「兄さんの血の一滴も、全部私のもの。その事を教えこんであげます」

 それが、秋葉の宣戦布告だった。

 頬をなぞる少しだけざらついた感触。
 その正体を志貴は知っている。それでも、不思議と秋葉を払いのけようと言
う気は起きなかった。むしろ秋葉の言葉に正当性を認めそうになる。
 それが志貴の心をアルクェイドに同化させないでいる、最後の不純物。

 秋葉の舌はこれまでに感じた事がないほどに冷たいものだった。
 そんな事を比べる自分の非常識さに呆れながら、志貴はその感触から意識を
逸らそうとする。あの低血圧の吸血鬼に申し訳が立たないくて。
 けれど、ひんやりとした感触は遠慮する事も無く志貴の頬を這い、その背筋
を震わせるだけの刺激となる。

「……っ」

 小さく漏れた声に、秋葉が目を細めた。
 狂おしいほどに高鳴る鼓動は、志貴の聴覚に届くほど。

「痛いんですか、兄さん」

 それは間違い。これしきの傷で声を上げる志貴ではない。
 けれど秋葉は嬉しそうに耳たぶを唇で挟む。その口内の温度すら常人より低
いように思われて、志貴はようやく秋葉の様子が異常であると感じた。

 口を開き、志貴はそれさえも秋葉が許さないのだと知る。
 声帯が震える事すら禁じられて、喉から発せられるのは低いうめき声だけ。
 
「あの二人を呼ばれると困りますから。今は黙って私だけを見て下さい」

 志貴の意図を汲まぬまま、秋葉は兄の胸元に両手を添えた。
 躊躇せずにシャツのボタンを外す指を感じて、志貴は黙って首を振る。弱々
しいその動きに目もくれず、秋葉は剥き出しになった志貴の胸板に頬擦りする。

「兄さんの胸、暖かいですね」

 その声色には紛れもない狂気、冷たく砕けた氷の破片のように志貴の胸を刺
す棘となる。志貴に出来る事といえば、心を蝕む痛みに耐えながら体を犯す秋
葉の行為にただ集中する事のみだった。
 逃げる事は、許されなかった。

 抵抗がない事を肯定と取った秋葉が志貴の体を貪る。指が志貴の胸板を辿り、
豆粒ほどの乳首を抓む。加減を知らないのだろう、強すぎる刺激に志貴の眉が
歪んだ。咽の奥から漏れた声に、秋葉は指先の力を調節する。
 志貴を苛むのではなく、屈服させることが目的だから。この兄が痛みで繋ぎ
止められるはずがないことは秋葉も充分に理解していた。
 
「痛かったら、言って下さい。それくらいの力は残しますから」
「あき、は……こんなこと」
「くだらないおしゃべりでしたら結構です」 

 必死に呼び掛ける志貴の顔を一瞥して、秋葉は再び作業に没頭する。
 丹念に、優しく胸の頂きを舌で転がす。妙に手馴れたその動きは、志貴から
味わった事のない快楽を引き出して行く。次第に脊髄が流れ出してしまいそう
なほどに蕩けていく。
 小さく志貴の背が震えるのを見て取って、秋葉が満足げに笑う。

「気持ち良いんですね、兄さん」

 身動きの取れない志貴からスラックスを引き下ろすと、無地のトランクスを
押し上げる志貴の怒張が目に飛びこんでくる。全身から活力を奪われている志
貴の体の中でそこだけは逆に熱を持ち強張りきっていた。
 
「兄さんがどんな偉そうな事を言ってても、身体は正直ですよね」

 自分が志貴の体力を制御している事を棚に上げ、秋葉は布越しの右手でその
強張りを撫で上げた。

「こんなに立派に……うふふ」

 秋葉の掌が志貴の強張りを撫でた。
 夢にも見た固い感触を手にして満足そうに微笑む。それは志貴の知らない、
淫蕩な秋葉の姿。
 
「これが……兄さんの」

 トランクスから取り出された赤黒い強張りに視点を固定するために、秋葉が
体勢を入れかえた。志貴の胸に腰を下ろして、そのまま股間に顔を近づける。
 ひんやりとした秋葉の素足をはだけられた胸に感じる。

