「はいはいはーい!志貴くんが十回OKなら私も参加させてー!」

 やおら若い女性の大声が窓の外から響いたかと、窓枠に縋り付いて登ってく
る茶色い髪のツーテールの頭。そのまま足を引っかけて上がってきたのは、制
服姿の少女であった。

「……ゆ、弓塚?!」
「あー、アンタはダメ。却下」

 半身を乗り出して部屋に入ろうとした瞬間に、しっしと手を振るアルクェイ
ドに一言で片づけられた弓塚さつきは、真っ白に眼を見開いて硬直する。

「え?そんな、嘘でしょ……」
「弓塚さん、このトライアルは本編で遠野くんと直接の肉体関係のあった人だ
けが参加できるんですよ……だから、弓塚さん?」

 穏やかに笑っていたシエルであったが、右手にはどこから取り出されたのか、
黒鍵が三本を指の間に握っている。そして、そのまま振りかぶりもせずに、手
首の力だけで窓に向かって投げ付ける。

「……大人しく退場して下さいっ!」
「ひっ、ひどいっ!また私はこんな役ばっかりぃぃぃぃぃ!」

 ドスドスドス!という鈍い音とともに、弓塚さつきは窓枠から滑り落ち――
がさがさがさ、バキ、ドスン!という音を立てて地面に落ち、そして……音を
立てずに動かなくなった。
 志貴が、あっさりとさつきを葬り去ったシエルの行いに恐怖し、この面子に
よって苛まれる我が身の不幸を嘆こうと頭をかっくりを前に折る。

 その視界の片隅を過ぎる――黒影。

 ふとそちらに顔を向けると、ベッドの上には……黒い服に青い髪の童女が正
座して、片手で志貴の袖を引っぱっている。いつの間に現れたのか、志貴の横
で袖を掴みながら、小首を傾げて志貴の顔を見上げている。

 志貴は、そもそもこの事態の元凶の一画であるレンの姿を認め、勝手に人の
夢を教えるなと怒ろうかという考えを浮かべるが――する気にはなれなかった。
そして、何よりもこの場の志貴の部屋の登場するというのは……

「な、レン……おまえ、もしかして?」
「…………………………………………」

 こくこく。
 レンは首を縦に動かす。

「―――――――――――――――――――――――――――――――――」

 志貴の声でようやく一同はレンの存在に気が付き、一斉に注目する。そし
て、レンの仕草から参加の意図を読みとるとそれぞれに顔を見合わせ、いっ
たいこの夢魔の参加資格があるのかどうかを無言で目線のやり取りだけで検
討する。

 志貴は一同の様子を眺めると、首を横に振るのがアルクェイドとシエルと
秋葉、琥珀と翡翠は態度を保留していると読めた。結果、反対三:棄権二と
いうことで自然と――

「残念ながら、レンちゃんは資格上非常に惜しいのですが……あの性交渉
は遠野くんの夢の中だというのがありますので、今回は参加を見送りして
ください」
「…………………………………………」

 レンは小首を傾げたままであったが、シエルの言葉を理解すると、志貴を
見て無言でこくこくと頷き、ベッドから下りてドアの方にしなやかな足取り
で歩いていく。レンの無言の仕草の中に、志貴は「死なないで」というメッ
セージを見いだしていたが……

 ――やっぱり俺、こんなことやったら死ぬのか?

 そう唸らざるを得ない志貴であった。

「あれ、今度もまた誰かが来ているみたいですねー?」

 去っていたレンと入れ違いに、軽い足音が複数人分廊下を伝ってやってくる。
 まず、顔を最初に出したのは、アルクェイドとシエルには見覚えがないショ
ートカットのたおやかな女性であった。年は二十代後半で、外見的にはアルクェ
イドと同い年ぐらいに見える。

 だが、アルクェイドは正体は年齢八〇〇歳であるし、やることが子供っぽい
ので一見するとこの女性の方が年上に見えた。女性がぺこりと頭を下げると、
琥珀が声を上げる。

「あら、朱鷺恵さん……夜分遅くいらっしゃいませ」
「時南さま……もしや、今回のこれに参加希望なのでしょうか?」

 琥珀と翡翠にそう尋ねられ、朱鷺恵ははい、とずいぶん頼りないい様子で頷く。
 時南朱鷺恵――この女性が志貴にとってどういう存在であるのかが分からな
いシエルが、怪訝そうな表情で尋ねる。

