「うん、綺麗になった」
 回り込む様にわたしの顔を覗き込み、出来栄えを確認すると、アルクェイド
はにこりと笑った。
 その笑顔にどきりとしてしまう。
 それほど無邪気な自然な笑顔だった。
 ああ、ここいう風に笑えるんだ。
 思えば、怒ったり、殺意を剥き出しにしたり、冷然としていたり、嘲笑に唇
をゆがめたりと負の感情を顕わにした表情ばかり向けられていた。
 お互い様と言えばお互い様だが。

 遠野くんに対して笑顔を向けているのは良く見るが『私の遠野くん』にちょ
っかいを出す泥棒猫の事をじっくりと観察した事は無いし、それに自分に対し
笑いかけている今は、全然印象が違った。
 こんな引き込まれるような笑顔だったなんて。
 なんで、こんなドギマギしているんだろう。
 あ、アルクェイドなのに……、そうです、なんでアルクェイドなんかに対し
て。
 変だ、わたしは変だ。

 我知らずその笑顔をぼーっと見つめていたが、アルクェイドが片目を瞬いた
のを機に、我に返った。

 アルクェイドはわたしの顔の始末に取り掛かっていて、自分の顔はそのまま
だった。
 瞼に付着したどろどろが、流れ落ちて目に入ったようだ。
 目を擦ろうとするアルクェイドを制して、わたしは両手で彼女の頬をそっと
押さえた。
 考えての行動ではない。
 気がついたらそんな行動を取っていた。

「お返しはしないと……」

 どちらかと言うと自分自身に向っての言葉を口にしつつ、わたしはアルクェ
イドの顔に唇を寄せる。
 要は彼女がしてくれた事を返すだけだ、そうそれだけ。何も他意は無い。
 ……何で言い訳がましいんだろう。

 アルクェイドもいつもみたいに露骨に嫌な顔をして「シエル、気持ち悪いか
らやめてよ」とか喧嘩を売ってくれればいいのに、神妙にしている。
 そのキスを待つ女の子みたいな雰囲気、表情は……。
 いいんです、わたしはやる事をやるだけなんです。それだけなんだから。

 早くも乾き始めている精液の水気の部分を、たっぷりの量で線を引いて伝っ
ている粘液部分の精液を、舌と唇で舐めとる。
 そのまま呑み込んでしまう。
 アルクェイドはおとなしくわたしの成すがままになっている。
 さっきのわたしもこんなだったのだろうか。
 やや体を強張らせながら、目だけがわたしの動きを追っている。
 わたしが舐めやすいように顎を上げたり、首を傾げたりしてくれる。
 よし、全部舐め取れた。
 乱れた髪を梳いてやりながら、もう残りは無いかと点検する。

「よし。こんなものでしょう」
「ありがとう」

 アルクェイドはわたしの目を見て感謝の言葉を口にした。
 何のてらいも無く、自然な口調で。
 
 また意表をつかれた。
 あのアルクェイドが、わたしに?
 感謝の言葉を?

 何故か、かあーっと頬が熱くなる。
 その事実がさらに頬を赤く染めていくのが自分でもわかる。

「あ、あなたがしたから、その……、お返しというか借りを返しただけです」
「でも、こんな事してくれるなんて思わなかったし。綺麗にしてくれたんでし
ょう? お礼は言わないと。ありがとう」
「二回も言わないで下さい。私も綺麗にして貰ったから……、そうですねこう
いう儀礼はそれはそれで、ありがとう、アルクェイド。
 でも、私の顔なんか舐めるの嫌じゃないんですか?」
「ん……、別に平気。
 違うもん、シエルを舐めたんじゃなくて、志貴のを舐めたんだもん」

 わたしが彼女の態度に戸惑った様に、アルクェイドもまたわたしの常ならぬ
姿に少々当惑しているらしい。
 明らかに動揺の色が見られる。

 ちょっとアルクェイドが考え込む表情を見せる。

「わたし、さっきのでわかった。シエルとわたしとの違い」
「そうですか?」
「うん、悔しいけどわたしじゃあんなに志貴の事歓ばせる事なんて出来ない。
 志貴にして貰ってるだけでお返しはしてなかったし、わたしは何も知らない
から……。
 それじゃやっぱり志貴はシエルの方がいいよね」

 こうまで殊勝に言われるとちょっとやりすぎたかなと感じる。
 いや、いいんだ。こうしてアルクェイドに対し精神的優位性を築くのが目的
だったんだから。

「アルクェイド……」
「帰るね、志貴。
 今度は……、何でもない。今はまだいいや
 またね」

 少し寂しげに微笑むとアルクェイドは帰っていった。
 その後姿は小さく儚げで……。


「シエル先輩」
「ちょっと罪悪感が。アルクェイドに対して、そんな……」
「先輩が優しいからだよ。
 でも何だかんだ言っても、シエル先輩のおかげでアルクェイドも俺も救われ
たよ。ありがとう先輩」
「もっと早く相談してくれればよかったんです。
 それと、遠野くん、わたしが嫉妬と不安で気が狂いそうになったのは誇張で
ないですからね」
「はい」
「本当に、遠野くんに捨てられるんじゃないかって心配したんだから……」
「ごめん。本当にごめん。ちゃんと傷心の女の子のケアはしますから」
「そうしたら許してあげます」


 まあ、そんなこんなで終わり良ければ全て良しという事で。
 めでたし、めでたし……。


◇    ◇    ◇


 ……で終われればよかったのに。


「あのさ、先輩」

 強張った笑いを遠野くんは浮かべている。
 わたしも力なく苦笑する。

「これは予想外でしたねえ」
「なんとかしてよ」
「なんとかと言われても……」
「別に俺はいいんですよ。先輩さえ目をつぶってくれるなら……」
「絶対駄目です」

 はあ、溜息が洩れる。
 なんでこんな事に。

 確かにしばらくの間、アルクェイドは失意の為か姿を見せなくなり、わたし
はほっとしていた。
 しかし、二週間ほど経ったある日、意気揚揚と現れた彼女と顔を合わせたの
だ、わたしの部屋の窓で。

