「私……、初めてじゃないんです」
「うん……」
無理に気づかなかった振りをする方がいけない、そう志貴は思った。
晶は普段彼女が見せない表情、暗く自嘲する様な顔をして唇を噛んでいる。
「もっと前に、何度も経験しているんです。もっと小さかった頃に。軽蔑しま
すよね……」
「どうして……」
「私が浅上に行く前にどんなだったかは志貴さんも知ったでしょう。
そんな酷い状態の時に、それでも私の事庇って優しくしてくれた人がいたんです。
年上の、今の志貴さんと同じ位の男の人。私、その人の事が大好きでした。
その人のおかげで私は何とか生きていけたんです。
あの事件が起こって、何もかも嫌になって自暴自棄になった時も怒ったり宥
めたりしてずっと傍にいてくれて。
嬉しかった。こんな私の事を見捨てないで、優しく包んでくれる人がいて。
でもそうなると今度は怖くなったんです」
「怖い?」
「はい。もしもその人が私からいなくなってしまったらと思うと。きっと私は
壊れてしまうだろうって。
私が泣いていた時に優しく抱き締めてくれた、あの暖かい手が無くなったら
もう生きていけないって。
それでどうしたと思います?」
「……」
怖い笑顔。
志貴には言葉を発する事も出来なかった。
ただ、晶が言葉を紡ぐのを待つ。
「掴まえていようって、どんな手をつかっても絶対に掴まえていようって思っ
たんです。
私が持っているもの何もかも捧げて、縛り付けて、絶対に放さないって決意
したんです。
でもそんな小さな女の子に何が出来ると思います?
自分の体を……、私、抱いて貰ったんです。男の人がそういう事をしたがるっ
ていうのは知ってましたから。
それしかなかったんです、私なんかがあげられるものは。それにその人と一
つになるっていうのは私にも望ましい事でしたから」
どこかうっとりして酔った様に晶は告白を続ける。
志貴ではなく違う何かを見ている目をして。
「あっ、誤解しないで下さい。何度もそれは拒まれました。そんな事しちゃだ
めだって悲しそうな顔もされて、怒られもしました。
だから私、必死でした。
泣いて懇願して、私の事嫌いだからしてくれないんだって非難して、お願い
だからってすがって、無理矢理私の体を奪って貰ったんです。
考えていたよりずっと痛くて、ぼろぼろ泣いて、それでも私、幸せでした。
それから私の方から何度も求めました。
そうしている時だけは世界に私しかいないみたいなぞっとするような孤独感
を忘れられたし、それに私がしてあげられる事があるのが嬉しかった……」
懐かしむ様な僅かに悲しみを湛えた表情。
もう戻らないものを見ている目。
「その人はどうしたの……?」
志貴は吸い込まれる様に問い掛けた。
聞くのが怖くなりつつも、訊ねた。
全て過去形なのに気づかない振りをしながら。
「ある時、見えたんです。その人が血だらけで横たわっているのを」
未来視。
「言えませんでした。あなたは死ぬなんて。必死に守ろうとしました。でも……」
言葉を濁した。
涙は流れていない。
すでにそんな時期は越えてしまっているのだろう。
「それでもう、ここにはいられなくなりました。部屋に閉じこもってあの人を
奪った世界を呪って、そして自分を呪って、気が狂いそうな状態で。
両親がそれで浅上へ隔離する手立てを取ってくれました。
何度も死んでその人を追おうかと思いました。でも、それはだめでした。
約束していたから、どんな辛い事があってもそんな真似だけはしないって。
だから今こうしているんです。
死ぬ事だけはしなかったから。
でもね、志貴さん。代わりにこんな嫌なものばかり見てしまう目を、何度も
何度も抉ろうかとしたんですよ」
「何故そうしなかったの?」
なんで自分は冷静にこんな事を冷静に聞いているのだろう。
「目を抉りとっても、それでもまだ未来の光景だけが見えたらと思ったら、そ
