こともなげに言い放たれたその言葉に、絶句する。
 そんなわたしを、雰囲気で察したのだろうか? 桜は満足げな、楽しそうな、弄ぶような声で続ける。

「身体を重ねることで、魂を重ねる。先輩との繋がりを持つことで、ライダーはこの世界との繋がりがもてたんです。そしてわたしは、彼女と先輩を支える十分な魔力を供給できる。
 今のライダーは、ただ聖杯戦争のためのサーバントとして存在していたときよりも、遙かにきちんとした形でこの世界にいられるんです。彼女が完全に邪眼をコントロールできるようになったのは、そういうわけです」

 ──当然、わたし達の会話は耳に届いているのだろう。ライダーが、小さくこちらに視線をよこした。
 探るような、揶揄するような、そして恍惚と優越感に満ちたような、その瞳。

「ん……あ、士郎。嬉しい……こんなに、大きくして。……もっと、私を感じて下さい」

 そんな、いつものクールさからは信じられないような熱のこもった台詞を口にすると、ライダーは新たな行動に移った。
 酒に酔ったように上気した顔を、更に士郎の股間へと沈める。

「は……、ん」

 紅い唇を開き、そそり立つ肉茎を、その間に迎え入れるかのように納めていく。
 顔を下ろしていくように進め、士郎の男性としての醜い欲望を、彼女の唇はゆっくりと含んでいった。

「ん……、ふ……あっ」

 息苦しそうな鼻息をもらしながらも、その動作を続ける。あの凶暴そうな長い物体が、口の中に姿を隠していく様は、信じられないような光景だった。

“ちゅ……、くちゅ……”

 目尻に涙を湛え、綺麗なはずの眉を苦痛に耐えるように歪めながら、女性としてたまらなく屈辱的な行為に没頭する彼女の姿は、あんまりにも浅ましいものだった。
 ――なのに、それを眼にしたわたしの身体がとった反応は、全く逆としか思えないものだった。

(あ……やだっ)

 ぎゅっと、下腹部が収縮するようにうごめく。同時に、熱い何かで、下着が気持ち悪く濡れる感触。

 間違いはない。桜に一服盛られた薬の所為であろうがなんであろうが、理由はどうあれ、私の身体とは、ライダーの行為に惹かれ、そして反応してしまっているのだ。
 あんな、尊厳のある人間がするべきとは、とうてい思えない行為を前にして。

「こんな……アンタ、おかしいんじゃないのっ?」

 押し流されれば、もう戻ることは出来そうにない。その恐怖心にも似た感情に抗う為に、わたしは必死で声を絞り出した。

「あんた、士郎が好きなんでしょう? なのに、なんで――っ」

 わたしが知る限り、桜は、いつもの大人しそうな外面に反して、実は結構嫉妬深い性格だったはずだ。もちろんそれは、彼女の中にある、きわめて女の子らしい部分の一つでもあった。
 そんな桜が、士郎と他の女が寝るなどということを容認するのは、あまりにも意外だ。

 わたしの抱いた疑問を、当然のことと捕らえたのだろう。桜は、質問に答えた。

「もちろん、わたしだって悩みましたよ? でも、仕方ないじゃないですか。先輩にライダーを抱いてもらわなくては、彼女はいなくってしまうもの。
 でも、ね。今は、むしろそうなってよかったと思ってます。だって私達、そんなふうな関係になることによって、この家で『家族』になれたんだもの」

 耳元で紡がれる彼女の言葉には、嘘や偽りは感じられなかった。本当に、桜は心からそう思っている。そのことが感じられる、穏やかな口調。
 それがたまらなく、わたしを不安にさせた。

「きゃっ――って、あんた、ちょっと……!」

 突然、胸から全身に向かって、電撃が駆け抜けた。
 わたしを後ろから抱きしめるようにしていた桜の手が動き、あろうことか、わたしの胸に重ねられ、そしてゆっくりと動き始めたのだ。

「何を……、くっ……止めっ…っ!」

 身をよじり、何とか彼女の腕から逃げ出そうとする。が、桜はそれを許してくれない。力が抜けきってしまったわたしの抵抗を、まるでむずがる猫か何かを扱う程度の気楽さで、押さえ込んでしまう。
 それどころか、桜はさらなる明確さをもって、わたしの躰への愛撫を開始した。

「ん……あっ!」

 服の隙間から、少しだけ冷たい手が入り込み、直接わたしの肌を触った。撫でるように、這い回るように、その手は奥へと進み、胸を覆う下着をずり上げてしまう。

「き……、う……っ!」

 服の下で、桜の手のひらが、わたしの乳房を無遠慮にまさぐり始める。下から包み込むようにさすり上げ、感触を確かめるように柔らかく揉みしだくように動く。
 時々指が乳首をこすり上げるように触り、その度にわたしは、思わず身体を縮ませ、うめき声を上げてしまった。

