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 おしおき

                   作:しにを




「うんん、もうちょっと……」

 ふと顔を上げると、秋葉が台の上でさらにつま先立って手を伸ばしていた。
 おいおい、ちょっと危ないぞ。
 かなり安定感を欠いているし、取ろうとしている箱が崩れたら……。

 雑誌を傍らに置いて立ち上がる。
 数歩分を駆け寄った。
 秋葉の背を抱くようにくっついて、秋葉が届かぬさらに上へ手を伸ばした。

「あら、兄さん」
「危ないぞ、秋葉」
「だって、兄さんたら、本に夢中なんですもの……」

 くっついた状態で、顔だけこちらに向けて秋葉が言う。
 むー、と怒り顔がちょっと可愛く思える。

「おまえが、用があったら呼びますから兄さんは座ってて下さいって言ったん
だろ。まあ、いいや。他には、何か降ろすのはあるのか?」

 秋葉が取ろうとしていた箱を、戸棚から降ろしながら訊ねる。
 箱につけられた札を眺め、秋葉は答える。

「多分、それでいい筈だけど。あ、でもそっちのもお願いします」
「了解」

 厳重に封をした木箱をもう一つ降ろして並べた。
 最初に手伝った大箱や、秋葉が自分で引っ張り出した段ボール箱など、床に
はもう幾つも並んでいる。

「すみません、兄さん」
「いいよ、これくらい。こんなので秋葉に感謝されるなら、安いもんだけどな」
「そうですね。普段累積した兄さんのマイナスポイントを少し減らしてあげま
すね」

 とりあえずもうしばらく用は無さそうなので、またベッドに戻って腰を下ろ
した。
 読みかけの古雑誌を手に取り、結局ぽんと放った。
 特に興味を引く記事もないし、さっきみたいな事があるかもしれないし。
 箱を開けたり、下の棚々を行ったり来たりする秋葉の動きを眺める事にした。

 しかし広い屋敷だよな。
 もう何度思ったかしれない感想をまた心に新たにする。
 ふっと今いる部屋を見回す。
 広い。
 壁には埋め込みの巨大な棚と本棚があるが、それがまったく圧迫感を与えな
いほど部屋自体が広い。
 大きなベッドが壁際にあり、辺りには木箱や段ボール箱が開けられて散乱し
ているが、それでも大の字で横たわる事が出来るスペースの余裕がある。
 こういう部屋が、なかば物置みたいな扱いで使われてないんだものなあ。

 秋葉が親類連中を追い払ってから、ほとんどの部屋が使用されていないとは
いえ、何とも勿体無い話ではある。
 完全に物置代わりになっている部屋、客室としてそれなりに常時整えられて
いる部屋の他に、中途半端に荷物が詰められていたり、前の滞在者の荷物らし
きものが残っている部屋など幾つもある。今いるこの部屋も秋葉に連れられて
初めて入った部屋だ。
 戸棚の中は箱の山で、本棚にもぎっしりと装丁の立派な本と言うより書籍と
言った方が似合いそうなのが並んでいる。
 その他には、ベッドしか無いのだけど、絨毯もカーテンも塵などないし、使
うのを前提で翡翠によって適宜掃除と手入れがされているようだ。

「兄さん、ちょっと探し物があるので、お手伝い願えませんか?」

 そんな事を言われたのが小一時間前。
 琥珀さん達もいないし、やる事も特に無し。暇つぶしになるならこれ幸いと
ばかりに秋葉の言葉に頷いた。
 秋葉の手伝いというのも、決して悪いものでもない。
 もっとも、言われるままに箱を降ろしたり、釘付けされたのを開けたりした
ら、もう秋葉の領域に変わり、指示待ち状態になってしまった。
 それで箱の一つに入っていた、俺の生まれる前に出た雑誌など手に取るしか
なかったのだ、さっきまでは。