ちらの方がはるかに恐怖でしたから」
「……わかるよ」
わかる。
そして自分以外のものには絶対にわかるまい。
志貴は晶を強く抱き締めた。
「なんでこんなにアキラちゃんに惹かれたのか、わかったよ。アキラちゃんと
俺は似ている」
見なくても良いものを見てしまう、自らはどうしようもない能力。
どちらもこの世の目に見える現実がどれほど脆く儚いものかを垣間見させる目。
堅牢たる今の先に待ち受ける避けがたき陥穽を垣間見る晶。
万物が等しく有する死の定めを顕在せしめる眼を持つ志貴。
先生がいなければ、とっくの昔に自分は狂うか死ぬかしていただろう。
よかったと思った。
過去に、晶を支えてくれた人がいた事を。
そして今、自分が晶の傍にいられた事を。
「志貴さん、痛いです」
晶の声にも、志貴は手を緩めなかった。
「ごめん。でも離さない」
少しでもこの腕を緩めたら消えてしまうかの様に、志貴は晶の小さい体をた
だ抱き締めていた。
晶も腕を志貴の背に回した。
互いに抱擁しあってしばらくそのままで一つになっていた。
それからしばらくして、やっと二人は身を離した。二人してぺたんと腰を下ろす。
「アキラちゃん、その人の事、本当にすきだったんだろう?」
「はい」
「その人のおかげでアキラちゃんは今こうしているんだよね」
「そうです」
「なら、俺はどれだけその人に感謝してもしきれないな。アキラちゃんが一番
誰かの助けが必要だった時に、手を差し伸べてくれたその人の事……」
「志貴さん……」
「昨日も言ったろう? 俺は今のアキラちゃんが好きなんだって。過去に何が
あっても、それを含めてアキラちゃんの事が好きなんだよ」
「志貴さん、私……」
後は声にならなかった。
晶は志貴の肩に顔を押し付ける様にして固まってしまった。
かすかに嗚咽が聞こえる。
志貴は手を晶の肩に回して、軽くぽんぽんと叩いて、そのまま晶の自由にさせた。
§ § §
しばらくして顔を上げた時、まだ涙を流しつつもずっと見せていなかった笑
顔を晶は見せた。
「うん、笑ってるアキラちゃんが一番可愛いよ」
乾きかけのハンカチで涙を拭いてあげながら志貴は言った。
ようやく元気になったかな。
安堵の溜息か洩れる。
なんだか半日逃げ惑っていた時よりも疲れた気がする。
これで一安心……、いや、一つ看過出来ない事がある。
こんな時に何だけど、今聞いておかないと……。
「ところでさ、アキラちゃん」
「はい」
「今日ってその……。安全日なの?」
「……わかりません」
「えっ」
さあっと顔が蒼褪めるのがわかる。
しかしその動揺を志貴は、晶に見せたくなかった。
「そうか。うん、何があってもアキラちゃんの事は守るから。でもそうか……」
「あの、志貴さん、大丈夫ですよ」
「でも思い切り中出ししちゃったから……」
「ええと、だから妊娠とか心配なさっているのなら、心配ありませんから」
志貴が動揺を隠せないでいるのと対照的に、晶はまったく動じずに平然としている。
「アキラちゃん、中学生相手に生で中出しするような真似した張本人がこんな
事言うのも何だけど、安易に考えちゃ駄目なんだよ。
そりゃ危険日にも必ずしも出来ちゃう訳ではないけど、安全日の時だって何
もせずに万全と言うわけではないんだから
軽く考えてて酷い目に会うのは女の子の方……」
「あの、志貴さん、言い難いんですけど……」
志貴の諭す様な言葉に、晶は真っ赤になっている。
言いよどんで、眼を宙にさ迷わせてから、言葉を続ける。
「私、その、まだ赤ちゃん出来ませんから」
「へ? なんで」
不思議だと志貴は思った。
何でこうも断言できるのかわからない。
どこか晶との認識のズレを志貴は感じていた。
「まだお赤飯前で……、だから平気なんです」
「お赤飯前?」
一瞬意味を掴みかね、そしてゆっくりとその内容を消化する。
お赤飯前って事は、ようするに、まだ……、ええっ?