 次の瞬間、なんの躊躇いも無く秋葉が志貴の性器を口に含んだ。
 昂ぶりきっていたそれに比べれば、秋葉の口内はやや温いといった程度。だ
が逆にそれが刺激を鮮明なまま伝える。堪らずに志貴の腰が跳ねた。
 
 滲み出してきた先走りを舐め取りながら、秋葉は一心不乱に志貴の剛直を咥
え込んでいる。しかしその大きさは明らかに秋葉の許容量を凌駕している。
 咽まで飲みこんでも、一握りの肉棒がはみ出してしまうほどの大きさが秋葉
を圧倒する。それでも、そこに嫌悪感などはまったくない。
 それどころか志貴の小さな反応が堪らなく愛しくて、動きを止められない。

 竿の部分を強く握り締め、充血した亀頭を舌で絡め取る。そうして広げた鈴
口を強く吸えば、その分だけ志貴の体が震える。
 低く喘ぐ声は、征服感を与える。長く姿を隠していた兄を思うままに貪ると
いう行為に、秋葉の体の奥に暗く焔が燃え盛った。

「うああっ……」

 志貴の洩らす声は次第に切羽詰ったものになる。血管の滲む分身を握り締め
た右手に力を込めれば、志貴は苦しげに頬を歪める。
 志貴の自制はもう限界に達していた。志貴の脳裏に浮ぶ秋葉は凛としたお嬢
様に他ならなくて、それが今のように情熱的な性技を披露しているともなれば
嫌でも興奮は増して行く。留める事など出来はしなかった。

 そして、胸に押し付けられている、秋葉の腰の感触。
 脇を挟みつけるひんやりとした太股とはまるで違う生き物のように熱を持っ
たその部分は、下着越しでもはっきりと男を誘う。
 志貴の精を求めて喉を鳴らす秋葉が身じろぎする度に、その部分から湿った
感触が裸の胸に伝わって、志貴の理性を侵していく。

 近親相姦。
 それは禁忌であるが故に甘美な誘惑。

「ふふっ……出したいんですね、兄さん」

 最後の一線で踏みとどまる志貴の根元を押さえ、その動きを封じたままで秋
葉が満面の笑みを浮かべる。そうして赤黒く充血した亀頭に冷たい息を吹きか
ける、それは、なんて甘く淫らな刺激だろうか。
 秋葉の唾液で磨きぬかれた肉棒がてらてらと光って秋葉を見返していた。

「でも、こんなに待たせた罰ですから、そう簡単には許しません」

 再び咥えられた志貴の精を秋葉の細い指が押し留める。
 ほんのりと上気した頬から漏れる吐息を志貴に絡めて。
 志貴の感じる快楽は、そのまま苦痛に変わる。身もだえする体を両足で挟み
つけながら秋葉は肉棒に舌を絡めてしごき上げた。

「秋葉、止め……」
「どっちですか? こっちのお口はそうは言ってませんよ?」

 ぱっくりと開いた鈴口を舌で突付きながら秋葉は意地悪な問い掛けをする。
 その言葉の通りに、志貴の肉棒は断末魔の痙攣を思わせる動きを見せていた。

「うわっ……!」

 秋葉が舌をねじ込む。悲鳴にも似た声を上げて志貴が背を仰け反らせ、後頭
部を地面に叩きつけた。そうして狂ったように首を振る。

「駄目だ、もう、本当に、駄目だっ、頼むからっ!」
「頼む?」

 心外な、といった風に目を見開いて秋葉が口を離す。
 
「言葉遣いには気を付けてください、兄さん。お願いします、でしょう?」
「ううっっ! お願い、おねがいしますっ、……秋葉っ!」

 途端に秋葉が不機嫌そうな表情で志貴の肉棒を強く握り締めた。
 激痛に絶叫する志貴を冷やかに振りかえる。
 
「呼び捨てとは、まだ立場がわかってないみたいですね、兄さん」

 そのまま僅かに力を緩めては握り締める動作を繰り返す。
 既に志貴の肉棒に絡む液体は秋葉の唾液とも、志貴の先走りともつかない。
 それは志貴の肉体が秋葉に屈したようにも見うけられた。

