屋上階段
(Stairway to Chaos)
古守 久万
「志貴様、おはようございます」
翡翠の声で志貴は目を覚ました。
変わりない、またいつもの朝。の筈だったが
「い、てててててて……」
志貴は額に走る鈍痛に顔をしかめながら起きあがった。
「?」
その理由を知ってる翡翠は心配そうにする。
「大丈夫ですか、志貴様。まだ状態が優れないようでしたら、本日は学校をお
休みになられた方が……」
「いや、大丈夫。昨日より全然マシだから」
志貴は心配させまいと左手をひらひらとさせながら、右手で眼鏡をかけた。
志貴は誤魔化したつもりだったが、翡翠には無理しているのが痛い程解る。
しかしいくら自分が言っても、一度そう言ったら決して引かない志貴である事
を誰よりも解っていた。だから、敢えて何も言わない事にした。
「解りました、では食堂の方へお越し下さい」
翡翠は一礼をすると、部屋から退出していった。
「はぁ……」
ひとつ呼吸をして、志貴はもそもそと服を着替えだした。
「あたたたっ……」
立ち上がると、志貴は軽くめまいがした。
「ありゃぁ、やりすぎだよなぁ……」
志貴は昨日の短い記憶を思い出す。
折角用事のない日曜日だからと、秋葉とのんびりとデートでも行こうかと志
貴は提案した。もちろん、秋葉は喜んで賛成して、昼食後にどこか行くことに
なった。
で、「準備がありますから」と秋葉が部屋に消えて早30分。流石に女性の
準備は長いと解っているとはいえ、志貴はあまりに長いそれに正直我慢できな
くなっていた。
秋葉の部屋に向かい、ノックをするが返事がない。おかしいなと思って部屋
に入るとなにやら寝室から音。ここはひとつ着替えでも覗いてやろうと思い、
ノックなしに寝室へ続くドアを開け
「おーい、秋葉、いつまで……」
と言った時だった。
「「あ……」」
声は、同時にあがっていた。
「ったく……、どうしてあんなモンが投げられるんだ……?」
志貴は額をさする。
秋葉が着替えていたのは予想通りだった。
ただ違っていた事と言えば、何故かウチの学園の制服を着ようとしていたこ
とくらいか。
恐らく、着替える途中にクローゼットの中のそれに目が留まって、つい着て
みたくなっちゃったとかだろう。
白い下着に包まれたその体は、いつも見慣れているはずなのに、いつ見ても
綺麗だった。
改めて、ほうと思う。
だけど、秋葉の方はそんな場合じゃなかった。
「に、兄さん……」
秋葉は、何でそこにいるんですかと言ったような表情をしながら、固まっていた。
……と
「にににに、兄さんのバカぁ〜!!」
と、突然騒ぎ出してぶんぶん物を投げつけたからたまらない。
「わわわっ……秋葉、やめろ!」
志貴は手で顔を防ぎながら飛んでくる物を避けたりした。しかし、飛んでく
る物が枕とか化粧品の小瓶くらいだったから、志貴は正直油断していた。
「ったく……いつも見てるんだから覗いたくらいで……」
かざしていた手を下ろし、秋葉をあきれるように見ようとした時だった。志
貴の視界の大半を占める何かが、志貴にはスローモーションに感じるように、
実際は超高速で近付いていた。
ゴッ
いかにも鈍器、という素晴らしい音を立ててそれは志貴の額に命中する。
ぐらり、志貴が傾く。
「きゃぁぁぁぁぁ!兄さん、兄さん!!」
秋葉がその時はじめて自分でした行為に気付いたらしい。慌てて駆け寄ってくる。
床にどさりと倒れ込み、意識が朦朧としていく志貴は、目の前に転がる、自
分と頭突き対決をした物を見つめていた。
恐らく、もう特に投げる物がなかったからなのだろうけど……
秋葉、ベッドの脇にあったスタンドランプは、ちょっとやりすぎでないかい……
結局意識を失った志貴はどうやってかここに運ばれ、気付いた時には翡翠に
看病されていた、と言うわけだった。もちろんデートは出来るわけもない。原
因を作った張本人である秋葉は見舞いには来ず、そのまま朝を迎えていた。
志貴は普段絶対そうしないのに、クローゼットの姿見の前に立つ。
「……うわ」
明らかに、出来て間もないアザがひとつ。
「……やめよ」
朝からブルーな想いはこれ以上ゴメンだ、とばかりに志貴は今を生きること
hに決めて食堂に向かった。
「……」
「……」
無言の食後の紅茶が続く。
