壁際の大きな鏡の前に、純白のドレスを着た秋葉の後姿があった。
 長い黒髪のせいか、後ろから見る細い肩のせいか、儚げな印象を受ける。

 琥珀さんが、秋葉の横から手を伸ばして細かい着付けを直している。
 いつもの服、白いハイネックとロングスカートに着替えたアルクェイドは、
窓際で腕組みして、ふたりの姿を眺めている。

「ほらほら、妹。志貴がきたわよ?見せてあげたら?」

 アルクェイドがにこにこ笑いながら秋葉に声をかけた。
 琥珀さんもニコニコ笑いながら言う。

「さ、秋葉さま。志貴さまがお待ちかねですよー?」
「え、ええ……」

 いつになく、緊張したような秋葉の声。

「緊張されなくても大丈夫ですよー、秋葉さま、とってもお綺麗ですから」

 琥珀さんが、秋葉の両肩に手を置いて、こちらに振り向かせる。
 やっぱり、秋葉は妙に緊張した面持ちだ。
 おまけに肘の上まである長手袋をはめた右手で、ドレスの胸元を隠すような
格好をしている。

「あの……兄さん?」

 秋葉がどこか不安げに訊いてきた。
 そして次の瞬間。
 秋葉が俺を、非難するような目で見返した。

「――兄さん。どこを見ているんですか?」
「そんな風に隠されると、かえって気になるんだよ」
「う…………」

 俺が言い返すと、秋葉は口篭もりながらそっぽを向いた。

「ねーねー妹、なんでそんなふうに胸を隠してるのかな?」

 アルクェイドが、相変わらずにこにこ笑いながら、秋葉に尋ねた。

「…………」

 秋葉は横の方を向いているので、髪に隠れて表情は窺えない。
 しかし、みるみるうちに耳が真っ赤になった。

 俺は、静かに秋葉に歩み寄った。

「――――秋葉」

 間近から、俺がそっと声をかけると、秋葉はぴくっと肩を震わせた。
 それから、おずおずと顔をこちらに向ける。

「ちょっとだけ、腕をどけてくれないかな」

 秋葉がすねた表情を浮かべた。

「……秋葉は胸が小さい、などとからかうつもりですか、兄さん?」
「そんなことはしないよ。ただ、秋葉のドレス姿が見たいだけなんだ。
 だから秋葉――――頼むよ」
「う…………」

 秋葉が唇を噛んだ。
 それから、そろそろと、胸元を隠していた右手を下ろして行く。

 アルクェイドと秋葉では、胸のサイズが15cmは違う…はずだ。
 アルクェイドの方がやや大柄だから、純粋に乳房のサイズだけを計測すれば
そこまでの差はないのかもしれないが、それでも、秋葉の方が胸が小さいこと
だけは事実だ。
 アルクェイドのドレスを秋葉が着れば、当然ながら胸がすかすかになる。
 秋葉の右手は、その、ドレスの弛んだ胸元を隠していたのだ。

 秋葉のすぐ傍に立っていたので、秋葉のドレスの胸元が見下ろせた。
 ドレスのデザインがデザインなので、秋葉はブラジャーをしていなかった。
 しかも、さっきも言った通り、ドレスの胸元はすかすかに空いている。

