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「でも瀬尾、それには条件があるわ」


 そして、スリップもまくり上げて脱ぎ、ガーターを外してストッキングも外す。
 かくして晶と同じように生まれたままの裸になった秋葉であったが、背筋を
伸ばした毅然としたその態度故に淫靡な感じは微塵もなかった。

「条件、ですか……先輩。それはいったいどういう……」

 もしかしたら先輩は許してくれるかも。縋り付くような一縷の希望に晶は震
えながら問う。
 秋葉は風呂場を横切り、シャワーのノズルを手に取る。そしてハンドルを捻っ
てシャワーを出す。強い水流がノズルから吹き出す。

 シャー、という水流の音だけがしばし浴室を支配する。

 秋葉は手でそのシャワーの温度を確かめていたようだったが、ついと興味を
シャワーから
晶に向けると、怪しく笑う。
 赤い妖気が陽炎のようにうろめいた――ように晶には感じられた。

「瀬尾。貴女が私の肉人形になるのなら……ね」
「………!」
 
 晶がその生々しい言葉、肉人形という言葉の秘める禍々しさと淫らさに震え
上がった瞬間に、秋葉の腕のシャワーノズルが、晶の身体を向く。
 浴びせかけられた強い奔流は―――

「きゃぁぁっぁ!!」

 晶を襲ったのは、強い――冷水だった。
 容赦のない冷水を浴びせかけられ、晶はその場で身体を縮めて丸め込んでしまう。
 秋葉は残忍な笑いを浮かべながら、水流で晶を打つ。まるで鞭のように。

「せ、先輩っ、やあぁぁぁぁ!」

 困惑の淵に沈められた晶の叫びが浴室に木霊すると――
 ぴたり、と水流が止まった。
 だが、変わりに浴びせかけられるのは秋葉の、水よりも冷たい言葉。

「そう、肉人形。貴女は私の肉人形になるの。瀬尾
 何の為だか分かるかしら」
「………」

 震える晶には答えはない。
 だが、ふんと秋葉は鼻を鳴らすと、ふたたびシャワーのズルが向き……

「きゃぁぁぁぁ!」

 水流が晶を襲う。
 体温を奪う冷水の中で晶が震え上がり、びしょぬれになりながらタイルの上
でうずくまる。まるで秋葉の前に服従を誓って跪くように。
 そして、それを支配者の瞳で見つめる秋葉。やがてまたシャワーを止める。

「それはね、瀬尾。貴女の身体で兄さんを喜ばせる為よ」
「……先輩?」
「そう、私の肉人形である瀬尾を兄さんはさぞかし可愛がるでしょうね。でも
それは、貴女が愛される事じゃない。貴女の所有者である私が兄さんに、貴女
越しで愛されるということなの」
「そんな……うぁぁぁぁぁ!」

 反論はまたしてもシャワーの奔流で封じられる。
 水は水道水なのに、氷のように冷たい。肌に触れるのは水と言うよりも冷気
を凝り固めた鞭であり、打たれる度に根こそぎ体力を奪われて、身体を痛めつ
けられる。

 晶はすでに歯の根が合わなくなり、がちがちと震え始める。
 髪の中まで冷水に浸され、身体の芯まで凍える。唇は紫色のチアノーゼを示
し始めていた。

 晶が濡れながらタイルの上に眼を走らせ、そのまま息を飲んで絶句してしまう。
 シャワーで掛けられた水が、すでにタイルの上で凍り付いている――あり得
ざる光景であった。

 晶は知る由もないが、このシャワーの水は秋葉によって熱量を奪われた、氷
点下の冷水であった。流れる間は液体を保つが、一旦淀み始めれば見る見る凍
り始める……
 秋葉はは目の前にうずくまる、震える哀れな晶を全裸で見下ろす。

「お分かり?瀬尾。
 世間では私と兄さんは兄妹だから、私が兄さんのことを直接慰めて上げるわ
けには行かない……使用人の翡翠や琥珀も考えたけども、兄さんはあんな人で
もやはり気兼ねと躊躇いを感じるでしょうね。だから貴女に白羽の矢を立てた……」

 秋葉はそういいながら、シャワーのノズルを再び晶に向ける。
 それだけで、もはや晶の身体はびくりと震える。まるで銃口を突き付けられ
るように――

「兄さんにはアルクェイドだのシエルだの、虫をつける訳にはいきません。あ
んな得体の知れない連中に敷居を跨がせるのは遠野の名折れだわ。
 だけども……瀬尾。貴女なら私の肉人形に相応しい……」

