたような、感心したような風に呟きつつ、志貴は黒板の前へと進みチョー
クを取った。隣に並ぶ琥珀も同じように、手にはチョーク。

「せっかくだから……写真か何か、撮りましょうか? あのアルバムに」
「あれですか……でも、今はいいです。今は……いっぱい、ですから」

 呟くように、彼女は己の胸へと手をやった。

 斜陽の差込からして、夕刻にはまだ遠い。
 誰もいない教室には、どこか遠くに響くような声も聞こえなかった。
 ふと、琥珀が志貴へと告げる。

「志貴さん……ありがとうございます」
「……はい」

 何と答えていいのか思い浮かばず、結局はただ頷くだけに終わってしまう。
 笑顔を見せる琥珀を見やり、志貴は思った。
 彼女が望むものは手に入らない。彼女が思い出すものは虚無でしかない。彼
女が感じるものは何も無い。
 それが、今までの彼女。
 だが、今は違う。
 琥珀に―――自分は何かを与えられただろうか。

「どうしたんですか、志貴さん。ボーっとしちゃって?」
「いや、なんでもない……なんでもないよ」

 その答えを出すのは自分ではない。

 その代わりに、志貴は黒板に一言だけ―――ほんの一言だけ文字を書く。
 それを見た、琥珀がさらに大きく―――ほんの一言だけ文字を書く。

「一度、こーいうのやってみたかったんですよ」

 琥珀が嬉しそうに笑う。
 それだけで、志貴には十分だった。
 志貴もそれに応じる。

「俺もです」

 しばし、それを眺めていた二人だったが。
 やがて、駆け出すように教室を出てゆく。




 誰もいなくなった教室には、一言。

 好きだ。




 さらに大きな言葉で、一言。

 大好きです!


                    <了>



『後書――ていうか、ほのぼのちゃうやん――』


 なんというか、ほのぼのしてません。

 書き連ねたら、純愛翡翠企画を引っ張った内容になってしまいました。この、
要求されたものを書くことのできない阿呆さ加減をなじってやってください。
 いや、途中から気付いていたんですよ。
 これは「ほのぼの」にはならないのでは・・・と。
 でも、なんか勢いで書ききったらなんとかなる! と根拠の無い自身でいた
ら。

 結果はご覧の通り。
 なんとかなっていませんでした。

 頑張ったけど――駄目だった模様です。

 こんな、企画にそぐわないSSを最後まで読んでくださった皆様。本当にあ
りがとうございます。そして、申し訳ありませんでした。二本目はもっとほの
ぼのした内容にします……たぶん、なるといいなぁ………。

 ではでは
 10=8 01(と〜や れいいち)でした。

BGM:ダニー・ゴー(ミッシェルガンエレファント)