「時南さん、ですか?一体どういう資格で……?」
「はい、その……志貴くんの初めての人が、私ですから……」
「―――――――――――――――――――――――――――――――――」


 朱鷺恵の爆弾発言に、一瞬にして部屋の空気が凍り付く。

 ――朱鷺恵さん、そんなこと今言わなくても……

 まるで氷点下に転じたような固体の空気の中の中で、初体験を思い出して赤
面する志貴を、腕を組んで「怒ってないわよ私は」という薄ら笑いの表情で見
下ろすアルクェイドと、「遠野くんのヴァージンを戴いたなんて羨ましい……」
と羨望が転じて憎悪に転化した険しい顔のシエル、そして「後でお仕置きです」
と言いたげな奥歯を噛み締めた秋葉の顔が見下ろす。
 琥珀は楽しそうに笑い、翡翠は主人のプライバシーを前に至って平静な表情
を作って見せる。

 あらあら、と困った顔でおろおろする朱鷺恵を前に、しばし沈滞した空気が
部屋を占拠したが、にわかに議長役を務めるシエルが結論を下す。

「朱鷺恵さんはその、遠野くんの初めての人かも知れませんけど……それはた
だ事実にしかすぎないので、今回はご遠慮下さい」
「あら、そうですか……じゃぁ、私はこれでおいとましますね。
 志貴くん?今度診療所に来たときに、お茶でも一緒にして昔のことお話しし
ましょうね」

 そう言ってほんわりと笑うと、朱鷺恵は会釈をして部屋から去っていく。
 志貴は軽く手を振ったが、その背中に秋葉の「兄さんは当分は禁足です」と
いう瞳が突き刺さっているのを気が付いてはいなかった。

 朱鷺恵と入れ違いに、ドアの間からおそるおそる手がさしのべられる。浅上
女学院の制服の袖で、ぷるぷる震える腕に続いて覗くショートカットの黒髪。

「瀬尾?なんでこんな所にいるの!」
「ひぃぃぃ、遠野先輩ごめんなさぁぁぁい!」

 秋葉の真っ向唐竹割りのようなすさまじい裂帛の言葉の一撃を受け、ようや
く扉から身体を差し込んだ瀬尾晶が恐慌に駆られ、そのまま壁に張り付いく。
 秋葉の殺人的な視線の中で、あうあうあうあうー、と悲鳴を漏らしている。

 秋葉が一歩歩を詰め、それに従って瀬尾は壁に追いつめられたまま膝が折れ
てしゃがみ込んでしまった。

「まぁ、秋葉さん、そんなにこの娘を脅さないで……瀬尾 晶さんですね?
 貴女もここに来ると言うことは……どういう資格ですか?」

 シエルが手を伸ばして秋葉との間を遮って晶に尋ねる。ようやく一息ついた
晶は、座り込んだまま顔を恥ずかしげに朱に染め、指を組みわせてもじもじし
ている。

「瀬尾……早く言いなさい!」
「はっ、はいっ!
 その、私は見ちゃったんです……未来のことを」

 晶の未来視。彼女は一体何を見たというのか――
晶の言葉を待ち、固唾をのむ一同。そして、脅える晶はゆっくりと口を開く
とおずおずと語り始める。

「遠野先輩のお兄さんが、その……私の初めての人になってくれるんです!」
「―――――――――――――――――――――――――――――――――」

 またしても凍り付く部屋の空気。

 さらに付け加えるのなら過去の出来事であった朱鷺恵と違い、これから晶に
手を付けるという未来の予言は「これ以上女の子に手を付けるんですか、この
性欲魔人は!」という怒りを、それぞれの女性の中に掻き立てるには十分だった。

 ……グハッ!

