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 1ヶ月も寝ていた人間にあるまじきことだが、俺は平気で立ち上がって歩く
ことが出来た。ついでに言えば食欲もあったのだが、これはさすがに琥珀さん
に止められてしまい、夕食は薄めのポタージュだけだったのだが、これでは却っ
て空腹感が増してしまって困る。
 空きっ腹を抱えつつも、点滴のおかげか妙に力の余っていた俺は庭に散歩に
出た。
 夜風に誘われるままに何も考えずに歩く。

「兄さん」

 秋葉の声で我に帰ると、森の中の広場にいた。

「いくら気分がよろしくても、まだ病み上がりなのですから、無茶は止めて下さい」

 うーむ、今の自分も病み上がりというのだろうか。
 まぁ、それは置いておいて、だ。

「なあ、秋葉」
「何ですか?」
「その……婿養子の話、本気か?」
「兄さんは今更嫌だっていうのですか?」
「いーや、兄妹では秋葉を抱きにくいからな、これで大手を振って秋葉を愛し
ていると言えるんだから、願ったり叶ったりだ」

 秋葉の顔がぽっと赤くなる。こういう反応はとても可愛い。

「ただ、そうなると親戚連中の秋葉への風当たりが強くなって大変かな、と」
「吸血鬼になったまま中途半端に存在していたシキを公式に葬り、相続問題の
蒸し返しを防ぎ、処遇に困っていた兄さんはトラブルのないところに落ち着き、
私は親族間のバランスを崩さない相手と結婚する。遠野全体としては良い事ず
くめで、当主として後ろめたい事などないわ」

 何かタチの悪い訪問販売のセールストークみたいな胡散臭さだが、間違いと
も言えないので苦笑する。

「それに、兄さんは可愛い妹兼恋人を護っては下さらないの?」

 秋葉は拗ねて見せた。こういう態度も可愛いと思う。
 昼間の婿養子の話といい、なにかまた罠に嵌められているような気もするが、
それはそれで悪い気はしない。
 言葉の代わりに、秋葉を抱き寄せて頭をくしゃくしゃに撫でる。
 秋葉から手を離したとき、視界の隅になにか光るものが映った。気になって
歩み寄る。

「兄さん?」

 秋葉が不審な顔を向ける。

「何か落ちてるみたいなんだ」
 近付いてみると、刃物らしいので堆積した落ち葉を慎重にかき分けて確認する。
「あ……」

 それは七つ夜と彫られたあのナイフだった。
 主を待っていたかのように姿を現したナイフを手に取る。
 錆はおろか曇りすらない刀身を見ていると、いろいろな想いが押し寄せてく
る。忘れていたこと、思い出したくないこと、懐かしいこと、他人事のような
こと、それはあまりに多すぎて、受け止めきれない。
 でも、それらの想いから紡がれる想いは意外と単純。

 やはり俺は七夜から来た遠野志貴なんだということ。そういう遠野志貴だか
ら遠野秋葉を護りたい。一人ではなく、秋葉たちと生きていきたいということ。

「兄さん?」

ナイフに見入ってしまった俺を怪訝そうに秋葉が覗き込んだ。そんな秋葉に優し
く答える。

「槙久父さんは、自分の死後、秋葉が俺を七夜志貴に戻すことを見越して、俺が
七夜である証としてこのナイフを俺に遺すよう文臣父さんに託したのかな、と思っ
てさ」

 そう言ってナイフの刃を納めてポケットにしまう。
 秋葉は何も言わずに俺の腕を取り、星を見上げた。俺もつられて見上げる。
 それはかつて見た風景。
 かつて幸せを感じた情景。
 木々高い野の原に二人で、ただ星を見上げた――

(了)

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 拙文を掲載させて頂いた、竜次と申します。最後まで御付合い下さり、有難う御
座います。
 最初は秋葉トゥルーアフターで書いていたのですが、気がつくと翡翠が主役を奪
う勢いで目立ってしまいまして……秋葉に無事に本懐を遂げさせるために、半端な
所から分岐させたり、設定を御都合主義で変更しておりますが、何卒御寛恕下さる
よう御願いします。
 いや、とどのつまりは私の力不足だ、ということは自覚しておりますので……
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