§           §

「どうなんです、姉さん――」

 志貴のことになると、思わず気色ばんでしまう翡翠であった。
 琥珀は布団に志貴の腕を戻すと、志貴の顔を見つめる。熱にうなされた志貴
は、目を閉じて仰臥したまま、時折身じろぎする。

 その度に、翡翠ははらはらしているのが琥珀にも感じ取れた。
 琥珀は頭を振ると――傍らに立つ琥珀を見上げる。

「普通のお薬では志貴さんは……漢方から強めのお薬まで試してみたけれども、
これは……翡翠ちゃん、多分志貴さんは」
「志貴さまは……?」
「この症状は、表は病気に見えるかも知れないけども、その原因は……多分違
うところにあると思うの」

 琥珀がそう言い様、深刻な瞳で翡翠を見つめる。
 翡翠はびくり、と背を振るわせて俯く。唇を噛みしめた翡翠は、前髪に瞳を
隠していたが……その瞳に悲しみと切なさが満ちていることを琥珀は感じ取っていた。

 翡翠は唇を噛み、震えていた。だがやがて志貴の小さな呻き声を口にすると、
切々と言葉を漏らす。

「……姉さん……なんとか……志貴さまをお治しする手だてはないのですか?」
「…………」

 琥珀は黙って翡翠を見つめていたかと思うと、硬い瞳のままで寝台の上の志
貴を振り向く。志貴は意識がない様で、二人の話を耳にしてはいない様子であった。
 だが、そんな志貴を前にしても二人の口調は静かであり、大声で志貴の気を
患わせないようにしている。

 翡翠は琥珀の袖に縋り付き、膝を折って座椅子に座る琥珀と目を合わす。

「もしかして……今の志貴さまの、このお体の為にこの様な苦しみを……」
「そうかも知れない、わね……」
「ならば……シエルさまにお尋ねして何とか手だてがないかを!」

 両手で琥珀の袖を握りしめる翡翠であったが、悲しそうに袖の主は頭を振る。
 その仕草に、翡翠の顔が――泣きそうに歪んだ。喉にこみ上げる嗚咽を堪え
ると、苦しげな翡翠の吐息が流れる。

「そんな……」
「シエルさんはお仕事の最中らしくて、こちらからは捕まらなかった……それに、
どこにいるのかも教会の人は教えてくれなかったし、それに……」
「……」
「……シエル、という名の人もいないと。あの、埋葬機関というのが秘密組織
だから仕方ないのかも知れないわ……」

 その言葉を聞いた途端――翡翠が泣き崩れる。
 腕に縋り付き、頭を琥珀に寄せて翡翠は涙と嗚咽を漏らした。琥珀はそんな
翡翠を、そっと抱き寄せる。

「……姉さん……もう志貴さまは治らないのですか?せっかく戻っていらっ
しゃったのに、このまま……このまま志貴さまが病み衰えて行くのを見なけれ
ばいけないと……」
「……」
「そんなのは嫌です、姉さん……そんな……そんな……」

 もう、これ以上翡翠には言葉にならなかった。
 背を丸め、頭をがっくりとうなだれて悲嘆の涙に暮れる翡翠をしばし琥珀は
抱きしめていた。同い年の妹を胸で泣かせながら、琥珀は――宙をつと眺める
と、頷いた。

「翡翠ちゃん……たった一つだけ、方法はあるわ」
「本当ですか!姉さん!」

 涙にぐしゃくしゃの顔であったが、翡翠はすぐに顔を上げて翡翠を見上げる。
 翡翠がそこに見たのは――重大な決意を秘めた、というよりは心ここにあら
ず、と言った風情の不思議に正体のない顔つきであった。

 翡翠がはっとして泣き止むが、琥珀は……そんな翡翠を見ていないかのよう
に、腕を放して立ち上がった。

「それは……何なんですか?姉さん」
「……たった一つの方法……それはね翡翠ちゃん、私たちが……私たちしか持
っていない力でなら、志貴さんを無事にお救いできるかも知れない……でも、
それは」

 翡翠は胸元を押さえ苦しそうな顔をする。
 琥珀は翡翠の前で腕を巡らせて帯をゆるめ、肩を幽かに振るわせる。

 琥珀の小豆色の着物が緩み、白い肩が露わになる。

「姉さん、もしかして……共感の力?」
「そう、この力ならあるいは……でも、この力を使うためには何をしなければ
いけないか、翡翠ちゃんも……知ってるでしょう?」

 胸元まで着物を脱ぎ、艶やかな胸までを露わにする琥珀を翡翠は見つめていた。
 拳を握り、奥歯を噛みしめながら。
 翡翠の身体が震え出すが、琥珀はそれに構わず話を続ける。

「でも、この力を使うことは……秋葉さまを裏切ることになる。
 それに……」

 しゅるり、と衣擦れの音がして着物と肌襦袢が床に落ちる。
 腰巻きも琥珀は落とすと、そこには足袋をのぞいては、生まれたままの姿の
琥珀がいた。
 翡翠は、姉の純白のすべやかな身体を見るでもなく見せられてしまい、俯い
てしまう。それに、琥珀の言葉が今の翡翠の中に去来する。

