……
布団に座り込み、ただ壁を見つめる。
流されてる。そんな気がしてならなかった。会話らしい会話はしなかったけ
ど、それは俺が明らかな壁を作ってしまっているからだろう。最初に話しかけ
た以外は、向こうも積極的に声をかけてくる訳でもなく、ただ必要な事くらい
しかやりとりしなかった。
昼間のことがあってか、眠れない。夜は長いだろう。気も紛らわせない静寂。
また昨日のように考えてしまうなら、参ってしまいそうだった。
コン、コン
ゆっくりとドアを叩く音。
「志貴君、ちょっと、いいかな?」
「……」
躊躇われた。自分の中の様々な想いが交錯して逡巡してしまう。
コン、コン
だが……
「……どうぞ」
自らの判断で、退路を塞いでしまった。
「眠れないから、話し相手になって貰おうと思って」
朱鷺恵さんはパジャマ姿で、お盆にお茶と菓子を持って入ってきた。そのま
ま、俺の前に座る。
「はい」
渡された紅茶をゆっくりと口に運ぶ。さっきは味も確認せずに食事していたが、
今は落ち着いているのだろう、味と香りを楽しむ余裕があった。
味?香り?明らかに普通とは違う感じがする。
「あれ……これ……」
正直あまり得意ではない、でも不思議な感じ。そんな口当たりだった。
「あ、分かる?只の紅茶じゃ余計眠れなくなるから、少しお父さんのブランデ
ーを混ぜてみたの。内緒よ」
唇に手を当ておどける朱鷺恵さんを見て、少し落ち着く。気遣って貰えてる
のかな、そんな気分で、何だか自分だけ塞がっていたのがバカらしくなってき
た。一緒に出されたスコーンを軽く口にして、ようやく和めたような気がした。
「ふぅ、ちょっとお腹が空いてたんですよね」
やっと、正直なところを口にできた。
「そう?じゃ、私の分もどうぞ。せっかくだから、今日の事話して」
「う〜ん、一日ぼーっとしてたかな」
思い出して、頭をぽりぽりとかく。朱鷺恵さんも笑って
「私も、ずーっとそうしてた」
顔を見合わせて、二人してふふっと笑う。
それから、何気ない会話が続いた。堅苦しい話は選ばずに、家出中の事、有
彦とのバカ騒ぎの事、今までは話さなかったような気さくな話ができた。朱鷺
恵さんからも、学校の事、先生の事、友達の事。普通の話なのに、とても心地
よかった。垣根が一つ取れたような気分。身近に感じる事が出来た。
しばらく話すと、いよいよ僅かながらも酔いが回ってきた。もともとそんな
強い方では無いから、少しだけぽーっとしてくる。でも酩酊ではなく、高揚感。
気持ちの良い感覚が、ますます俺を救ってくれていた。
「そっか、でもそろそろ家の方にも帰ってあげてね。私がかくまってたなんて
知れたら、志貴君だけじゃなくて私まで言われちゃうわ」
「そうですね。そろそろ休みも後半だし」
「あ、宿題は〜?」
「ギクッ」
「もう、高校行けなくっても知らないよ〜。ふふっ」
他愛のない話で、朱鷺恵さんと一緒にいられる。これだけ幸せな時間があっ
たなんて、知らなかった。
ふと、カップを見る。最後の一口を流し込み、お盆に戻す。
「ふう」
同じように朱鷺恵さんもカップを戻す。
カチャ
その音に合わせて、ちょうど言葉をなくす。
ちょっと名残惜しいけど、区切りもいいしお開きかなと思った。話し足りな
かったら、明日いくらでも話せばいいじゃないか。俺はそんな思いだった。
朱鷺恵さんは、カップを見つめていた。そして……
「ねえ、志貴君。昨日の事だけど……」
急に顔を上げて、切り出してきた。いつもとちょっと違う、妖しげな表情に
見えた。そして、ほのかな朱の色は、お酒の所為?それとも……?
