秋葉の不在の間に、志貴の日常はにわかに慌ただしいものとなっていた。遠
野家の顧問弁護士との会見と相談、当局の捜査員との応対、病院での検査、そ
れに不運にも亡くなった運転手の葬儀への参列。
 この事故で亡くなった運転手の葬儀では、志貴は居たたまれない心痛に襲わ
れていた。だが、妹の秋葉も行方不明、という境遇の志貴に向けられる目にも、
同情の色が占められていた。

 志貴の心は悲痛な物であったが、まだ秋葉が死んではいない、と言う事が心
の支えであった。それに、秋葉がまだ死んでいないと言うことに、一つの確信
があった。
 
 志貴の中に宿る、半分の魂。秋葉から分けら志貴の中に根付く命の炎はまだ
消えていない。秋葉の身に何かがあれば、この魂に何らかの異変があるはず。
志貴にはその確信があった。

 黒い喪服で葬儀に参列し、タクシーの座席から降り立ち門の前に立っていた
志貴は、そこに待つ人影を見て首を傾げた。タクシーが暗くなりつつある夕暮
れの中を排気音を立てて走り去る中、その人影が動く。

「お帰りなさいませ、志貴さま」
「ただいま……?」

 志貴がそう翡翠のいつもの挨拶を返すと、もう一人の待ち人に志貴は向き直
る。浅上女学院中等部の冬服に、短い黒髪につぶらな瞳。まるで小動物のよう
な感じのする少女。
 この娘に比べれば、落ち着いた翡翠の方がまだ年上の女性らしい落ち着きが
感じられる。志貴がその娘に対しておそるおそる声を掛ける。

「瀬尾 晶ちゃん?」

 それは、志貴にとって面識のある少女であった。秋葉の後輩で、特殊な力を
もつ瀬尾晶。志貴は意外な客人に驚きの色を隠しきれなかったが、すぐにそん
な制服姿の晶に声を掛ける。

「いらっしゃい。残念ながら秋葉はいないけど……今日は?」

 その志貴の声の、秋葉という言葉を耳にした晶はしゃくり上げるように顔を
歪めたかと思うと、たっと志貴に対して駆け寄る。
 呆気にとられた志貴の胸元に、ぶつかるように晶は縋り付く。

「志貴さん……私が秋葉さんにちゃんと言わなかったばっかりに……」

 そこまで言うと、晶はえぐえぐと涙ぐみ始める。志貴は唐突に晶に縋り付か
れ、このように泣かれるという行動に動揺し、咄嗟に翡翠に救いの目を求める。
 翡翠は、困った様な瞳で志貴の様子を眺めている。自分が愛する人に、いき
なりこのように抱きついて泣き出す少女に対して、どういう態度をとったらい
いのかが見当も付かないからである。

 志貴はとりあえず晶の肩に手を置いて落ち着かせようとするが、その手が晶
の肩に触る瞬間に翡翠に睨まれたような気がした。本当は抱きしめたりもした
かった志貴ではあるが翡翠の手前、ここはやんわり触って身体を離すのが精一
杯である。

「晶ちゃん、落ち着いて……秋葉はその、病院に入院して……」

 志貴は浅上女学院に対して、秋葉が事故にあって入院している旨を生徒達に
伝えるように取り決めていた。謎の事故に秋葉の行方不明、という不穏な事を
生徒達に伝えることで動揺を生むことを懸念していた、学院側の提案であった。
 だから、晶はきっとそんな先輩の秋葉を心配しているんだ、と志貴は思って
いた。

 ――だが、そのわりに晶ちゃんの言うことは、どこか……

 ぐすぐすと涙ぐむ晶は、志貴の慰めに対して涙声で繰り返す

「でもでも、先輩は……行方不明なんですよね?」

 志貴の顔色が変わる。伏せられていたはずの秋葉の近況について、なぜこの
娘が知っている?志貴は晶の肩に置く手がわずかに震えが走るのを知った。晶
は、目元を指で拭ってこう言った。

