(7)

「続けてよ。いいところなんだから」

不満そうな表情で志貴はそう言った。
そこには一片の悪意も計算もない。純粋に、ただ、そうしてもらいたからそう言っただけなのだろう。二人の女性の思惑などまるで気にせずに。

その素直な答えに、秋葉は奥歯を砕かんばかりに噛み締める。
(……何でよ。何で「兄さん」がこんなことを言うのよ)
そう思うと涙腺に熱いものがこみ上げてしまう。だが、今は両手に縛めをうけている身。不覚にも涙を落せば志貴にもアルクェイドにも気づかれてしまう。
この二人に、こんなことで泣いた顔を見せるのは彼女のプライドが許さなかった。

「……妹……」

小声で白い女が気遣うような声をかけくる。
(あなたが、バケモノのあなたに気遣ってもらっても嬉しくもなんともないわよ! ……何で、バケモノが気づいて「この人」は気づかないの? 赤の他人のバケモノですら私を気遣ってくれるというのに、私を守ると誓った人が何で私を嬲るのよ!)
落胆と哀しみに火がついた。
怒りの炎によって。
その火に志貴が油を注ぐ。

「もう少しなんだ。秋葉、続けてよ」

彼はまるでわかってない。いや、そのことを秋葉は責めているわけではない。
「わからない」のは許せる。許せないのは「わかろうとしない」ことだ。

(兄さんなのに、私の「兄さん」なのに、何でわかってくれないのよ!)

それは手前勝手な甘えである。
ある意味志貴の秋葉に対する甘えと同根のものだ。彼も秋葉は自分の望むことをしてくれると思っているから、好き勝手なことを言っているようである。
我と我がぶつかれば、我を抑えている方が鬱積してくるのは当然だ。

ただ、我をぶつけ合うならそれほど問題はない。両者の立場は対等であるのだから。
しかし、秋葉と志貴は対等ではなかった。
彼女は、志貴に「命」を与え続けているのだ。自分の体調を壊してまで。
もっとも、自分が八年間もそんなことをし続けているなど、彼女はまるで知らなかった。

わかってしまったのは一月ほど前。
瀕死の志貴をシエルが屋敷に運び込んできた時。
シエルの『あなたなら、遠野くんを助けられるはずなんです!!』という言葉は、正直言って信じられなかった。秋葉は自分の力が相手の熱を奪い取る「略奪」だけだと信じ込んでいたからだ。
駄目元でシエルの言う通りにしてみたら、衰弱死寸前の志貴は回復した。全てはシエルの推測通り。

そのときの秋葉の嬉しさと誇らしさはいかばかりであっただろうか?
他者から「奪う」ことしかできない自分を恥じ、嫌悪すらしていた彼女が、「与える」ことができると知ったのだ。
自分の不調が志貴を助け続けた結果だと知ったら、あれほど苦痛だった毎夜の発作もまるで気にならなくなった。「この痛みで、兄さんを助けている」そう思うと嬉しくて涙すら流した。

だが──。

物事には常に表もあれば裏もある。
知らないことを知ることで、プラスが生れると同時にマイナスも生れてしまう。
志貴に捨身の献身をする喜びがプラスとすれば……マイナスは、まさにその背にあった。

『私が、私がこんなに頑張っているのに、何で兄さんは優しくしてくれないの?』

それまでの秋葉なら考えもしなかったことだ。
優しくされたいと思ったことは当然ある。それでも自分を守ったことで志貴が死んでしまったという事実が重くのしかかり、自らの我を封じていたのだ。

『私は、返しきれないものを受け取った。これ以上、何も望む資格は無いんだ』

自責の念が彼女をがんじがらめに縛っていたのである。
だから、八年間、志貴に放っておかれても耐えられた。望むのは過ぎたることだと自分を戒めてきたから。

しかし、吸血鬼事件で秋葉は志貴の命を救ってしまったのである。
そして、八年前も彼の命を守り続けていたことを知ってしまった。
借りはあっても、返したことを、いや、すでに債務超過であることを知ってしまったのである。
秋葉の志貴に対する引け目がなくなってしまったのだ。
引け目があるからこそ、ずっと我慢に我慢を重ねてこれたというのに。

