ほうき少女まじかるアンバー
Zero night「The Prologue of Magical Amber」
ギュウンッ!
低く暗雲が垂れこめる空、風を切り裂く4つの姿。
高速の何かが、この空を舞っていた。
そのうちの3つはいずれも容姿の似通った老魔法使いで、その右腕のロッド
を振るう度に、何処からともなく現れた氷の矢が発射されていた。
そしてその矢の向かう先……残り1つの姿がそれを交わしている。
つまり、1対3の空中戦だった。
追う者と追われる者、数の上では歴然の差があるにもかかわらず
「……あはー」
追われる者は、余裕の笑みを浮かべていた。
「まったく、1人で敵わないからって多数でなんて、大人げないですねー」
フードを被った少女はほうきに跨り、後ろも振り返らずに楽しげに氷の矢を
避けていた。
「あはっ、付いてきて下さいね〜」
と一声叫ぶと
ズギューン!
今まで後ろにつき合っていた飛行速度を超音速に変えた。
「……あらあら」
後ろが付いてこないのを見ると、あちらは音速が限界のようだ。
「仕方ないですね〜」
6つの山が連なる山脈を抜けたところで、彼女は停止して振り返った。
「……!」
追いかけてきた者は、それが当然のチャンスだとばかりに突っ込んできた。
が……
「あはっ、落ちちゃえ。ファイアボール!!」
少女は楽しげに指をかざすと、上空から火の玉が振ってきた。
魔法使い達は不意の攻撃に為す術もなく、ただ慣性の許すままにいずれも火
の玉に飲み込まれていった。
「さようなら〜」
彼女はひとつ手を振ると、そのまま方向転換して飛び去っていった。
「……ふう」
深い森の中に建つ、周りの環境とあまりにも不釣り合いな城。
まるでそこに魔法をかけて作ったような――いや、実際そうなのだが――そ
の城の庭園に少女は降り立つと、ひとつ溜息をついた。
「姉さん」
と、どうやら自分の帰りを待っていたらしい姿がすぐ隣に現れた。
「ただいま、ジェイドちゃん」
姉さんと呼ばれた少女、アンバーは笑って答えた。
「大丈夫でしたか」
ジェイドは、今し方帰ってきた姉を心配する。
「ええ、あんなの余裕ですよ。ちゃちゃっとお料理しちゃいました」
そう言って、えっへんと腰に手を当てて自慢する。
「……姉さん、袖」
「え? あ……あはー」
ジェイドが冷静に指摘する。肩口にかけての袖が少しだけ切られていた。
「ちょっと、遊び過ぎちゃいましたね〜」
ぽりぽりと頭を掻くアンバー。
「で、ジェイドちゃんの方は?」
「こちらも排除しました」
と報告するジェイドは衣服の乱れも無い。恐らく一瞬の隙も見せず、全ての
的を駆逐してしまったのだろう。
「それでは……」
と口に出したところで、突然変化が起こった。
崩れるはずのない物見の塔の外壁が、崩れ去ったのだった。
「!」
「!」
ふたりはその光景に驚きを隠しえなかった。
「プリンセス!」
そうして、すぐに駆け出すと城の中心部に向かった。
豪華絢爛、であるはずの城。
しかし、そこは今にも廃墟、もしくは灰に帰してしまうかと思われるような
脆さを見せていた。
それはこの城の築城者……つまりこの国のプリンセスの力が今にも潰えよう
としている証拠であった。
「プリンセス!」
ふたりが到着すると、そこにはドレスを纏った美女が玉座にいた。
しかしその姿は鎖に繋がれて――いやその鎖でさえも自分で縛り付けたのだ
が――自らの動きを何とか封じ込め、そこに座り続けていた。
「……ああ」
その鎖に繋がれた女性は、力無く顔を上げると微笑んだ。
「また力が……」
儚げな表情が、もう長くはない事を知らしめている。
「プリンセス、しっかりして下さい! このままでは……」
ジェイドは悲痛な面もちで叫ぶ。
しかしプリンセス・ヴァーミリオンは首を振った。
「いいのです、私の所為でこの世界は争いの時を迎えているのですから……」
この世界を統治していたのは、プリンセス・ヴァーミリオン。
その意志で作り上げられた「千年城」とも呼ばれる城を中心に、穏やかな世
界であった。
しかし、ヴァーミリオンはひとつだけ過ちを犯してしまった。純粋であるが
為に、自分を補佐する者達に自分の力を分けてしまったのだ。
殆どの者は、与えられた魔力をこの世界の維持に役立てた。
しかし、一部の者がこの力を盾に勢力を広げていき、遂にはクーデターを起
こしてヴァーミリオンに反旗を翻した。
あちこちで争乱が起き、傷つき倒れる魔法使いが続出した。
故に、ヴァーミリオンは失望からその力を急速に失い、今まさに墜ちかけて
いた。
しかし、墜ちたプリンセスがどうなるかを、彼女とこの姉妹以外は知らなかった。
この世界の再構築
つまり、全てを破壊してしまうのだと。
今彼女の元に残るは、ヴァーミリオンの近衛兵である双子の姉妹、アンバー
とジェイドだけであった。
多数の勢力による猛烈な消耗戦の結果、残った戦力はいずれも僅かであり、
決定打を欠いていた。
「こうなったら……総力戦で」
苦しむヴァーミリオンを目の前にして、ジェイドは珍しく冷静さを失っていた。
「やめなさい……」
しかしヴァーミリオンの一言に、はっと我を忘れていたことに赤面する。
「申し訳ありません……」
しかし、そう言われてもこのまま墜ちていくプリンセスなど、見たくもなかった。
それはアンバーも同じで、悔しく拳を握りしめるだけだった。
そんな自分の愛するふたりを見て、ヴァーミリオンは優しく語った。
「今は……待ちましょう、セヴンスナイトを」
その笑顔は誰よりも優しく、来るとも信じられぬその人を愛しく待ち続けて
いるようだった。
「プリンセス……」
しかし、それがふたりには辛かった。
セヴンスナイトは、この世界にいる人間ではない。時空の綻びによってこの
世界に現れるという、退魔の血筋を唯一受け継ぐ者。
マスターとも呼ばれるそのセヴンスナイトと契約することで、魔法使いは他
の全てを排除する強力な力を得るという。
それは、墜ちたプリンセスをも凌駕する、この世界を支配するほどの力。
だから皆がそのセヴンスナイトの出現を待ち、自らの勢力に取り込もうと戦っ
ていたのだった。
しかし、全ては運命のいたずらか、セヴンスナイトは決して現れることなく、
この時を迎えていたのだ。
「アンバー、ジェイド。今は休みなさい……。これで暫くは戦いもないでしょう」
今し方襲撃してきた勢力も、恐らくこれで手駒を使い果たしてしまっただろ
う。残るは大本のみと悟ったヴァーミリオンは、ふたりに下がるように命じた。
「……分かりました」
主の命令には逆らえず、ふたりは王の間を後にした。
「……早く来てよ、志貴」
誰もいなくなった空間。
玉座に座り、ふと懐かしげに笑っているヴァーミリオンの姿を知るものはい
なかった。
《つづく》
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