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N●Kスペシャル「ある財閥令嬢の一日」

                      らびっと



こんなことなら………。
やっぱり――――家で大人しくしているのだった。

喫茶店のトイレのドアを締め、ほっと胸をなでおろし
ながら…私はそう思った。

――――事の起こりは昨日のことだった。

夕食も終わり、いつも通りに――――
自室で、お気に入りの小説を読む。

「はーっ…。いいわよねー。こんな風に
堂々と……兄さんに迫ることが出来れば………」
「私だって……もっと、兄さんと……」

もっと…兄さんと…そんなことを考えると胸の奥が
きゅんっとなる。

本当に――――兄さんてば、私の気持ちなんか…
考えたことが……あるのかしら…。

「あーあっ……。」

それにしても失敗したわね、あれは………。
遠野の本家に寄生する親戚どもを追っ払うために…。
わざと…殊更に、お嬢さまぶって

「テレビなんて俗なモノ、この遠野の
屋敷の中で見ることは許しません」

なんて宣言しちゃったモノだから…。

あのとき……いつもは何を言っても、文句ひとつ
言わない琥珀がちらりと不満そうな顔をしていたのを
覚えているわ。

あの時は、なんとも思わなかったけれど……
あれは今にして思えば…やりすぎだった。

私物一切持ち込み禁止の浅上では、テレビの娯楽番組を
見るなんてとんでもない話だったけれど。

そんな物に興味を持つようになったのは、あの学校にいた
数週間が原因だった。

最初は敬遠していた回りの女の子たちは、私が
「ずば抜けた優等生」で、しかも「意外と話せる」
人間であることを理由に、集まってきた。

まあ、浅上女学院でも生徒会役員だった私の人徳を
もってすれば…当然のことなのだけれど。

そんなこんなで、兄さんの学校に転校してから出来た
女友達の話題といえば皆、テレビや雑誌の事。

中には「鑑賞会」と称して、わざわざ録画してきた
番組を視聴覚室でみせっこする暇人までいて………。

「優等生」の私は先生をだまして部屋を借りる
いい口実にされていた。

あれほどに毛嫌いしていた物が、友人との付き合いで
覗いてみれば、そうそう捨てた物ばかりでないことも
少しはわかった。

おかげで今まで見たことも無いテレビ番組なんかも
一通り知識として頭に入ってしまった。

「萌え」と言われる恋愛を扱ったアニメや、くだらない
コメディー、感動的な反面、暑苦しいドキュメント番組
等など――――。

………たとえばこんな調子だ。

「20世紀末、バブル崩壊後の不況に苦しむ日本経済は
未だそのどん底を抜け出せずにいた」
「一方そのころ、私立浅上女学院に通う遠野秋葉は
極度の見栄王であった」¥

――――って、誰の事よ………これ!!

自分の弱みは見せない、見栄っ張りの私としては、
「前居た学校が、全寮制で娯楽禁止だった」ことを
理由に、その手の話題は聞き役専門に徹していた。

世の高校生どもは、こんな下らないことに夢中に
なっているのか、思う反面……広い世の中には私の
知らない世界があるのだ、と思い知らされた。

テレビ、雑誌の話題は、世間知らずの私にとって、
聞いた事も無い、新鮮なものばかりに聞こえた。

その中でも興味を引いたのは、兄妹の「禁断の愛」
をテーマにした小説の載った雑誌だった。

彼女たちによれば、こう言ったテーマは漫画やアニメの
定番で、中でも「電撃●sマガジン」に連載されている、
「シ●タープリンセス」は人気の的だった。

ちょっとおどろいたのは、この作品の女性支持層。

「お兄さんみたいな恋人が欲しい女の子」だけでなく、
「可愛い妹が欲しい、お姉様志望者」やら――――
「素敵なお姉さんが欲しい妹志望者」まで居るとは。

んっ?
――――――まさか。
もしかして―――――――――?!

