(5)
彼女のあまりに捨て鉢な言葉に一番驚いたのは傍観者に過ぎないアルクェイドである。
「なっ。妹、ちょっと待ちなさいよ!?
大丈夫な日だよね。そうだよね」
「そんな、の。どう…でも、いいじゃ…な……くぅっ!」
答える間にも志貴のピッチはどんどん早くなって行く。それが射精が近いという合図であることをアルクェイドは経験上知っていた。
もう、時間が無い。
なおも何かを言おうと秋葉の顔を覗き込んだアルクェイドは秋葉の変化に気づき、言葉を詰まらせる。
「えっ? えっ? 妹、あなた、まさか──」
瞳の青が淡い。いつもは深海のような暗い青だが、今の青は浅いの海の色。
淡い緑の瞳の奥底には暗い翳があった。だが、それは憎しみでなければ敵意でもない。
アルクェイドは秋葉が何を考えているのかわからない。わかるのは鳥肌を立てさせるほどの力の波動が彼女から吹き出していることである。
敵意どころか戦意の欠片もないのに、強大な力の一部が流出しているのだ。
よく見れば、顔にかかる漆黒の髪の一部が赤銅色になっている。さらに、赤銅はどんどん赤味を増していた。紅の色へと。
意志によらない魔性への変化。
何に気づいたのか、アルクェイドは頭を振って、視線を窓へと移す。
端切れのような雲を纏う、真っ白な月が不気味に輝いている。
月は、満ちていた。
「やっぱり!?」
闇を統べる女王が本領を発揮し、その眷族に力を与えている。
望むと望まずに関わらず。
現に月の加護を最も受けるアルクェイドの体にも力が漲っていた。
秋葉とアルクェイドの力の活性化。
それだけでは特に何も問題がないはずだ。二人とも見境無く獲物を襲う性向はない。いや、彼女たちはそれを最も嫌い、想像を絶する自制をしているのだから。
問題があるとすれば……。
「ありゃ、志貴の箍が外れちゃったか……」
アルクェイドは荒い息をつきながら、白い尻に向けて一心不乱に腰を打ちつけている男を見る。
彼の目は光っていた。清らかな狂った青で。
「やっぱり、あの時の悪寒は気のせいじゃなかったわけね」
志貴が秋葉を犯す直前、アルクェイドの気勢を削いだのはまさにその目だった。殺人機械として作られた彼女は、もう一つの殺人機械の発動を無意識に感じ取っていたようだ。
「あいつ。また、あの顔をしてる」
呻くようにアルクェイドはそんな言葉を吐く。
彼女は志貴のその目が嫌いだった。
教会の者に時折見かける目だ。
浄眼。魔を払う者が持つ目。狩人の目。
奴らは狩るためだけに殺す。
どんな大義名分をつけたところで、その目を見ればわかる。
奴らは──楽しんでいた。殺すことを。奪うことを。
獲物を味わう狩人の目は炯炯と青く輝く。
秋葉という牲を得て──無慈悲で傲慢な狩人の目が、光っている。
秋葉とアルクェイド。月により二人の魔物の血が活性化したことに反応し、志貴の中の退魔の血が、あの凶暴さが目覚めたのか?
概ねにおいて、彼は善人である。
だが、時折、魔に対して非道なまでの残虐性を現す。
魔を退けるのでもなければ倒すのでもない。そんな奇麗事では断じてない。すでに息絶えた敵の体を、愉悦に射精しながら分解していく……嬲り殺しだ。
常識から考えれば彼は三流だろう。殺しの玄人が、仕事の最中に血に泥酔するのだから。
だが、それゆえに彼は最強の狩人なのだ。
血を吸う鬼は狂っている。血の味を覚えたものは、遅かれ早かれ狂死に至る。
狂った敵と戦うには、相手と同じ境地に立つのが一番。
目には目を歯には歯を。
狂える吸血鬼には、狂える殺人鬼を。
「いつ見ても、ゾッとしないわね」
アルクェイドは目を眇めて嘆息した。
何しろ、彼女は志貴に十七分割にされるという陵辱を受けている。
彼の浄眼が最大限に発揮されたところを見ているのだ。
その目が未だに忘れられない。
志貴が彼女を抱くとき、時折あの冷え冷えとした青い目が現れる。忘れようにも忘れられるわけがない。
あの青い目で見据えられると、最強のアルクェイドをして蛇に睨まれた蛙にしてしまう。彼女には自覚は無いが、十七分割された経験はトラウマになってしまっているようだ。
「アレさえなければ、いい奴なんだけどなぁ」
そのいい奴は、さらなる快感を追い求めるべく、秋葉への突きを激しくする。早く快感を求めたい、いや、少しでも長続きさせたいという相克の中を、ただ獣のように腰を動かしていた。
それでも、最大の快楽である分解を始めようとはしていない。手近に刃物が無いからなのか、これでも自制しているかは、アルクェイドにもわからないが、とりあえずは秋葉も自分も安全であるように見えた。
もっとも、苦しげなくぐもった悲鳴が漏らし続けている秋葉にとっては、そんなことなど、何のなぐさめにもならないだろうが。
「わたしも、あんな顔してるのかな?