ふたりともどう切り出したらいいかタイミングを完全に失い、手に負えない
ところまで来ていた。
が、先に重い口を開いたのは志貴だった。
「秋葉……その、昨日はゴメンな、何処にも連れて行けなくて」
それだけ言うと、志貴は口を閉じてしまう。
また沈黙。
しかし、今度は秋葉が沈黙を破るように語り出す。
「兄さん……ゴメンなさい。私も、あんな事しちゃって……」
あんな事、という言葉に志貴のこめかみはまた痛んだ。
が、笑顔を取り繕って
「いいんだ、もう大丈夫だから」
志貴はしゅんとしおれた秋葉を見つめる。秋葉もまだすなさそうにしている
が、ようやく少し笑顔になった。
「解りました。兄さんがそうおっしゃるのでしたら」
そう言って、何とか忘れようとする。
「代わりと言ってはなんですけど……何かご要望がありましたら、何でも聞きます」
秋葉は志貴への罪滅ぼしとばかりにそう提案する。
「要望、ねえ……」
志貴はひとつ頭を捻ってみる。
別に今かなえて貰う必要は全くないのだが、出来れば秋葉の気が変わらない
内にしたい。
となると、昨日見損ねたあれが、気になってしょうがなかった。
「じゃぁ、明日でいいから、ウチの制服着てくれないか?」
「えっ……?」
その意外なリクエストに、秋葉が紅潮する。
「そんな……あれはただ……その、何となく勿体ないから着てみようかなーと
思っただけですので、着ていこうとか思った訳じゃ……」
ごにょごにょと言い訳する秋葉。
「でも、何でも聞いてくれるんだろ?それにそれから毎日そうしろと言ってる
訳じゃないから」
志貴もせっかくのチャンスを逃すまいと、少しごねてみた。
「……わかりました」
負い目があるせいだろうか、いつもならかなり反対する秋葉があっさり折れた。
「本当に?」
志貴は正直それが嬉しくて、痛みも忘れるところだった。
「でも、一日だけですよ?恥ずかしいんですから……」
秋葉は、自分の今の制服を見つめるようにして、小声でそう言ったが
「わ〜い」
まるでさっきまでは仮病でした、と言わんばかりに喜ぶ志貴には、それが聞
こえていなかった。
「おはよう、琥珀さん……あれ?秋葉は?」
次の日、志貴が食堂に向かうと珍しく秋葉の姿がなかった。
「それがですね〜。お着替えはちゃんと渡したんですけどなかなか下りてこな
いんですよ〜」
琥珀さんも早くその姿を見たいのだろう、まるで楽しみを取り上げられて残
念そうな子供のよな表情で苦笑する。
「そっか……」
正直、志貴もドアを開ければそこに秋葉が居るとばかり思っていたので、緊
張して来たのに肩すかしを食らっていたところだった。
「わかりました、俺が連れてきますよ」
そう言って志貴は、秋葉の部屋に向かっていった。
コンコン
部屋のドアをノックすると返事がない。
「秋葉〜、入るぞ〜」
志貴は恐る恐る扉を開けるが、そこには秋葉の姿はなかった。
ここまでは、おとといと同じシチュエーションだ。
コンコン
今日は、寝室へのドアはしっかりとノックした。
「秋葉〜、いつまでやってるんだ?学校遅刻しちゃうぞ?」
志貴が少し大きめの声でドアの向こうへ呼びかけると、何やら向こうでは大
きな音がした。
「え?に、兄さん!?ちょっと待ってください!」
何やらバタンバタンと大きな音。今日もまだ着替えの最中だったのか、志貴
が胸をなで下ろしているうちに音は止んで静かになった。
が、同時に秋葉が動いている気配まで完全に消え去る。
「……?」
志貴は不思議に思うが、とりあえずドアを開けた。
秋葉は、何故か布団に潜り込んでいた。今から二度寝……な訳無いから、何
をやっているのかさっぱり解らない。
「ほら秋葉、いつまでも寝てたら本当に遅刻しちゃうって」
だが、秋葉は布団をすっぽり被ると
「わわわ……私は今日、体調が悪いので、先に行っていただいて宜しいですよ」
いかにも嘘、とはっきり解る言い訳をする。
「やれやれ……」
志貴は秋葉が恥ずかしがっていると言うことを薄々感づいていた。そして自
分が先に行ったら、秋葉はいつもの制服に着替えて登校してくる、と言うことも。
「わかったよ。琥珀さんにはそう伝えておくから」
志貴はそう言うと、くるりと振り返った。
「はい、お願いします」
秋葉は安心して、ほっと息を付いた。
が、秋葉は実は気付いていなかっただけなのだ。