「あ……」
「あ?」
「あきは、さま……秋葉様っ!」

 自らの言葉の響きに、不意に脳裏に双子の姉妹の像が浮んだ。
 もしかしてあの二人にもこうやって服従を誓わせたのだろうかと言う疑念が
志貴の興奮をさらにたしかなものとした。

「よく出来ました。ご褒美をあげます……ほら!」

 秋葉が長らく握り締めていた手綱を解放する。
 同時に志貴の精を逃さないように先端をしっかりと口に含む。
 けれど、志貴が放った精は秋葉の想像を上回り、彼女の口内を犯し尽くして
その端から泡を交えて漏れていく。
 喉に当たる粘ついた感触に、むせかえりそうになりながらも嚥下する。

「美味しいです……兄さんの精液」

 それはなんの偽りもない秋葉の真実。
 目は見えなくても、喉を鳴らす音が秋葉の行為を伝えてくる。
 そして、言葉が最終兵器となって志貴の理性を蕩かした。

 血が滾る。
 一時は秋葉を払いのけることも考えていたはずの最後の活力が、すべて性行
為に消費されそうな勢いで自身の分身へと流れ込んでいく。
 その気になった志貴を見て取って、秋葉が顔を輝かせる。

「今度は私も、いいでしょう?」

 秋葉が立ちあがる。そう、志貴には彼女を跳ね飛ばして逃げるという選択肢
もあったのだ。志貴の体の活力の全てが秋葉に支えられているものではない以
上、それくらいの事はいつでも出来る。
 けれどその手段を体が捨てたのは。

「はい、秋葉様のお好きなように……」

 秋葉が望む事なら、それも仕方ないと思ってしまったからか。

「兄さん、実は私ずっとこうしたいと思っていたんですよ?」

 そう囁きかける声がこれまでにないほどに志貴を惹きつけたからか。
 いずれにせよ、志貴は逃げなかった。
 
 それはある意味で姫君への裏切りでもある。けれど目覚めの時に側に居てや
れれば、それだけで姫君は全てを許すだろう。甘えでも何でもなく、志貴はそ
の事を知っていた。
 そして、その事さえ今の志貴にはどうでもいい事だったのだ。

「俺は、秋葉様がそんな風に思っていたなんて、全然気付かなかった、です」
「……そうでしょうね。でも、これでわかっていただけると……っ」

 溜息を吐くように志貴がこぼした言葉に、僅かに寂しげな表情を浮かべなが
ら、秋葉は下着を足元に投げ捨てる。月明かりの下、青白い絹が草地に映える。
 意を決して志貴の怒張を既に充分に濡れている自分の秘裂にあてがった。

「わかりますか? 兄さんのを舐めているだけでこんなになっているんですよ。
こんなにはしたない女だったなんて、知らなかったでしょう?」

 自嘲するように、秋葉が腰を落とした。
 低い呻き声。それは秋葉のものだったか、それとも志貴のものだったか。

「でもこれで、兄さんは私の物ですっ!」

 けれど、その意味する所は同じ。秋葉は痛みの中に満ちる満足感に。志貴は
ねっとりと絡みつく襞の感触にそれぞれ感嘆の息を洩らしていた。
 充分に潤っていたはずの秋葉の蜜壷が限界までこじ開けられる。そして締め
上げられる肉棒は、志貴から声を絞り出させた。
 
「いきます、よ……兄さん」

 そっと秋葉が腰を揺する。その度に秋葉の膣は志貴の精液を搾り取らんばか
りに蠕動しながらその怒張を締めつける。アルクェイドにも劣らない秋葉のそ
れは、志貴の理性を失わせるには充分なもの。