「アキラちゃん、初潮前だったの?」
「そんなはっきり言わないで下さい」
「ごめん」
そう言いながらもまじまじと晶を見つめる。
確かにそう大人大人した体じゃないし、こういうのはけっこう個人差もある
そうだから。
でも早いと小学生位からお赤飯になるとも聞くけど、アキラちゃんはまだだっ
たんだ。
じゃ、その初潮前の女の子相手に、生でやって中出し……。
ただでさえ、犯罪行為の様な気がしてるのに、物凄く罪悪感が……。
それなのに充実感がある……、ああ、鬼畜だ。
自分に対する言いようの無い嫌悪感を志貴は覚えていた。
「あの、志貴さん。やっぱりこんな子供相手にするのは嫌でしたか?」
「そんな事無いよ」
お赤飯前という言葉がぐわんぐわんと頭の中で舞っていたが、努めて平然と
答える。
晶はそんな志貴を少し不思議な目で見る。
何をそんなにショックを受けているのか、晶にはわからなかった。
「でも、残念だな」
ぽつりと志貴は呟く。
晶ははっとして志貴の顔を見つめる。
視線を落とした志貴には晶の表情が変わったのは映っていない。
志貴の顔にもありありと無念といった表情が刻まれており、晶はそれを見て
涙を浮かべた。やっぱり私なんか志貴さんには相応しくなかったんだ。
志貴さん、後悔しているんだ。
「そう思わないかい、アキ……」
ふっと志貴は顔を上げ、顔を蒼褪めさせる。
晶がこの世の終わりを迎えた様な顔をしている。
自分の言葉が晶にどう受け取られたのか、いやどう誤解されたのかを悟る。
「違う、そうじゃない。アキラちゃん、そういう意味じゃないんだ」
言葉だけじゃ足りない。
まだぽろぽろと涙をこぼしている晶の顔を両手で頬を挟んで、正面から目を
見つめる。
「さっきも言ったろう。俺は晶ちゃんが好きなんだ、昔も今も全部、何があっ
てもそれは変わらないよ。それとも俺の事、信じられない?」
「いいえ、いいえ……」
「残念だって言ったのはね、全然別のことなんだ。
晶ちゃんとせっかく初めてこうやって一つになれたのに、最後で慌てさせら
れてその感動がどっか吹き飛んじゃったから。
これは晶ちゃんが悪いんだよ、最後に放してくれなかったから。そのまま中
で出しちゃって気が動転して……。
晶ちゃんだって俺に嫌われたら、なんて心配していたんだろ? 二人共こん
な有り様なんて、やっぱり残念と言うか、もったいないよ」
晶の顔色の変化を計りつつ、最後は半ば冗談めかして志貴は晶に言う。
「なんだ……」
あー、泣き止んだ。晶の顔に心底安堵を感じる。
「大切な事だよ。二人の大切な初めてなんだから」
「そうですね。……ねえ、志貴さんやり直しませんか? 今度は何も心配しないで」
「うん。でもいいの? 晶ちゃん、疲れてない?」
「私も志貴さんとしたいです……」
すがるように上目遣いをする晶に志貴は陥落した。
さっきの罪悪感は取り合えず何処かへ置いておく。
「不完全燃焼はいけないよな。じゃあ……、もう一回しようか」
「はい。……あの、志貴さん、今度は私にさせてくれませんか?」
「え。……じゃあ、お願いしようかな」
「志貴さん、仰向けに横になって下さい」
志貴は素直にそれに従う。
ドキドキとして晶の行為を待つ。
晶は志貴の横に屈み、じっと先ほど自分の中で果てた志貴のものを見つめる。
「こんなに大きいのが入ったんですね」
言いながら、小さい手を志貴の肉棒に伸ばす。
先ほど一度射精してから間が空いており、ショックもあってすっかり縮こま
っていたが、新たな期待にむくむくと大きくなりつつある。
