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 兄さんとお出掛け

                          作:しにを





 早朝。
 ううん、違う。夜明け前と言った方が正しいかもしれない。
 窓の外はまだ暗い。
 こんな時間に目を覚ますのは、かなり珍しい事だ。
 まして、今みたいに眠りから覚めるどころか、既にお風呂まですませている
なんて事は、初めてだと思う。

 でも、一度目を覚ましてしまうと、もう寝てなんていられなかった。
 寝直そうとしてみたが興奮して眠れない。
 それで、とりあえずお風呂にでも入ろうかな、と浴室へ向かった。
 琥珀もまだ起きてはいないだろうから、一人で。
 誰にも邪魔されずに、ゆっくりと湯船につかりたかったし。

 そしてたっぷりと時間を掛けて入浴を楽しみ、玉の肌に磨きをかけて、上が
ってきたところ。

 私の前には、無数の服が並べられている。
 服だけではない。
 イヤリング、髪飾り、その他の装身具、バッグや靴、下着……、さすがに部
屋が足の踏み場も無い状態になっている。
 
 迷っている。
 何を着ていこうか?
 どれが一番私に似合うだろうか?
 どれを、どの組合せを、選べば良いのだろうか?

 昨夜も遅くまで熟慮を重ね、琥珀にも意見を求めて一応は結論を出したのだ
けど、お風呂であれこれ考えると、どうも他にもっと良い選択があるような気
がして、初めから選びなおしになってしまった。

 念には念を入れる。
 だって、
 だって、
 だって、
 今日は兄さんとデートなのだから。
 
「兄さんと……、兄さんとデート」

 自分で口にするだけで、ふわっと酩酊したかのような感覚が沸き起こり、体
中に甘美な酔い広がっていく。

 ああ、嬉しい。
 嬉しい。
 嬉しい、嬉しい、嬉しい。

 わかりますか、兄さん?
 どれだけ私が喜んでいるのか。
 兄さんが誘ってくれた事が、どれほど私を嬉しがらせたのか。
 
 まあ、ちょっと出掛けて映画でも見て、なんだか中学生のデートみたいだな。
 兄さんはそんな事を言って笑っていたけど、本当に嬉しいです。

 ここしばらくの神経が擦り切れそうな忙しさを、兄さんが心配してくれてい
たと思うだけでも、疲れなんか何処かに行ってしまいました。
 あの労いの言葉だけでも、体が痺れたのに、どこかに一緒に行こうって笑顔
で誘ってくれて……。
 ああ、思い出しただけでも陶然としてしまう。

 どうせなら兄さんに突然驚かせて貰いたかったけど。
 でも、いつどう切り出してくるのだろうと兄さんの行動をドキドキと待って
いるのも楽しかったし……。
 琥珀に感謝するべきなのかな。

 いつもとはちょっと違う雰囲気の琥珀が、私に報告に来たのが二日前。
 少し悪戯っぽく、そしていつもと違った意味ありげな笑顔で。


              ◇   ◇


「志貴さんにお金を貸して欲しいと言われました」
「え?」

 琥珀の第一声がそれだった。
 眉が上がったのがわかった。
 
 また、兄さんは……。
 事もあろうに使用人である琥珀に、何て恥かしい真似を。
 思わず反射的に立ち上がりかけて……、琥珀の顔に気がついた。

 私を咎めるような目?
 露骨にそういう表情をしてはいないが、明らかにその目は私への非難の色を
隠している。

「……、何、琥珀? 説明しなさい」

 少し冷静になった。
 そもそも、そんな事を琥珀が告げ口に来るのは変だと、気がつく。
 
「志貴さんに相談を受けたんです。最近、秋葉さまが遠野家のお仕事と学校の
行事の関係で毎日遅くまで時間を取られていて、凄く大変そうだって」
「え?」
「何とかしてやりたいけど、手伝うといってもどちらも門外漢だし、せめて秋
葉さまをお慰めしたいって、仰っておられました。
 週末は秋葉さまも少し時間が取れそうだから、気分転換に何処か一緒に出掛
けようと思うけど、どうかなってお尋ねになられたんです。
 わたしは、きっと秋葉さまお喜びになりますよって、お答えしました」
「そ、そう……」