志貴が布団の裾を掴んでいたのを。
「……なーんて、嘘だよ!」
と、ニヤニヤした志貴は秋葉の方にくるりと振り返る勢いで布団を完全にひ
っぺがしていた。
ヴァサ!と素晴らしい音を上げて床に布団が落ちていった。
「あ……きゃぁ!」
秋葉は突然のことに混乱しながらも、慌てて縮こまる。
「ほら秋葉、学校行く……」
強気になっている志貴の口調が、そこで一気に落ち込んだ。と同時に
ゴクリ
大きくひとつ、息をのむ音が志貴から聞こえた。
目の前の艶姿に、志貴は言葉を失っていたのだった。
いつもながらに見ている秋葉の姿なら、それは何て事無い。更に今から学校
に行くという状況を加味すれば、ここで秋葉をどうする場合ではないはずだ。
が、そこにはある種特殊な秋葉がいた。
自分の学園の制服を着たその姿は、見慣れている制服に見慣れている妹とい
う組み合わせの筈なのに、合わさると物凄く新鮮な姿だった。
それ以上に秋葉がこの制服を着ているという倒錯感が、まず志貴を酔わした。
黄色いカーディガンに白のブラウス。そして紺の超ミニスカート。包まれた秋
葉の姿は、浅上の制服を包んだ清楚なそれとは違って、物凄く健康的に見える。
更にその健康的に伸びる足が、いつも以上に隠されずに露わになっている。
秋葉の内股の真っ白に透き通る肌を見せ、とにかく刺激的だった。
そして……
「に、兄さん……恥ずかしいです……」
秋葉の恥ずかしがって真っ赤な顔で小さく怯えるその姿が、さらに太股の付
け根からスカートがはだけてちらりと覗く下着が決定打となり、志貴の意識を
飛ばしていた。
「……秋葉!」
志貴はまるで飛びかかるように秋葉の上に覆い被さると、その首筋に唇を這
わせた。
「きゃっ!に、兄さん、何を?」
秋葉は嬌声を上げながらも、突然のことに僅かに驚く。
「秋葉がいけないんだ……そんな格好で俺を誘うから……」
志貴は殆ど熱にうなされたように、秋葉の香りを楽しんでいた。
「誘ってなんか……あはっ……」
耳たぶを舐められてこそばゆいような可愛い声を上げる秋葉がいるこのベッ
ドは、全部が秋葉の香りがする。そんな中で一段と強い香りを求めるように秋
葉を抱くのが、志貴は気に入っている。
そして今、TPOなぞ忘れてこの魅力的な秋葉を今欲しいと思わずにはいら
れなかった。
「やっ……兄さん、制服が……あっ……」
秋葉はそんな志貴を押し返せぬまま、胸を揉まれていた。
「ふにふにして、やわらかい……服の上からでも感じる?」
志貴は甘い言葉を投げかけながら、秋葉の顔中にキスをする。
「あ……はん……ダメです……学校が……」
秋葉は何とか、志貴を止めようとするが
「秋葉」
志貴のその真剣な目に、見すくめられてしまう。
「秋葉は俺とするのが、イヤか?」
そう訪ねる志貴に、秋葉は顔を赤らめながら横を向いて俯いてしまう。
「……ずるいです、兄さんは。イヤなわけが無いじゃないですか……」
秋葉は、その言葉に弱かった。
秋葉の心の中では、いつも志貴に抱かれたいと思っていた。愛する人が求め
るのなら、いつでも、どこでも、どんなことでも。
そんな志貴に真剣な目で見つめられては、反論する気持ちなど一瞬で瓦解し
てしまっていた。
「だろ……だから、秋葉……ほら」
志貴は満足そうに微笑むと、太股を擦り、そしてその奥に指を差し込んだ。
「あっ……」
秋葉がぴくんと震えると、志貴は軽く下着の上から秘裂を撫でさすってあげた。
「ほら……秋葉だってしたくってこんなに濡れてる……」
志貴の指には早くも愛液がまとわりつき、抜き取ると朝日に光り妖しく光り
輝いていた。
「……」
それを直視できない秋葉。
志貴はそれを舐め取ると余計に興奮してきた。
「ほらもう、こんな下着は取っちゃって……」
と、パンティの腰の部分に手を当てするりと抜き去り、自分の前をはだけさ
せようとした瞬間だった。
「あら?」
ひょいと、秋葉の寝室に顔を出した琥珀が、その瞬間を見つけてしまっていた。
なかなか帰ってこない志貴に、ミイラ取りがミイラにでもなったのかと思い
、様子を見に来ていたのだ。すると部屋のドアは開きっぱなしで、覗いてみた
らベッドの上で志貴が秋葉を組み敷いて、今まさにコトに及ぼうとしていると
ころだった、と言うわけである。
「こ、琥珀さん……」
「琥珀……」
