それは受け取れません
「それは受け取れません」 シオンはすみれ色の瞳で志貴を見据えたまま、きっぱりと言い切った。 その言葉に戸惑う志貴。 なぜ、きっぱりと、はっきりと、そしてすっぱりと断られるのか、まったくわからなかった。 志貴が差し出したのキャンディとクッキーとマシュマロ。包装された小さくて可愛らしいお菓子たち。 場所はシオンの部屋の前。かるくノックして、出てきたシオンにそれらを差し出した時、そう言われたのだ。 これでも、志貴は色々と悩んだのだ。 ヴァレンタイン・デーのお返しはなにがいいのか。 気に入って貰えるだろうか? 喜んで貰えるだろうか? しかし自分の経済状況では3倍返しなんかとてもとても。しかもアルクェイドのみならず、シエルに秋葉、翡翠、琥珀、朱鷺恵、一子そしてシオンとなると――志貴は破産するしかない。 なぜヴァレンタイン・デーのお返しで破産しなければならないのだろう、とふと首を傾げることもあるが。 やはり男の甲斐性というか見栄というか――あるいはほんのちっぽけでなけなしの誇りなのかもしれない。 なにもできないからこそ、せめてお返しぐらいきちんと、と志貴は考えた。 嗚呼、でもかえせるのは――このお菓子たちぐらい。 思わず志貴は天を仰いで愚痴りたくもなる。 ――――いったい、なにがわるかったんだろう、と。 まぁ嘆いても何も始まらず、昼食費をうかせてかえたのは、これらだった。 もちろん量販店で買ったものではない。 当然1袋で100円という安物などではない。 きちんとホワイト・デー・コーナーにあった、由緒正しき逸品である。 なぜホワイト・デーのお返しに、クッキーやキャンディやマシュマロがあるのだろうか? やはり製菓会社の陰謀なのか? とつっこみたくなるけども、予算限界で買えたのはこれらだった。 それに志貴にはお返しとして渡すモノは、マシュマロなのか、それともクッキーなのか、はたまたキャンディなのか、まったくわからなかった。 それぞれ意味があるらしいのだけど、こういうことに疎く、常々愚鈍だの唐変木だのと呼ばれる志貴にはそれらの意味がさっぱりわからない。 だから全部買い込んで、全員に配ることにした。 志貴にかなり痛い――某ゲーム風にいえば痛恨の一撃――出費だったが、アルクェイドも、シエル先輩も、秋葉も、翡翠も、琥珀さんも、一子さんも、朱鷺恵さんも――ヴァレンタイン・デーもホワイト・デーも知らなかったレンにももちろんお裾分けした――、みんなみんな喜んでくれた。 そして最後にシオンに渡そうとした時に、こうきっぱりとすっぱりと言い切られたのだ。 「それは受け取れません」 …………。 …………。 …………。 …………わからない。 なぜ受け取って貰えないのか、拒絶されてしまうのか、志貴にはさっぱりわからなかった。 「……もしかして」 思いついたことを恐る恐る口にしてみた。 「――お菓子とか甘いものは嫌いだとか……?」 しかしシオンははきはきと気持ちいいほどはっきりとしゃべった。 「いいえ、そういう甘味はわたしの好むところですよ、志貴。好物といっても問題がないでしょうね」 「じゃあなんで――」 「それが、お返し、だからですよ」 …………。 …………。 …………。 …………わからない。 シオンのいっていることがわからない。 それどもシオンの言葉は続いた。 「だいたい志貴は不潔です」 ――――――――――――――――――――――不潔って……? 思わず目が点になりそう。 「日本の習慣ではヴァレンタイン・デーというのがあります。それは本来ならば愛しい人へチョコとともに愛の言葉をプレゼントするものでした。しかし今現在においては親しき異性――この場合は女性から男性ですけど――へとチョコレートをプレゼントする風習となりました」 いったん言葉を切る。その言葉が志貴の頭に染みこむのをまってから、続ける。 「しかしホワイト・デーは本来そうしてプレゼントした女性へただ義務的に返す日ではなく、プレゼントされた女性の中から本当に愛しい人を選択し、その人へときちんとお返しをする日なのです。