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 ほとんど涙声になってしまったシオンのお願い。
 誇り高い彼女が、そんな淫らな言葉を口にする屈辱に震えていた。志貴に心
の中の貞操まで侵されたような彼女は、もう我慢できないように瞳を指で覆い
隠す。

 お○んこ、という痴語を口にした自分を志貴の侮辱の瞳で見つめられたくな
い。
 だが、志貴はそのシオンの言葉にしっかりと聞き耳を立てていた。志貴の手
が動きを再開し、シオンのお腹をゆっくりと下っていくと。

「……綺麗だよ、シオンの肌も……こんなにすべすべで……それにここも」

 志貴の手が、わしゃりとシオンの恥丘を彩る恥毛の柔らな茂みを抜ける。
 そして落ち窪んだシオンの割れ目に指を添えると、その指にまるでとろけた
バターの中に差し込むように、融けそうな肉の中に分け入っていって。

 くちゅり、と濡れた感触。
 シオンは志貴の指がそこに触れた瞬間に、自分が――自分の秘唇を濡らして
いることを知った。いや、そんな認識よりも強烈な……

「あああっ、いやっ、志貴ぃ!」
「お願い通りにシオンのおまんこに触ってるんだよ……こうするとどうかな?」

 志貴は囁きながら、シオンの秘裂の中に指を割り込ませる。
 その指先に触れるのは、シオンの女性の粘膜の襞であった。指先にそのにゅ
るりとした愛液に濡れた密かな感触があり、志貴は指を繰ってその形を確かめ
るように……

「可愛らしいお○んこだね、シオンのあそこは……襞もすんなりした形で、ク
リトリスもちっちゃくて」
「あ……そんなのは私は知らない……志貴が勝手に……ひぅ!」

 入浴とお手洗いの時にしか触れない秘所を、志貴の指が上から下へと伝う。
 その指によってシオンの敏感な箇所が触れられると、シオンの身体は勝手に
びくびくと身震いをする。まず濡れているという自分の生理現象がシオンには
驚きすら覚えが、それ以上に男性に初めてその、割れ目の中まで撫で回される
のは――

 シオンは、その強い官能に顎をのけ反らせる。
 そして、弱々しく志貴の身体に手を伸ばすと志貴の首に回す。身体の上に被
さり、片手でシオンの秘所をいじくり回す志貴の首筋にぶら下がると、悲鳴の
ような喘ぎ声を混じらせながら。

「ああっ、う……ああ……志貴……そこは……刺激が強すぎて……」
「でも、シオンの身体は気持ちよがってるみたいだよ。内側から溢れてきて、
俺の指までべっとりと濡らしているくらいに」
「それは……それは女の身体だとしかたないのに……志貴は分かっているでし
ょう」

 シオンは志貴の顔に口を近づけ、絶え絶えに言う。
 志貴はそんなシオンを優しく見つめていた。だけども、探し当てた膣口に浅
く侵入しようとする指の動きだけは止めずにいて。

 シオンはぼうっとした、いつもでは見せない弱い光の瞳を志貴に向ける。
 志貴はその表情にはっとしたのを見計らってか、今度はシオンの方から身体
を寄せ唇を志貴に……

 志貴が、シオンから求められて唇を合わせる。
 驚いた志貴の顔に、シオンは弱く囁く。

「志貴は……優しくしてくれるって約束したのに……」

 そう言って、嗚咽するかのように唇を震わせるシオン。
 志貴はそんなシオンの様子に哀れみを覚えずには居られなかった。シオンは
万事に詳しいようにみえながらこの手の濡れ事にはきわめて奥手で純情なお嬢
さんなのに、志貴はそんなシオンを言葉と身体で弄ぶようにしていて。

 そうして志貴の責めに悲鳴と哀願を漏らすシオンを――志貴は愛しいと思っ
た。
 その愛しさが志貴をより激しい肉欲に、貪りたいという飢餓の食欲に似た欲
求を駆り立てる。
 志貴の心の中に、複雑な感情の交じりあう。だけども志貴はシオンを真摯と
も言える瞳で見つめ、また唇を合わせて――

「……ごめん」
「さっきから謝ってばかりだ、志貴……あっ……でも……」

 シオンは志貴の済まさそうな声に頷くが、まだ秘所に宛われたの指が微かに
動き、敏感な皮の上を通ると、くん、と顎を反らして。
 頷いて笑おうとしたシオンは、またしても快楽の波の中で漂う。志貴の指は
優しくシオンの中を伝い、二本の指はその陰唇の襞を撫でる。