 今にしても、ぼーっと秋葉の姿を眺めているだけで、非生産的な事夥しいの
であるが。
 秋葉か。
 実を言うと、さっきも秋葉の姿を目で追っていて、何だか見咎められそうで、
注意を移したのだ。
 どうにも秋葉の姿が気になってならない。
 目の絵の秋葉は、動きやすくて汚れてもいいようにとの事で、見慣れぬ格好
をしている。

 短いスカート。
 ノースリーブのブラウス。
 後ろで束ねた髪。
 なかなかに新鮮で目を惹いた。

 さっきは躊躇したけど、今はそんな事は気にせずに、秋葉の動きを目で追い
続けた。
 こんな姿もいいなあ。

 普段は隠れている後ろの首筋、ほっそりした首だな、秋葉は。
 肩の線とか細いよなあ。
 あ、脇の下とか見えるとちょっとドキドキするな、何故か。
 しかし、ほっそりした綺麗な脚だよなあ、秋葉は。
 生足で、剥き出しの白い腿とかあまりに魅力的。
 それにしてもあんなスカートで外に出掛けたりもしてたのか?
 あーあ、あんなに屈んで、危ないなあ。
 なんでこんな短いのを穿いてるんだ。
 立ってるだけでも、下着が見えそうじゃないか。
 おおっ、あんなに捲れそうに……。

 気がつくと、秋葉のお尻に目が吸い寄せられる。
 スカートの中の下着どころか、さらにその奥に隠された秋葉の秘められた処
を、秋葉の体のあらゆる処、秋葉自身ですら知らないような隠れた奥の奥まで、
全て見知っているのに、それでも惹かれる。
 見えそうだと思うと、身を乗り出すように見つめてしまう。
 そういうものだよな、男って。多分。

 でも、期待に反して見えないな、意外と。
 あんなに背伸びしてるのに。
 今度はあっちむいて上半身倒して……。
 おっ、これなら。今度こそ。
 よし、ナイスだ秋葉。

 ……え?
 嘘。
 今見えたのって……、まさか?

 見えるべきものが見えなかった。
 その代り、太股の白い肌がさらに奥まで。
 あれはもう脚じゃなくて……、いや、そんなことはない。

 穿いていないなんて事、無いよな。
 今見たのは剥き出しのお尻だなんて。
 見間違いか何かで。 
 うん、そうだよ。
 ははは。

「どうしました、兄さん? 変な顔しちゃって」

 いつの間にか、当の秋葉が目の前に。
 隣にぺたんと腰を下ろす。
 くっつくほど近くは無いけど、接近しすぎにも思える微妙なところ。
 座っているのもベッドの端だし。
 今の精神状態だと、かなり意識してしまう。

「何でもない」
「そうですか?」

 言いながら秋葉が前に乗り出し、顔を覗き込む。
 横にいる秋葉が、ベッドを少したわませている秋葉のお尻が、すんなりとし
た脚の伸びるスカートの中が、凄く気になっている。
 生唾が湧いて、飲み込む音が大きく感じる。
 あの中、どうなっているんだろう。
 そんな事を気にしている心の中を覗かれているようで、気恥ずかしくなる。

「なんで、そんな格好しているんだ?」
「そういう気分だったんです。似合いませんか?」

 頭を軽く振ると、束ねた髪が腰の辺りで揺れる。
 剥き出しの肩の線が、妙に目を奪う。

「……そうしてるのも、可愛いと思うよ」
「兄さんが褒めてくれるなんて。……嬉しいです」

 うふふ、と可愛く笑う。
 そんな顔を見ていると、さっきのは見間違いだったように思えてくる。

「でも、可愛いって……、それだけですか?」
「それだけですかって、何が言いたいんだ?」
「私、気づいてたんですよ、さっきからの兄さんの目」
「え?」

 ドキリとする。
 ちょっと待て、さっきのって……。
 動揺を見せている俺を見て、秋葉は悪戯っぽく笑う。

「うなじとか、脇の下とか、太股とか、そして何よりお尻とか……。兄さん、
見つめてましたよね?」
「……」

 冷や汗。
 弁明しようも無い。
 いやらしいねちっこい目で舐めるように私の体を視姦していたんですね、と
か言われても否定できないぞ。
 責めるような口調でないのが、救いだけど。