 秋葉の、薄い胸。
 そして。
 小さな乳房の先端の、桜色の小さな突起までもが、見下ろせた。

 どくん――――――

 トツゼン、心臓がばくばく暴れ出した。

「あ……っ!」

 秋葉が、俺の表情と視線の方向から、俺がなにを見ているか悟ったようだ。
 両手で胸元を隠し、紅潮した顔を俯けた。

「あのさ、妹」

 窓際から離れ、こっちに向かって歩きながら、アルクェイドが言う。

「――――言ったよね?
 着るだけなら誰にでもできるけど、着こなすのは難しいよって」
「………………」

 秋葉は、顔を上げてアルクェイドをきっと睨んだが、なにも言わなかった。
 アルクェイドは、ふっと笑って続ける。

「残念だけど、そのままだったら妹はお姫様失格だよ。
 あ。でも、別に妹の胸が小さいからとかそういうことじゃないよ?」

 秋葉には針かなにかでぐさぐさと刺されたように感じられたことだろうが、
表情を見る限り、アルクェイドに悪気は全くないようだった。

 アルクェイドは、俺の横で立ち止まると、秋葉ににぱっと笑いかける。

「どうしてお姫様失格なのかわかる、妹?」
「わかるはずがないでしょうっ!」

 秋葉がアルクェイドに顔をくっつけんばかりにして怒鳴った。
 だが、アルクェイドはにこにこ笑っているばかりだ。

「わからない?だったら仕方ないね。――――琥珀?」
「はい」
「な……っ!」
「え……っ?」

 止める暇もなかった。
 アルクェイドの合図と同時に、琥珀さんが秋葉の背後に回りこんでいた。
 素早く秋葉の両手首を掴んで背中に回し、関節を極める。

「い、痛っ!琥珀!なにをするの!」

 秋葉が愕然とした表情で肩越しに叫んだ。

「すみません秋葉さまー。でも、秋葉さまがいけないんですよー?
 秋葉さまが志貴さまとアルクェイドさまのお付き合いに反対されるからー」

 琥珀さんはにこやかな笑顔で言いながら、せっせと秋葉の両手首を後ろ手に
縛り上げている。

「琥珀!それを解きなさい!早く……翡翠!貴方もなにをして……っ!」
「秋葉さまー?暴れると、よけい縄が食いこんで痛いですよー?」
「申し訳ありません、秋葉さま。
 ですが、アルクェイドさまより、手出しするなとのお言いつけですので」

 琥珀さんはニコニコ笑いながら、翡翠は無表情に応じた。
 アルクェイドが、くるりと俺に顔を向けた。

「志貴が帰ってくる前に、琥珀や翡翠とも話したんだ。
 妹があくまで反対するなら、志貴を無理矢理わたしの城に連れて行っちゃう
けど、それでもいいかって。
 そしたら、妹を説得して、志貴もわたしもこの家にいる方がいいってことに
なったのよ。
 志貴のためにも妹のためにも、琥珀と翡翠のためにもその方がいいし、妹が
大事にしてる遠野家の体面とやらを保つためにも、その方がいいって、ね。
 それで、ふたりともわたしたちに協力してくれてるわけ」

 アルクェイドが俺に説明してくれている間にも、琥珀さんと翡翠は、秋葉の
腕を取って3人掛けの大きなソファのところへ連れて行き、座らせている。
 琥珀さんがソファの後ろに回り、背凭れ越しに秋葉を押さえこんだ。
 一方、翡翠は壁際に控える。

 琥珀さんが秋葉の肩越しに声をかけてくる。

「アルクェイドさまー?」
「あ。もういいの?」

 アルクェイドは、さっそく秋葉の方に向かう。
 その背中を目で追っていると、秋葉と目が合った。

「兄さん!こんな馬鹿なことはすぐにやめさせてください!」
「やめてあげてもいいわよ?」

 言いながら、アルクェイドがソファに、秋葉の左隣に腰を下ろした。

「妹が、わたしと志貴の邪魔をしないって誓えばね。どうする、妹?」
「お断りします」

 秋葉は一言の下に跳ねつけた。
 アルクェイドは嬉しそうに、うんうん、と大きくうなずいた。

「そう言うと思った。それじゃ、さっそく――――」

 アルクェイドが上体を傾けて、秋葉のドレスの裾に手を伸ばした。
 やおらドレスとペチコートを手繰り寄せ始める。
 しゅるしゅると音を立てて、カーペットの上に大きく広がっていた滑らかな
布地が引き寄せられて行く。

「やめなさい!やめ――――くっ!」

 激痛に顔を歪めて動きを止めた秋葉に、琥珀さんが注意を与える。

「秋葉さまー?暴れると、よけい肘の関節が引っ張られて痛いですよー?」
「こ、琥珀、こんな真似をして、あとでどうなるか覚えていなさい!」

 琥珀さんは、秋葉の恫喝するような台詞に、微笑みさえ浮かべて答える。

「お叱りを受けても構いません。
 これは、秋葉さまの望みを叶えるためにしていることなんですから。
 志貴さまに遠野の屋敷に留まって頂くためなんですから」

 秋葉が身体をよじるようにして、壁際に控えている翡翠を睨む。
 だが、翡翠も、琥珀さんの言葉に黙ってうなずいた。

 一方――――
 アルクェイドは、両手でせっせとドレスの布地を手繰り寄せ続けている。
 しだいしだいにドレスとペチコートの裾が捲り上げられ、秋葉の靴の爪先が
顔を出し、秋葉の脚が足首、ふくらはぎ、膝、太腿の順で見えてくる。

 太腿の中ほど、ちょうどストッキングを吊っているガーターベルトの金具が
顔を出したところで、アルクェイドは手を止めた。
 俺の位置からだと、秋葉の脚の間に僅かにぱんつの白が覗けるあたりだ。