 志貴はシオンの首筋を舐める。そして微かに残る、痣のような傷跡の上に―

 軽く唇を這わせると、また志貴はシオンの身体を抱きしめる

「う……志貴……志貴……やぅ、あは……はぁはぁ」

 シオンは志貴に身体を抱かれながら、その強い力の中で甘く身もだえる。志
貴に抱かれて肌が触れ合っていれば、それだけで掛けていた心の中の何かが満
たされるような――感情というか、本能の囁き。
 ただ志貴はそれだけではなく、手で、指で、舌で、シオンの身体を愛撫して
いる。体中から押し寄せる官能の刺激はシオンを、骨の抜けた媚態を取る淫ら
な肉のかたまりにしてしまったような――

 シオンは不安と恍惚の中で、志貴の動きを全身で感じている。

 シオンも指の触れることの滅多にない、襞の合わさった奥にある入り口。
 その上に志貴の指が触れる。そして、ちょんちょんと入り口にあるぎざぎざ
の膜を確かめていると、志貴はやおら手を離して。

「―――――どうした?志貴?何か私の身体がおかしいのか?」
「……………………」

 突然志貴のペッティングが止まり、シオンは不安そうに尋ねる。
 だが志貴はシオンから手を離して、そのままずるずると身体を下げていく。
志貴の顔が胸とお腹の上を通り、どんどん下腹部に向かって下りていく。
 そして志貴の手がシオンの内膝に両手で開くように触った途端、シオンも志
貴の意図に否応なく悟った。

「だっ、だめっ、志貴!そこは……ああああっ!」
「優しくするって約束だったからね、シオン。ちゃんと守るよ」 

 シオンが慌てて志貴の頭を抑えて抗おうとするが、志貴の力と行動の方が先
を行っていた。シオンは志貴の顔の前で、その膝を大きく開かれて女性の秘裂
を晒すかのような格好にさせられて――

 シオンは腰を引いて、手で志貴の顔を外そうとする。
 それが理由ある行動ではなく、反射的な――少女らしい潔癖ゆえに志貴に見
られたくないという反動的な行動である事をシオンは知ってか知らずか。

「やっ、志貴……恥ずかしい……見ないで……」
「……こんなにシオンのは綺麗で可愛いのに……ピンク色で花の蕾みたいで」

 志貴は目の前で、熱い淫液に濡れる慎ましやかな女性の奥底を、シオンの秘
所を置いてやおら舌を伸ばすと。
 粘膜に粘膜を触れる、柔らかでいながらも肌の倍する触感の情報。志貴の舌
は真ん中からシオンの女陰に侵入すると、唇まで淫液で濡らしながら顔を股間
に埋めて。

 シオンは足で志貴の顔を挟み込むが、志貴の愛撫の手は止まらない。
 それよりも、指よりも舌の触れる、そのねっとりとした刺激にシオンの身体
は融けてしまっていた。耳に聞こえるのは志貴の舌が秘裂をかき回す水音と、
自分の悲鳴のような細い息。

「あっ、はぁ……ふぃう、ひ……やだ、志貴、そこはきたない……」
「シオンはお風呂上がりだし……こんなに甘いのに、シオンのお○んこは」 
「やっ、や……そんな風に言わないで……欲しい……ああああっ!」

 志貴は喋りながらも、舌をとんがらせてシオンの膣口に宛った。
 そしてその舌で、ずず、とシオンの入り口を犯していく。
 シオンはそんな、自分の内側に何かが入り込む不可思議な感触に目を閉じ震
えて耐える。入り口の膜を押し広げるようにふにゅふにゅと動く舌の、その動
きにシオンはいちいち反応を示す。

 シオンは知らず志貴の髪をくしゃくしゃとかき回しながら、その顔の当てら
れた秘部の感触に――酔いしれていた。

「ふ……ああ……なにか、ヘンな感じが……志貴……ふぅぁあああ……」
「……ここ、綺麗な処女だよ……シオン……これなら入るかな?」

 シオンのお尻の方から、這い寄る手の平の感触。
 志貴の顎とシオンのお尻の間から志貴の手が伸びると、シオンの膣口を押さ
える舌に宛われて、一本の人差し指が――

「うぅ……あああ……いっ、あっ……入ってくる……ぅああ……」
「……火傷しそうに熱いよ……シオンの膣の中は、俺の指をぎゅっと締め付け
てきて」
「ああぁ、ひ、うぁ……ああああ……やぅっ、中、中に何か……」

 シオンは志貴の頭をキシキシ言うほどに両手で握りしめていた。
 シオンはいきむ様にして、初めて自分の女性の内側に侵入する指の異物感に
対する。だがそれは自然と志貴の指を締め付け、膣の内側を刺激される結末を
生んでいく。