「あ……はい……気にして、ませんから」
俺は少しどきりとしながらも、答える。
「ゴメンね。ちょっと度が過ぎたかなって、昼間反省してたの」
朱鷺恵さんも悪そうに、そう返してきた。
お互いが分かれば、いいじゃないか。
このまま、いつも通りに戻れるよ。
そして、もっと親しくなれる。
今日みたいに話せる。
そう、思えた。
のに……
「……でも、どんな気持ちだった?」
次の質問が、その希望をうち砕いた。
「っ……!?」
「私にあんな事されて、志貴君はどんな気持ちだった?」
思考の停止。脈拍の上昇。
「気持ち、良かった?」
そんなの、答えられる訳がなかった。朱鷺恵さんはじっとこちらを見つめた
まま、目を離さない。だんだんと、その色にナニカが混じっている事に気付い
ていた。
「それとも……私じゃ、嫌だった?」
一瞬、悲しそうな顔をしたから
「そ、そんなことないです!」
つい、口を衝いてしまった。
「……っ!」
バカか、俺は。これじゃまったく……
「そう。……嬉しいな」
「えっ?」
伏せ目がちの朱鷺恵さんが、思いがけぬ言葉を返した。
「私、あんな事しちゃって、嫌われたと思った。でも、帰ってきてくれたから、
安心した。だから、決めたの」
「志貴君。私の事、どう思ってる?」
「私じゃ、ダメ?」
朱鷺恵さんの一つ一つの言葉が、脳幹をグラグラと揺らす。
ワカラナイ。
朱鷺恵さんがどういう気持ちで、どういう決心なのかも。
これから、何がしたいのかも。
俺の中で押しとどめる理性が、それを認めようとはしなかった。
「私、志貴君にもっとしてあげる……」
気付けば、目の前に体を移動させてきていた。
顔がゆっくりと近付いて……そして……
ふわり
何かが、唇に触れていた。
何も考えられなかった。
その瞬間目の前がかっとなり、金縛りにあったようだった。血液が物凄い速
さで体中を駆けめぐるのに、貧血のように頭がぼう、としている。
目の前にいるその人は、優しい笑顔を浮かべ
「ふふっ、志貴君。こういうのは初めて?」
こういうのって……のは、何処までを言ってるのか。
どっちにしろ、触れられた唇がまるで固まりついたようで、言葉を発する力
を失っていた。
「大丈夫だよ、私がしてあげるから……」
もう一度ゆっくりと近付き優しく囁かれてから、もう一度唇を塞がれて、そ
のままゆっくりと後ろの布団に倒されていた。
触れた唇は柔らかく、甘く、そこを通じてお互いの熱が伝わっているかのようだ。
そのまま、唇が俺の顔を移動していく。頬から額、そして耳朶、ゆっくりと
下がっていって首筋。まるで男女が逆になったみたいなその動きが俺の快感に
なっていく。
ふと、目の前に映る天井。この状況に現実味が全くないためか、それがどこ
か遠いもののように見えてしまっていた。
「緊張、してる?しょうがないね」
朱鷺恵さんが俺を見下ろし、そう囁く。暗がりで表情が良く確認できないけ
ど、熱を帯びている吐息が目の前にかかる。
「だめ……だよ。こんなの……」
ようやく、声が発せられる。
否定の声。
まだ戻れるところにいる筈の俺の、最後の抵抗だったのかも知れない。
「こんなの、間違ってる……成り行きなんて……朱鷺恵さん、酔ってるからって……」
しかし、何かが違っていた。それは誰かの事じゃなくて、自分の事。
頭の深淵では、きっと、こうして貰いたがってる。
充足されようとしている想いに、覚醒する脳が付いて行けないだけだったのか。
結局、簡単に押しやる事が出来たはずなのに、それさえしようとしなかった
のが、俺の性だったのかも知れない。
まだ理性を失えない俺を、少し驚いた様に見つめて
「あら、私は本気よ。嫌いだったらこんな事出来ないわ。恥ずかしがらないで
いいの、力を抜いて……」
ふっと、笑顔を見せ、それから視界から消えた。
朱鷺恵さんの手がゆっくりと俺の体をなぞる。Tシャツをたくし上げられて、
上半身を晒される。
「男の人だって、感じるんだよ」
そう言うと、首筋を動いていた唇が、ゆっくりと俺の胸に移動して、その先
端に触れていた。
「ああっ……」
まるで女性のような、弱い喘ぎ声。乳首にキスされて、自分が出している事
に気付いた時、それは羞恥と甘美との入り交じった強い感覚となり、俺の最後
の抵抗をも奪っていた。
弛緩するからだ。許してしまったこころ。
もう、されるがままになっていた。
「ふふっ、かわいい声出してる」
朱鷺恵さんが、その小さな舌を出しながら、俺を愛撫している。その光景だ
