すわっぷ えー ふぉー びー
阿羅本 景
「んー、やっぱりなぁ」
俺は翡翠を見つめながら腕組みをする。
翡翠は俺の部屋のクローゼットを開いて衣類の整理をしていたが、俺の声を
聞きつけて顔をこちらに向ける。
「何かございますか?志貴さま」
「いや……あんまり大したことはないんだけどね」
俺は椅子の上に腰掛け、頭を掻いて翡翠を改めて見つめる。
裾の長いスカートと袖山の入ったメイド服に白いエプロン、ともすると厚ぼっ
たく無個性になる使用人の服装をしていても、翡翠の身体は見事に女性の曲線
を描いている。
そして短い髪にカチューシャを載せた翡翠の顔は、顎と鼻梁の線がすっきり
と整っていて美しかった。ただ、働いている最中は目の光が硬く、どうしても
機械人形のような美貌という印象を受ける。
やはり、翡翠は美人の部類だろう。同級生でも翡翠なみの女の子を捜すのは
容易ではない。先輩も可愛いけども、どっちかというと美女というよりファニー
フェースだった。
ただ、アルクェイドの奴のあの超絶な美貌に比べると見劣りするが、あれは
例外。秋葉の奴も黙っていれば美少女だけど、あのなんというのか、気後れす
るようなアルクェイドに比べれば……
まぁ、アルクェイドのことはさておき。
問題は、目の前の翡翠だった。
「……志貴さま?」
「いや、うん、やっぱりそうだ。当然かも知れないけども、翡翠は琥珀さんに
似ているなって……いや、馬鹿なこと聞いて御免」
翡翠の双子の姉である琥珀さん。
似ているのは当然だった。翡翠に馬鹿にされ侮蔑の瞳で眺められても仕方な
い阿呆な発言。ただ、正面向いて翡翠と向き合っているとやはりそれを感じる。
翡翠はすっと目を細くしたが、俺の真意を測りかねているような……
もっとも琥珀さんは和装に青いリボンと全く恰好が違うために、間違えるこ
とはない。
もし琥珀さんと翡翠が俺のクラスメイトで、あのプリーツスカートとベスト
の制服で一緒にいたら大変だろう。まぁ、そう言う眼福な光景を見てみたくも
あるのだが……
「左様ですか、志貴さま」
「いやまぁ当然だよな、双子だから……一卵性なら似てて当たり前か」
「いえ、姉さんと私はあまり似ていないと思うのですが」
はい?
今度は俺の方が首を捻る番だった。
は?と思わず口走ってしまう俺。だって、琥珀さんと翡翠は双子だから、こ
れ以上に似ている組み合わせはない筈なんだけども……双子の当事者からして
みれば話は違うのか?
わからない。いや、さっぱり。
「あの、その、翡翠……鏡見たことあるか?」
「もちろんですが……その、やはり姉さんとは顔では似ているところはあると
おもいますが」
琥珀は微かに俯いて話を続ける。自分と姉のことを話す翡翠には、何となく
傾注しながらも無関心さの漂うようないつもの様子はない。
「それでも、やはり姉さんと私は違うと思います」
「はぁ……それは確かに雰囲気とかは違うけども、それでも……うーん」
だから服装を除いてはどこが違うしどこが同じ、というのを言いかねた俺が
腕を組んで悩んでしまう。難しい、二人は双子だから、と言うことで常日頃思
考停止していたのだと改めて思い知らされる。
――普通はそれで問題はないのだけども。
「そうそう、琥珀さんは翡翠のフリするよね、時々」
俺は例証を頭の中で探して、つい琥珀さんの悪癖を口に出してしまう。
口に出した瞬間に、あ――と俺は苦って閉口する。琥珀さんが翡翠の恰好を
して活動すると言うことを知らなくはない筈だったけども、それでもそれを口
にするのは賢明な行為だとは言えないだろう。
俺は口に手を当て、畏まる翡翠にちらりと済まさそうな目を向ける。
翡翠も琥珀さんのコトを触れられて、少し身を引いて不安そうな顔をしてい
た。ああ、俺の馬鹿馬鹿。
「姉さんの悪癖に関しましては、妹の私からもお詫び……」
「そんなコトする必要はないって、翡翠。俺の方も馬鹿なこと言って悪かった……」
俺と翡翠、ふたりとも口々に謝り始める。お互いの謝る言葉を耳で聞きなが
ら、さらにそれに対しての謝意を表そうと科白を頭の中で探すが……
なにムキになってやっているんだろう?と思うと俺は喋るのを止めて、翡翠
の言葉をまず先に聞き取ろうとする。だが翡翠も同時に口を閉ざして……
俺と翡翠、ふたりともぴたっと黙ってお互いの言葉を聞こうとする。
ただ、惜しむらくは二人とも黙りこくってしまったことで。
何となく気まずい沈黙が、俺の部屋に流れる。
さて、詰まらぬ俺の思いつきから言い出してしまったことのことをどういう
風に取り繕うべきか……立ち上がって翡翠の手を取ろうかと思ったその時。
コツコツ、と部屋のドアがノックされる。
「志貴さん、お茶が入りましたー、一休みしませんかー?」
噂をすれば何とやら、琥珀さんだった。
琥珀さんのことが話題になっていたので、当の本人がやってくると気まずく
てならないはずだったが、不思議とそんな気分は起こらなかった。むしろ俺は