 志貴の指は前後しながら、シオンの媚肉の中を行く。
 溢れ出るシオンの淫液は志貴の顎と手を汚す。
 シオンは中をかき回される、信じられないような感覚に惑わされて――

「いいっ、ああっ、うぁ……ああああ!」

 とうとう耐えかねたように、そんな高い嬌声を漏らした。
 そして志貴の頭を離すと、シーツを握りしめて腰を軽く浮かして志貴に押し
付けるようにした。志貴の指が中で動くたびに、シオンの腰も揺れて。

「はぁっ、うっ、ああっ、いぅ、ああああ!」
「シオン……可愛いよ……感じていて……俺ももう……」

 志貴は何度もシオンの中をかき回し、舌はシオンの堅さを帯びたクリトリス
の上を撫でる。志貴も堪らなそうな荒い息を吐き始め、じれたようにまだパジ
ャマを掃いている腰をうごめかせて。

 志貴の指が、シオンの中から抜かれる。
 まるでジャムの壺から指を抜き、ぬぽん――ともにゅるん、とも言えない不
思議な手触りと音を残し、淫液が志貴の指にべっとりとまとわりつかせながら。
 志貴も顔を離した。ベッドの上にはしどけなく足を開いて放心したように横
たわる。

「ん……ふぅ……ああぁは……」

 シオンは己の身体の上を通り過ぎていった快感の記憶を反芻する。
 その度にびくん、びくんと腰が動き、内側から栓を失ったようにだらりと愛
液をしたたらせて――
 そして、次の志貴を待ちかまえていた。

 ――とうとう、私も純潔を失うのだ。

 そうシオンは覚悟した。性魔術を紐解くまでもなく、男性と女性の間に何が
あるのかは知っているシオンである――が、それを実感できる訳ではなかった。
 昔、どういう事になるのかをシュミレートしたことはあった。その時はリア
ルだとおもった感覚と感触は、今のこの狂おしいシオンの身体とは大きく異な
っていた。

 ――予測は、当たらなかったな。

 そう考えると、初体験までシュミレートしていた自分がひどく可笑しく思え
る。錬金術師のシオンならそんなことも思いもよらず、常に補正と修正を繰り
返しただろうが。
 今は――ただ志貴が欲しかった。

「シオン……その、これから先は優しくできるかどうかわからないけど」

 志貴は膝立ちになり、パジャマのズボンを下げる。
 トランクスも下げ、明かりの低い中でも志貴の股間に佇立する男性器はシオ
ンに見えた。シオンは首を起こし、間近に見る男性自身の奇妙な、グロテスク
でもあり可愛らしくもある矛盾した形状を見つめていたが。

 志貴はシオンに、謝っていた。
 その表情の意図するところをシオンは理解すると――

 膝を絞って閉じていた足を、ゆっくりと志貴に向けて開く。
 志貴の前に、濡れ、愛撫され、今や志貴を待ち受けるシオンの女陰が露わに
なる。

「いいんだ、志貴……私が志貴を望んだから、志貴の心が優しければ……譬え
この身を引き裂かれても――」
「…………いいんだね?シオン」
「ああ……私は、欲しい――貴方が。」

 シオンは両手を翳して、志貴を迎える。
 微笑みを浮かべたシオンの頬に、一筋の涙が伝う。
 なぜ、どうして涙が流れたのか、流したのかは分からない。

 志貴の身体がシオンにまた被さる。
 手に支えられた、硬く勃起した志貴のペニスがシオンの股間に宛われる。唇
とまた違った熱い粘膜の感触に、身がすくむようなシオン。
 このまま……このまま志貴の腰が進めば私は……シオンはそう、肩を抱きし
めながら思う。

「行くよ、シオン――」
「……………………………………………………」

 怯えたように声が出ない。シオンは頷いて志貴を促す。
 志貴の肉棒はシオンに触れて、体重が掛かると――

「――――――――――――――――――あああ!」

 ずきっ、という疼痛にシオンは思わず声を上げる。
 いままでこれよりもひどい傷を、ひどい苦痛を浴びることもあったのに、こ
んな声を漏らしたことはなかった。いや、苦痛は感覚、神経を走る情報、それ
を感じ取る脳は――心は――

 喜んでいた。この感覚に。
 シオンの純潔を引き裂き、太いペニスで内側をぐいぐいと広げられる快感に。
 苦痛は、のしかかる体重は、感じたことのない異物感は、窒息するような息
苦しさは、すべて心で快感に変換され、シオンの全てを支配する。