というよりそうすべきなのです」 興奮してきたのかシオンの目がつり上がってきた。 顔は紅潮し、拳を握ってふるふると震わせて、熱くしゃべり出す。 止まらない。とめられない。とめようがない。 スタンビートとはこのこと。 7の7倍のいきおいで、ばぁにんぐ。 「本来ならば寵愛を受けている身でありますし、なにより相思相愛なのですから、真祖の姫君にだけお返しをすべきなのです。なのに志貴はだらしなく、もらったからといって代行者や同士の秋葉や付き人の翡翠や琥珀にまで――。 不潔です。だらしないです。すけべです。変態です。淫乱です。乱れています。爛れきっています。 そんなに身持ちが悪いと、早々に姫君の寵愛を失いますよ。愛しい人が他の人をみていて気持ちよく感じる人など皆無ですから。志貴はなにを考えているのですか。姫君を愛してはいないのですか。ジゴロやスケマシのように、言葉だけのうわっぺりな愛を囁いて口説き落としているのですか。純情可憐な姫君を籠絡していい気になっているだけはないのですか? たしかに日本には古来から『浮気は男の甲斐性』という言葉がありますが、それは男尊女卑のあらわれであり、肉体労働によって生計をたてる必要のなくなった現代においては古い男性寄りの考えであるのは明らかです」 ぐいっと一歩ふみだし、志貴の胸を人差し指でぐいっと押す。 たじろき、怯えている志貴。ちょっと涙目。 「だから、志貴は出鱈目なんです。現代に生きるということはジェンダーの垣根をこえて、きちんと個性を、その人本来を見据えて『おつき合い』というものをしなければならないのです。なのに前時代的の遺物的な事柄を行うなんて――志貴は時代に逆行しています。古風にいきる、つつましい女性、三歩さがって夫の影をふまず、などというのは妄想や幻想の類であり、男性にとって都合の良い女性像でしかないわけです」 志貴はまるでチワワのようにふるふると震えている。 そんな志貴を虐めるかのようにつつき始める。 つんつん、つんつんと――愉しそうに。 「こうしてお返しと称して女性をお手つけしていくのは、まるでケダモノです。獣はよくマーキングというのをしますが、そのような軽佻浮薄な行為は慎まなければなりません。そのようなマーキングじみた行為はやめて、人間として理性と秩序をもった節度のある態度で女性に接するようにしなければなりません」 首をガクガクと脳しんとうをおこすぐらい縦に振り続ける志貴。 目からは涙がポロポロと。 「――わかりましたか?」 その少し怒気のふくんだ、シオンにしてはドスのこもった声に、志貴の躰はピクリと反応し――まるで少しおしっこをちびってしまったかのような情けないような顔をして――頷いた。 すると、いつもの可愛らしい晴れ晴れとした笑顔をシオンは浮かべて、 「わかってくれればいいんですよ」 そういって志貴の手からキャンディを一つ摘む。 「でもお返しではなく、お裾分けとしてならば頂きますから」 にっこりと笑うシオン。 そうしてキャンディを口に頬張りながら、自室へ入っていく。 パタンと、音をたてて扉はしまり、志貴はその場にへたり込んだ。 ぐすぐすと小さい子供のように、泣き崩れる。 ――――シオンを怒らすのは、やめよう。秋葉なみに……怖……ひ。 そう心から誓うのであった。 <おしまい> あとがき
……おかしいです。なにかがおかしいです。なぜか――壊れギャグものになってしまいました(爆) 純情なシオンを書こうと思ったのに……なぜ? どうしてですか、神様。 わたしは何か悪いことをしましたか? ――まぁでも、シオンさんの暴走は楽しいので、そのまま掲載することにしました(笑) ええっと時間がまだあるので、間に合えばシオンさんの別ヴァージョンを書きます。 ということで書きましたので続きを堪能してください。
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