夢を、見ていた。

 ナイフでシエル先輩を解体し、バラバラになったシエル先輩の膣に挿入し、
さらに内臓に腕を突っ込んで――――
 『ギゴハハハ!』とぶっ壊れた笑い声を上げながら、腰と手を同時に物凄い
勢いで動かしている夢だ。

 切断面から溢れた血液で、あたり一面真っ赤だった。
 もちろん、俺もシエル先輩も真っ赤だった。
 真っ赤になったまま、内臓の熱さを感じながら腰と手を動かし続けていた。
 バラバラにされているのに、先輩の膣の締め付けは止まらなかった。
 バラバラにされているのに、先輩は首をのけぞらせて喘ぎ声を上げていた。
 死んでいるはずなのに、内臓はもちろん、先輩の肌も熱いままだった。
 それを感じながら、俺は、『ギゴハハハ!』と笑い続けていた。

 笑いながら

 なぜ笑っているのか
 
 それすらわからないまま
 
 笑いながら

 俺は

 動き続けた

 いつまでも

 いつまでも

 いつまでも

 いつまでも――――――――


「――――っ!」
 なにかに衝突したように、突然目を覚ました。
 ベッドにのしかかるようにして俺の顔を覗き込むアルクェイドのどアップが
そこにあった。

「あ。やっと起きたな。こいつめ」

 アルクェイドがむっとしたように言った。

「な……」

 喉がからからで、声が出なかった。
 目を白黒させて口をぱくぱくさせている俺を、アルクェイドは不機嫌そうな
赤い瞳で見下ろし続けている。

 それはともかく――――
 見覚えのある天井。
 開け放たれた窓から見える風景。
 自分の部屋で、ベッドに寝かされていたとわかった。

「大変だったんだからね、あの後」
「あ、あ、ああ。……おまえ…が……家まで運んでくれたのか……」
「あたりまえじゃない。他に誰がいたっていうのよ」

 俺のぼんやりした言い方が、なおのこと癇に障ったらしい。

「それに忘れたの?志貴が『二人とも家に連れてってくれ』って言ったのよ?
 だから、わざわざシエルまでここに連れてきてあげたんじゃない。
 大変だったんだからね。人に見られないようにしないといけなかったし」

 ベッドからどきながら、じろり、とアルクェイドが俺を睨んだ。

「それなのに志貴なんかイビキまでかいてたのよ。あの時はよっぽどその辺に
捨てて行こうかと思ったわよ」
「悪かったよ。この通り謝る」

 ベッドの上に身を起こし、軽く頭を下げた。
 その時になってようやく、別のことを思い出した。

 あの時……
 完全に理性がぶっ飛んだ状態だったから、手加減もなにもなしに、力一杯、
先輩の首を締めていた。
 まだあの時の、脂汗にまみれた先輩の首が震える感触が、掌に残っている。
 そういえば、祭壇に倒れ込んだ先輩はぐったりとなったまま動かなかった。
 もしかして――――
 まさか――――

 本当に、殺してしまったんじゃないだろうな。

 いや待て。
 先輩のことだから、殺しても生き返……
 いや待て。
 生き返らない。

 かつての先輩が殺しても復活したのは、先輩の中に転生したロアの娘として
ロアの生命と繋がっていたからだ。
 ロアがまだ生きているのに、先輩が死んだのでは矛盾が起きる。
 そのため、この世界自らが時間を巻き戻してシエル先輩を復活させ、矛盾を
解消していたわけだ。
 だからこそ、先輩は死にたくても死ねない身体だった。
 だが、ロアは既に滅びている。
 つまり、今の先輩は、普通の人間と同じに、死んだらそれっきりだ。

