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 さて、下半身に異常があろうがなかろうが時間の過ぎるのが止まるわけもない。
 最初は混乱の極致にあった私だが、思う存分叫んだあとは何とか平静を取り
戻すことに成功した。人間、信じられないことに出会うと逆に冷静になるもの
だなと妙に納得する。

 そう、信じられないといえばこれほど信じられないものはない。何で私の下
半身――――平たく言ってしまえば股間に、殿方の、その……性器が生えてし
まったのだろうか。
 気付いた時には凶悪なまでに固く、太くて長かったそれだが、今は奇妙にも
縮こまった姿を晒している。まあ、これならこれで可愛いといえないこともな
いかもしれない。

 一人で考えていても仕方がないので琥珀に相談してみることにした。本当な
らば主治医である時南先生に話を持ちかけるのだろうけれども――――男性に
こんなことを言えるわけがないじゃないか。

 夕飯の片づけが終わったあとで私の部屋に来た彼女に下半身を見せる。
 さすがの彼女も最初は当惑したようだが、その後は親身になって相談にのっ
てくれた。
 これも兄さんがいなくなってからのことだけれども、どうにも最近の琥珀は
おかしい。まるで私に何か負い目を抱えているかのように振舞う。一体何を気
にしているのだろう。私が彼女に負い目を感じることはあっても、その逆はあ
りえないと思うのだけれども。

 ともあれ、彼女の話によると私のような症状は確かに稀ではあるけれど有り
得ない話ではないのだそうだ。程度のこそあれ一般の人間でも「精巣性女性化
症」や「尿道下裂」など男女両方の特徴を兼ね備えた者がいるという話だし、
鬼種である遠野の一族に至っては家系的に両性体で生まれてくる家系もあるそ
うである。ならば確かに私がこのような姿になっても不思議ではない。
 けれど、なぜこんなに唐突に変化が起こったのだろうか。首を傾げる私に、
琥珀は恐る恐るという風に話し出した。

「おそらく、志貴さまのことが原因ではないでしょうか」

 私が八年に渡り兄さんに分け与え続けていた生命力。それが私に返って来た
のが原因ではないかというのである。確かに言われてみれば兄さんは男性だか
ら、その生命が私の中に入ればこうなってしまうのも仕方ないかもしれない。
 待てよ、と私は首を傾げた。兄さんの生命が私の中に入って男性器が生えた。
ということは、ひょっとして今の兄さんは男性器がない……つまりは女性とい
うことになるのだろうか。
 疑問をぶつけてみるが、琥珀にも判断はつきかねるらしい。
 だがまあ、とりあえず言えることは私に生えた男性器の処遇は保留するしか
ないということだ。
 兄さんにこれが生えていなければ、今までしていたように生命力を分け与え
れば私のこれは消えるだろうし、生えていれば生えていたで改めて手術なり何
なりを受ければいい。
 これを削除した後で兄さんに会ったら、実は彼は女性になっていましたなん
てことになったら目も当てられないではないか。

 さて、そうなると後はこれがばれないように色々と気を使わなければならない。
 不本意だが、最低でも蒼香と羽ピンには事情を説明して協力を要請するしか
ないか……
 先に待つ混乱を考え、私は深い深い溜息を吐いたのだった。
 



 ――――そして、話は現在に戻る。
 場所は女子寮の自室であり、私の前には目を点にした蒼香と羽ピンが並んで
座って私の股間を覗き込んでいる。
 それも仕方のないことだろう。仮に私が彼女たちの立場になったら、やはり
同じような反応を示しただろうことは想像に難くない。
 恐怖がなかったと言えば嘘になる。彼女たちは私が通常人と違うであろうこ
とは薄々察しはついているだろうが、まさか本当に化け物だなんて思ってもい
なかっただろう。ましてや、股間にこんなものが生えるとは想像もしなかった
に違いない……私自身すらも想像していなかったのだから。

「はぁ……」

 首を傾げて羽ピンが息を洩らした。何か感心したような響きすら窺える。

「そっかぁ……この場合、おめでとうって言ったほうがいいのかなあ?」

 ――――は?

 思わず顎がかくんと落ちる。この娘は一体何を言い出すつもりなのか。

「だって、それって秋葉ちゃんのお兄さんのものなんでしょー?」

 それは、まあ、そうとも言えるけれど……

「秋葉ちゃんお兄さんのこと大好きだもんねー。一つになれてよかったねー」

 うんうん、と頷きながらそんなことまで言ってくれる。最初は冗談かと思っ
たが、目を見ると真剣である。本気でそう思っているようだ。
 くぐもった笑いが聞こえてきた。見ると、蒼香が堪りかねたように口元を押
さえて笑っている。

「羽ピンの言う通りだな。あたしからもおめでとうと言わせてもらおうか」

 何だろう。何だってこの二人は、こんなにも普通に笑いかけてくれるのだろう。
 てっきり、嫌われると思っていたのに。化け物と呼ばれないまでも嫌悪の目
で見られると思っていたのに。

「だって、秋葉ちゃんは秋葉ちゃんでしょー?」
「ま、そういうことだ、遠野」

 羽ピンが朗らかに笑い、蒼香が皮肉げな笑みを私に見せる。

「ま、正直いって驚いたのは事実だがな。お前が別人に代わったわけもないし、な」

 呆然とする私の前で、彼女は何か照れくさそうにこう言った。

「それに……こんな風にお前さんがあたしたちを頼ってくれたのは初めてだか
らな。その……正直嬉しかった。なら、助けてやらないとな」

 羽ピンが蒼香ちゃん顔真っ赤ーと指を差し、蒼香がそれに反論する。指摘ど
おりに顔を真っ赤にした彼女が枕でポカポカと叩き出すのを見ながら、私はそ
っと俯いた。
 本当に、もう……
 私を泣かした責任、取ってもらうんだからね。