ほっとしていて、翡翠も拒んでいる様には見えないし……
俺は立ち上がり、ドアに向かって呼ぶ。
「ああ、丁度良いところに……いいよ」
「はい、失礼しますねー、あら、翡翠ちゃんも居るんですか?」
ドアを開けて琥珀さんがやってくる。
片手にお盆を乗っけてドアを開くと、琥珀さんはドアの中を覗き込んでそう
口にした。そして笑顔を浮かべながらぺこりと頭を下げると、部屋の中に進ん
でくる。
今日は、日本茶の急須と湯呑みが載っている。それに羊羹も一緒。
翡翠は琥珀さんの姿を目にすると、再びしゃがみ込んでクローゼットの中の
洗濯物の整理を始める。俺は軽く伸びをすると、琥珀さんがやって来た今どう
いう風に話をし始めたものかと僅かに悩む。
――ここで突然話を切るとむしろ空々しいから、やはり……
「琥珀さん、さっき翡翠と話していたんだけど」
「はいはい、何ですか志貴さん?」
琥珀さんは湯呑みに急須を傾けながら相づちを打つ。とぽとぽと注がれる湯
呑みから、青さと若さのある緑茶の涼やかな香りが漂う。
んー、やはりお茶はいい。俺も有間の家の習慣か、お茶の匂いを嗅ぐと不意
に安らぎに似たものを感じてしまう。
どすっと椅子に腰を下ろすと、俺は話を続ける。
「当然のことかも知れないけども、翡翠が琥珀さんに似ているって」
「あはは、それはそうですよー志貴さん。私と翡翠ちゃんは双子ですからねー」
うん、これがごく普通の答えだ。双子だから似ている。当然の命題だ。
そのお陰で俺は翡翠と琥珀さんを間違ってあわや取り返しの付かない体験を
する所だったんだけど……まぁ、思い返したくもない恥ずかしい昔の話だ。
翡翠が似てない、と言ったのはそのこともあるのかも知れないな。俺は薫り
の高い緑茶を啜りながら考えた。
「俺もそう思ったけども、翡翠は双子だけども似てないって……」
「あれ、そうですかねー。私は翡翠ちゃんと私は瓜二つだと思ったんですけども」
「いや、顔形だけじゃなくて、仕草とか性格とかも含めれば違うかもね」
俺はそう言って笑うと、楊枝で羊羹を切って口に放り込んだ。
じんわりとした小豆の甘さを口の中に広げながら、俺は翡翠と琥珀さんを眺
める。翡翠は話を聞いているみたいだけども、口を挟まずクローゼットを片づ
けて今度はベッドメーキングを始めていた。
琥珀さんは、はぁー、と得心したように息をつくと、ぽん、と手を打つ。
「志貴さん志貴さん、ちょっと翡翠ちゃん借りていいですかね?」
琥珀さんは笑いながら、不思議なことを言ってくる。
翡翠を借りるって……俺は翡翠を使っている訳じゃないから是非もないけど
も、一体何を琥珀さんは言いだしたのだろうか?俺は口に楊枝をくわえたまま
つい琥珀さんを見据えてしまう。
琥珀さんは目を細めてにこにこ笑っていた。その後ろで翡翠がベッドの上か
ら体を起こして、俺と琥珀さんの背中を見つめている。
翡翠も微かに怪訝そうな顔をしていたが、俺の手前か目に見えて表情を変えない。
翡翠もきっと、何を琥珀さんが言いだしたのか不安なのだ……と思う。
「翡翠……を、借りる?」
「はい、そんなに長いことは懸かりませんから〜。ねぇ、翡翠ちゃん?」
「姉さん?」
俺がくわえ楊枝のまま眉根を寄せてお茶を啜り、琥珀は振り返るや翡翠の腕
を抱きかかえている。仕事の途中の翡翠は困った顔をしているが……
「姉さん、今私は仕事中ですから……」
「もう、翡翠ちゃんが乗ってくれないと面白くない話なのにー。志貴さんも翡
翠ちゃんに言って上げて下さいよー」
「いや、なにをするのかがさっぱり……どういうことかな?」
俺がそう、沸き上がる疑問を抑えきれずに尋ねる。
でも、琥珀さんは翡翠の腕を抱えて話さず、くすくすと笑うと一言。
「そ、れ、は、秘密ですよー、志貴さん?」
……万事休すというか、なんというか。
ここで琥珀さんにダメ、といっても話が進まないみたいだった。翡翠は迷惑
がっているみたいだけども、まぁ琥珀さんのすることだから、翡翠が嫌がるこ
とをするわけじゃないだろうし。
俺はもう一口緑茶を啜ると、二人に告げる。
多分に面白半分であり、困る翡翠を見るのがたのしくもあって。
「翡翠の困らない程度なら、いいんじゃないのか?」
「はい、そう志貴さまが仰るのでしたら、さっそく翡翠ちゃんを借りていきますねー」
「姉さん、ちょっと……姉さん?」
琥珀さんはぺこりと頭を下げると、翡翠を引っぱってドアの向こうに消えて
いく。翡翠も琥珀さんに引っぱられるままに歩いていくが、動揺しているのか
俺の方にお辞儀をする素振りも見せない。よほど琥珀さんの行動に慌てている
のか。
ただ、ちらっと俺を振り返る翡翠に、俺は目配せを送って安心させようとす
るが、まぁ……一体何をどうするつもりやら、琥珀さんは。
(To Be Continued....)
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