「噴ァァッァァァッ!」

 それを語る言葉は、まさに剣舞というしかない。

 まるで全ての動きを見通しているかのように、志貴はサーベルと共に舞い狂
う。だが、それは狂奔ではなく、一つの動きが一つの獣を確実に仕留め、次々
に地面に広がる染みのような混沌の肉に帰していく。

 疲れを知らぬ志貴の剣舞に、ネロは――圧倒された。
 だが、ネロは頬に引きつったような笑いを浮かべ、負けずと絶叫する。
 
「……だが、お前の方こそ甘い……我が陥穽に落ちたな!」

 何体を切ったかを志貴は覚えていない。だが、ネロの叫びとともに、突然獣
たちは形を失い、どろりと融けるタールのような池に化した。
 志貴は、状況の急激な変化に戸惑いの表情すら浮かべなかった。半眼のまま、
サーベルをぶら下げて混沌の池の中に立つ。

「呑まれろ!遠野志貴!」

 やにわ混沌の黒い池に大波が立ち、怒濤のようにうねりながら志貴を呑む込む。
 ネロの、高笑いが響く。勝利を確信しきった笑い。だが、混沌の波濤である
獣王の巣に呑まれる志貴の顔に、笑いが浮かんでいるのを気が付かなかった。

 真っ黒いぬるぬるした混沌の中に呑まれた志貴。そこに残っているのは、ター
ルのような池と、人の身長ほどもない盛り上がり。

「妹と共に、我が獣王の巣に取り込まれるよい……」

(だから、甘いんだよ、ネロ・カオス)

 ネロは己の内側から響く声を聞き、ぎょっとして辺りを探る。
 そこには、混沌に呑まれたはずの志貴の残骸しかない筈であったのだが……

(お前は小道具に頼りすぎだ。分からなかったのか?俺がお前にこれを出させ
るために闘っていたのだと)

 ネロの中の声は、落ち着きを払った遠野志貴の声であった。

「馬鹿な……我が結界をなんと……」

(結界だろうが何だろうが、世界の摂理の内側にいる以上、存在は破綻と崩壊
は防ぎ切れない……そして、俺は、摂理が破綻の可能性を含むのであれば、そ
れが神でも――殺せる)

 それは、まるで当然のことを語るような落ち着いた口調。
 そして、黒い混沌の海の中で光る半眼の浄眼。
 己の中の志貴の言葉に、ネロは――初めて恐怖を覚えた。

(秋葉は返して貰う)

 呑まれたはずの志貴は、ネロの内側で――サーベルを投げ捨ててナイフを掴む。
引き出された刃の背に点々と浮かぶ血錆は、銑鉄のように赤く鈍く輝く。

 そして、ナイフはいとも易々と、ネロの内側を縦横無尽に切り裂き、奥深く
にしまい込み、けっして外に出るはずがない遠野秋葉をまるで最初からそこ
にいたのを知っていたかのように見つけだして奪い、そして――

 盛り上がった混沌の池が、真ん中から真っ二つに切り裂かれた。
 その中から、浮き上がるかのように人影が沸き上がり、不定形の混沌がずる
り、と後退していく。

 全裸の秋葉を抱えた、遠野志貴の姿。
 志貴は赤黒い髪の秋葉を抱えたまま、ネロを哀れむような瞳で眺めていた。

「お前は……所詮は学者崩れだ、ネロ・カオス。真の戦士ではない。
 だから、真の戦士には敵わない。簡単なことだ」

 志貴は秋葉を抱え直すと、そう告げる志貴。
 ネロは、無防備にも見える志貴に、屈辱と劣等を抱いていた。己の術策を打
ち破り、無力なモノと為し、そしてあざ笑う。

 そんな存在を、ネロは憎んだ。あの完璧な存在であるアルクェイドを羨み、
興味深く思いながらも内心憎まざるを得なかった時から、初めて抱く純粋な憎
しみ。
 ネロは、憎悪の雄叫びを上げ、志貴に向かって飛びかかった。

「シエル先輩。やっていいよ」

 志貴の口が、そう小さく動く。それをネロは聞いたか聞くまいか。

 ガフンッ!

 空中でネロは、何者かにはじき飛ばされる。そして、無様に地面に叩き落と
されてから、自分を叩き落としたのが何だかを知った。

 そこにいたのは、無骨な黒い重狙撃銃のような銃を構えた、シエルの姿。
 身長ほどもある黒い銃身を軽々と構え、対吸血鬼用のペイントに彩られたシ
エルは、獲物を狩る猟師の、冷たく冷静な瞳を照星と照門の向こうに見せていた。

 ネロは、己の身体に大きな穴が穿たれたのを識る。黒い銃身が、根こそぎ不
浄な存在を消し去っているのだ。
 ネロは、憎しみが恐怖に転じる。この化け物のような男と、埋葬機関の女殺
し屋を一度に相手に回すのは分が悪すぎる。ならば、引くに越したことはない。

 ネロは怪鳥の如く地面を跳び、背を向けずに後ろに跳ぶ。

requiem aeternam dona eis Domine, et lux perpetua luceat eis. Requiescant 
n pace


 シエルは口の中で唱えると、黒い銃身の照準をネロの身体に定める。

 ――主よ、永遠の安息を彼等に与え、絶えざる光を彼らの上に照らし給え。
         彼らの安らかに憩わんことを――

Amen !!

 ガフッ、ガフッ!という普通の銃とは異なる発射音が黒い銃身から響き渡り、
ネロの身体にボカボカと穴が穿たれていく。頭の半分が吹き飛び、胴にも大穴
が空いたネロは、黒い銃身に己を削られ続けるが、その計算の中でこう思う。こ
の混沌の身体なら耐え抜ける――

 雪がひとひら、空から舞い降りる。

 逃げ切った――そうネロが思った瞬間、不意に後ろの存在に気が付いた。
 ネロが身を翻すと、そこには、紅い瞳があった。

 それが、ネロと呼ばれた死徒の、最期に見たものであった。

(To Be Continued....)