浅上女学院の後輩……瀬尾。
年上の私にやたらと親しげな態度を取ったり、
何でも気軽に言うことを聞いてくれるのは――――。

……まあ、いいわ。
――――――考えないことにしましょう。 

それにしても…シ●タープリンセスか。
「これのアニメ、深夜にやってるのよね」
「テレビ禁止だ何て言うんじゃなかったわ…」

あれほどきつく、宣言した手前、自分の部屋にテレビを
持ち込むなど論外だった。

―――――私の性格。
相手の弱みを見つけたら徹底して叩きのめす。

―――ということは自分も弱みは見せられないという
事を意味する。

比較的大人しい性格の翡翠はともかく、琥珀には
実は結構、恨まれているんじゃないかしら………。

そんなことを思いながら、夢中になって小説に
読みふけっていると………。


コンコン…。

ノックがあった。

こんな時簡に、一体何かしら。
消灯時間はとっくに過ぎているというのに………。

「秋葉…ちょっといいかい?」

何だろう、こんな夜中に。もしかして…夜のお誘い?
わ、私……お風呂だってまだ入ってないし…。

はっ…。
わたしってば一体、何を考えているのかしら。

コンコン…。
ふたたび、ノックの音。

わっ……?わっわっわっ………わー――――――っ!!
大変、こんなところ、兄さんに見られたら……。

「……お待ちください」

私は「シス●ープリンセス」全13巻を慌てて隠し…
大急ぎでドアを開けた。

「何です?こんな遅い時間に」

表向きは平静を装い、あくまでも夜中に現れた
規則破りの兄さんを、咎める振りをして…。
でも……内心は期待いっぱいで、どぎまぎしながら。¥

「いや、ちょっとな…」
「なんですか…兄さん。はっきりしてください」
「いや、その……」

いつもはっきりしない兄さんだが、今日は更になんだか
はっきりしない。

「一体――何なんです。はっきりしないなら、
私は休ませていただきますよ」
「わっ…すまん。秋葉」
「今、言うから待ってくれ。頼む」
「で…なんですか?」

兄さんはすうっと深呼吸して、大きな声で言った。

「秋葉…明日、どこか遊びに行かないか?」

私は一瞬…耳を疑った。

「兄さん…今…なんておっしゃられました?」
「いや……。明日どこかに遊びに行かないか
―――って言ったんだが」

………………………………………………。
兄さんが自分から誘ってくれるなんて、そう滅多に
あることじゃない。

「遊びに――――ですか?」
「最近、秋葉といっしょに外出したことが
無いなあって思って……」

私は動揺を隠し、なるべく平静をよそおって答えた。
「兄さんと違って、私はそうそう暇なわけでは
ありませんよ」
「…駄目かな…」
だ――――っ。
何でそう弱腰なのかしら!!
「わかりました。明日は生徒会があるので、
学校が終わってからで良ければ、お付き合いたします」

表面、平静を装いつつも内心は嬉しくて仕様がなかった。

その後、遠足前の小学生の様に落ち着かず、寝付いたのは
朝方になってからだった。

そして今朝―――――。

「というわけで、出かけて来るわ、琥珀」
琥珀「あら、お二人でお出かけですか」
「ええ、ちょっと遅くなるかもしれないわ」
琥珀「それじゃあ、ちょうど良いので邸内の消毒を
させていただきます」
琥珀「翡翠ちゃんと二人、外で食事もしてきますから
お帰りは夜遅くにお願いします」

「兄さん、それじゃあ待ち合わせは
あの駅で1時に…」
「わかった。それじゃあ、1時に駅だね」

そして―――夢のようなデートが始まった。
と思いきや――――。

いきなり、こんな悪夢が待ち受けていようとは。

「あーあ……」

何で―――こんな日にぱんつのゴムが切れなければ
ならないんだろうか。

………ほんの数十分ほど前……。

「おまたせしました、兄さん」
「ああ、じゃあ…行こうか」

兄さんと会って歩き出した途端、プチッという
かすかな音と、いやな感触が――――。

「秋葉、どうかしたのか?」
「な、何でもありません」
「さっきから、何かもぞもぞしてるが…」
「ちょっと…」
「ひょっとして…トイレ?」
「違います!!」
「あ、ひょっとして―――アレ?」
「……殴られたいんですか?」
「―――髪!!赤いよ、秋葉」
「それはいいですから、一度休憩しましょう」

―――――そして、現在にいたるのだが………。

どうしよう、これ―――。

ゴムの切れたぱんつを履き続けることは不可能。

とりあえず、ごそごそとスカートのポケットに手を
突っ込んで見る。

困ったことに、いつも持ち歩いているはずの
裁縫セットは行方不明。
――――――落としたのかな?