「さてと。妹がどうしてお姫様失格なのかの答えなんだけど――――」

 言いながら、アルクェイドはドレスの裾をお腹のあたりまで捲り上げた。
 ガーターベルトと、その上の白いショーツが目に飛び込んでくる。

「きゃ!…に、兄さん、見ないでください!」

 秋葉が脚をぴったり閉じ、顔をそむけるようにして叫んだ。
 アルクェイドは、右手でドレスを持ち上げたまま、左掌を秋葉の頬に当て、顔を引き戻しながら言う。

「ペチコートがあるから、ドレスの時はショーツなんか着けないんだよ。
 そんなことも知らなかったの、妹?」
「そ、そんなこと――――むぐぅっ!」

 秋葉の抗議は、途中で立ち消えになった。
 もちろん、アルクェイドが秋葉の口にドレスの裾を押し込んだからだ。
 すかさず琥珀さんが背後から秋葉の下顎を押さえ、がっちりと咥えさせる。

「はーい。しっかり咥えていてくださいねー、秋葉さま」
「う……」

 俺は、なんとなく居心地の悪い思いをしていた。
 ドレス姿で後ろ手に拘束され、自分のドレスの裾を咥えて下着を露出させた
格好で座っている秋葉の姿を眺めているうちに、変な気分になってきた。
 目の前でそんなあられもない格好をしているのは秋葉なのに。
 血は繋がっていないとはいえ、妹なのに。
 頭ではわかっているのに。
 その――――勃っちゃったんだ。

 俺の葛藤とは無関係に、アルクェイドは秋葉のショーツに手を伸ばす。

「さ。脱がしてあげるね、妹」
「ん――――っ!」

 アルクェイドの指先がショーツに触れた瞬間。
 トウトツに、秋葉が暴れ出した。
 上体を激しく前後に揺すって琥珀さんの手を払いのけ、脚をばたばたさせて
アルクェイドの手を払いのけ、そのまま横ざまにソファに倒れ込む。

「………っ!嫌あぁぁぁっ!」

 ドレスの裾を吐き出すと、叫びながらクッションに突っ伏した。
 だが――――
 アルクェイドは、うつぶせになっている秋葉の背後からドレスの裾を掴み、
今度は秋葉の背中の方へ捲り上げた。
 後ろからショーツに手をかけ、一気に膝のすぐ上まで引き下ろす。
 秋葉のお尻が丸見えになる。
 すかさず、琥珀さんの解説が入る。

「秋葉さまー?無理矢理ぱんつを脱がす場合はですねー、実はお尻からの方が
簡単なんですよー」

 秋葉は肩と膝でいざって前に逃れようとしたが、後ろ手に拘束された両腕を
アルクェイドに押さえられ、激痛に負けて動きを止めた。
 秋葉がぐったりとなったところで、アルクェイドがショーツを引き下ろし、
まだ靴を履かせたままの足首から引き抜いた。

 脱がせた秋葉のショーツを翡翠に投げ渡すと、アルクェイドはソファの上で
秋葉の身体を仰向けに引っくり返した。

 激しく暴れたせいで、秋葉のドレスはすっかり着乱れていた。
 裾はお腹の上まで捲れ上がり、ガーターベルトとストッキングだけを纏った
下半身が、薄い翳りが、その下の襞までもが、剥き出しになっている。
 袖が二の腕まで滑り落ちて胸元がはだけ、長手袋とチョーカーだけを纏った
上半身が、薄い胸が、その上の乳首までもが、剥き出しになっている。
 今にも陵辱されようとするお嬢さま。
 まさしく、そんな秋葉の姿だった。

「おいしそうだね、妹」

 秋葉に覆い被さりながら、アルクェイドが笑顔でそんなことを言った。
 そして、アルクェイドはチョーカーで覆われた秋葉の喉元に顔を寄せる。

「おいしそう……」

 アルクェイドが、そっと繰り返した。
 そのとたん、秋葉が全身をぎくっと硬直させた。
 アルクェイドの唇が、ゆっくりと秋葉の喉元を滑って行く。

「あ……っ!」

 時折、秋葉が微かな声を上げ、頭をのけぞらせる。

「ひ……っ」

 吸血鬼の熱い吐息を喉に感じるのは、誰にとっても恐怖の体験だ。

「あ…あぁ……あっ!」

 同時に、それは物凄く官能的な体験でもある。
 吸血行動というヤツは、ようするに性行動と根っこは同じだから。
 だからこそ、吸血鬼に血を吸われる犠牲者たちは恍惚とした表情を浮かべる
わけだ。
 しかし――――
 本当に大丈夫なんだろうな?

 確かにアルクェイドは、これまで人の血を吸ったことはない。
 人の血を吸うのが怖い、とも言っていた。
 とはいえ、アルクェイドにも、他の吸血鬼たちと同様に、吸血衝動はある。
 単に、それを力で抑えているだけだ。
 そうだよ。
 冗談で俺の喉に噛みつく真似をしたことがあったけど、その時は――――

「ひゃんっ!」

 不意に、秋葉が甲高い悲鳴を上げた。

                                           《続く》