「決まっているじゃないの、琥珀!行くわよ!」

 私は飛ぶように自室から飛び出す。
 そして、スリッパも履かずに廊下を駆け抜け、階段を駆け上がり、二階の廊
下を一陣の朝の疾風と化して舞う。
 そして、二階の兄さんの部屋のドアを目に捉えるや――

「兄さん!確かめたいことがあります!」

 轟音を立てて弾け飛ぶドア。
 その向こうでは、兄さんが翡翠をベッドに押し倒して――

「ずぇりゃぁぁぁぁ!」

 そのまま床を蹴って矢の様に飛ぶ。
 兄さんの首が私の方を向いて、その向こうには恐ろしい恐慌に襲われた表情が――
 だが、そんな兄さんの顔面に私の素足が決まる。

 ズガシュッ!

 スローモーションで吹き飛ぶ兄さん。
 私も空中蹴りの姿勢のまま兄さんの後をゆっくりと追って……

「ひ、ひ、秋葉さま!」

 翡翠の悲鳴で、時間が元通りに動き出す。
 ノックダウン確定の仰け反りで吹っ飛ぶ兄さんと、私がそのままベッドの上
に落ちる。ベッドのスプリングを弾ませながら私と兄さんはベッドの上で跳ね
ていたが、私はすかさず兄さんの襟首をひっ掴む。

「兄さん!朝から何で翡翠を押し倒しているんですかっ!」
「あー、志貴さんが翡翠ちゃんにエッチなことしてるー……って、遅かったで
すねー」
「ね、姉さんも……」

 私の背中では翡翠と琥珀が脅えている様な気がするが、そんなことよりも今
の問題は兄さんだった。
 兄さんは鼻血を流しながらかっくんかっくんと首を傾けているが、私はそん
な白目の兄さんに構わずぶんぶんと襟首を握ったまま振り回す。

「兄さん!私は兄さんに質問しているんです!気を失っている場合じゃありません!」
「無茶を言うなよ秋葉、お前が跳び蹴りを……」
「跳び蹴りを避けられない兄さんが悪いんです!」

 不条理なことを叫んでいるような気がするが、今はいい。
 兄さんは意識を取り戻すと、まず私の顔を見て顔をしかめようとするが、す
ぐに妙に凍ったぎこちない表情になる。目線は私の顔よりむしろ私の後ろの琥
珀と翡翠に注がれているような。

「あの、翡翠……誤解なんだ、その、つい躓いて……」
「……志貴さま、私は志貴さまの使用人ですので志貴さまのどんな要求にも応
えるつもりで」
「きゃー、朝から志貴さんも翡翠ちゃんも大胆ー、お姉さんくらくらー」

 私を無視するな私を!
 襟首を掴む腕を交差させて、兄さんの首筋を袖絡みに締め上げる。
 見る見る間に兄さんの顔は真っ赤になってきて……

「や、止めろ秋葉!死ぬ!死ぬ!」
「死にたくなかったら私の質問に答えて下さい、兄さん」

 少し腕を緩めると、眦を決して兄さんの顔を睨み付ける。
 兄さんは紅くなったり青くなったりしながら私を見て、頷く。
 胸につかえるような荒い息を付きながら、私は兄さんを凝視する。兄さんは
弱々しく口を開くと……

「秋葉、すまん、翡翠のことは……」
「私が聞きたいのは翡翠のことじゃありません」

 へ?と兄さんが顔に疑問の色を広げる。兄さんは翡翠に良からぬコトをしよ
うとしていたことを見咎められたと思っているいるらしい。
 何となく安堵しているような兄さんを顔をまた強く睨み付けると、私は核心
に移る。

「兄さん、いくつか伺いたいことがあります」
「お、おう……なんだ秋葉……」
「兄さんは、誰のことを考えてオナニーしているんですか?」

 ――その時の兄さんの顔を、筆舌で語るのは難しい。

 魂の抜けたような、おどろいたような、それでいながら心の中の疚しいとこ
ろをつかれていながらも、まるで私を別の世界からやって来た宇宙人でも見る
かのような理解不明という表情、とでも言うのだろうか?とにかく、兄さんは
私の質問で正体を失っていた。

 口をぽかーんと開けて、兄さんは私を見つめている。
 私がそんな兄さんの襟首を掴みながら、また締め上げようとすると……

「あ、秋葉サン?その、オナニーって?」
「オナニーはオナニーです、兄さん、自慰ともマスターベンションともいうあ
れです。よもや兄さんがオナニーをしないとは言わせません」