あ―――――――――っ!
うそ……っ。

裁縫セットどころか……財布も、カードも、
何も――――――無い。

あろうことか、緊急連絡用の携帯すら無くなっている。

そんな――――馬鹿な……。

――――ポケットの底、抜けてるじゃない…¥

出かける前、仕度をしてくれたのは…琥珀?

そういえば、心持ちセーラー服のスカートが…
短い―――。

兄さんとのデートの事で頭が一杯で、浮かれて
いたから全然気が付かなかった。

普通に立っていれば平気だけど―――しゃがんだり
したら、見えちゃうかも。

いくら浅上女学院でも、今時、校則通り膝下
10センチも有るようなスカートを履いている
生徒ばかりじゃない…。

立っていてもぱんつが見えそうな、ミニの娘は
さすがに…いないけど。
これくらいの長さなら、珍しいわけでもない。

それに、生徒会での私の立場もあって、誰一人
口を挟まなかったのだろう。

琥珀に、はめられた――――――?!

デートの最中に相手の財布を奪って買い物に
行くわけには―――いかないし…。

兄さんは、気づいているのだろうか?
まさか―――。

あの鈍い兄さんのことだ。
黙っていれば、大丈夫よね……。

どうせ、トイレか、生理だと思い込んでいるだろうし。

何はともあれ―――――。
せっかくの兄さんとのデートを棒に振るわけには、
――――行かないわ。

ゴムの切れたぱんつなんて、こんな中途半端なモノ、
履いているわけにはいかないわね。

よし―――――っ。
覚悟…完了!!


「お待たせしました」
極力…平静を装って兄さんのもとに戻る。

兄さんは相変わらず、のんきそうな顔で
コーヒーかなんかを飲んでいた。

にしても……。
布切れ一枚とはいえ、無ければ、ないで…スース―
するものね。
―――で、兄さんは何処かしら?

「おーい、秋葉。席…取っといたぞ」
ニコニコしながら、兄さんが手を振っている。

あ、いたいた…って――――。
ここは―――――。

―――足元までガラス張りの喫茶店。

最近の複合エンタテイメントビルによくある、
通りから丸見えの、メタリック調カフェの2F、
それも…よりによって、窓際の席…

とにかく、トイレに駆け込むのが先で、
店の外観なんかに気を回す暇すら、
無かったし…。

―――まずいわね。外の人に見られちゃうかも…。

「見晴らしがいいだろう?」

今の場合は…それが良くないんだってば―――。

「私は、名曲喫茶とか…もっと落ち着いた
ところの方が良かったんですけど」
「名曲喫茶?今時そんなもの滅多にないぞ」

そう言われてみれば…そうなのかも知れない。
私の知っているデートシーンは、モノクロ時代の名画
とか、そんなものばかり。

「うる星やつら」とかに出てくるお店も、制作当時
既に絶滅寸前だったと、アニメおたくの瀬尾が、そう
言っていたのを思い出した。

「ここ、涼しくていいね」

ぱんつ一枚無いだけでこんなに冷えるとは
思わなかったわ……。

「ええ―――。でも…ちょっとクーラー、
効き過ぎじゃありませんか?」
「お前、さっきまで暑い暑いって…
大騒ぎしてなかったか?」

やばっ――――――。
気づかれる………。

「いえ…ここクーラーの目の前なので一寸」
「場所、かわるか?」

余り…立ったり、座ったりすると…ばれる確率が
増えるわね――――――

「いえ、お構いなく」
「どこにいこうか?」
「今日は、兄さんのおごりですから…
どこへなりとお付き合い致しますわ」

途端に、不満そうな顔をする兄さん。

「い――――っ?全額、俺のおごりかあっ」
「当然でしょう。それとも兄さんはデートの
相手に、お金を出させるおつもりですか?」
「そんなこと言ったって、小遣いは少ないし
おまけに遠野の家に来て以来、アルバイト禁止だし」

これだから兄さんは………。

「ああもうっ――――」
「後で……お小遣いは差し上げますから……
形の上では、兄さんのおごりにしてください」
「――――――いいですねっ」
「わかった…今日は俺のおごりだ」