 信じられない。
 兄さんがそんな事を。
 ダメ、抑えようとしても顔がにやけてしまうのがわかる。
 ああ、琥珀が見ているのに……。
 無理に顔を平静にして咳払いをする。

「それでですね、実は持ち合わせがこれだけで、何とか助けてくれないかって。
絶対に返すし、お返しに何でもするからって懇願なされて、それはもう土下
座しそうな勢いで。
 それほど懸命に頼まれますとお断りする事は出来ませんし、秋葉さまに内緒
でと言う事でご用立てしました」
「それほどお金が必要なら私に、あ、そうか……」
「秋葉さまとデートする為の資金を、秋葉さまご当人から頂くわけにはいきま
せんよね。
 もし、わたしが断っていたらアルクェイドさんかシエルさんの処に出掛けて、
お金の見返りに何を要求されていたか……」
「……」

 考えたくない。
 きっと、あんな人の心の機微など思いもよらぬ化け物たちなら、見返りとし
てとんでもない要求をするに違いない。
 例えば兄さんを、その……。

「兄さんのお小遣いは考慮します。兄さんが貸した分は私が返すわ……」
「あ、それなら結構です。志貴さんには体で返して貰いますから」
「何言ってるの。それじゃあの二人と変わらないじゃないの」
「庭園の修理とか植え替えとかがあるので、ちょうど良いから力仕事を手伝っ
て貰おうかなって」
「え」

 顔が真っ赤に染まる。
 それに気づいているだろうに、琥珀は何事もなかったような顔。
 わざと人の誤解を招く言い方をして、ひそかに楽しんでいるに違いない。

「秋葉さまにも知っていて頂いた方が良いかと判断しましたので、あえてお話
しました。でも志貴さんには内緒にしておいて下さい」
「わかったわ。ありがとう、琥珀。聞いておいて良かったわ」
「いえ。でも、志貴さんも翡翠ちゃんには借金を頼まない処は、さすがに考え
てますねえ」
「翡翠に頼んだらなんでダメなの?」
「翡翠ちゃんに泣きついたら、無条件で貯金のありったけを志貴さんに差し出
すのわかっていますから。だから志貴さん、翡翠ちゃんにだけはそういう相談
なさらないみたいですよ」

 ……。
 おこづかい少し値上げしてあげようかな。
 方針を変えるつもりはないけど、でも少しだけ……。

 それから、楽しんでいらして下さいねと言い残して琥珀は出て行ったのだ。

 その夜、兄さんが少し緊張しつつ私の部屋に来て……。
 

              ◇   ◇



 よし、このワンピースに決定。
 あまり大人びてきちんと決めるよりも、兄さんには自然な感じの可愛さを強
調する方が、アピールが大きい筈。
 だとすると、これとこれを合わせて、靴は……、うん、これね。
 これでいいわ。
 いいわよね?
 
 じゃあ、後は下着。
 これも重要よ。
 いつ、どう役に立つかわからないんだから。
 いえ、役立てて見せるわ。

 どれがいいかしら。
 この黒のレースのアダルティな魅力に溢れたのはどうだろう。
 それとも白くて薄手で可愛い感じのシルクのこれ。
 こっちもいいなあ、でも布地が少な過ぎるかしら。
 上は少し素朴な感じで、下はセクシーなのっていうアンバランスも効果的か
もしれないわね。

 兄さんはどんな下着が好きなのかしら。
 でも、これだけ悩みぬいても徒労に……、いえ、そんな敗北主義はダメ。
 たとえ直接的には無駄になっても、せめて布石に。
 兄さんの私への意識を妹から異性に変化させる。
 それだけでもいいのだ、今回は。
 その為にも。

 もしかしたら。
 もしかしたら、秋葉を慰めてあげるよ、心も体もとか言って兄さんが。
 ……ないか。
 では、逆のパターンはどうだろう。
 兄さんが調子が悪くなって、とりあえず休める処に入ってとか。
 そして私の方から兄さんに。
 やろうと思えばいつでも出来るんだけど。
 兄さんを倒れさせるのは。
 ……。

 ……最終手段ね。

 でも、そうして介抱していたら兄さんが気づいて。
 いい感じになって。
 ……。
 
 可愛い下着だよ、秋葉。
 兄さん、恥ずかしいです。
 ……。

 でも、秋葉のここは正直だよ。
 だめ、兄さん、そんなに、うんんッッ……。

 そんな感じに……、ならないかな。

 兄さんはどんな風に女の人を抱く、いえ私を抱いてくれるんだろう。
 指はどんな風に私に触れるんだろう。
 あの兄さんの指は。

 こんな風に、優しく?
 それともこんな風に激しく?