「姉さん……可愛い」

 嗤いを含んだ声が、耳元でささやかれる。それでも今のわたしに出来るのは、小さく首を横に振る、ただそれだけくらいだった。

 もはや意志は千々に乱れ、統合のしようもない。身体の内からは侵入した魔術が、外からは桜による愛撫がわたしを責め立て、わたしはただ、なんの抵抗も出来ずに振り回されるだけだった。

「ねえ、姉さん。さっきしていた話に戻るけれど、向こうでいい人ができないのは、魅力を感じる人がいないから――それだけなんですか?」

「はあ、はあ、はあ……っ」

 喉と肺は、荒くなりきった呼吸を行うのが、精一杯。とてもじゃないが、彼女の言葉に答える余裕など無い。
 それを恐らくは知りながら、桜は続ける。

「もっと他の理由……例えば、他に惹かれている人がいるからなんじゃあないですか?」

「――っ!?」

“びくんっ!”と、衝撃が身体と、そして心を突き抜けた。当然のこと、身体をわたしに密着させた桜は、それを敏感に感じ取ったのだろう。背後で、彼女が小さく微笑む気配がした。

「だから、今日は姉さんをお誘いしようと思ったんですよ」

 胸をまさぐっていた手が、脇腹を撫でながら下へと降りていった。

「ちょ……っ!」

 それに気づいたとて、止める間もない。桜の指は、目的とする場所まで、なんの障害もなく、易々とたどり着いてしまった。

“くちゅ……”

 彼女の指先が、そんな音を立てる。誤魔化しようのないその事実に、わたしは羞恥のあまり、死んでしまいたくなった。
 そう、否定のしようもない。わたしの下着は、ちょっと触っただけでそんな音を立てるほどに、じっとりと気持ち悪く湿ってしまっていたのだ。

「姉さん、すごい濡れてる……先輩が欲しくて、ここをこんなにしたんですね?」

「い……やあっ!」

 耐え難い仕打ちに、思わず目をぎゅっとつぶった。必死に、首を左右に振り、そうしながらもそれが無駄な行為だと理解しているが故に、ますます逃げ場を失ってしまう。
 皆の視線が、自分に向けられているのを、痛いほど感じる。ライダーは、どんな表情でわたしを見ているのか? あるいは、士郎は?

 気がつけば、頬を雫が伝い落ちていた。
 涙だった。誰かに泣かされて涙を流すなど、いったい何年ぶりのことであろう。それが悔しくて、余計に涙がこぼれ落ちる。

(なんで……こんな)

 なんでこんな事になっているのか、理解が出来なかった。

 油断して気づきもせずに、魔術の込められた薬物を口にしてしまった失態も。
 幾らでも対処できるはずのその薬に、身体を犯されてしまって対応できていない現状も。
 守るべき相手と認識していた妹に、いいようにもてあそばれている情けなさも。

 ――そして何より、三人の目の前で、淫らな欲望に抵抗も出来ずに股間を濡らし、それを見られてしまっている絶望も。

「く……う、ぅ……っ」

 ただ情けなくて、四肢を縮こまらせながら、それでも勝手にヒクヒクと疼きあげる身体をどうにも出来ずに泣いていた。

「おい、桜。約束では……」

 士郎の声が、耳に入る。今日、この異常な空気の立ちこめる部屋で、初めて聞いた彼の声。
 その声は、いつもの士郎だった。戸惑うような、緊張したような、――それでいて、いつも他人のことをバカみたいに気遣っているような――そんな声。

(――っ!)

 それが嬉しくて、思わず顔を上げてしまいそうになる。
 でも、それは出来なかった。こんな顔を誰かに見られたいとは考えられなかったし、それに顔を上げれば、そこにはライダーがいる。恐らくは、未だに士郎の欲望に対して、淫らな奉仕を続けているであろう彼女。

“ぶ……、くちゅ……”