――――しょうがないなあ、兄さんは…
女心ってモノが全然わかってないんだから。

まあ、でもそんなところが兄さんらしいと言えば、
言えなくも無いか。

「で、どこに行く?」
「ですから、兄さんが決めてください!」

――――ったく、この男は。

「じゃあ、映画なんかどうかな」
「あら、兄さんにしてはまともな提案ですね」
「それはどうも―――」

――――――映画館の前。

シネコンプレックスとか言って最近流行りの、
複数の映画館が集まった娯楽ビル―――

「何を見る?」
「兄さん…まさか考えてなかったんじゃあ、
ないでしょうね」

途端に、焦ったような顔でそっぽを向く兄さん。

「そんなことはないぞ――――」
「…アレなんかどうだ。ホラー映画」

「きのこ映画『白猫吸血鬼VSカレー女神父』?」
「兄さん…そんなに私を怒らせたいんですか」

「じゃあ、あれは―――?」
「葉っぱ映画『ナイ胸鬼女VS無口座敷童』」
「なんか…微妙に腹立たしい選択ね」

「それじゃあ、お前は何が見たいんだ?」

そういわれてラインアップを見直す。
……ろくなものが無いわね……。

これが某恋愛ゲームだったら、この時期に映画館に来た
事自体間違っているわ、とか思いながら考える。

あっ―――。『「みゆき」劇場版』やってる。見たいな…。
最後、義理の妹とくっついちゃうところが良いのよね。

じーっ。
思わず、看板に見入ってしまう。

「んっ…?『「みゆき」劇場版』見たいのか?」

――――やばいっ、感づかれる。

「わ、私がアニメなんて見るわけ…ない
じゃないですか――――兄さん」

感づかれたら、「深窓のお嬢様」のイメージが、
台無しになっちゃうわ―――。

「そうか―――。残念だなあ」
「今度、有彦とでも見に来るか…」
「あいつが、『あだ●みつるの最高傑作』
って言ってたからなあ…」

しまった……。
あんな奴に取られるくらいなら、いっそ私が…。

「こほん―――」
「今日は兄さんのおごりですし、そんなに
ご覧になりたいのなら、付き合ってさしあげても
宜しいですよ」

「そうか…じゃあ決まりだな」

やった―――。
誰かに見られても、兄さんの付き合いという口実が
あれば、誤魔化しきれる。

「それじゃあ、行こうか?」

そう言って、エスカレーターに乗ろうとする。
まずい、それはまずいってば―――。

「大分上の方ですし、こんなものに乗らないで
エレベーターで行きませんか?」
「大分上?そうかな――。4Fだぜ。3回乗れば、
おしまいだし…まあ、秋葉がそう言うならそうしようか」

ほっ…これで誰かに見られる恐れは無いわね。
――――って何よこれ!!
シースルーのエレベーター?!

「おお、外が良く見えるなー」
「誰も乗ってないし、こっち来いよ。秋葉」
「外が良く見えるぞ…」

じょ、冗談じゃないわ―――。

「あの…兄さん。ちょっと私―――窓際は」
「うん?さっきからおかしいぞ、秋葉」
「高いところ、苦手なんです」
「嘘つけ、木登りで一番だったのはお前じゃ
ないか―――」
「…いつの話ですか!」
「それに最近だって、平気で屋上に出て…
シエル先輩とやりあったりしてたじゃないか」
「―――ともかく、今日は怖いんです」
「ふ――ん。まあ…いいか」

そんな会話をしながら、エレベーターが上がって行く間
私は誰に見られるのかと、気が気ではなかった。

「ほら、着いたよ」

やっと…このエレベーターから開放されるわ。
………………って今度は?
何―――これっ?!

「床が…ガラス張り?」
「ああ……最近流行りだよね」
「東京タワーの展望室なんかも、最近の改装で
そうなったらしいけど」
「ノーパン喫茶じゃ有るまいし、反射して
見えたりは、そう滅多にしないから大丈夫」

…だから、今のーぱん何だってば!!
滅多にでも何でも、万が一見えたら一大事…。

「でも、余り気分のいいものでは
有りませんね」
「それに今時の娘は見られたって平気な
ぱんつしか履いてないそうだし」
「見せパンて言うんだって有彦が言ってた」

そういうくだらないことを兄さんに仕込むのは、やはり
あの男……

だいいち…今見えちゃったら、見せパンどころか、
もろ見えじゃない…。

―――だんだん気分が悪くなってきた。

「おい、秋葉。大丈夫か…?」
「おまえ、顔色が悪いぞ」

                                      《つづく》