Stay knight
「聖杯戦争は七人のサーヴァントを聖杯に捧げることで願望機を起動する儀式
だ。アンリマユの願いがあろうと、起動できれば他者の願いを叶える余地はあ
る」
何か、聞こえる。
「アーチャーは私が取り込んだんだから、アンリマユを加えても足りないんじ
ゃないの?」
人の声だ。
「聖杯に捧げられたサーヴァントの数が問題だとすれば、今回は条件を満たし
ている。二人は知らないだろうが、アサシンは臓硯のそれの他にもう一人いた」
何を、言っているんだろう。
「「ええっ!?」」
ところで、ここはどこだ?
「大聖杯に取り込まれて判ったのだが、臓硯が召喚する以前に、キャスターが
柳洞寺の門番として既にアサシンを召喚していた。だから、アサシン二人、キ
ャスター、ランサー、バーサーカー、前回の生き残りのギルガメッシュの六人
を取り込んでいる。アンリマユは向こうから現界しようとしているのだから、
孔開けとしての役割は果たしている。ついでに言えば、再召喚されたとは言え
私も倒されている。だから、数は満たされている」
そもそも、俺は、誰だ?
「アンリマユに関しては、力が足りれば孵化は時間の問題。サクラがギルガメ
ッシュなんて化け物を取り込んだ時点でもう手遅れだったわ」
サクラ……なんだっけ……何か大事なもののはずだ。
「ちょっと待って。ということは、大聖杯は根源の渦に繋がっちゃったの?」
人の名前、だったような気がする。誰かの顔が浮かびそうで、思い出せない。
「シロウは大聖杯のみならず、門の存在そのものを打ち消した。門を壊して開
きっ放しにしたのではなく、開く箇所を無くしたのだ。だから、繋がりは断た
れており、問題は無い」
シロウ、というその音は、とても懐かしい。なんだろう、もう少しで思い出
せそうな……
「問題はあるんだけどね。でも、繋がっているその場にいた士郎が、何かを願
っていれば叶えられたかもしれないわね」
士郎……シロウ……そうだ、士郎は俺の名前だ。おぼろげに思い出してきた。
「まぁどうせ、桜が幸せになれますように、とでも願ったんでしょうけど」
桜が幸せになれますように。この言葉を聞いた瞬間、意識が弾けた。沢山の
場景がフラッシュバックし、そしてその記憶の果てに、一人の少女の笑顔があ
った。
「ありえる。シロウはそんな曖昧なことを真剣に願う人だから。曖昧すぎてあ
の聖杯じゃ叶えられないのに」
全て思い出した。俺は、衛宮士郎は、全てを犠牲にしてでも間桐桜を守ると、
桜を幸せにすると誓ったんだ。ベッドの上で寝てなんていられない。桜のとこ
ろに行かないと。ちゃんと「ただいま」と挨拶してやらないと。
「あいた……」
起き上がろうとして、全身に痛みが走り、思わず悲鳴を上げる。それを聞い
て、全員が俺に注目する。
深呼吸をして自分を落ち着ける。うん、体は痛むが、我慢できないほどでは
ない。
ゆっくりと起き上がり、寝かされていたベッドに腰をかける。
そんな俺の様子を見て、遠坂が何か言おうとしたが、それを制して、セイバー
が近づいてきた。
セイバーは俺の前で、沈痛な表情で跪いた。
他の面々……遠坂もイリヤもそしてライダーも真剣な表情で俺とセイバーを、
俺たちが何をするのかを見ている。
「セイバー……」
目の前で跪くセイバーに視線を落し、声を掛けた。
「シロウ……譬えシロウが望んでいなくとも、今はまだシロウは私のマスター
だ。だから、シロウがマスターでいるうちに、私がシロウの前に姿を現せられ
るうちに、この剣を返しておきたい」
そう言って、セイバーは短剣を取り出し、捧げ持った。
その短剣は俺がセイバーに突き立て、セイバーと共に塵になった短剣だった。
塵になったのではなく、セイバーと共にあったということか。
誇り高き騎士王が、俺の剣を跪いて返すということは、「返す」という以上
の意味があるのだろう。
少し考えてから、短剣を手に取る。
セイバーは、落胆したように、うなだれていた頭を更に低くした。
「セイバー、顔を上げてくれ」
セイバーは静かに俺を見上げた。そのセイバーの首筋に短剣をあてがう。
剣をあてがわれても、セイバーの表情は揺らがなかった。俺の瞳を見るその
碧の瞳は深く、静かだった。
周りの連中は息を呑んだが、俺達の表情に気圧されて黙り込む。
セイバーの瞳を真っ直ぐに見返して、ゆっくりと、言葉を発する。
「俺は、桜を守ると誓った。しかし、たった一人を守ることすら、俺一人では
出来なかった。だから、俺には力となってくれる騎士が必要だ。セイバー、お
まえは、俺の弱さを知って、俺の目的が他の女性と知ってなお、俺をマスター
と呼んでくれるか?」
「一度誓いを違え、刃を向けたこの身でも構わないと仰るのならば、今度こそ
終生の忠節を誓おう。己の弱さを知ってなお、誓いに殉じようとする勇者に喜
んで殉じよう。主君の伴侶は主君に同じ。両者を守る剣となろう」
短剣を首筋から離し、セイバーに渡す。セイバーは恭しく剣を受け取り、変
則で略式だが、儀式は終了。
なかなか小恥ずかしい儀式ではあるが、「今更戻ってきてくれなんて言える
立場じゃないけど、力を貸してくれ」なんて内容は、儀式にでもしないと正直
には言っていられないし、儀式にすれば、セイバーも俺も嘘は挟まない。だか
ら、お互いの言葉に疑いを抱かずに済む。
儀式は終ったのだから、俺の流儀で、もう一度挨拶を。
「ありがとう、セイバー。おまえのお陰で、助かった。これからも、よろしく
頼む」
そういって右手を差し出す。
「ありがとう、シロウ。貴方のお陰で、救われました。こちらこそ、よろしく」
セイバーが、ためらわず、手を握り返す。
言いたいことや、聞きたいことは色々あったけど、これでもういいじゃない
か。
セイバーも同じように思ってくれたのか、期せずして二人同時に破顔した。
(To Be Continued....)
|