 大変なことをしてしまった、かもしれない。

「シエル……シエル先輩は!」
「…………」

 アルクェイドは答えず、窓際まで下がって腕組みした。

「アルクェイド……!」
「シエルシエルってうるさいわね。どうしてあんな女の心配なんかするのよ」

 険しい顔で言うと、突然、はぁ、と大きなため息をついた。

「死んでないわよ。わたしにしてみれば残念ながらね。メイドが看てたわ」
「よかった――――」

 思わず安堵の息をついたとたん、物凄い殺気を感じた。
 やばい。本当に殺す気だ。

「志貴、言いたいことはそれだけ?殺す前に一言話すくらいの時間はあげる」

 とりあえず、もう一度謝る。

「約束を破ったのは確かに悪かった。謝るよ。それで……」
「それで、なによ?」

 アルクェイドが、ゆらり、とこちらに迫る。
 やけっぱちで、ベッドから下りながら答える。

「お詫びに、おまえにも先輩と同じことをしてやるから。
 いや、もっともっとサービスするから」
「えっ……」

 アルクェイドの顔色が変わった。

「そうじゃないと不公平だもんな。だから……」

 言いながら、握り拳を作った右手を上げる。

「だから、コレも」

ぐっ。

「し、し、し……」

 アルクェイドの頬がひくひく震えるのが見えた。
 次の瞬間。
 首がもげたかと思った。
 それほどのパワーで左頬を張り飛ばされた。

「志貴の馬鹿―――――っ!変態―――――っ!鬼畜外道――――――っ!」

 ご近所さんにも、はっきりと聞こえたことだろう。
 鼓膜が破れそうな叫び声だけを残し、アルクェイドは窓から表に飛び出して
逃げて行った。

「はぁぁぁぁぁ……」

 情けないため息をついた時、ノックの音が響いた。

「……はい?」

 静かにドアが開き、琥珀さんがくすくす笑いながら顔を覗かせた。

「すごい声でしたねー。それから志貴さん?頬に手の跡が……」

 慌てて話題を変える。

「そんなことより、シエル先輩はどこにいるの?」
「え…シエルさんなら客間です」
「あの、だ、大丈夫…なんですか?」
「はい。大丈夫ですよ。今はお薬で眠っていますけど」

 事情を知らない琥珀さんは、曖昧な笑顔を浮かべて答えた。
 そう思った。
 次の瞬間。
 琥珀さんは、真顔に戻って続ける。

「志貴さん、アルクェイドさんからお聞きしましたよ。本当に、その……」

 言いにくそうに口篭もると、ほっそりした右手を上げ、小さな拳を作った。

「――――こんなことをしたんですか」

 それは、質問ではなかった。
 琥珀さんは、とっくに全ての事情を知っていたらしい。

「あああああの、あの、琥珀…さん?」

 この場合、さんをつけるのは、犬がお腹を見せるのと同じだ。

「なんですか志貴さん」

 琥珀さんの目が冷たい。
 声もとことんまでよそよそしい。

「まさか、秋葉……も……?」
「もちろん、秋葉さまも聞いていましたよ。ですから、かなりお冠ですよー。
 それで、志貴さんがお目覚めになったら応接間においでいただくようにと」
「う……」

 仕方ない。
 どうせ遠野志貴に逃げ場なんてない。

「……わかった。着替えたらすぐ行くよ。秋葉にはそう伝えといて」
「はい」
「それから――――」

 一礼して歩き去ろうとした琥珀さんが、はたと立ち止まった。

「夕食。カレーにしてもらえるかな。理由は聞かないで欲しいんだけど」

 琥珀さんは、少しの間不思議そうに俺の顔を見ていた。
 やがて、合点が行ったように、にっこりと笑って答える。

「……カレーですね。わかりました」


 それから数時間のことは、あまり思い出したくない。

 応接間に入ると、秋葉がむっつりとした顔で腕組みして待ち受けていた。
 そして、秋葉の傍らに控えていた翡翠は――――
 俺の顔を見た瞬間、ほんの一瞬だが、微かに怯えた表情を浮かべた。
 翡翠の怯えた表情には、さすがに胸が痛んだ。


 その後――――
 遠野家の長男としてあまりに品位に欠ける俺の行動に関して秋葉から長々と
お小言を食らうことと相成った。
 夕食は琥珀さんに頼んでおいた通りカレーだったのだが、味は覚えてない。
 なにしろ、夕食の席でも秋葉に色々と注意を受けていたわけで。
 それで味なんかわかるわけがない。


 カレーの皿を手に、客間の前にきた。
 軽くドアをノックしてみる。
 反応はない。

「あの、先輩?」

 念のため、もう一度ノック。
 ドアの向こうから、微かに衣擦れの音が聞こえたような気がした。
 そっと声をかける。

「謝りたいんだ、今日のこと」
『遠野くんと話すことなんてありません。帰ってください』

 先輩の返事は、冷ややかな物だった。
 やっぱり、相当怒っている。

「わかった。……それはともかく、夕食を持ってきたんだ。開けてよ」
『遠野くん、わたしが食べ物につられる人間だって思ってるんですかっ!』

 ドア越しに、先輩が怒鳴った。

「夕食、カレーだよ?」

 と、いう物量作戦に出た。
 以前はカレーパンでやや苦戦したが、今回はどうだろう?
 きっと大丈夫。
 100円でお釣りのくる購買のパンなんかとは違う。
 今度のは琥珀さんの手料理なんだから。

『……………………』

 返事はなかったが、先輩が葛藤している気配は伝わってきた。
 あとひと押し。

「カレー、冷めちゃうよ?」

 これでもダメか?

 まいったな。琥珀さんに合鍵は借りてあるけど強引に中に入ったらますます
怒られそうだし。今日のところは退散するしかないのか。
 一晩寝かせたカレーはもっとおいしいから、それを使って明日の朝もう一度
勝負する方がいいかもしれない。

――――と。

 ガチャリ、と扉が開かれた。
 顔を出した先輩は、学校の制服に着替えていた。
 喉元に巻かれた包帯が痛々しい。

「まあ、それはそれでもらっておきます」

 どこかあさっての方に顔を向けながら、先輩がそっけなく言った。
 ただし、ちらちらとカレーの皿に視線を走らせている。

「先輩……」
「遠野くんがわたしにしたことを許したわけじゃありませんからね。
 でも、せっかくのカレーが冷めちゃうのはもったいないですから。
 作りたてを食べないなんて、せっかく料理してくれた人に失礼です」