「どうしたんです、兄さん。黙ってしまって。でも……、ここは正直ですよ」

 秋葉の手が、するりと伸びて俺の股間に触れる。
 え、おまえ何を。

「おい、秋葉」
「私を見ていてこんなになったんですか。それともその古雑誌に兄さんを興奮
させるような事でも書いてありましたか?」

 触れるだけでなく、さわさわと撫でさする。
 厚いズボンの布越しだから直接的に大きな刺激がある訳ではないけど、秋葉
にいきなりそんな事をされた、されているという目の前の事実が、頭を沸騰さ
せる。

「秋葉、おまえ……。もしかして、最初から誘っていたのか?」
「半分ですけどね。探し物は嘘じゃないですよ。琥珀も翡翠もいないから、お
手伝いして貰って助かりました。
 まあ、二人がいないから、こんな事始めたんですけどね」

 妖しく秋葉の目が俺を見る。
 手が股間から離れた。
 でも、その誘うような目も、俺を刺激する。
 魔法にかかったように、その目から逃れられない。

「兄さんは、こんな格好お好きかなって、そう思って」
「否定はしない」
「ふふふ。熱心に見てらしたものね。それに、ここが気になって仕方ないでし
ょう? 私がどんなのつけているか」

 ゆっくりとスカートの裾を自ら捲くり始める。
 白い腿がさらに露わにされていく。

「どんなだと思います、兄さん?
 色は、形は、布の種類は……」

 喉がからからになる。
 目が離せない。

「どんなのをを頭に浮かべていたかわかりませんが、残念ながら兄さんの想像
は、全て外れです」

 言いながら、秋葉の手が完全に、スカートの裾を捲り上げた。
 全て俺の目に晒された。
 太股の合わせ目、秋葉の一番秘められた処、そこを魅惑的に覆い隠している
僅かな布切れを……、いや、なかった。
 秋葉は何もつけていなかった。

「秋葉、おまえ、それ……」
「あら。お嫌いですか? 兄さんはこういうの好きかと思ったんですけど?」

 明らかに、俺を誘い、魅惑し、虜にする目。
 嘘なんかすぐに見破る瞳。

「好きだよ。秋葉のそんな姿……、たまらないよ」

 ぷっくりとした丘を彩る薄く柔らかな恥毛。
 その下のわずかに薄紅色の中が見える割れ目。

 知っている。
 良く知っている。
 さわさわとした手触り、摘むとそこからちぎれそうなほわほわ感。
 中の熱い粘膜ともうひとつの唇。
 鮮やかな色で咲き誇る花弁。
 誘うように蜜を垂らし、誘い込む媚態の極。
 閉じたままで、そんないやらしい処を秘めているとは見えないけれども。

 嬉しそうに秋葉は微笑む。 
 とても、こんな自らの手で下半身を露わにしているとは思えない表情で。
 
「良かった、兄さんにそう言ってもらえて」

 僅かに安堵の色が声に混じっている。
 けっこう秋葉も緊張していたのか?

「なんだってこんな真似したんだ?」
「だって兄さん、最近、琥珀や翡翠とばかり……。
 それも琥珀を裸にしてエプロンだけつけさせてみたり、あれって裸エプロン
って言うんでしたっけ……、それに男物の兄さんのワイシャツとショーツだけ
の姿で翡翠を兄さんの部屋まで呼んでみたり。
 あれは兄さんの趣味なんでしょう? いろいろと二人を、変わった姿にして
楽しんで。私とはそんな事してくれなのに……」
「な、な、なんでそれを」

 すうっと冷や汗。
 琥珀さん達には口止めしているのに……。
 見てたのか、何処かで?

