その瞬間、ゾクリとしたものが背筋を駆け上がった。彼の顔から、彼の声の響きで発せられた、わたしの名前。それを聞いただけで、ただでさえ熱くなったわたしの心と体が、焼け付くように温度を上げた。

 身体が、ブルブルと震える。このまま、焼け付いてしまいそう。
 今のわたしは、きっと助けを求めるような表情で、士郎を見上げている。そして実際に、わたしは彼に、この行き場のない、圧倒的な質量を持った疼きを、なんとかして欲しかった。
 彼に、他の誰でもない士郎に、そうして欲しかった。

「うん。士郎……いいよ。――お願、い」

 ぎゅっと目を閉じる。身体がガチガチになっているのが自分でも分かるが、どうにもしようがない。

 下着に手がかかり、これはホッとするような気に入らないような手慣れた動作で、わたしの脚から抜き取っていった。
 気持ち悪く蒸したその部分が外気に触れ、少しひんやりと感じる。

「はあっ、はあ――っ」

 士郎がごそごそと、わたしの前で体勢を整えているのが、気配で分かった。そしてわたしの身体に手が掛かり、そして、

“ぴと……”

(ひぁ……っ!)

 脚の間、今最も熱く感じるその部分に、何か丸っぽい物が当たる感触。粘膜に、粘膜がさわる、明確な感覚。あまりにリアルなそれに、思わず、勝手に身体が後ずさりをしようとする。が、後ろから回された手が、それを許さなかった。

「姉さん……」

 桜の腕は、それほど強くわたしを押さえつけているわけでもなく、そのくせわたしが逃げようとするのを、全く許さなかった。

 そして、そのときが訪れる。

“ぎし……っ!”

「あ……、ぐっ!」

 全身が、軋んだ。比喩などではない。頭の先からつま先まで、体中の筋肉と、そして骨が、ギシギシとこすれ合い、悲鳴を上げている。

「ぁ……あっ」

 真っ赤に焼けた刃物を突き立てられたような、信じられないほどの痛み。わたしの身体を引き裂くようにして、体内に、『異物』が進入してくる。

「ん……、い……痛っ!」

 わたしのその部分は、痛みのあまり意志とは関係なく引きつれ、収縮する。そのせいで突き立てられたモノをよけいに強く感知し、更に痛みは激しいものとなった。

「ふうっ、ふうっ、……ふあっ!」

 歯を喰いしばり、痛みを我慢しながら、なんとか息をするのが精一杯だ。それ以外のことを考える余裕など、どこにも無い。

「がんばって、姉さん」

 すぐそばから、耳に直接語られる声。

「もう少しですよ。先輩が、姉さんの中に入ってきてるんです」

 無茶を言ってくれる。こんな痛みは、わたしは知らない。わたしとて、魔術師だ。今までの修行中にだって、常人であれば気が狂ってしまうであろう苦痛を耐え抜き、乗り越えてきた。
 が、この痛みは、今まで体験してきたようなそうした痛みとは、全く種類が違った。まったく未体験の、未知の痛み。──こんな痛みを、これ以上どう我慢しろというのだ。

「ぐっ、あう……っ!」

 もう、ほんのちょっとでも余裕がありさえすれば、この痛みの元凶である目の前の男を、脚で蹴り飛ばし、引き剥がしているところだ。
 ……いや、頑張れば、それも出来るかも知れない。そうすれば、楽になって──

「遠坂、本当に大丈夫なのか? もし無理だったら、今日はこれで……」

 なぜだろう? その言葉に、カチンときた。こんなところで、今更いつもの気の強さを取り戻して、どんな意味があるというのか?
 それでも、彼のその言葉は、内容とは逆に、わたしの背中を押しやる役割をした。

「いいから、来て……よっ」

 何とか言葉を絞り出す。

「ここまで、来たんだから。最後まで……」

 士郎が、息を飲むのが感じられた。だけど、それがどういう反応なのか確認するほどの時間は、わたしには与えられなかった。

「――わかった。その代わり、もう、俺は止まれないからな?」

「え……?」

 彼の言葉を理解しようとする間もなく、

「ひ……ぐぁっっ!?」

 それまで以上の圧迫感と痛みが、わたしを貫いた。

「はぐ、ぁあ、あ……」

 予想していた痛み。しかし、だからといって、この苦痛が小さくなるわけでもない。

「はあっ、はあっ、はあっ……」

 肩で息をしながら、少しでも楽な姿勢をとろうとし、その身動きが余計に痛みを生むという悪循環に晒され、指一本動けない状態に押し込められる。
 痛いと聞いてはいたが、これは幾らなんでも、反則だろうに。