 男の人は女の子と違って出す物を出さないといけないから、オナニーなしで
生きてはいけないだろう。
 いや、もしかしてしなくて良い男の人もいるのかも知れないけども、万に一
つも兄さんがそんな種族であるとは思えない。

「翡翠!」
「は、はい!秋葉さま!」
「翡翠は知ってるわよね、兄さんの部屋の屑籠を片づける仕事だから……入っ
てるんでしょう?兄さんの精液が付いたティッシュが」

 私が翡翠に振り返ることもなく詰問する。
 翡翠の答えは聞かれなかったが、この沈黙は――何より雄弁だった。翡翠が
答えられないということは兄さんの目前であることの慮りと、私への忠誠の板
挟みだ。それは即ち、あったということだ。
 何よりも、兄さんの顔がまた青ざめていく。翡翠に聞くよりもこっちの方が
わかりやすい。

「やはりしているんですね、兄さん……答えて下さい、私を思いながらオナニ
ーをしているんですか?それとも……アルクェイドさんやシエルさんを?」

 キシ、と私の腕は兄さんの首を締め付けていた。
 兄さんは目をめまぐるしく走らせて何かに救いを求めているかのようだった。
そして、ゆるゆると口を開いて……

「な……なんでそんなことを聞くんだよ、秋葉……」
「……なんででも、です。さぁ、答えて下さい兄さん」

 兄さんの口が、空気を求めてぱくぱくと動いている。
 だけども、その奥から声は漏れてこない。もしかして指を締め付けすぎて動
かせないのかと思って僅かに緩めると、兄さんは……ゆっくり首を振った。

「……いや、その、秋葉、それはちょっと……」
「もしかして……兄さんはあの金髪猫やでか尻に精液を吐き出し続けているか
らオナニーをする必要はないってこと……」

 そうだ、そうに違いない。答えれば楽になれるのに、答えられないのだとし
たらもっと後ろめたいことを隠しているからに違いない。
 なんということ!オナニーで精液を浪費されるのは愚か、兄さんはこの私を
差し置いてあの女たちに種付けをし続けていると……

 この私が居るのに。
 なんで兄さんは私に出してくれないのっ!

「秋葉、そ、それは誤解……」
「シャーラップッ!!兄さんは遠野の長男、即ち兄さんの身体は遠野のもの、
兄さんの五輪の身体の二厘五分、即ち精液を遠野以外のモノのために浪費させ
るのは、遠野の当主として許せませんっ!」

 私は兄さんの衿口から、寝間着の上着を引きちぎる。
 ビリビリビリという布を裂く音とともに、兄さんのその傷跡の残った胸板が
広がって……
 ああ、兄さんの肌の、汗の混じった香りが私を酔わせる。

「兄さんが無駄遣い出来ないように、私が搾り取って差し上げます!」
「うわー秋葉、無茶苦茶を言うなー!無駄遣いって金はともかくオレの精液の
自由まで、うぎゃぁぁぁ!」

 私は兄さんの身体にのし掛かると、そのまま―――


            §            §

「ね、姉さんどうしましょう、秋葉さまが志貴さまを……」
「翡翠ちゃん、その……秘密にしましょう?毎日志貴さんのお相手をしている
のが私たちだって事は……」

                              《おしまい》






《あとがき》

 どうも、阿羅本です。今回はお笑いに走ってみましたが、お楽しみ頂けましたでしょうか?

 ……なにか、阿羅本が最近秋葉を書くと「兄さんの精液を飲みたくて飲みたくてたまらない
すぺるまにあ大吟醸」になってしまう……でも、秋葉は困ったことにそう言う役が似合うん
だよなーこれが……と(笑)。なんというのか、琥珀が電波っぽくメタなコトを口走るという、
あまり地球と読者の皆さんに優しくないSSでしたが……お楽しみ頂けたのでしたら幸い
です。

 でも、やっぱり秋葉は毎朝おなにーしていると思います先生!志貴が帰ってきたらもう
堪らないはずですから、ええ、レンもそう証言しています(笑)

 ちなみにこのお話、どのエンディングというか誰のエンディングというか、そういうのは……
まぁ特には決めていませんが、歌月十夜的空間と言いましょうか、そんな感じです(笑)。

 毎日搾り取られると言うのは……桃源郷のように見えながらその日地獄……でも、
秋葉ならペットボトルに貯めたりしそーだよなぁー(ひどい偏見:笑)

 とりあえず60万ヒットということで記念公開いたしましたが、ここまでお付き合いいただき
有り難うございます。でわでわ!!

2002/5/3 阿羅本 景