志貴と秋葉は、いたずらを見つかったかのように凍り付いたまま動かない。
一瞬琥珀は、どうしたものかと思ったが
「あらあらあらあら……」
そう言って笑うことで、何とか誤魔化そうとしようとした。
だが、結局の所は無駄だった。
「……」
「……」
何も言わず、志貴と秋葉は体を離して所在なさ気にする。
「……はい、起きたところで朝ご飯ですよ〜。遅刻するかも知れませんのでお
時間があまりありませんけども」
琥珀も流石にこの状況では仕方ないと、割り切って主人達を送り出すことに
決めた。
「はい……」
二人は食堂に向かう間にも、親に怒られた子供が如くシュンとしていた。
「……ほら、秋葉。速く歩かないと」
志貴が後ろからなかなか付いてこない秋葉をせかし続けるが
「……ま、いいか。もう遅刻だし」
半ば諦めた様子で自分の歩を止めた。
「うー、兄さん……すみません」
秋葉は俯きながらも、なおも歩きにくそうにする。物凄く内股で膝から下し
か動いておらず、まるでぴょんこぴょんことオカマちゃんがするかのような怪
しい歩き方だ。おまけに鞄はスカートの後ろにぴったりと当てたまま、かがむ
ように歩くから更に遅い。
何故かというならば、足が悪いわけではない。スカートが短すぎるからだ。
といってもいつもの秋葉に比べて、なのだが、秋葉はコレではいつも通りに
歩くとスカートの中が見えてしまいそうだと恐怖していた。
「そんなに気にする方がかえって怪しいぞ」
志貴がそう言うが、秋葉は近づいてきた志貴の腕にしがみつくと泣きそうな
目で志貴を見つめる。
「うー。そ、そうですけど……」
実際、既に一般の生徒は登校済みで、通りには誰もいないと言っても過言で
はない。少なくともこんな秋葉の姿は怪しまねど、歩き方を怪しむ者はいるに
違いない。
「何だかスカートの中がスースーして、風なんて吹いてきたらと思うと……」
「ははっ、まるでスカートをはかされた男の感想みたいだな」
志貴はそう言って笑おうとするが、実際にこうからかってスカートを穿かさ
れたらたまらないと、口を控えた。
「ほら、もう学校だ。しゃんとして、しゃんと」
「は、はい……」
二人は漸く校門をくぐり、靴を履き替えて階段を上る。後ろから付いてくる
秋葉は特に階段を気にして、鞄をお尻に密着させて歩いているようだった。
「ほら、俺はこっちだから。秋葉、じゃぁまた昼休みな」
正直秋葉に一抹以上の不安を抱えながらも、教室について行くわけにもいか
ずに志貴は秋葉と分かれようとする。
「はい……」
秋葉は消え入りそうな声で答える。
「……」
志貴は一つ頭をかじると
チュッ
秋葉のおでこにキスしてあげた。
「ほら、おまじないだ」
そう言って横を向いて赤くなる志貴。
「……はい、兄さん」
流石にそれは嬉しくて、秋葉も赤くなりながらも拠り所を得る。
「じゃぁな」
志貴は秋葉の姿が階段の上に消えると、自分の教室のドアをくぐった。
「よう不良少年、今日は寝坊か?」
着席すると有彦がにやにやと志貴を見る。遅刻は珍しいことでなかったので、
今更お咎めはない。最近は秋葉と登校するから滅多にはなかったが。
「違うよ、秋葉がちょっとな」
「はぁ?秋葉ちゃんがか、また何で?」
流石にそれには有彦も驚いたらしく、理由を尋ねてくる。
「……まぁ、少し待ってな、解るから」
「?」
志貴はにやりと笑うと、一瞬前の黒板に注目する振りをした。すると……
きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
階上の教室から、地響きを伴った謎の轟音が響いてきた。
慌てて教室内の他の生徒が何だ何だとざわめき出すが、志貴にはその理由が
解っていたので
「くくくっ……」
つい、声を押し殺して笑ってしまっていた。
「おい……コレが理由?」
有彦はあまり解ってないようだが、どうやら志貴の意図を理解したらしい。
「そ」
志貴があっさりと答えるうちにも、秋葉の制服姿に驚き叫び失神する連中の
声は、一年のフロア中に広がっていった。
その日、保健室のベッドが失神と鼻血でダウンした1年の男子で占拠された
のは後々有名な話だった。
《つづく》
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