晶の目に観察されているという事実と、柔らかい手の感触で急速に先ほどの
状態に戻っていく。
「ふふふ、志貴さん。こんなに硬く熱くなってきましたよ」
手に乗せる様にしていた肉棒は自分で起き上がり、むしろ手の中に留める為
にきゅっと握っていなければならない。
ゆるゆると握ったまま手を肉棒に沿って動かす。
「ああっ」
思わず志貴は声を洩らした。
気持よかった。
握り方といい、その力の加え方といい、それがどんな効果を生み出すか知っ
ている動きだった。
指の一本一本が違った強弱を持ち、さっきの性交の名残りをにちゃにちゃと
絡めつつ巧みに快楽を引き出していく。
それでいて志貴の様子を見ているのか、ある処まで高まるとすっと動きが弱
まっていき決して最大限の快感には至らない。
気持良さに呻きながらも、ある一線を越えない処で寸止めされている様でも
どかしさがぐいぐいとつのる。
もう少しぎゅっと握って欲しい。
もう少し速く動かして欲しい。
もう少し先端の方まで擦って欲しい。
気がつくと志貴は晶の手の動きに合わせて腰を浮かせていた。
「晶ちゃん、もっと……」
「ダメです」
「えっ」
思わず失望の声を上げる志貴を晶はくすくすと笑って見る。
あどけない笑みでありながら、身震いするような妖しさが垣間見える。
「志貴さんには私の中で最後までして貰うんですから、こんなので満足されて
は困ります」
言いながら、空いている手で、袋を軽くにぎにぎと動かす。
軽い痛みと全然異種の快感。
「でも、志貴さんのその顔……、ずっと見ていたいなあ。男の人のそんな姿っ
て凄くぞくぞくしちゃう。
お口でも気持ちよくなって欲しいけど、志貴さんのもう我慢しきれないみた
いですね。
私の中でいっぱい気持ちよくなって欲しいし……」
それでも晶ははちきれそうな志貴の先端に顔を寄せ、ちゅっと口づけをする。
そして肉棒の先端を掴んだまま立ち上がり、志貴の腰を跨ぐ姿勢を取る。
「志貴さん……、いきますね」
さすがに少し緊張をみせる。
志貴は黙って頷く。
自分の肉棒がアキラちゃんの手によって、濡れそぼる秘裂の奥へと導かれて
いく様を見る。
濡れそぼる?
ああ、晶ちゃんもあんな事してて、ずいぶん感じちゃってるんだ。
さっき志貴がさんざん弄りとろとろにしたのと同じ状態になっていた。
立ち上がった事によって太股の方まで濡れ光っている。
ああ、いよいよ俺のがアキラちゃんのに。
先端が濡れたそこに触れ、柔肉に包まれる。
それだけでも志貴の全身に何ともいえない快感が走る。
晶が志貴の顔を見ながら体重をかけた。
みしりと肉棒が晶の中へと入っていく。
きつい。
志貴はあまりに締め付けられる肉棒に、自分か晶が壊れるのではないかと不
安すら覚える。
とてもさっき進入を許した場所とは思えなかった。
それでも、ゆっくりと晶の体は長大な志貴を呑み込んでいく。
晶自身の体重をかけている為か、先ほど中で放ったものが潤滑油のように動
きをスムーズにしているのか、あるいは二人が共に緊張から解き放たれた為か。
恐らくはその理由全てによって志貴は呑み込まれていく。
アキラちゃんのお腹のあそこら辺まで入ってるんだよなあ。
志貴は晶の腰からお腹の下の方を見て首を傾げる。
晶と志貴の腰が当たる。
全部呑み込まれたのだ。
「ああ、志貴さんがいっぱい、私の中……。凄く熱い」
感極まったように晶が言う。
「アキラちゃんの中こそ熱いよ」
《つづく》
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