そして、志貴が選んだ人がアルクェイドであったことも、事態をさらに悪化させていた。魔物の血を持つ自分を志貴は嫌うはずだという思い込みで秋葉は、恋心を隠してきたのである。
だが、志貴はアルクェイドを選んだ。魔王であるアルクェイドを。なら、秋葉を拒むいわれはない。
そう、彼女が考えるようになったのも無理ないであろう。

こうして、秋葉は自分でも気づかぬうちに、この一月の間に大きく変わってしまったのだ。
一方的に与えるだけの忍従から、対等のギブ・アンド・テイクを無意識に求めるように。
ただ、秋葉自身ですらまだ気づいてないことを人一倍鈍感な志貴が気づくわけがない。

志貴は見えなくても良い「線」が見えるようになった代わりに、見えていた心の機微が見えなくなってしまっていた。彼の目に移る事実は、有機物も無機物も同じ、いずれ壊れるだけの物体ばかり。
狂った視点は知らず知らずのうちに彼を狂わした。狂った視点には物事の道理がまるで見えない。その結果、志貴はいつも口癖を呟くこととなる。

「わからない」と──。

もし、彼が秋葉の変化に気づいたところで、それは彼に取って多くのことと同じ「わからない」ことだ。
志貴は、わからないことをわかろうとはしない。放っておけばいずれは壊れてしまうのだ。わかる必要などないだろう。
現に今までもわからないままにして不都合があったことなど一度もない。

そして、彼はいつものように深く考えずに秋葉の頭に手を置いた。
舐めろという意思表示か?
少なくとも秋葉はそう思ったらしい。悔しそうな顔をしつつ、彼女は口淫を再開した。

舐められている志貴は、秋葉の舌の動きをじっと見ている。
舌が這う感覚にたしかに快感を得ているようだが、どうにも何か足りなくてイケないようだ。
そんな時、秋葉の舌は志貴の鈴口へと移動した。
息継ぎのために口を開いた彼女の動きを見た瞬間、志貴は秋葉の頭に乗せた手に力を入れ、思い切り自分に向け引いた。

今までの舌の断続的な温もりとは違う陰茎全体を包む暖かさに志貴はいたく満足しているようだ。
口内の暖かさと粘膜はある意味、膣内と似ているものの、その感触はまるで違う。
触覚での刺激こそ膣に劣るものの、視覚による刺激はそれ以上に思えたのだろう。何しろ、彼の視線の先には苦しげな顔をした秋葉の顔があるのだ。
性交とは違う支配欲を得られるのだろう。
一方、秋葉は苦しげな顔をしているが、特に抵抗はせず、志貴の為すがままに彼自身を含んでいた。
そう、含んだままだ。
それを志貴はやりかたがわからないと思ったのか、自らの手で秋葉の頭をスライドさせることで新たなる快感を得ようとした。

志貴は絶頂が近いのか、スライドのテンポはどんどん早くなっていく。喉に当たることで時折えづく秋葉の声も、彼に取っては快感なの一つなのかもしれない。
まるで自慰をしているかのように、秋葉の頭をスライドさせるスピードを微妙に変えて射精のタイミングを図っているようだ。

そして、秋葉の頭を思い切り引き寄せた瞬間、彼は射精を開始した。
喉に叩き付けられる大量の精に、たまらず秋葉はいやいやをするように大きく頭を振るものの、彼女の頭は志貴の両手でがっちり押さえつけられて、逃れることはできない。
秋葉に出来たことは、射精が終るまで、ただ小刻みに体を震わせることだけだった。

「うぅっ。ぐふっ」

口を塞いでいた肉の塊が抜かれ、やっと解放された秋葉は、口中に溜まった志貴の精を急いで吐き出した。
やっと異物が除かれた口。まともに空気が入ってくると、今までは苦しくてほとんど気づかなかった精の味が舌を襲う。
その苦みと後味の悪さにさらにえづいてしまい、精を全部吐きおわった後も苦しげに唾を吐き続けた。

