月姫 SS またデート前(4/20)#2 (Side : Ciel) 間の抜けたあーぱーなセブンを見ると、思わずため息をついてしまいます。 返してくるんじゃなかったですかって? えぇ、そうですよ、返してくる――つもりでした。 でも迂闊でした。 えぇ、考えてみればありえることでした。 それは返しに行く途中――駅前。 わたしが切符を買おうとした時のことです。 シエル先輩、と遠野くんが話しかけてきたんですよ。 こんな時でも出会えるなんて、ふたりはやはり主が認めたカップルですね。 ついつい歓談してしまいますよ。 大学のガイダンスも終わって、本格的な講義がはじまって。 そしてバイトにいそしんで。 当然夜は巡回――。 遠野くんとゆっくりするどころか、話すことさえままならないんですよ。 なのに、こうしてひょっこり会えるなんて――。 一応辺りをうかがいます。 いません。 えぇいませんとも。 あのあーぱー吸血鬼も、妹――ふふふ義妹になる――秋葉さんも、琥珀さ んもいません。 ふたりっきりです。 ――まぁまわりに人はいましたけど。 でも知り合いがいない、ふたりっきり。 これは甘えてもいい、ということなんでしょうか? 思わず口元がゆるんじゃいます。 遠野くんもわたしもいっぱいいっぱい話したいことがあって。 母校のこと、そしてわたしのキャンパスライフ。 そのまま散歩がてらに、公園まで歩いていったんですよ。 何でもない日常。 恋人同士の会話。 ……こういうのに憧れていました。 死徒を追いかけ、殺され、殺すという、血みどろの殺し合いでもなく。 陰険な職場でのネチネチとした殺人狂の言葉でもなく。 硝煙の香りや血の匂いなんかしない――何気ない日常。 こんな日がくるなんて思ってもみませんでしたよ、遠野くん。 話すことは何でもないこと。 他愛のない会話。 昨日の授業。 友達のこと。 最近話題の映画や邦楽。 そして近くの家の犬に子供ができたこと。 先生がやめられたこと。 赴任してきた先生の評価。 乾くんの突拍子もない行動。 人当たりの良い高田くんのこと。 わたしには少しだけ懐かしく、彼にはいつもの風景。 笑い、驚き、頷き、聞いて、そしてまた話す。 「どうしたの、先輩」 突然、遠野くんが驚いて声を上げる。 「いいえ、なんでもありませんよ」 そういって拭う。 いつしか、わたしは泣いていたんですよ。 でも――これはなんでもありませんよ、遠野くん。 これはわたしが嬉しくて流したものですから。 こんな何気なく、他愛のない日常。 エレイシアであるわたしがが失ったもの―― シエルであるわたしにはないもの―― それをくれたのは、遠野くん、あなたなんですよ。 でも遠野くんはあたふたして、 ちょっとあたふたした遠野くんはソソりますよ。 なんて邪なことを考えたわたしが悪かったんです、主よ。 話をそらそうとしてか、今まで気になっていたのを話せなかったのか。 その袋なんです なんて聞いてきたんですよ。 嬉しかったから。 だから、つい、正直に、 買ってきた服ですよ。 なんて答えてしまって。 失策でした。 すると遠野くんは、微笑んで、色々質問してきたんですよ。 最近の流行をちょっと話してあげて――といってもわたしも本の受け売りなんですけどね――すると興味深そうに聞いてくれて。 もしかしたら話をそらそうと必死だったのかもしれませんけどね。 そうしたら、なんて言ったと思います。 こんなに買って――先輩、今度はどんな衣装をきるんですか? なんて言うんですよ。 つい自慢げに話したわたしが悪いんですよ、えぇえぇ。 堕天使ルシファーの大罪はプライド――傲慢、あるいは慢心です。 あぁ主よ、自慢げに話したわたしはルシファーと同じ罪をおかしたというのですか? ついいろんな服のバリィエーションについて語ってしまった手前、そういう装いをしないんです、とは云えず――。 次のデートまで秘密ですよ、なんて言ってしまい―― ………… はぁ 後悔しています。 こんなにいろんな衣装をもっていることを知られてしまっては――もうダメです。 そうですよ、セブン。 返品はしません。 全部そのままです。 だから、人参は禁止です。 もし人参を食べたいというのならば、カレーといっしょに食べなさい。 わかりましたね、セブン |