 きっと弱く優しく私に触れてくれる。
 最初はその羽根で触れるような優しさに感じているけど、物足りなくなって、
目で懇願しても、兄さんは知らん振り。
 我慢できなくて言葉でおねだりしても、焦らすように弱い愛撫を続ける。
 優しい指の刺激で私をおかしくする。

 きっと強く激しく私を嬲る。
 私がその刺激についていけなくて泣きそうになって、止めてとお願いしても、
兄さんは全然容赦してくれない。
 でも、その荒々しい愛撫にやがて私は順応して、声を出して乱れていく。
 激しい指使いで私を狂わせる。
 
 いつの間にか、手が動いていた。
 両手の指が独りでに動いていた。

 いや、これは私の指ではない。
 兄さんの指が私を弄んでいる。
 私の指ならこんなに恥かしげもなく快感を引き出そうと動いたりしない。

 薄いショーツの布越しに、谷間に沿って溝を掘るように何度も往復する。
 沈み込む。
 遮るものがなければ何処までも指を飲み込みそうなほど、柔らかい。
 布越しの感触でもわかる上の方の敏感な突起を突付く。
 もうすでにぷくりと硬く大きく膨らんでいる肉芽の先を。
 包皮に包まれて、シルクの布に遮られて、直接触れる事ができずにもどかし
い敏感な陰核を。

 くちゅ、といやらしい水音。
 我慢できずに、横から指を潜り込ませた音。
 熱いねっとりとした私の恥ずかしい愛液が指を汚す。
 私が感じている事の証。
 欲情のいやらしい印。
 
 自分でも驚くほどそこは熱い。
 信じられないほど濡れている。
 指だけではなく、次を。
 兄さんを迎え入れるのを、待っている。

 今は、兄さんのものではなく、兄さんの指ですらなく。
 自分の指で。
 でも、いつか、きっと……。

 指を激しく躍らせる。
 かき混ぜ、潜らせ、絡みつくような襞を擦り上げる。

 気持ちいい。
 体がびくびくと痙攣したように動く。
 指も、私自身の意志によらず動いている。
 もうたとえ止めようとしても、止まらない。

 肉体が快感を求めて勝手に動いている。
 私はその波に呑み込まれ、溺れそうになるだけ。
 あまりに激しい波涛。
 僅かな息継ぎが間に合わねば、本当にどうにかなってしまいそう。

 ふわっと高波に跳ね上げられた。
 それにあわせて陰核をきゅっと潰す。
 膣内を弄る指を、激しく円を描くように回す。

 一瞬の空白。

「兄さん、ああっ、兄さんんんんーーーーッッッ!!!」

 ……。
 昇りつめた。
 全身が痺れるような快感。
 
 そしてゆったりと落ちる感覚。
 私の腕の中にいた兄さんが、さらさらと掻き消されていく。

 虚しい……。
 絶頂の後の快感の余韻が、かえって虚しさを呼び起こす。
 こんな自分の指でなんて。
 これが兄さんの指だったら……。

 罪悪感。
 兄さんを頭の中であさましく動かした事に。
 大切な兄さんを己の快楽の道具として使役した事に。
 恥じ入り、罪の意識を胸に抱く。
 微かな心の痛み。

 こんな自分を慰める行為を、自分を汚す行為を。
 行為を……。

 ……。
 ……って、何やってるのよ、私は。

 これから兄さんとデートだというのに。
 ああっ、とっておきのが、
 ぱんつがぐしょぐしょだわ。
 馬鹿、馬鹿。

 はやく脱いで、と。
 乾かせば大丈夫かしら?
 それより、他のを。
 それに早く片付け。
 こんな処を琥珀に見られる訳にはいかない。
 ええと、時間は……、まだある、大丈夫。
 それにもう一回、シャワーだけでも浴びないと。

 もう、……兄さんがいけないんですからね。


                                      《つづく》