──ううん、違うか」
白い女は複雑な顔をしつつぼそりと独白した。
最初の頃は、事が終わった後に鏡を見ると、涙でぐしゃぐしゃになった酷い顔が浮かんでいたものだ。
──だが、秋葉を見れば見るほど自分とはどこか違うように感じられる。
たしかに、彼女は苦しそうだ。しかし、それは責めによる苦痛とはどこか違うように思えた。
それが何かは彼女にはわからない。わからないが、アルクェイドは秋葉がひどく哀しそうに見えた。その哀しみで今にも壊れそうなくらい。
彼女の顔を見ていると、胸がきりりと痛んだ。
自分は何かとんでもない騒動をこの兄妹に持ち込んでしまったのではなかろうか?
そう思えて仕方がない。
アルクェイドは秋葉に近づくと、屈んでその耳元で囁いた。
「妹。そんなに嫌なら志貴を止めるよ」
その言葉に嘘はない。
たしかに志貴は恐ろしいが、今の彼は性交中で隙だらけだ。何より刃物を持ってない。無手の志貴の戦力などゼロに等しい。
「もう…遅い…わ…よ」
秋葉の言葉がアルクェイドの胸に刺さる。
怒ってくれれば、罵倒してくれれば、ある意味アルクェイドは楽だったろう。だが返ってきたのは、事実だけを述べたであろう透徹した言葉。
「遅いって……」
見えない刃に刺されてずきずきと痛む胸を自然と押えつつ、彼女は問う。
「…この…まま、この人の好き…にさせる。そう…すれ…ば、わかる、かも…しれない」
この人。
秋葉は『兄さん』ではなく『この人』と呼んだ。
しかも僅かだが笑みを浮かべていた。
なぜだろう?
なぜ、泣くのでも喜ぶでもなく笑っているのだろう?
アルクェイドにはまるでわからない。
好きな人に抱かれて喜ぶのならわかる。
無理矢理犯されているのだから、怒っていても当然だ。
優しくされなくて哀しいかもしれない。
あるいは、気持ち良いから楽しいというのもあるだろう。
しかし、秋葉はそのどれでもない。笑っているのだ。
彼女には、今、この状況で笑える秋葉の心理が想像出来ない。
ただ、その笑いは良くない結果を招くであろうことだけはわかる。
「志貴!」
鋭く、彼に向かって注意を促すものの、今まさに射精せんとラストスパートをかけている志貴の耳に届くわけがない。彼の神経は、今、秋葉の中をスライドしている己自身に集中しているのだ。
「あ…きっ…は。い…くっ!」
叫ぶと、外れる寸前まで引いてから、彼は渾身の力を込めて最後の杭打ちを秋葉の子宮口に向けて行った。彼女を潰さんばかりの勢いで。
「ぐぅっっ」
秋葉が一声呻くと共に、志貴の動きが止る。
一分にも満たない静止。
その後、志貴は崩れるように秋葉の丸まった背中に向けて倒れ込む。
秋葉の両手は後ろ手に縛っているため、それが邪魔になって、背中に体重を預けることができないのが志貴には少し不満そうだ。その代わりというわけでも無いのだろうが、無意識に腰を動かした。それにより、残り汁を出し終え、力を失った志貴の陰茎が秋葉の膣圧に押されてずるりと出てくる。
さすがに疲れたのか、志貴は秋葉から離れ、床に座り込み胡座をかいた。
そして、ぼうっとした顔で真っ直ぐ前を見ている。
アルクェイドはその視線を追う。そこにあるのは高くあげられたままの秋葉の尻。その陰からは、破瓜の血が混じった粘度の高い彼の精が次から次へと溢れてきて、ぽたり、ぽたりとロビーの床に落ち、粘度の濃い水溜まりを作っていた。
その光景に痛々しさを感じたアルクェイドは眉を顰める。しかし、志貴はそれ以外のものも感じたのか、だらりとしていた彼自身がみるみる力を取り戻していった。
彼は、立ち上がると、壁の方へ、秋葉の正面の方へとゆっくりと歩いていく。
顔を伏せている秋葉を見下ろしながら、柔らかい調子で彼女に尋ねた。
「秋葉、口で愛してくれるか?」
(To Be Continued....)
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