さすがにその苦しげな様子には思うところがあるのか、志貴は彼女の背中を摩って介抱をしている。
そこまでは良かった。そこまでなら。

「何だ、飲んでくれなかったのか……」

そう素直な感想を彼は漏らしてしまった。
その言葉を聞いた途端、秋葉は体を振るって志貴の手を振り解いた。そして、弱々しい声ながらも鋭い目つきで言った。

「ええ、そうですね。私も失敗したと思っています」

その後に『出された瞬間すぐに飲み込んでいれば、味も臭いも感じずに済みましたから』と続くことを志貴は知らない。
彼は秋葉の言葉を額面通り受け取り上機嫌に言った。

「最初は仕方が無いよ。次からは飲んでくれればいいから」

志貴の言葉に秋葉の視線はますます強ばって行くものの、彼はまるで気づかない。一方、気づいてしまったアルクェイドは部屋の隅で、近寄ることもできずに、ただガタガタと体を震わせている。
単なる殺し合いなら慣れっこの彼女でも、この種の修羅場は初めてだ。何をどうしていいのかまるでわからない。それでも目は兄妹から離せないでいるのだが。

そんな空気の中、志貴は何気ない口調で言った。

「そうだ、秋葉。大きくしてくれるか?」
「まだ……なされるのですか」
「ああ、まだ秋葉を愛せるぞ」

にこりと無邪気に笑う志貴に、部屋の隅にいるアルクェイドはぶんぶんと首を振って「違う、違う」と合図をしている。
だが、彼はまるで気づかず剣呑とした表情のまま転がっている秋葉を再び起き上がらせた。

「あ、ちょっと待て」

何を思ったのか、ふいに志貴は自分自身を数回しごく。
さきほど射精したばかりなのに、と不思議そうにそれを見つめていた秋葉の顔に、志貴はこみ上げてきた残り汁を飛ばす。元々量が多い彼らしく、それは普通の男性の射精量を遥かに越えていた。

「……」

顔や髪、胸元……上半身全体に粘りつく液体を強い雨のように叩き付けられた秋葉はその行為の意味がわからず、ただ、だんだんと力を失って行く陰茎を黙って見ていた。
もっとも、顔を汚されることは女として知識以前の感情として面白くはない。自然と表情は強ばってしまう。

片や志貴とても、やったは良いものの想像よりは面白くなかったようだ。
床に転がっていた秋葉の服の残骸からハンカチを取り出すと、彼女の顔を気持ちばかり拭った。
それくらいのことでは、秋葉の機嫌はまるで治らなかったが、志貴はそもそも彼女が機嫌を損ねているとは夢にも思っていないのでたいして意味はない。
だから、引き続きリクエストをした。

「じゃあ、頼むよ。秋葉」

膝だけを使って秋葉は志貴ににじり寄る。足首は縛られているし、パンティは太股の途中に下ろされたままなので、ほとんど足を動かすことができないのだ。
無表情のまま、力を失っている彼の汚れた陰茎を再び口に含む。
彼女の口中体温と、さきほどよりは要領を得た舌づかいに、すでに二度の射精を終えているはずのそれは、いきり立った。咥えている秋葉も驚いてしまうほどに。
これでは、たしかにアルクェイドが身が持たないというのは当然だろう。秋葉とて、体力的にはすでに辛くなっていた。それが全く気にならないのは、胸の奥でふつふつと沸き立っている怒りの炎のおかげである。

いつも息も絶え絶えのアルクェイドを見慣れている志貴は、秋葉の耐久力に感心しているようだ。
もしかすると、彼はそれがアルクェイドと秋葉の「愛情の差」とでも思っているのかもしれない。
その勘違いが、彼の要求をますますエスカレートさせてしまうことになるのだが……。

(To Be Continued....)