「こんにちは、シエル。志貴もいるよね?」
「な、なんでこんな処に……」
「あっ、いたいた。ねえねえ、志貴、もう大丈夫だよ」
「なにが?」
「ふふーん、いろいろ勉強してきたんだよ。後は練習させて貰えれば、シエル
なんかより満足させて見せるよ。さあ……」
「さあ、じゃないって」
「何をやっているんです。服を着なさい、服を」
「えーっ、シエル邪魔するの、なんで?」
「なんでも何も、遠野くんはわたしのものです」
「うーん、それはそうだけど。でもわたしの方が上手くなったら志貴はわたし
のものでしょ」

 なんでそういう解釈に……。
 頭が痛い。

「シエルみたいに志貴の事歓ばせて上げられないなら、そういうのを習得して
満足させてあげられる様になればいいんでしょ。
 わたし志貴の為に頑張る。
 でも、実践しないと上手く出来ているか効果がわからないし、シエルも横で
見ててくれると嬉しいかな。
別に独り占めするつもりはないからまた一緒に……」
「何を言っているんです、貴方は。遠野くん、何を考え込んでいるんです」


 と、その時は一悶着あって追い返したのだが、それ以来、新しい必殺技を覚
えたと言っては遠野くんの処へ現れるようになったのだ、あの馬鹿猫は。
 遠野家のお屋敷や、わたしの部屋など気にする事無く。
 本人の弁によると遠野くんはきっぱり拒絶しているそうだが、いい加減ノイ
ローゼになりそうだとこぼしている。
 内心ではまんざらでもないのかもしれないが、とりあえずはわたしの目を気
にしている。

 さらに事情が複雑なのが、あの一件以来、どこをどう間違ったのか、アルク
ェイドは遠野くんを巡ってのわたしとの確執を一方的に棚上げしている事実。
 どうもわたしの存在をあまり邪魔と思っていないように思える。
 なつかれたらしい。
 まあ、敵対されるよりいいけれど。
 さかんにわたしを誘い込もうとする。
 うーん。遠野くんとわたしとアルクェイドで本格的に3P……。
 それは少し惹かれ……、いやダメ、ダメ、ダメ。ダメです。

「わたし遠野くんを取られたくありません」
 溜息をついてぽつりと呟く。
 遠野くんがそんなわたしの手を取る。
 暖かい手。

「俺もだよ。アルクェイドの事も嫌いじゃない。嘘ついても仕方ないから言う
けど、あいつにも惹かれている。
 でも一番はシエル先輩だよ。
 俺が誰よりも大事なのは先輩だから、それは信じて欲しい」

 嬉しい……。
 普段は朴念仁の癖にこういう時に的確にわたしの心を虜にするんだから。
 わたし遠野くんを絶対に放さない。

「わかりました、遠野くん。こうなったらわたしが取れる行動は一つです」
「なにか策があるんだね、さすが先輩」
「ええ。要するに遠野くんがアルクェイドの誘惑に絶対に屈しない様にすれば
いいんです」
「……?」
「遠野くんをわたしの体の虜にしてしまえば……、うん、それがいいですね。
アルクェイドの一人や二人がとってかかろうともモノともしない程に深く深
く、心の底の奥底までね……」
「あの……、先輩、その顔、凄く邪悪なんですけど」

 ああ、次から次へと頭の中に素敵映像が乱舞する。

「まずはわたしの指をたっぷり味わってもらいましょう。病みつきになる事、
請け合いですよ。自ら封じたリミットを外しますから……」
「やだ、怖いよ、先輩」
「前から試してみたかったんですよ。善は急げって言うでしょう。うふふふ、
遠野くんのを指で散らして、それから……。
 あんな秘術とか、とっておきの秘儀もありますし、こうなったら少々アブノ
ーマルな方面にも目覚めて貰って……。
大丈夫です。わたし無しでは生きていけない様に調教、いえ夢中にさせます
から。
アルクェイドになんか目もくれずに、わたしの歓心を買う為ならどんな恥ず
かしい事でも喜んでするようにね……」

 後ろを向けた遠野くんの襟首をがっしと握る。

「何処へ行こうと言うんです、遠野くん。
 ……逃がしませんよ。
 あらあら、ブルブル震えてしまって。大丈夫ですってわたしが遠野くんに酷
い真似をする筈が無いでしょう?」
「ほんと?」
「ええ、抵抗感があるのは最初だけですって。さあ……」

 満面の笑みで、子羊を眺める。

 うふふ。
 うふふふふ。
うふふふふふふ。 


 ……じゅるり。



《END》





―――あとがき


 もともと裏シエル祭用に書きかけてて、これじゃアルクSSだよなという判
断で止めて、今回丁度良いやと思って書いたらやっぱりシエルSSだったとい
う遍歴があったりなかったり。三人称だとどう見ても「畢竟シエルなどはアル
クェイドの引き立て役に過ぎぬ」っていう有様だったんですが。
 一人称だとまた感じが変わるものだなあ。
 シエル視点でアルクェイド賛美という変なパターンになりました。
 とりあえずアルクェイドSSなんでシエルを予定より黒くしてみたり。

 今回の発見:シエルSSでないと思い込めば少し書きやすいと判明。

 ええと、やたらと長いの読んで頂いてありがとうございます。

  by しにを (2002/3/19)


(To Be Continued....)