 そこにいるのは全ての倫理観から解き放れた二匹の獣だけ。

「兄さん……っ!」

 感極まった秋葉が、その鋭い牙を志貴の首筋に吐き立てる。それすらも股間
から立ち上る快感のスパイスにして、志貴は秋葉を強く抱きしめた。
 息苦しさに喘ぎながら、秋葉が志貴を貪る。

「やだ、すごくきつ、い……でも、美味しいです、兄さんの、コレっ」

 息を吐きながら秋葉がうっそりと微笑む。小さな唇から覗く真紅の唇が艶か
しく二つの穴があいた志貴の首筋をなぞる。そうして、秋葉は股間に埋められ
た志貴の剛直を感じながら桃源郷を彷徨う。
 それはこれまで求めても得られなかった感触。もう他には何も要らない。口
の中に溢れる甘美な血潮の味わいと、秘所を満たすそれさえあれば。

 本当は止めるべきだった。志貴の体は既に志貴だけのものではない。まして
血液に至ってはアルクェイドがどんな思いで吸血衝動を押さえこんでいたかと
言うことを考えると、秋葉に委ねて良いはずが無かった。
 それでも。
 秋葉に口付けられた首筋から流れこむ刺激はたまらなく心地よくて。
 志貴は黙って秋葉の成すがままに地面に横たわっていた。

「ほら、兄さんも気持ち良いんでしょう?」

 秋葉が腰をくねらす度に、志貴が身じろぎする。
 処女とは思えぬ腰使いを見せる秋葉は、、確かに天性の素質を備えていたか
もしれない。 
 秋葉は零れる志貴の血潮を一滴たりとも逃さぬように舐め取りながら、さら
に激しく志貴の剛直を攻め立てる。上と下から吸い出されそうな感覚に、志貴
が弱々しく体を痙攣させる。

「ずっとこうしていて上げます。翡翠と琥珀にもたまには分けてあげましょう。
ですから、二度とこの館から離れないでください」
「秋葉様……ううっ」

 既に体力は尽きかけて、さらに血液を大量に消費しつつある志貴は棺桶に半
分足を突っ込んだような有様でただ機械的に腰を突き上げる。
 誰も迎え入れた事のない秋葉の膣内はその襞で志貴をきつく絡め取って離さ
ない。その中を捏ねるように動くと、秋葉が歓喜の声を上げる。

「素敵、ですっ、兄さん」

 きつい締め付けに耐えていた志貴の方にも二度目の限界が訪れる。
 膣内での射精は、志貴の理性が必死に留める。何度となく打ち負かされた理
性でも、それだけは譲れぬとばかりに志貴の頭を冷やしてくれる。

「出る、秋葉っ、抜かないと……」
「駄目です、このままっ!」

 思わず呼び捨てにした志貴を咎める事もなく、そして懇願も跳ね除けて、秋
葉はその胸にしっかりと抱きついた。
 腰をしっかりと志貴に密着させ、その精を絞り上げる。
 志貴の心臓が跳ねた、秋葉が志貴にきつく抱きついて来た。乱れ掛けた着衣
越しに感じるささやかな膨らみ。
 それが、最後の瞬間を彩る感触となった。

「あ、あああ、ああっ、もうっ!」
「兄さんの気持ち良い顔、もっと見せて下さい」

 指が志貴の頬をなぞる。
 秋葉が志貴の包帯に指をかけた。
 それは、最後の瞬間には見つめ合っていたいと願った乙女心から。
 どんなに変わり果てていても、秋葉には志貴がわかる。それでもこの両眼を
覆う包帯は邪魔者以上の何者でもなかった。 

 血潮の溢れる首筋から口を離して、秋葉の指が包帯を引き剥がした。
 露わになった志貴の蒼い瞳に映る、対照的とも言える緋色の輝き。
 その瞬間、志貴の意識が昇華する。

「駄目、だっ……秋葉っ」
「兄さん、来てくださいっ!」

 冷酷な、殺人貴へと。

                                          《続く》