「姉さん」

 耳元にささやかれる、桜の声。熱を持ち、潤んだ、その吐息。

「わかりますよね。先輩が、姉さんの中に入ったんですよ。
 良かったですよね、姉さん?」

「ん……ぐうっ」

 返事をする余裕などは、無い。だけど歯を食いしばり、頷いてみせた。
 顔を上げると、そこには心配そうな表情をした、士郎の顔。

「おね……がい、士郎っ。動いて……いい、から……」

 なんとか、そんな言葉を絞り出す。
 男の人は、動かなければ気持ちよくはないと、その程度の知識はある。この苦行めいた時間を乗り越えようと思えば、一瞬でも早く終わりが来て欲しいし――そしてやっぱり、ここまで我慢したのだから、士郎にも『わたしで』気持ちよくなって欲しかった。

「それは、まあ、そうなんだが。脂汗浮かべた顔で、そんな台詞を言われても……って、うあっ!?」

 唐突に、士郎がヘンなうめき声を上げる。同時にわたしの中に入ったものが動き、彼の表面にある凹凸が、傷ついた内側をこすり上げた、

「ふあ……っ!」

 涙で滲む視界をムリヤリ働かせれば、士郎の身体の向こうに動く、ライダーの姿が見て取れた。いったい何をしているのかまでは、とうてい確認するだけの余裕はない。が、彼女の何らかの行為が、ヤツに声を上げさせている事は、理解できた。
 ――なんらかの淫らな奉仕がそこで行われ、その所為で、士郎は腰を動かしたのだ。

「――んっ、くうっ!?」

 その瞬間、頭の中がカッとなり、身体の芯で『何か』が起こった。

「あ、ああ……なん、で……っ?」

 相変わらず、耐え難い痛みは感じている。しかしわたしの心と躰が、その苦痛の向こう側にある何かを見つけだしたのだ。
 もしかしたら、それには桐間家の薬の力もあったのかもしれない。とにかくその『何か』は、痛みの中から顔を現した瞬間、わたしの全てを覆い尽くした。

「あ、い……や! 何……こ、これっ!?」

 けれどわたしは、それが何であるのか、本能で知っていた。
 これは、『快感』だ。生まれて初めて知る、そのくせ生まれたときから初めから知っていた、肉の悦楽。それが一瞬で、易々とわたしを支配したのだ。

「んあっ、あ、あ……っ!」

 自分の声に、今までとは違うものが混ざるのがわかる。
 そしてそれを耳にしたは、当然、わたしだけではなかった。

「凛……もしかして、感じてるのか?」

 士郎の言葉に、懸命に首を横に振る。だけどこの場にいて、そんなわたしの仕草を否定のそれと受け取った人間は、一人もいなかった。

「あ、くっ……あっ!」

 耐えようもなく溢れ出す、イヤらしい声。耳に聞こえてくる自分の声に反応して、わたしの恥辱と興奮は、更に際限なく高まっていってしまう。

 もう、どうにもならなかった。魔術師として、自分で自分をコントロール術をひたすらに学んできたはずのわたしが、今は全てを、自分を貫く目の前の男に捕まれてしまっていることを、はっきりと自覚した。

「い、や……助け、て……士郎っ」

 たまらず、両手を伸ばし、士郎にしがみつく。何かにすがっていなければ、自分が千切れ、バラバラに壊れてしまいそうだった。

「……凛っ」

「う……あああっ!?」

 突然、身体が下から力いっぱい突き上げられた。わたしの中に刺し立てられた灼熱の棒が、いままで以上に内臓の奥を貫く。同時に、腰そのものにも、彼の腰が叩きつけられた。

「あ、あ、あああ……あっ!」

 何度も、何度も、わたしの身体を揺さぶり、侵入者はわたしの内壁をこすり上げる。その度に、目の前で真っ白な光がチカチカと炸裂するように思えた。

「あ、士郎っ、し……ろうっ!」

 わたしは自分にぶつけられる、その原始的な男の力に、陶然となった。
 自分の上で、自分の好きな男が、そのありったけの力を、息を荒げながら、わたしに全てを向けて注ぎ込んでいるのだ。
 自分の身体が、彼をそれほどに夢中にさせている。そのことが更なる快感となって、わたしの魂を乱暴に揺さぶる。

“ぐちゅ……、ぶちゅ……っ!”

 士郎が動くたびに、二人が擦れ合うその部分から、そんないやらしい濡れた音が洩れ出す。それほど大きなものであるはずのない音が、部屋中に響き渡っているようにさえ錯覚される。
 その音さえもが、わたしを責め立てているように感じ、思わずすすり泣いた。

「姉さん……気持ちよさそう」

 耳に吹きかけられる、熱い吐息。桜の息だ。彼女もまた、興奮しているのだろう。声は、僅かに震えていた。
 わたしと士郎だけではない。桜と――そして多分ライダーも――この場にいる全ての人間が、この淫らな亢奮に陶酔していた。

「私も、姉さんのこと、感じさせてあげますね」

 背後で、桜がもぞもぞと身体を動かす気配。

「あ、ふ……あああっ!」

 胸の先端と、それに士郎と繋がっている場所のすぐ近くの敏感な部分に、それまで無かった刺激が急に生まれる。
 桜だ。わたしの胸の先端と、そして股間の割れ目の上端にある肉芽を、彼女の指先がこすり上げているのだ。

「き……、あっ!」

 鋭角的な快感に、悲鳴のような声を上げてしまう。
 もう、わたしには何がなんだかわからなかった。ただ、与えられるがままに、未知の快感を受け止めるのが精一杯だった。

「り……んっ」

 士郎の声が、うめくように言った。

「もう……限界だ。いくぞ……っ!?」

 わたしは、何と答えたのだろう?