 耳を澄ませば、確かに小さな水音めいた音が聞こえてくる。今のこの状態で、彼女の姿を目にでもしてしまったら……説明もできない怯えが、わたしの中に巣くっていた。

「はい。わかってますよ、先輩。無理強いはしないって、そうでしたよね?」

 わたしの思いになど頓着もせぬ様子で、桜は士郎にそんなふうに答えた。

「それじゃあ、姉さん。そろそろ本題に入りますね。要するに、これはお誘いなんです。姉さんも、私たちと一緒にならないか、っていう」

「一緒に……って」

 桜の言っていることは、よくわからない。よくわからないのに、何かそこには、『歪み』があるように感じて、頭の奥で警鐘が鳴り響いている。

「姉さんが先輩のことを好きだって事は、ずっと前からわかってました。
 それに……知ってました? 先輩も、姉さんのこと、憧れみたいに思ってたんですよ?」

“ドキン――っ”と、心臓が大きく脈打った。薬のせいだけではあり得ない、大きく響く、その鼓動。

「聖杯戦争のときを、覚えてます? 私たち、お互いに不器用に嫉妬心をぶつけ合ってましたよね。……先輩は、なんだかあんまり気づいていなかったみたいでしたけど」

 クスクスと、桜が小さく笑う。軽い思い出話をするように。

「ライダーを先輩に抱いてもらうとき、私、すごくイヤでした。イヤでイヤで、でもそうしないといけないって、自分自身を説得して……」

 その間にも、桜の指は止まることなく、わたしの敏感な場所を刺激する。ショーツの下に潜り込み、濡れた中心の表面をさするように、微妙に動かす。

「ふ……ぅっ」

 必死に、声が漏れそうになるのを噛み殺した。

「でもね、いざそういう関係になってみると、むしろホッとした自分に気づいたんです。
 それまでは、先輩がライダーを見る目が気になって……別に先輩がイヤらしい目で彼女を見ていたとか、そういうのじゃあないのに、どうしても気になって……それが、かえってすっきりしたっていうか」

“くちゅ……ちゅぷ……”

 水音が、露骨なものへと変わっていく。下着はもう、お尻の方までびっしょりになっていた。
 ずくずくという疼きは、もはや耐え難いほどにまで大きくなっている。このままでは、本当に気が狂ってしまいそうだった。

「でね、気がついたんです。それまでの私は、先輩を誰かと『分け合う』ことに、ずっと抵抗を持っていた。だけどそれは、根本が間違っていたんだって。
 私たちは、魔力でもって結ばれた関係を持っています。そして、私たちの間での魔力の繋がりは、『分け合う』ものではなく、『与え合う』ものだったんです」

 ……ある意味、桜が言っていることは、正しかった。桜と士郎、そしてライダーの関係は、確かに桜の主張する形に近い。極めて魔術師的に、等価交換が成り立った関係だ。

「それでね、思ったんです。私は、姉さんとも、『与え合いたい』んです」

「…………」

 何かが、間違っている。桜の理論は、どこか根本的な所で狂っている。
 なのに――

「でも、こんな話を普通にしても、姉さんは絶対に首を縦には振らないだろうなって。だから、薬を使ったんです。姉さんを、一度素直になりやすくしてあげて、それで決めてもらおうって」

 ――なのにそれが分かっていながらも、不安定に揺らいでいる自分が、わたしの確かに存在していた。

「姉さん……さっきも言ったとおり、姉さんが拒絶するのであれば、これ以上何もするつもりはありません。私たちは、この部屋から出ていきます。そうしたら姉さんも、落ち着いて解毒処置が出来るでしょうし」

 きっと……多分、桜は本当のことを言っているのだろう。ここでわたしが彼らを拒絶すれば、それで終わり。三人は部屋から出ていき、私はこの忌まわしい呪術を消し去り、そして――その後は?

「………」

 その後は、どうなるのだろう? 桜たちは場所を移して、きっとこの続きをするのだろう。
 そしてわたしは、取り残されるのだ。これから、ずっと……

“トクンッ、トクン――ッ”

 身体に響く拍動が、わたしを促す。それほど長くなど、持たない。どちらを選ぶにしろ、これ以上、我が身を焼き焦がす熱を無視し続けることは出来ない。

「う、あ……」

 こわばる目元に力を込め、瞳を無理矢理に開く。薄く開いた目蓋の隙間、涙で滲んだ視界の向こうに、士郎とライダーがいた。

 相変わらず、士郎の足下にひざまずくライダー。今はペニスから口を離し、代わりに細い指をそれに絡め、ゆるゆるとさすり上げている。内部からの圧力で張りつめた肉の器官が、力を誇示するようにそこに存在していた。
 彼女のきれいな白く華奢な手に、まるで恭しく捧げ持たれるようにそこに存在する、力強く、猛りきった、男の象徴……。

「………」

 士郎はただ黙って、わたしを見下ろしている。

「はあっ、はあっ――」

 自分の荒い呼吸音が、耳の奥で響く。口の中がからからして、舌が上手く動かない。

 わたしは再びぎゅっと目を閉じると、“コクン――”と、一つだけ頷いた。

「そう……嬉しいです。ありがとう、姉さん」

 そして桜は、わたしのその返答を完全に、正確に理解し、わたしを抱く腕に、キュッと力を込めてきたのだった。





 ゆっくりと、士郎はわたしの前に、覆い被さるようにしゃがみ込む。
 ドキドキと、耳の側の動脈がうるさく騒ぎ立てるのを感じながら、わたしはじっと彼を待つ。これから行われることを想像し、身体は緊張を増し、今では自分が紅い顔をしているのか、それとも蒼ざめているのかさえ、よく分からない。