 ――共感の力を使うことは、秋葉さまを裏切ることになる。

「……まだ翡翠ちゃんは、男の人を知らない身体でしょう?
 だから……私が志貴さまと……それならば翡翠ちゃんは……」

 ――嫌だ
 ――嫌だ
 ――そんなのは姉さんだけにまだ全ての咎を背負わせるのは
 ――志貴さまを救うために、秋葉さまの恨みを一身に受ける。私が望んでい
たことなのに、また私は黙って手をこまねいているだけしかないのは
 ――それに、姉さんだけを
 ――志貴さまの腕に抱かれるというのは嫌だ

 ――ならば、思いとどまる事は何もない。不忠の誹りを受けようとも
 ――私が、志貴さまを。今の志貴さまをお救いするために、わたしなら何を
犠牲にしてもかわまない。

「姉さん……私が、します、おねがいです、させてください」
「……翡翠ちゃん?」

 琥珀は虚ろな目で振り向く。
 そこには……顔を上げ、決して引かない決意の光を瞳に宿した翡翠がいた。
キっと強い表情で琥珀を、そして目を閉ざした志貴を見つめる。

「もう、姉さんだけにそんなことをさせられません……だから、私がします」
「……でも」
「今の志貴さまをお救いするためには、私は……私の身体も、秋葉さまの叱責
も……いえ、私の命さえ投げ出したって……志貴さまを……」

 そこまで口にすると、翡翠は堪えられ亡くなったかのように、う、と嗚咽を漏らす。
 今や白い身体を部屋の中で浮かび上がらせている琥珀は、翡翠の元にすっと
寄って肩に手を掛ける。

「……じゃぁ、翡翠ちゃん?私も一緒に……」
「姉さん!」

 翡翠は泣き崩れたままの顔を上げるが、琥珀は慈母のような笑顔で頷くばか
りであった。

「そんな、姉さんもなぜ……」
「ふふ……翡翠ちゃん、初めてでしょ?」

 途端の話が自分の身の上に及ぶと、翡翠は赤面して顎を引く。琥珀は翡翠に
腕を回し、耳にそっと囁きかける。

「だから、私がちゃんと出来るように……志貴さまもこのお体なので、翡翠ちゃ
んと出来るかどうか分からないから。だから、安心して……」
「……」
「私も……志貴さまには助かって欲しいから。私と翡翠ちゃんが一緒になれば、
必ず志貴さまはお助けできる」

 そう、翡翠の耳朶に囁き声が滑り込む。
 そして、こくんと頷くと――

「姉さん……では、お願いします」
「じゃぁ、始めましょう、翡翠ちゃん。二人ならきっと……志貴さまを」

             §           §

 お湯を浸した布で志貴の身体を琥珀は丹念に拭っていった。
 汗に濡れた寝間着を脱がされ、湿気りを帯びたシーツは取り替えられて、真
新しいまっ白なシーツの上に、志貴が横たえられている。

 部屋の暖房は強めに入れられ、その中で肌襦袢一枚の姿の琥珀は志貴のほっ
そりとした姿を見つめる。

 少年の無駄のない、肉付きが薄くも感じられる身体。指を当てると肌の瑞々
しさを感じられるような……そのまま指を胸から腹に、そしてまだ僅かにしか
生えていない股間の方へと伝わせてゆく。

 つい見とれてそんな動きをしている琥珀の背中に、翡翠が話しかける。

「姉さん、準備は……?」
「うん、じゃぁ翡翠ちゃん……志貴さまんのこちらを」

 琥珀が振り返ると、そこには……下着姿の翡翠がもじもじと立っている。
 メイド服とエプロンは折り畳まれて椅子の上にあり、ショーツとブラジャー、
それにガーターベルトでストッキングを吊しただけの姿。。

 翡翠はベッドに上がると、まだ苦しげな様子の志貴の顔と、汗の浮いた身体
をじっと見つめる。ギシリ、と翡翠が進むごとにベッドが軋みを上げる。
 琥珀が脇に退くと、翡翠は被さるように志貴の上になった。見下ろす志貴の
身体はほっそりしていて、いかにも頼りがない。

 ――こんなに志貴さまは頼りなさげで、儚げで

 その志貴が、苦しみに呻いている――そう思うと翡翠の胸は締め付けられ、
一刻でも早くこの苦しみから解放してあげたい、と感じる。
 腕を頭の脇に寄せると、翡翠はゆるゆると頭を下げていく。熱い志貴の息
を頬に感じながら、翡翠は囁く。

「志貴さま……今しばらくのご辛抱です……」

 そして――翡翠は志貴の唇に触れる。
 口を塞がれると僅かに志貴の呻きが漏れるが、その声を聞くとすぐに翡翠は
顔を離す。そして、汗の浮いた額と頬を、そして頭を下げて徐々に首筋から鎖
骨へと舌を這わせていく。

「そう……翡翠ちゃん、その調子で……」

 琥珀のアドバイスを受けて、翡翠は志貴の上に被さりなが病身の身体に口舌
奉仕を施してゆく。口と舌に感じる志貴の体温は熱く、まるで唾液で志貴の身
体を冷やしていこうかとするように。
 やがて翡翠の下は志貴の傷一つない胸を通り、腹を下っていって……

「これが……志貴さまの……」
「きゃ、可愛らしいですねー」

(To Be Continued....)