けでおかしくなりそうだった。
ミルクを舐める猫のように舌が右から左へと動く度、強烈に淫靡な感触が断
続的に俺を襲う。その動きに朱鷺恵さん自身も陶酔しているようだった。
体は、次の刺激を求めていた。俺のモノはさっきから痛いほどに自己主張を
している。それを悟られたくはなかったが、そんな事は無理な話だった。
パジャマのズボンの上から大きく盛り上がりを作っているそれに、朱鷺恵さ
んは目を向けたみたいだった。
「私にされて、もうこうなってるんだね。嬉しいな……」
そううわごとのように呟いて、スルスルと手が下りていくのを感じた。俺は
我慢して、歯を食いしばったが、朱鷺恵さんの手がそこに触れた瞬間、ビクン
と反応してしまった。
「きゃっ」
驚きの声と共に離れる腕。しかし、すぐに頂を望むように手は動き、その中
心を撫でるような感触。
他人に触られる感覚。それだけなのに、それだけで狂いそうだった。
「なんだか、不思議な感じ……」
朱鷺恵さんが形を確かめる様に、俺自身を撫でまわすたびに、波がやってく
る。耐えなければ、あっさりとそのまま果ててしまいそうで、息を止める。
「はぁっ」
一瞬の間隙に息を付いた時、朱鷺恵さんがこちらを覗き込んできた。
「志貴君、また我慢してる?」
昨日みたいになってしまうのだけは避けたかった。
「大丈夫。我慢できないように、もっと気持ちよくしてあげる」
そう言うが早いか、俺のズボンに手が入ってきた。
そして、シャフトに布越しでない柔らかい感触。
それがさっきよりもあまりに強烈で、腰が砕けそうになる。
思わず腰を浮かし、限界を越えそうなのを耐える。
その隙に、朱鷺恵さんが腰骨から俺のズボンとトランクスを引き下ろしてしまった。
「あ……」
開放感と共に、瞬間覚める。
「凄い……昨日はよく見れなかったけど、こんななるんだ……」
その声は、艶を含んでいるように聞こえた。
「や、やめ……」
羞恥が拒絶の声を上げようとする。が、再び包まれる感触に、また気が遣られる。
「大きくて、固い……ビクビクしてるよ」
そう言って、絶妙なテンポで俺自身を擦る動き。顔を近づけているのか、先
端に熱い息がかかる。
ダメだ。
蓄積が遂に収束してしまいそうになる。
「だ、め……出ちゃいます……!」
情けない叫びだったかも知れないが、これが俺の今の限界だった。
「だーめ、私もよくしてくれないと」
すっと、俺のモノから手を離す。
「あっ……」
困惑の呻き。解放されて安堵の筈なのに、解放されてしまった事に対する未達感。
違ったはずだったのに、気付いたら行為を享受していた。その現実を知らさ
れてしまった。
スル……
絹擦れの音。そして腰にかかる新たな圧迫感。
「あ……」
初めて、首を持ち上げて朱鷺恵さんを見た。
そこにいる彼女のパジャマのズボンは無く、さらには下着も無かった。
腰のラインから下、剥き出しの半身が俺の視神経を貫く。
その姿で、朱鷺恵さんは俺の腰の上にいた。
「志貴君の初めて、頂戴……」
そう言うと、俺のペニスに手をかけ、自分の入り口に導こうとする。
俺が声を出すより早く、でも動きはスローモーションのように
それは行われた。
「んっ……」
朱鷺恵さんが俺を見下ろしながらゆっくり腰を下ろす。
ニュッ……
朱鷺恵さんの入り口に俺の先端が触れた瞬間、未知の感覚が俺を襲った。吸
い付くような、そして愛液が俺自身を溶かすような感覚。
「いくよ、志貴君……」
そう言って、ペニスが朱鷺恵さんの膣に沈んでいく。朱鷺恵さんは目を閉じ
て、その感覚を感じ取ろうとしているようだった。
その瞬間、弾けそうになった。でも男としてそれだけは避けたかった。目の
中に火花が走る。それを殺すように奥歯を噛み、射精感をこらえた。
ゆっくりと、そして遂に、俺の全てが朱鷺恵さんの中に埋没した。最奧に僅
かに当たる感覚。
「ああっ……!」
呻く。何だか分からない感覚で。
「ほら……全部……入ったよ……っ」
言うが早いか、朱鷺恵さんはゆっくりと腰上下させる。その度にペニスが朱
鷺恵さんを出入りする様がよく見えてしまう。
訪れる感覚は異常だった。朱鷺恵さんの膣はぎゅうぎゅうと俺を締め付けて
くる。きつくて、まるで異物を押し出すような運動をしているようだ。しかし、
それが痛いとかそういうものじゃない。
キモチイイのだ
普段の感覚ならそれは、陰茎を搾り取られるようなモノ。なのに、どうして
キモチイイのだ?