「ん……」

 唇を、柔らかな感触が覆った。それが士郎の唇によるものであるという当たり前のことに気づくのに、数瞬の時間を要した。
 わたしにとっての、生まれて初めてのキス。想像していたよりも、遙かに生々しい感触だと、ぼんやりと思った。

「は……あっ」

 押しつけられた唇は一度離れ、そしてもう再び重ねられる。さっきよりも、ずっと強く、深く。

「んんん……っ」

 唇を割って、舌がわたしの口の中に侵入してきた。乱暴な、それでいて確かに優しい、その感触。
 舌の上で、彼の唾液がわたしの唾液と混じり合うのを感じる。顔に僅かにかかる彼の鼻息が、妙にくすぐったかった。

「はあ……先輩、姉さん……」

 耳元にはきかけられる、桜の吐息混じりの呟きも、やはり熱い震えを伴っていた。

「ふ……んっ!」

 不意に、胸に刺激を感じて、身体が勝手に跳ね上がった。胸を、手のひらが包み、やわやわと力を込めてくる。この大きな手のひらの感触は、間違いない、士郎のものだった。ずっと、否定しようとも頭を離れることがなかった男の手が、わたしの乳房に触れているのだ。

「ふう、ううう……っ!」

 わたしだって年頃の娘だ。自分でその場所を触ったことはある。あるいは、ついさっきまでは、桜がそこを手で撫でていた。
 しかし今感じている刺激は、それらとは根本的に違うものだった。全く異なる痺れが、表面から中へとしみ込み、心臓へと達するようにさえ錯覚される。

「あ、あああ……っ」

 手のひらは、もどかしいほどゆっくりと動く。下からすくい上げるかのような手つきは、まるでわたしの胸の重さと大きさを測っているかのようで、少し落ち着かなかった。
 乳房全体を探るかのように、あるいは確認するかのように覆っていた手が、やがて矛先を変える。胸の先端、さっきまでの桜の愛撫によって硬くなった、敏感な部分が、小さく摘まれた。

「ふ……ああっ!」

 鋭い刺激に、思わず身を縮こませ、合わせていた唇が離れた。その拍子に、唇のあいだから唾液がこぼれおち、めくり上げられた服に染みを作る。

「あ……、や……士郎っ、やめ…っ!」

 実際には、彼は大して手を動かしてなどいないのだろう。だが、その動作はごく小さなもので十分にその効果を現していた。
 脳神経を焼き切るほどの過電圧が、びりびりと走りまくる。

「姉さん……気持ちよさそう」

 桜の手が、わたしの身体を再び這いはじめる。触るか触らないかの微妙な力加減で、首筋や脇腹をそっと撫で回していく。彼女の指が通り過ぎた場所には、むず痒いような感触が跡を引いて残る。

「く……あ、あっ」

 そしてゆっくりと下方へ移動した指が、わたしの中心に触れる。先に同じ指が触れたそこは、比べものにならないほどに濡れ、火照っていた。

「先輩、見て下さい。姉さんのココ、こんなになって、先輩のことを待ってますよ?」

「あ……。やだ……っ!」

 あまりの恥ずかしさに、消えてしまいたいと思う。それは、桜の言葉が、あまりに正しいからだ。わたしのその部分は、士郎のモノを迎えるために、ヒクヒクとまるでわたしの身体ではないように、わたしの意志を離れてうごめいていた。

“ごく……っ”

 そんな音が聞こえた。薄目を開けて前を確認すれば、士郎は、妙に平面的な表情で、わたしのことを見ていた。

(ああ、そうか……)

 わたしは理解する。彼も、興奮すると共に、この状況に緊張しているのだ。
 それを感じ取り、少しだけ気分が楽になったように感じた。

 そんなわたしの目をのぞき込みながら、士郎が言う。

「いいのか? 遠坂」

 今更下らないことを口にしてくる、大バカ野郎。
 だけど、身体の疼きと、早すぎる心臓の拍動のせいで、とっさに言葉が出てこないわたしがそれに答える前に、桜が口を開いた。

「先輩。それ、違いますよ」

 思わぬ、だったのだろう。桜の言葉に、ピクリと身体の動きを止め、怪訝そうな、心配そうな表情を浮かべる士郎。
 まったく、こんな場面で、そんな表情なんて、反則だろうにとも思う。

「それって先輩らしいですけど、でもそんな呼び方はちょっとどうかと思います。
 ちゃんと、名前で呼んであげて下さい」

 わたしの思いを代弁しているような、誤解しまくっているような、桜のその台詞。
 だけど目の前のバカ野郎は、その言葉に一つうなずくと、正面からわたしを見つめながら、言った。

「そっか……じゃあ、いくぞ。――凛」



(To Be Continued....)