「だって私、見ちゃったんです――」

 志貴は、思わず晶の肩を強く握りしめた。
 瀬尾 晶が「見る」――それは、普通の人間の意味する言葉と違う。彼女の
見えるのは、人間の未来の姿。類い希な未来視の見せる現世の影。

 そんな晶が、秋葉の何を見たのか?晶の肩を握りしめ、揺さぶってでも話を
聞こうとする志貴の素振りを見かねてか、翡翠が志貴の手にそっと触れ、頭を
軽く不利ながら志貴に告げる。

「志貴さま。こちらで立ち話はいかがなものかと。支度を致しますので是非と
も中でゆっくりと」
「ああ、済まない。じゃぁ、晶ちゃんを中にお通して……」

 今まで志貴に強く肩を握られた晶は、感情の乱れと思わぬ志貴の行動ゆえの
驚きで眼を見開いて黙りこくっていた。ただ、志貴の手がぱっと離れると、そ
の肩の手の後にそっと手を添えるが、すぐに翡翠に手を引かれて屋敷の中に案
内される。

 先に翡翠と晶を遠野邸に通しておいて、志貴はその後を追った。門前で清め
の塩を軽く振ると、一人で玄関に上がり自室に戻った。この、辛気くさい喪服
のままで過ごすことには、衣食住に無頓着な志貴をしても流石に苦しいことで
あったからだ。

 喪服を無造作に椅子の上に投げると、室内の普段着を取り出して袖を通す。
そして鏡の前で姿を確認すると、足早に部屋から応接室に向かう。

「あら?志貴さま、お戻りだったのですか?」

 途中で七夜に声を掛けられ、志貴は応じる。

「ああ、七夜さん。秋葉の後輩の瀬尾さんが来ているから、お茶を……」
「はい、志貴さまがいらっしゃる前に差し上げておりますよー。それと、志貴さま」

 そこまで言って、七夜は声を潜める。そのまま歩き去っていこうかとしてい
た志貴は、足を止めて七夜の方に向き直る。

「どうしたの?七夜さん」
「変な話かも知れませんが……最近、門の外に警察の方とおぼしき人たちを見
かけますので、御身辺にご注意されたほうがよろしいかと、と」

 それは館の防犯システムを管理する七夜ゆえに気が付くことであった。志貴
の頭の中に、あの倉橋刑事が話した内容が過ぎる。今日は晶が来ている以上、
物騒なので帰りに送っていかないと――と思う志貴であった。

 七夜がそこまで言うと、一礼して去っていく。志貴は止めていた足を動かし、
応接間のドアを開いて晶と翡翠の元にたどり着く。そこには、先ほど泣いてい
た晶が両手でカップを握って紅茶を口にしており、その横で翡翠が立つ姿が目
に入った。

 立ち上がってあらためてお辞儀を仕様とする晶の前に、腰掛けた志貴は先ほ
どの話の続きをし始めた。

「晶ちゃん、ようこそ我が家に……その、よければ晶ちゃんの話を――秋葉の
話があるのなら、聞かせて欲しい」

 そう優しく口にした志貴の声に、ぽーっと晶は聞き惚れていた様であった。
志貴の真剣な視線に気が付き、あわわわ、と少し慌ててから赤面する晶が答え
始める。

「その、秋葉先輩のこと、見ちゃったんです……」
「それは……何時のこと?」
「四日前の放課後です。試験休み前の生徒会の打ち合わせの時に先輩と一緒で、
お別れの挨拶をしたときに、突然キーンとなっちゃって……」

 志貴は、晶がある瞬間、突然未来の風景や出来事を見てしまう事を聞いてい
た。その代わり、自分も不思議な目を持つことを教えあっていたが、あの秋葉
の並はずれた遠野の力に関しては黙していた。その方が、秋葉との仲を保つの
に良いだろうという判断の元に。

 晶が未来を見る瞬間。その時には、音や光による準トランスの状態に入ると
いう。それを知っている志貴は、僅かに前のめりになるように身体を傾け晶の
話を聞こうとする。

「それで……何が見えたの?」
「……秋葉さんが、その……誰かに連れ去られる光景です」

(To Be Continued....)