「私を甘く見ないで下さい。他にもいろいろ楽しまれているのは知ってるんで
すよ。前は私に制服着せてとかして、楽しんでらしたのに……」
「あれは、おまえ嫌がっていたろ」
「そこを巧いこと言いくるめて私を従わせるのが、兄さんの役目でしょう」
「うう……」
「それで私、兄さんの好みに合いそうなのをいろいろ揃えてみたりして。
 でも、そんなのいきなり試すのも恥かしいから、まずはこんな格好で兄さん
の反応見てみようと思って……」

 上目遣い。
 たしかに最近は、秋葉としない訳じゃないけど、琥珀さんや翡翠とする方が
心なしか多いかもしれない。

「そうか。なるべく差をつけないようにと、気を付けてたんだけどな。秋葉の
こと寂しがらせていたのか」
「翡翠や琥珀を可愛がるのは仕方ないと思います。でも、私の事も……」
「わかったよ。ごめんな、秋葉」

 優しく抱き締めた。
 秋葉の小さな柔らかい体を、腕の中に収める。
 どこもかしこも細い秋葉の感触。
 うん、可愛がってやるよ。
 ぎゅっと手の力を増して強く抱き締める、
 そして、そのまま秋葉をベッドに横たえ……、ようとして止めた。

 どうせなら、普通にただ抱くのでなくて、もう少し何か別な事を。
 せっかく秋葉もこんな事までしてくれたのだから。
 ゆっくりと身をほどく。
 陶酔していた秋葉が、えっ、と驚いた顔でこちらを見る。

「秋葉の言い分はわかった。それは十分反省するよ。
 でも反省しなきゃいけない俺だけじゃないよな、秋葉」
「え、兄さん何を」
「こんな真似をした妹を、黙って放っとく訳にはいかないと思わないか、兄と
してはさ」
「……」

 わからない、という顔の秋葉。
 しかし雲行きが怪しくなったのは悟ったらしく、幾分不安そうな色が混じっ
ている。

「家の中とはいえこんなはしたない格好で男を誘惑するなんてさ。
 こんなのが癖になって、外に出掛ける時にも恥かしい格好するようにになっ
たら、いけないだろ?
 そうならないように、教育しないといけないよな」
「教育?」
「俺だって辛いけど、兄としての義務だ。秋葉に、おしおきをしないといけな
いと思うんだ」
「は、はい。いけない秋葉を罰して下さい」
「素直ないい返事だ。これならまだまだ矯正可能だな。
 どうしようかな、お尻を叩くのもいいけど……、秋葉の白いお尻が真っ赤に
腫れちゃうのも可哀想だしなあ」
「兄さんがしたいなら私は……」
「うーん、いや、やめておこう。明日も学校あるし、椅子に座れないと辛いぞ。
 ならば……、そうだな、こうしよう。これから少しの間、ええと、三十分間
でいい、その間ちょっと秋葉は我慢するという事を学んで貰おう」

 秋葉が露骨に不安な顔をする。
 うん、なかなかに勘のいい事だ。

「兄さん、何をなさるんです?」
「俺が秋葉の体を可愛がってやるから、決められた間、何もしないで身を委ね
ていればいい。それだけだよ、簡単だろ?」
「……私は、何を我慢すればいいんです?」
「別に一切声を出すなとか、感じるなとか、無理な事は言わないから安心てい
いよ。
 ただし、秋葉の方から俺に、何かをしてくれとお願い、この場合はおねだり
かな、そう、俺におねだりをしてはいけない」
「おねだり……、ですか?」
「ああ。そうしたら秋葉は自制心があると判断して許してやる。でも、我慢し
きれなかったらそこでおしまい。今日はそれで何もしない。いやしばらく秋葉
とはするの止めようかな。どうだ?」
「何をなさるんです、その三十分間……」
「さあて、何かなあ。それはお楽しみだよ」
「……わかりました」

                                      《つづく》