ワカラナイ。
そんな事を考える余裕もなく、快感が早急に俺を支配する。
「これが、志貴君……なんだ……んっ……」
「っ……!あっ……!!」
口を衝いて出るのは僅かな叫声のみ。意識レベルが一気に落ち込み、瞬間で
上り詰めさせられている。
朱鷺恵さんの声が、少し艶っぽいものに聞こえる。朱鷺恵さんはどうなのか
なんて構ってられず、上下する動きに翻弄され、さっきみたいに我慢する事な
んて…全く出来なかった。
「だ、ダメです……朱鷺恵さん……!」
腰の底の方から迫り上がる感覚を、俺は一瞬も耐えられなかった。
「えっ、し、志貴君?」
目を見開いて、朱鷺恵さんが驚いたような顔をする。でも、限界だった。
あっけなかった
ビクッ、ビクンッ!
ため込むほどの時間も我慢もなかったのに、俺の意識は飛び、爆発してしまった。
「あっ……」
放出の瞬間、朱鷺恵さんがその声と共に目を閉じていた。
俺は沸き上がる精液の奔流に何の杭も打てず、ただ放出するだけだった。狭
い膣の中に流れ出す感覚。自分でも情けないほどの正直さで、したたかに射精
するだけだった。
「あ……出てるよ……志貴君のが……」
確認するように、朱鷺恵さんが呟く。弾かれるように少し腰を浮かして、受
け止めている。
その声を聞いてもなお、終わらない。二人の繋がった部分はほとんど隙間が
ないはずなのに、その残りの部分も全て埋めてしまうように、俺の精液が流れ
込む。そして、膣を全て満たしてしまうと思った頃、いつ終わるとも知れない
放出は、漸く収まった。
「あ……」
俺は、そんな声しか出なかった。遂に……成し遂げてしまった感覚。朱鷺恵
さんと……繋がったその行為の実感。気持ちに整理が全く付かないが、とにか
くそれは、ずっと夢見続け、夢でしかないと思っていた事だった。
しばらくして、朱鷺恵さんがゆっくりと薄目を開ける。眼科の俺にゆっくり
と微笑みかけると
「志貴君……出しちゃったんだ」
そう語りかけてきた。
「……はい」
俺には答えるしかなかった。自分勝手に果ててしまった事もあり、申し訳な
い気持ちだった。
「でも仕方ないよ、初めてだし……誰だって最初からそう上手くいかないわ」
朱鷺恵さんは優しく慰めてくれる。それは自分の情けない気持ちを和らげてくれた。
「わかるよ、志貴君のが私の膣でいっぱいになってるもの……」
愛おしい表情で朱鷺恵さんにそう言われて、まだはっきりしない意識で視線
を下に移し、繋がっている部分を見た瞬間……
俺の意識が一気に覚めた。
僅かながらの血の色。
「……と、朱鷺恵さんっ!」
俺はとにかく、驚きの声を上げるしかなかった。肘を立て、起きあがる。
「あは、気付いちゃった?」
少し苦笑いして、でも、朱鷺恵さんは微笑む。
朱鷺恵さんも……初めて……?
「どうして……」
「だって、志貴君に気を遣わせたくなかったんだもの。気持ちよくなって貰い
たいのに、相手の事なんて気遣わせる事は出来ないでしょ。聞かれなかったし、
言わなかっただけよ」
「でも、初めてって、その……」
「あ、破瓜の痛みは個人差があるのよ。私の場合はほとんど無かったわ。本当
は物凄く痛かったらどうしようってちょっと不安だったけど、自分の体に感謝ね」
朱鷺恵さんはあっさりと言ってのける。
「そんな…」
ショックだった。こんな自分に処女を捧げても良かったのだろうか。それと
も朱鷺恵さんにとっては、バージンとは「そんなモノ」だったのだろうか?
ワカラナカッタ。
「違うわ、志貴君」
「……なにが?」
「私だって、ちゃんと普通に恋愛したいの。でも、父さんがうるさいから、ち
ゃんとした付き合いなんて出来なかっただけよ」
「でも、志貴君は特別なの。父さんにとっても、私にとっても。最初は違った
かも知れないけど、一緒にいる内に志貴君の存在は私の中ではそうなってたの」
「だから、初めてだって……一番好きな人に捧げたのよ」
「……」
言葉がなかった。でも、こんな形での告白って、何だか悔しかった。
「……ずるいよ、朱鷺恵さん。自分ばっかり」
「え?」
《つづく》
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