「…………、……っ!」

 ただ必死に、髪の毛を振り乱しながら、何度も頷いたことは覚えている。
 そして――、

「――っ、あああっっ!!」

 わたしの全身の筋肉が、痙攣するように引きつった。
 それと同時に、士郎が凄い力で腰を突き上げてきて、そのままわたしを拘束するかのようにきつく抱きしめ……

“どくっ、どく……っ!”

 わたしの中、身体の一番深いところに、脈打つように熱いものが放たれ、胎内を叩く。士郎の欠片が、わたしの中に注ぎ込まれていく。

(あ、あああ……)

 全部、ぐちゃぐちゃになってしまったような、開放感。わたしも、士郎も――そして桜も、ライダーも、全員の鼓動が、わたしに流れ込むこの拍動と同調しているように感じる。

「はあ、はあ、はあ……」

 自分の女としての中心が、その熱いもので満たされていくのを感じながら……わたしは意識を、心地よい闇の中へと預け入れた……





 ――ゆらゆらと、身体が頼りなく揺れている。

「はあ、はあ――」

 もはやわたしには、自分で身体を支える力さえ残っていなかった。呼吸さえ弱々しいものになっているのが、自分でも解る。
 なのにまだ、この爛れた空気はわたしを解放してくれはしなかった。

 今もわたしは、士郎の起立したものを胎内に受け入れたままだった。床に寝そべった士郎の上にまたがり、お互いの一番敏感な部分でもって繋がっていた。
 崩れ落ちそうになるわたしを、ライダーが後ろから支えている。裸になった彼女はわたし抱きしめつつ、前に回した手でわたしの敏感な部分をなで回しながら、舌でうなじを愛撫する。

「んっ……あ、っ」

 彼女のもたらす繊細な快感がわたしの中を駆けめぐり、思わず身震いしてしまう。そしてそんな動作が起きるたびに、

「う……ああ、あああ……っ」

 士郎とわたしの繋がった部分がこすれ、新たな快感が脊髄を駆け上がり、脳髄を痺れさせた。
 この快感に果ては無いのか、とうに限界を超えているはずのわたしの身体は、それでも際限のない快感に満ち、溢れ、心までどろどろに溶かしていく。

「ん……先輩」

 ぼんやりとした視野の中、桜が士郎の上に身を伏しているのが見える。

“ぴちゃ……、ぴちゃ……” と小さくたてられる濡れた音は、恐らくは桜が士郎の肌に舌を這わしている音だろう。

 熱に犯された頭の中、不意に、間桐家の地下室で見た光景が脳裏に浮かび上がった。
 日の光などいっさい届かない、暗い空間。その澱みの底で蠢いていた、無数の蟲たち。

 ――今のわたし達は、あの時に見た蟲たちのようだった。
 うごめき、絡み合い、肌を擦りつけ合う。まるで、そんなの蟲たちよう。

「嬉しいです、姉さん。わたし、ずっと長いこと、この家で五人が家族になって暮らせたらいいなあって。そう思ってたんです」

 顔を上げ、桜がわたしに話しかけてきた。その顔はやはり淫猥な興奮に赤く染まり、瞳は泣いたように潤んでいた。
 きっとわたしも、あんな顔をしているに違いない。

 霞がかかったような頭でそんなふうに感じながら、ふと、今の台詞の中にある矛盾じみた事実に気がついた。

(五人……?)

 この場にいるのは、四人だけ。
 桜は、何を言っているのか?

「わたしと、先輩と、ライダーと、姉さんと……それに藤村先生で、ホラ、五人でしょう?」

『ね……?』と、無邪気な顔で、桜が笑う。
 それは、とても純粋な笑顔だった――たとえその中に、純粋な残酷さを含んではいても。

「あ……く、あぁっ」

 身動きをしたせいで、また串刺しにされた部分がこすれ合い、“ぐちゅ……”というイヤらしい音を立てた。
 胎内に納められた起立も、重ねられた肌も、乳房を這い回る手のひらも、耳に届く淫らな息遣いや水音も、鼻腔に満ちた生臭い空気の香りも……その全てが、わたしを底のない快楽へと導く。

 もう、何も考えられない。

「あ……わた、し……また……」

(イクっ、ぁ……イ、っく…………っ!!)

 ……そうしてわたしの自我は、この狂った快感の中、真っ白に焼き尽くされたのだった。

                                         《fin》