「……シオン、シオン……痛くない?」
「平気……だ……志貴、私のことは心配しないで……志貴も気持ちよくなって
……」

 切れ切れにシオンは呟くと、志貴はそんな健気なシオンの身体を気遣うよう
にゆっくりと腰を動かし出す。シオンに言われるまでもなく、志貴はすでに天
に昇るかのような快感を得ていた。
 シオンの処女は、志貴を締め付けて離さない。硬い括約筋の中で指で絞られ
るかのようにされると、志貴は喘ぎ喘ぎシオンの身体を突く。

 シオンも足を志貴の身体に巻き付かせて、その脈動を逃さないかのように。
 ずっ、ずっ、と志貴の腰が進む。シオンは腰の奥底に動く志貴の、熱い情熱
の血液の詰まったそれのもたらす存在感を、そして女になった快感に身を委ね
る。

「んっ……ああ……う、あ……あ……」

 満足に息することの出来ないシオンの声。
 志貴はゆっくりと、だが確実にその腰の動きと速度を上げてきた。
 志貴は無心にシオンを味わっていた。折れそうな細い身体だったが、こんな
に強く志貴を求めて離さない。ぎゅっと締め付ける陰門の刺激は強く、うっか
り気を抜くと敢えなく放出してしまいそうなほど。

 志貴は膝でベッドの上を捉え、シオンの中を行き来する。その度にずぬずぬ
とシオンの身体は応え、そして分け合う快感に志貴の身体もシオンの身体もお
互いをより深く大きく求め合った。

「シオン……うぅ……ああ、いいよ……シオンのがすごくて……」
「志貴……志貴のおちんちんが私の中を……こんなに……もう……」

 志貴もシオンも、お互いの事を睦言として囁く。
 だがそれ以上に、志貴の腰が動くたびに二人の口から漏れる喘ぎ声の方が多
かった。息も絶え絶えに、突かれるとシオンが悲鳴のように喘ぎ、シオンの狭
い女陰の中で子宮口の奥に志貴の先端が当たると志貴も喉の奥を絞るような息
を漏らして。

 志貴の腰がだんだん、シオンを求めて早く動く。
 腰はたたきつけるような動きになり、打ち付け、引き抜かれる内側の身も焦
がすような快感にシオンは、身体がベッドから浮き上がってしまいそうなヴォ
ルテージを覚える。

「うっ、ひぃ、ああ……おかしい、私の身体が……だんだん……うっ」
「シオン……感じて……あっ、うっ、うっ、うっ!」

 志貴も食いしばるようにして、必死の律動を編み出す。
 シオンはその苦しそうな志貴の顔を見上げ、流れ落ちる汗をぽたりと受けな
がら、まるで――ふにゃりと柔らかくなった自分の身体がシリンダーに詰めら
れ、圧縮されるかのような、そんな気持ちよくも窒息しそうな身体で。

 シオンは足をぐっと力を込め、志貴を強く求めた。
 志貴の腰がぐっとシオンの中を突き上げる。シオンの膣道はそのお腹の奥に
たたきつけられる様な衝撃にぎゅっと、今以上に志貴を締め付けて。

 シオンの身体が蝦ぞりに反り返る。
 志貴も腰を握りしめ、その一番奥に沸き上がる感情の澱を吐き出すように。
 二人の声は、甲高い叫び声に――

「いっ、いくよ……ああっ、うっ、うっ!!」
「やっ、やぁっ、志貴っ、はぁうあああん!」

 ぶきゅりぶきゅりと、志貴のペニスはシオンの胎内に精を吐き出す。
 奥底にどくどくと注がれ、満たされ、シオンはもう何もかも忘れて――圧縮
された己がパァァァ、と拡散するような。

 不意に広がる真っ白な光の世界の中に、シオンは浮かんでいて――
 ただ、志貴の身体の重みと体の奥の熱い精だけを感じていた。

「あぁ……う…………志貴……」

 最後にシオンは志貴の名前を唇で形作り、そして、その安息の中に身を投じ
た。
 何かも白く、満たされていて……

            §            §

 シオンはもぞりと布団の中で寝返りを打ちながら、半睡半醒の自分の意識を
はっきりさせるべく命じる。

 ――分割制御初期化、各思考プロセス起動
 ――一番開始
 ――二番開始
 ――三番開始

 頭が複数に分割され、増殖したかのような感覚。各分割思考はアイドリング
状態であり、処理すべき課題はまだ投じられていない。最大七個まである分割
思考を全起動しなくても、シオンの頭は酸素とアドレナリンによって覚醒しは
じめる。