 失礼しますと言って保健室に入り、そっと辺りを見回した。
 誰の姿もないのを確認して奥の寝台に向かう。
 生徒会の会議が始まるまであと三十分くらいしかない。その間に、然るべき
処置を講じなければならなかった。 
 さて、股間に男性器が生えて何が一番困ったかというと、下着が履けないと
いう事である。
 別に寸法が合わないとかそういう訳でも……いや、この場合も寸法というの
だろうか。男性の下着に比べ、女性のそれは身体にぴったりと合う形をしてい
る。それは余分な突起物が無いためでもあるのだろうが、現在の私の股間には
その“余分な突起物”が生えているのである。
 通常の状態でも不自然な膨らみが目立ってしまうし、朝方など膨張している
時などもう駄目である。膨らみ以前にはみ出してしまうほどだ。

 まあ、目立つ目立たない以前に、窮屈で仕方がないというより切実な理由も
あるのだけれども。
 けれど、だからと言って下着を履かぬわけにもいかない。何かの拍子に裾が
捲れる可能性だってないとは言い切れないのだ。もし誰かが私のスカートの中
を見て、そこに何も履いていなかったらどう思うか。身の破滅である。
 ところが、この当人にしてみれば切実な悩みは、羽ピンの一言でいとも容易
く解決してしまった。
 環から借りてきたのだという少女漫画を読みながら、彼女はどこぞの国の王
族のように自信満々にこう言ったのだ。

「下着がなければ、ブルマーを履けばいいじゃないの」

 ……なるほど、それは盲点だった。世間では徐々に絶滅の傾向に向かってい
るそれは、伝統を重んじる我が浅上女学院では未だ現役なのである。
 確かに、それならスカートの下に履いていても問題はないし、下着よりも厚
いから膨らみも目立たないだろう。
 
 ――――そう、その時は素晴らしいアイデアだと、そう思っていたのである。

 私は全然知らなかったのだ。殿方のそれがこんなにも刺激に弱いなんて……
そう、厚手の生地で擦れるだけで感じてしまうほどに敏感だなんて。
 普段の状態ならばまだいいのだが、何かの拍子に膨らんでしまえばもう駄目
である。常に敏感な部分を包むことを前提に柔らかく作られた下着とは違い、
ブルマーの生地は硬すぎるのだ。
 膨らんで敏感になったその部分は、生地との摩擦でより大きくなり、大きく
なった部位は更なる刺激を生む。悪循環だ。何処にも切れ目がない。螺旋のよ
うに高みを目指して昇りつめるだけである。

 大きくなる快感と同じく、私のそれも天を目指すかのように雄々しくそそり
立ってしまう。
 一度こうなってしまうと自分の意思ではどうともならない。誰かに気付かれ
たらどうしようと、そんなことしか考えられない。
 悪徳を犯している快感というのだろうか、そんなことすらも刺激となって私
をより一層高ぶらせるのだ。

 さて、こうなってしまえば取るべき道は二つしかない。それが治まるのを待
つか、あるいは自分で溜まったものを処理するかである。
 そして、私が選んだのは後者だった。生憎と生徒会の時間も迫っていたし、
私は賭け事は好きではない。
 いつ治まるか解らぬものを待って職務に遅刻などしたくなかったのである。
 寝台の上に膝をつき、カーテンをひいて小さな密室を作り出す。待ちかねた
ように腰を覆う紺のそれを膝まで下ろした。
 スカートの端を口に咥え、お臍の辺りを目指してそそり立っているそれを両
手に握る。まだ生えたばかりの為か綺麗な桃色をしたそれが大きく震えた。
 始めてしまえば簡単なもので、処理には数分とかからなかった。まあ、それ
まで長時間に渡って擦られ続けてきたということもあったのだろうけど。


「へぇ〜。これは驚いたわね」

 
 嘲るような声とともにカーテンが開けられ、悪意に満ちた嘲笑が私の耳朶を
打った。
 寝台を囲むような形で三人の少女が私を取り囲むように立っている。驚いた
拍子にスカートが口から落ち、溜まっていたものを吐き出して小さくなってい
る私のそれを覆い隠した。

「遠野さん、あなた……」

 言葉を濁して笑う中央の少女には見覚えがあった。生徒会の役員の一人で、
何かと私に突っかかって来る相手である。悪い意味での典型的なお嬢様、つま
りは家柄を鼻にかけることしか知らない性格の持ち主だったと記憶している。
してみると横の二人は取り巻きなのだろう。やせぎすの眼鏡の子と、ふくよか
な細目の子。少女漫画に出てくるような典型的ないじめっ子トリオだ。

「前から胸が小さいと思ってたけど、お・と・こだったのねえ」

 甲高い声で細目が笑う。屈辱に頬が紅潮するのが自覚できた。あなたのお腹
に比べれば小さいわよと言いたいのを、すんでのところで堪える。大声を出し
て人を呼ばれたりしたら、それだけで私は身の破滅なのだから。

「……何が、望みなの」

 俯いて小さな声を絞り出した。
 ああ、なんていう屈辱だろう。
 この遠野秋葉が、遠野グループの総帥、遠野一門の当主たるこの私が他人の
顔色を窺わなければならないなんて。 
 
 ――――ホントウ、ニ――――?

「そうねぇ……」
 ニヤニヤと笑いながら少女が言う。明かに私を見下げたような表情で。侮蔑
と嘲笑が入り混じったその瞳で。

 ――――イッソ、ソノ目ヲ、抉ッテヤロウカシラ――――?

                                      《つづく》