俯瞰による上からの景色。
 今日のような青空の下、健康的に降り注ぐ日の光がベッドを明るく照らし、
一つ開け放たれた窓からは風が入り込み、真っ白なカーテンをサラサラと揺ら
している。
 そんな中、遠坂はベッドに身を横たえると、自らの秘部へ後ろから手を伸ば
している。
 スカートとショーツは半分ほどずり下げられ、健康的な太股とそれを包む黒
のタイツが妙に艶めかしい。
「んっ……」
 そして、誰もいない保健室でひとり手遊びを始めるかの如く、指に塗られた
薬剤を自らの花弁とは違う、別の場所へ塗り広げてゆく。

「あっ……」

 ぬるり、ともっとも恥ずかしい部分に触れた少し冷たい感触に声をあげ、し
かしそれを否定したいのに身体は気持ちよさを伝えてくる。
 する、すると軽く押し当てた指は、本来の目的を僅かに逸脱して愛でるよう
な動き。
 開発されたばかりな性感帯へ自ら愛撫を加えて、心で否定しながらもこみ上
げる快感に身悶える姿。

「は、あっ……」

 力が、抜けてしまう。
 遠坂はきゅっとすぼまりを収縮させながら、尚もそこに白いものを付け、全
体をマッサージするかの如く指を軽く曲げる。
 きゅっ、と爪の先が微かに食い込む感覚が徐々に妖しい思いを駆り立て、ま
るで本当にここでお尻で自慰を行っているかのような錯覚を生み出し、頬を火
照らせる。

 ……どきりとした。
 そんな、まるでドラマのようなカメラワークを自らで想像しつつ、目の前で
治療を施している遠坂にいけない感情を抱いてしまって。
 本当は苦しんでいるというのに、無責任も甚だしい……が、どうしても向こ
うから断続的に聞こえる声に、甘いモノが含んでいるのを感じずにはいられな
かった。

 ……と突然、俺が背にしていた保健室の扉が、小さな音を立てて開かれた。
 多分、注意しなかったら聞こえなかったであろう位静かな音で、ベッドで眠
る病人がいると仮定して気遣ったそれであったのだろう。
「!」
「!」
 ノックもしない突然の来客に、俺達は互いの姿を見ないままでも同時にビク
ッと肩を震わせたのを感じた。
「あらまあ、衛宮君が一緒でしたか……それはそれは、御邪魔しちゃったな」
 そう言って呑気に現れたのは、美綴であった。
「よ、よお美綴……」
 別にやましいことなど一片もない――彼女は俺達がつきあっていると知る数
少ない知人である――のだが、タイミング的に先程の妄想を見透かされたので
はないかと思ってしまった俺は、ぎこちなく返事をした。
「なに、遠坂体調でも悪いの? さっき生徒会絡みで話があって教室へ行った
ら、多分保健室で休んでるって聞いたから、へえ珍しいことも……と思って来
たんだけど」

 そこまで行って美綴はゆっくりと俺達の方へ近づいてくる。
 ……ヤバイ!
 今遠坂の格好は、おそらく先程俺が妄想していたそれで……やって来たのが
美綴と分かった瞬間から、遠坂はカーテンの向こうであわただしく身繕いをし
ているらしき音がする。
「ままま、待て美綴」
「?」
 ここは時間を稼がなくては……何故かそんな義務感に囚われた俺は椅子から
立ち上がると、慌ててぱたぱたと手を振る。
 その姿に美綴は疑問符を浮かべながらも、まるでガキみたいな反応をした俺
をみてニヤリと笑う。
「まーさーかー、何か変な事でもしてた?」
「ち、違うわ!」
 俺一人へは図星への一言であり、思わず全力で否定するが、それを無視する
ように美綴は俺の横を抜けていた。
「あっ……」
「ほら遠坂、お見舞いに来てやったんだから顔くらい見せなよ」
 と、美綴は間を仕切っていたカーテンに手をかけ、ゆっくりとそれを開いて
ゆく。
 瞬間。