 ――分割思考停止
 ――一,二,三番各停止

 シオンは分割思考を止め、身体をベッドから起こした。硬い寝台や路地で寝
るときは嫌でも眠りが浅く目覚めざるをえなかったが、遠野邸の身が沈み込む
ような柔らかいベッドの上ではこうでもしないと身体が安眠を欲し続けて……

「…………」

 シオンは起き上がった上半身に当たる、冷たい部屋の空気を感じる。
 明かりは消されていて薄暗い。手で身体を確かめると、何も着けていない。
さらには下も何も着ておらず、全裸でベッドの中に入り込んでいた。

 さらに、闇の中に浮かぶ部屋の様子も異なる。これは志貴の部屋だった。
 そして傍らには志貴が、これも全裸で幸せそうに横たわっていた。シオンは
そんな志貴を目をこらして見つめていたが、すぐに。

「――――――ああ」

 シオンはすぐに思い出した。自分と志貴の身に何が起こったのかを。
 彼女の唇は微かに歪み、今の状況を確認すると胸に手を当てる。
 目覚める前に胸を焦がしたあの渇いた思いは、今は鎮まっている。その代わ
りに微かな後悔と、それを打ち消す深い満足があった。

「…………全く私は、錬金術師失格だな。あの件といいこの件といい、理性よ
りも感情に流されすぎる」

 シオンは暗闇の中でそう独語した。だがその言葉に苦く顔をしかめるのでは
なく、微かな微笑みすら浮かべている。
 シオンは頭を軽く振ると、身体の下敷きになって乱れた長い髪を指で梳る。

「……さて、これで私は志貴と肉体関係を持ってしまった。どうするか――」

 シオンの目の光彩が僅かに緩み、シオンの思考が分裂する。
 真祖の寵臣であり、この遠野家の主の兄であり、代行者とも恋仲である志貴。
それと肉体関係を持ちながらもどのような行動がこれから予測され、研究の結
実と目的の達成のためには何が一番望ましいか――

 シオンの思考が一つづつ立ち上がり、シミュレートを開始する。
 アルクェイド、秋葉、シエル、そして琥珀や翡翠、さらにはこの屋敷に居着
いた黒猫の夢魔、教会と騎士団、ロンドン、プラハ、アトラスの各学院、死祖
の動向。様々なデータがシオンの頭の中でソートされ、割り振られ、評価され
た数値によって分析を開始する。アトラスの分割思考の精華であり、彼女の中
でシミュレートは数日から数週間、数ヶ月にまで及ぼうと――

「ん……んぅ……」

 ――全思考停止

 シオンは傍らで起こった声に、己の高速駆動する思考を停止する。
 勢いがついていくつかの思考がブレーキが効かずに動き続けるが、シオンの
意識は未来の予測よりもこの、同衾する男性に向けられていた。

 シオンは志貴を見下ろす。
 志貴は俯せになって、横を向いた眼鏡のない顔は……ひどく満足したかの様
な緩んだ笑みを浮かべていた。シオンはその顔を瞬きすることもなく見つめる。

 シオンの手が伸び、そんな志貴の頬を指で軽くつつく。

「……志貴。貴方は分かっているのか?この誇り高いエルトナムの後継者であ
る私と契ったということを。私は処女だったんだぞ?それに貴方は私を――」

 指の腹でぎゅっと志貴の頬を押すと、志貴はううん、と寝返りを打ってその
指先の圧力から逃れようとする。
 そんなほほえましい志貴の仕草を見つめているシオンは、内心思う。

 多分に志貴はなにも考えていないのだろう。
 そもそも志貴には欠けている部分が多すぎる。私を庇ったのだってきっと後
先なしの行動なんだろう、真祖のときも同じだったのだ、と。
 ただ、そんなあまりにも危なっかしすぎる彼は、死と生の綱渡りを上手く渡
る。

 計算し予測し石橋を叩いて渡る錬金術師の私の方が、むしろ下手だ。そもそ
も錬金術師は臆病で不器用な道化だ、綱から落ちることだけを恐れ、渡りきる
と言う確固たる意思がない。
 そんな勇気のある彼に、私は憧れ――彼という存在を欲した――

「……やめだ。志貴がどう考えどう責任を取るつもりなのか分からないと、予
測など立てようはない」

 シオンはそう呟くと、再びベッドの上に倒れ込んだ。
 お腹の上までずり下がった布団を上げると、味わったことのないぬくもりを
求めて志貴の身体に近づく。大きな背中に頬を寄せて、その体温を感じ取りな
がら。

 シオンは目を瞑り、安息の眠りに身を委ねた――
 
                               《fin》