 顔を赤くして、言い訳めいたことをぶつぶつ言っている。

「先輩、それってつまり、部屋に入っていいってこと?」
「冗談言わないでください」

 シエル先輩はむっとした顔で言った。

「メガネフェチで神聖な教会の礼拝堂でシスターに恥辱プレイするのが趣味で
あまつさえひとに無理矢理拳骨なんか入れちゃう変態で鬼畜外道の遠野くんと
一緒の部屋でごはんを食べるなんて危なくてできません」
「…………そこまで言う」

 しかも、句読点抜きの息継ぎなしで。
 思わず、はぁ、とため息が漏れた。

「そこまで嫌われてるんじゃ、仕方ないか……」

 すごすごと退散しようとした。
 その時。

「遠野くん」

 先輩に呼び止められた。
 感情のない目。
 それを見て、思わず姿勢を正した。
 きっと、最後通告のような、深刻な話が――――

「カレー、ください」

 思わず目を点にしたまま、カレーの皿を差し出した。

「あ。はい、どうぞ」
「おいしそうですね」

 先輩は、無邪気に喜んでいる。
 その笑顔を見たとたん。
 覚悟を決めた。
 先輩に嫌われてもいい。
 でも、その前に思いだけは伝えなきゃ。

 カレーの皿を大事そうに両手で抱えたシエル先輩が客間に戻ろうと、無防備
な背中を俺の方に向けた瞬間。
 隙あり!
 俺は一気に前に出て、背後から先輩を抱きすくめていた。

「きゃっ!ちょ、ちょっと!放してください遠野くん!」

 先輩が悲鳴を上げたが、予想通りカレーの皿を落とさないように支える方が
忙しくて抵抗できない。

「ダメだ。放すもんか!」

 叫ぶように言いながら、先輩をきつく抱き締める。

「シエル先輩、俺は――――!」

「こほん」

 トツゼン、背後でわざとらしい咳払いの声が響いた。

「あ……」
「あ……」

 俺も先輩もぎくっと動きを止め、肩越しにそろそろと声の方を振り向いた。
 秋葉が、腕組みして立っていた。

「兄さん、私があれほど注意したのに、なにも聞いていなかったんですか。
 まさか、もう女性を襲っているなんて……」
「ひ、人聞きの悪いことを言うなっ!俺はただ、先輩の誤解を解こうと……」
「なにが誤解なんです?」
「なにが誤解なんですかっ!」

 言い終わる前に、秋葉とシエル先輩に遮られた。

「だから、それは……つまり……」

 言いかけて、気がついた。
 釈明は無意味だ。
 とっくに、そんな段階は通り越している。
 と、なれば。
 強行突破あるのみ。

「あっ!あれはなんだっ!」

 さっと秋葉の背後を指差しながら、顔を引き攣らせて叫んだ。
 完全に振り向きはしなかったものの、一瞬秋葉の注意が逸れた。
 その隙にシエル先輩を客間に押し込み、後ろ手にドアを閉めて鍵をかけた。

『兄さん!ここを開けなさい!』

 秋葉の叫び声と、どんどんドアを叩く音。
 そんな物、気にしている暇はない。
 シエル先輩をベッドにうつぶせに押し倒した。
 先輩の手からカレーの皿を奪い取り、ベッド脇のテーブルに置く。
 ちらっと見たが、ルーがこぼれた様子はない。
 押し倒されながらも、先輩はしっかり皿を水平に保ち続けたわけだ。
 カレーを守ろうとする執念に舌を巻きつつ、先輩を仰向けにした。

「俺は、先輩が好きなだけなんだっ!」

 ありったけの声で叫んだ。

「さっきはアルクェイドの魔眼にあてられてたからだったかもしれないけど、
今度は俺自身の意思だよっ!」
「遠野くん……」

 俺の下で、シエル先輩が、ぼわっと顔を赤らめた。

 そして――――

 また、首がもげたかと思った。
 先輩の鋭い右フックが、俺の顎を打ち抜いた。
 脳味噌が激しくシェイクされたせいで、目の前が真っ白になる。

「だったら、少しはわたしの気持ちも考えてくださいっ!」

 横ざまにベッドに転がった俺の上から、シエル先輩の怒鳴り声が響いた。
 それに続いて、くすくすと、冷ややかに笑う声が。

「――――遠野くんには、少しばかりお仕置きが必要みたいですね」


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「秋葉さま、マスターキーをお持ちしました」
「ありがとう。でも、もういいわ」
「え……?」
「もういいわ。持って帰って」
「はい。でも、あの、秋葉さまー?」
「なにかしら?」
「……シエルさんですけど、女王様と呼びなさいっ、とか言ってません?」
「ええ。そのようね」
「…………いいんですか?そのー、志貴さんの悲鳴も聞こえますけど……」
「いいのよ。兄さんにはいい薬でしょう。きっと」
「そ、そうでしょうか?」
「ええ。――――さ、行きましょう」
「あ、はい。秋葉さま」


                                        おしまい