「……なによ、病人を気遣ってる風ではないじゃない」

 布団を肩までしっかりとかけてベッドに横になりながら、遠坂はわざとらし
く余裕の表情で美綴を見ていた。
「あら、結構元気そうじゃん。話に聞いたときは結構クラスメイトが深刻そう
な顔をしていたから、何だか肩すかしだな」
 ……何故だか、ホッとした。
 いくら美綴とは言え、遠坂が俺以外に油断した姿を見られるのは何だか許せ
ない、そう思う微かな気持ちがあったからなのか。
「まあ、大事な衛宮君もいることだし、これならわたしはいなくても大丈夫か
な」
 そうやって俺達を交互に見つめからかいながら、美綴はくすっと笑ってドア
の方へ向かう。
「後で話があるから、放課後弓道場にでも来てくれよ、遠坂」
 そう言いながらカラカラとドアを閉めて美綴が消えてゆくと、俺は緊張から
解放された面もちで、はあ……と深い安堵の溜息をついていた。
「はあ……」
 同じく、危機を乗り越えた遠坂が溜息をつくとわざとらしくかけていた布団
をはぎとり、上体を起こす。
 その瞳は最初確かに自らの貞操を守った安堵感に包まれていたが、俺と視線
が合うと、原因たる主へ向けてこれほどにない程の睨め付けを向けていた。
「まったく、士郎のせいなんだからね……!」
 一気に脱力して、改めてばふっとベッドに倒れ込む遠坂。
 確かにまあ、元はといえば俺が悪い。
「しかし……危なかったなあ……」
 反省を僅かに込めた口調でそう言いながらも、俺はもし先程の行為を申し出
ていて、遠坂が同意していたら……という、最悪のシナリオを想像してしまっ
ていた。



「とおさ……」

 その声にはっとそちらを見つめた俺達は、その瞬間の体勢のまま完全に凍り
付いていた。
 俺達は、美綴の来訪に全く気が付かなかったのだ。
 お尻に指を這わせる俺の行為に、
「あっ……んっ、くすぐったい……」
 と遠坂が悩ましげに身をよじり邪魔をするから、その声にかき消されてドア
の開く音も、近づく足音にも意識を傾けることが出来なかったのだ。

 カーテンを開けた瞬間に飛び込んだ想定外の光景に、言葉を発したままで流
石の美綴も固まっている。
 自分では見ることの出来ない場所の治療のため、俺は遠坂のお尻へ薬品を塗
布している。
 間違いなく目的はそれであるのだが、そんなことを知らない美綴に映るのは、
俺に向けて四つんばいで臀部を突き出した遠坂と、そこに手を添えて広げなが
らもう片方の手をあてがい、いかにも楽しそうな瞳をしている俺。
 しかも、腿には卑猥に脱ぎかけのスカートとショーツがあり、中心はまだし
も、更に男を向けて一番恥ずかしいところを晒して少しだけ悦んでいたような
遠坂の姿は、同じ女性として決定的に何かを想像させている。

 ……こんなことを出来る関係は、必然決まっている。
 はっきりと口にされた事はもちろん無いが、同じ年頃の男女が仲が良ければ、
何をするか位はもちろん知識として持ち合わせているし、最近の雰囲気からほ
ぼ間違いないだろうと感じていた美綴であった。
 しかし、目の前の光景はそれよりも更に一歩進んだ関係、美綴の想像をちょ
っとだけ上回った行為へ足を踏み入れたふたりの姿であったのだから、衝撃の
度合いはあまりにも大きい。
 この条件と状況を全て足し合わせると、その手に持っている軟膏はいったい
何に使うの……と、明らかに間違った推論を生み出す素材になる。
 まさか、それで滑りをよくするの……? しかも真っ昼間な学校の保健室で、
どこかのお話みたいに……? あんた達、もうそこまで……?
 自分の中で繋ぎ合わせた推論を顔にはっきりと書いたままの美綴が、開いた
口を塞ごうとしないまま立ちつくしていた。
「衛、宮……遠、坂……」
 微かにわなないている声は、必死に平静を取り繕うとするも、明らかにそれ
が不可能だという美綴の心をはっきりと写し出している。
「あ……」
「あ、綾子……」
 俺達も見つかった衝撃と目の前の光景に、それを否定できぬ状況のままにい
た。
 永遠にも思える時が流れる。
 やがて、かくかくとぎこちない動きのまま、無言でカーテンが美綴によって
閉められる。
 急ぐでもない、しかし抜き足でもない微妙な足音を響かせながらゆっくりと
美綴は遠ざかると……ドアを静かに閉めた瞬間、全力で逃げ出すような音を俺
達は聞くことが出来てしまっていた……



