エピローグ シエルが日本にやってきたのは、吸血鬼ネロ、そして怨敵ロアの起こした事件が終わってから一ヶ月後のことだ。 「はぁ……。また同じ所で吸血鬼事件ですか。これじゃ、事情をよく知らない人が見たら、わたしの手落ちにしか見えませんよねえ。まったく、急いで戻って来いって命令を出したのはヴァチカンだっていうのに」 空港から移動するタクシーの中でぶつぶつ言いながらシエルは携帯端末を操り、駐日大使のパオリ大司教からの抗議メールを読んでいた。 先進国で埋葬機関の機関員が「仕事」をする時は、警察・軍隊への対応、報道機関への情報規制のため、その国の政府の協力を仰ぐ。 おまけに吸血鬼共は、学はあっても頭が弱いのかやたらに目立つことをしまくる。その隠蔽工作まで機関員がやることは物理的に不可能だ。例えば、前回の事件において、吸血鬼たちはホテルの客の大量虐殺をしたし、戦闘中、学校を半壊させてしまった。 ネロとロアが起こした事件は解決した──という成果と引換えにヴァチカンは日本政府に隠蔽工作などの後始末を依頼し、それは為された。 『現代の神隠し!』 参考資料にと買ったスポーツ紙や週刊誌には彼女の能力とヴァチカンの権威を疑わせる文字が踊り狂っていた。 吸血鬼も死者も全て狩ったと報告してある。吸血鬼の被害者が吸血鬼化するのには長い時間かかるということもあり、一ヶ月も経たないうちに同じ場所で事件が再発しては、狩り残しと見るのが当然だろう。 はぁっと深い溜息をつくと、疲れた口調で独白する。 「仕方がない。前回の関係者から洗ってみますか」 そう言うと、運転手に行先の変更を頼んだ。 *********************************** タクシーはとある高級マンションの前に止る。 「お邪魔します。アルクェイド、いますね」 バンダナを姉さん被りにしたアルクェイドは、幼女に何事か指示をしている。 「引越し……ですか?」 こう見えてもこの女は城持ちのお姫様である。 「城に帰るって、あなた遠野くんとつきあってたんじゃないんですか?」 ずいぶん、あっさりしているな。と、シエルは思った。 「まあ、それは良いんですけどね。これについて何か知りません?」 スポーツ紙の見出しを見せながらシエルは問うた。 「ここしばらく、あちこちを見物してたから、この情報はちょっとわかんないな。あんまりニュースとか見なかったし」 事件自体は一週間ほど前から報道されているはずだ。アルクェイドが何日家を留守にしていたかは知らないが、今日だってワイドショーのネタとして取り上げられている。目にする機会が無いとは思えないが──。 「わかりました。お忙しいところ、すみませんでした」 ぺこりと頭を下げてシエルはアルクェイドの部屋を辞去した。 「引越し……ですか?」 秋葉は琥珀に指示をしてダンボールに荷物をつめさせている。ついさっき見た光景とまるで同じだ。もっとも、こちらでは琥珀ばかりが独楽鼠のように動き回る反面、秋葉の方は全く動いてなく、リストを見ながらお茶を啜っていたりするのだが。 「今日訪ねたのは、この事件を知らないかなって……」 先程と同じように新聞を秋葉と琥珀に見せる。 「琥珀、知っている?」 前回の事件の時、シエルはこの家を入念に調べた。地下室に幽閉されていたシキことロア亡き今、吸血鬼候補となる者はいないはず……目の前にいる秋葉を除いては。 「秋葉さん、ずいぶんおかげんが良さそうですね」 その言葉の意味を計り兼ねたのか一瞬声を詰まらせたものの、すぐにその意味を理解したのかくすりと軽く笑った。 「血は吸ってませんよ」 シエルは目を細めてその言葉の意味を考えていた。 「そういえば、遠野くんはどこにおられます?
彼にも少し話を聞いてみたいのですが?」 納得行かないという顔をしているシエルに秋葉はさらりと言った。 「だって、彼は私の『兄さん』じゃないから──」 *********************************** 結局、アルクェイドも秋葉も何も知らないようであった。 さて、これからどうしようかと考えていると、門まで送ってくれた割烹着姿の女中がふいに声をかけてきた。 「捜査の世界では、現場百回っていいますよね。どうです、現場を探って見れば? 何か面白いものが見れるかもしれませんよ」 琥珀は、妙に訳知り顔で助言をしてきた。 「面白いもの? ──何か、心当たりがあるのですか?」 あっけらかんと琥珀は言う。 「相手は誰だったんですか?」 シエルは高校で彼と親しかった者の顔を思い浮かべて見た。 「声の主は男の人ですか?」 あははーと芝居臭い笑い声をあげつつ琥珀は言うだけ言うと、門を閉めてさっさと玄関の方に向かって歩いていってしまった。 「ちょ、ちょっと待ってください。もっと話を!」 シエルの声を無視して、琥珀はどんどん歩いて行く。仕方が無いとばかりにシエルは黙々と庭掃除をしているメイドに声をかけた。 「すみません。あなた──」 じっとシエルを見つめるメイドの眉は逆八の字になっている。露骨に嫌悪感を表しているようだ。 「──すみません。思い出したくもありません」 こちらも言うだけ言って、掃除に戻ってしまった。 「ちょっと、ちょっと待ってください!」 叫んでもまるで聞き耳を持たない。 外はもう暗い。琥珀の台詞ではないが、現場を調査するには良い機会だ。運良く『死者』の一体でも捕らえることができれば、その脳の最後の記憶を呼び出して、敵の顔くらいは知ることができるだろう。 (To Be Continued....) |