 五人十個の非難の瞳が志貴に浴びせられると、まるでそれが殺人レーザー光
線のように身体にずばずば突き刺さるのが志貴には嫌でも分かる。おまけに、
晶の発言で、志貴は禁足どころか座敷牢に軟禁にまで処遇が決定してしまった
のである。
 琥珀並の虚ろな笑いを浮かべながら、志貴は悲痛な心の叫びを漏らす。

 ――ああ、いっそ今日みんな手加減せず、俺を殺してくれ……

 そう祈るように想う志貴に、誰がそれに対して否と頭を振れようか。

「あの、私は……どうなんですか?」
「瀬尾……?」

 紅い髪の秋葉がゆらりと歩み出て、真冬の風より冷たい顔つきで、口の端だけ
で凄惨に笑うとやおら親指を真下に突き付ける。
 そう、それは古代ローマの剣闘競技で、ローマ皇帝が剣闘士の生殺与奪を左
右したのと同じゼスチュアであった。

 即ち――殺す、と。

 それだけで十分であった。
 晶は床に座り込んだまま、腰も上げずにものすごい速度で床の上をころげ回
り、ドアの隙間に身を躍らせて去っていった。まるで、尻尾を踏まれた猫が逃
げ出すみたいな動きであり、見る者の心に哀れさを掻き立てずにはいられない。

「ごっご、ごめんなさいっ、ほんの出来心だったんですぅ、だから殺さない
でぇぇぇ〜〜〜〜」

 瀬尾晶、敢え無く退場。

 そして残されたのは志貴と五人の怒れるヒロイン達。彼女たちは口々に話し
合う

「さて、これで参加希望者は終わりみたいですね……」
「あれ?ブルーが来ると思ったんだけどなぁ……」
「流石に参加をごり押しする理由がなかったからじゃないですか?」

 アルクェイドとシエルが話し合っているのは、志貴の回生の恩人・マジックガ
ンナー蒼崎青子のことであった。さすがにこの人が登場すれば志貴も気死しかね
ない事態になっていたが、トレードマークのジーンズと皮鞄は姿を現さない。

 そして、現れればその瞬間に志貴が気絶し、魔法使いと真祖と異端審問官によ
る、魔道大戦が始まっていたのはまちがいないところだった。

 一方、琥珀は小首を傾げて秋葉と翡翠に話しかける。

「乾さんのお姉さんも来ませんねー」
「もう、これ以上兄さんに肉体関係がある人が増えてたまるもんですか!」
「ごもっともです、秋葉さま」

 一通り乙女達の会話が終わったかと思うと、ぐるりと志貴の座るベッドを取
り囲む。志貴は命乞いをする瞳でそれぞれの顔を見つめるが――もはや事態は
これに至り、志貴の嘆願は無駄であった。

 過酷な運命の輪が、軋みを上げて回り出す。

「さて、志貴……そろそろ始めようかなー?」

「ああああああ……」

「じゃぁ、あみだくじを作りましょう、順番決めで」

「ああああああああああ……」

「翡翠、琥珀……兄さんをベッドに縛り付けて、用意をして」
「畏まりました、秋葉様」
「はいー、では早速」

「ああああああああああああああああ……」

「遠野くん、言い残すことは?」

 ごくり、と唾を飲むと志貴は最後の気力を振り絞って……

「や、やさしくしてください……」

            §            §

「あらー。志貴さま、赤玉出ちゃいましたねー」
「しくしくしくしく……」

                              《おしまい》


《後書き》

 どうも、阿羅本です。
 馬鹿エロSSですが、ここまでお付き合いいただき誠に感謝でございます……
この様なこう、内容の薄い物に関しては特に(笑)

 このSSですが……やはり本編の夢魔のシーンで、秋葉のお口がないことが
やはり気になっていたんですよね、秋葉だけ自慰で……いや、自慰の方がいや
らしかったんですけども(笑)。で、歌月十夜でレンと志貴のロストバージンの
人・朱鷺恵さんが登場していたので、こういう訳の分からない話の骨子が出来
上がったのでした……

 しかし、多重乱入は最近やりすぎの嫌いがあるので、これからはもっと新し
い流儀を開発したいとも思っております(笑)。あと、志貴ちんは5発じゃ赤玉
は出ませんよねぇ……絶対に(爆)

 それではどうも、お付きあいいただきありがとうございました。