 ……考えるだけでも身震いをする最悪のシナリオ。
 実現してしまっていたら、俺達は揃って美綴の前に二度と顔を出せない状況
になっていたに違いない。
 内部から沸き上がった悪寒に思わずぞっとする。
 と、そんな様子を見ていた遠坂が、俺が何を考えていたか分かったらしく、
一気に顔を紅潮させた後、わなわなと肩を震わせて、
「……の、士郎のヘンタイ〜〜〜〜〜〜!」
「! ……うわああああっ!!」
 バフン! と思い切り枕を投げつけてきたから、俺はそれと真っ正面にキス
を交わした後、見事に椅子からひっくり返ってしまっていた。



「……くっ、まだジンジンしてる……」
 帰り道。
 俺は遠坂と並んで歩きながら、一歩進むたびに後頭部へ走る鈍痛へ顔をしか
めて手をやっていた。
「……」
 が、遠坂はそれを少しも心配に思わないばかりか、むっつりとした表情でま
っすぐ前を見ている。
「……自業自得よ」
 やがて、それだけ言うと、一連の行為の報いだとばかりに俺を睨んでいた。
「……ああ」
 確かにそうだ、と俺はようやく一人前に反省するも、それは本当に一瞬のこ
とであった。

「……ったく、あんな思いするんだったら、させるんじゃなかったわ……!」
 周りに誰もいないことを確かめると、そこでようやく遠坂は少しだけ機嫌を
直してぶっきらぼうに言い放つ。
 しかしその頬は、自らの発言に羞恥を感じたのか僅かに赤く染まり、言葉の
重大さをあまりよく表していなかった。
「かも……」
「もう、しばらくはあんなのはダメだからね!!」
 ビシイと俺に命令するように、遠坂が行為を断罪して禁止令を言い渡す。
 だが……既に反省モードを終えてしまっていた俺には、その言葉が格好の餌
となってしまっていた。
「……ということは、しばらくしたらまたオッケーなのか?」
「!」
 ……軽率な発言ではあるが、半歩だけ遠坂から離れていつでも逃げ出せるよ
うにさりげなく距離を取っている。
 キレた時のガンドの乱射はすっかりおなじみとなった上に、遠坂も怒り心頭
な状況でもマジで当ててくるようなことはしないと分かっていたから出来た行
為。
 俺は気付かれないように下半身に力を込め、隣の気配が飛びかかってくるの
を意識を集中させて待った。それこそ、魔力を練るその瞬間にも似た緊張感で。

 ……が、しかし。
 まるで半歩離れたことが嫌だとばかりにすっと遠坂が俺に近寄ると、その顔
を真っ赤にしながら俯いた。
「?」
 一瞬その行動に疑問符を浮かべた俺をむっと睨みながら、遠坂は本当に小さ
な声で訴える。
「……ちょっとは慣れさせてよ。あの時みたいにいきなりなのは、本当に痛い
んだからね……?」
 意味を解するのに一瞬。
 そして、とんでもない事を言いやがったと気付いたのは、その一瞬後のこと
であった。
「……」
 あまりのことに止まりかけた脚を何とか鼓舞し平静を装う俺の心の中では、
何かが破裂していた。
 臨戦態勢を構えていた為に、ぎこちなく遠坂と歩を合わせようとするも上手
くいかなかった。
 ギクシャクとなった俺に、遠坂はまるで気付いていない。
 その発言を導いたのは自分だというのに、それがこちらへ返ってきて、まさ
かこんな事になろうとは……思ってもみなかった。
「あ、あ……ああ……」
 口から心臓が飛び出しそうになるのを必死で抑えながら、俺はそれだけを絞
り出して頷くだけで精一杯。
 気を紛らわすに足元の小石を蹴り飛ばすも、思わず逃げ出したくなる衝動が
全身を覆い尽くす。
 まったく、どうかしてる……いつかも感じたそれに、誰もいない帰り道はあ
まりにも長い距離に感じられてしまっていた。

 

 



〜あとがき〜
 本番がメインよりも、むしろアフターケアが今回のキモなんですが(汗
 どうも、Fateではむんげ初登場ですね(意外にも)
 こう、すっかりデキてしまわれた二人の、ちょっとだけ冒険した後日談など
を書いてみた次第でございます。
 美綴のアクセントを交えつつ、短いながらもいいものになったと思います。
 ちなみにタイトルは、某IIDXの曲とは何の関係もありません(爆

 純情凛様には、自爆士郎がもっともお似合いだと思います。
 どんなバカップルだ……とか思いますが、それはまあ、キャラの醸し出す
「まさにFate」(←今年下半期、是非流行らせたい言葉)ということで(笑

 それではラーサパタイ♪

('04.08.07)