 秋葉はシャワーのノズルをホルダーに戻すと、己の略奪の力で凍り付いたタ
イルの上を歩く。
 シャーベット状の氷に包まれた晶は、もはや眼を見開きガチガチと震えるだ
けであった。そして、秋葉の脚を視界の片隅に収めると、凍り付いた髪を動か
してゆっくりと見上げる。
 細いが均整の取れた秋葉の下肢がすらりと伸び、薄い陰毛の丘とくびれた腰、
そして染み一つない白い肌――そして、赤い髪を揺らめかせて笑う、脅威とし
ての秋葉の顔。

 この前には……あまりにも晶は無力であった。
 ただ、魅入られたように秋葉を見上げる。懇願し、許しを請う囚人のように。

 ――寒い、寒い、寒い……

「あら……冷たそうね。瀬尾、そんなに震えて
 私が暖めて上げても良いのよ――身体で。それに、貴女の身体を仕立ててい
かなくていけませんからね、兄さんが喜ぶように、感じやすい、快感の与える
身体に」

 そこで秋葉は口元に手を当ててほほ、と小さく笑う。
 だが、晶が反応を示さないのを見ると、その瞬間に……目元が釣り上がる。
 ぐわっ、と秋葉の赤い髪が反応を示し、舞い始める。

「もし貴女が否というなら……貴女は私に奪い尽くされるだけのこと。
 そもそも兄さんとの密通と今回の件、万死に値すると心得て!」

 秋葉の詰問が晶を打ち据える。
 だが、急に激した自分に気が付いたのか、秋葉はふっと顔色を緩める。だが
、そこにあるのは優しい慰めの顔ではなく、策謀を巡らす妖女の貌。

「いいえ、貴女を殺しはしないわ、瀬尾。
 琥珀の薬で貴女を洗脳してあげるわ……私の奴隷、ペットとして。そうね、
地下牢に繋いで貴女を飼って、兄さんと一緒に可愛がって上げるわ」

 ――正気じゃない

 秋葉の笑いながら漏らす言葉の内容に、晶は絶望すら憶える。
 だが……晶にはどうしようもなかった。身体は凍えて固まり抵抗は困難であ
る上に、声を上げても広いこの遠野邸では志貴の助けを得られないだろう。そ
の前に、目の前の秋葉にくびり殺されるのが関の山だった。

 先輩は自分を殺しはしない……という事も、今の秋葉の前では確信になり得
ない。
 晶を洗脳して飼育すると口走る秋葉は、単なる殺意を持つよりもより悪辣と
も言えたのだから。それよりもなによりも。

 ――寒い、寒い、寒い……

 心も体も冷え切った晶は、惨めに震える弱い肉体の存在でしかあり得なくなっ
ていた。
 そして、生殺与奪を握る支配者は、紅い髪を繰って命じる。

「ねぇ……瀬尾……よく考えることね。
 貴女は私の変わりに兄さんに愛されればいいの……そうすれば兄さんは幸せだわ。
 だけども瀬尾がNOと言えば、貴女も兄さんも不幸になる」

 秋葉は言葉を切り、晶に噛んで含ませる。

「……そう、貴女が選ぶのよ、瀬尾。どちらにするか……」

 ――寒い、寒い、寒い……

 晶は混乱しきり、もはや考えがまとまらなかった。ただ身体の生理的な欲求
が意識を駆り立て、生存本能が彼女の中を突き動かす。
 今の晶が求める物は――この苦境から脱するために……

「先輩……」

 ――寒い、寒い、寒いのは……

「先輩、お願いです……なんでもします、だから……」

 晶はうずくまった姿勢から僅かに体を起こし、目の前の秋葉の足下に縋り付く。
 腕に感じるのは秋葉の体温……決して高くはないが、熱を奪われ切った今の
晶には何よりも暖かく感じていた。

「……暖めて欲しいの?瀬尾」
「先輩……お願いします……」
「ならば、私への忠誠の誓いとして接吻を……そうね、顔を上げなさい、瀬尾」

 足下に抱きついた晶が顔を起こすと、そこには自然と秋葉の腰がある。
 目の前にある女性の丘に眼を据える晶。そして秋葉の声が響く。

「私の――ここに接吻をしなさい」

 秋葉の指が、股間を指さす。
 晶はのろのろと首を起こし、冷め切った紫の唇を振るわせながら、熱を求め
るように……

「んぅ……ふふふ、瀬尾……」

                                      《つづく》