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 「バ、ケ……モノ……?」
 「そう、妖かしの巷説だ。月は黒い夜闇を照らし、虚と実を別かつ。
  されどその標を見失った真なる闇黒には――真実の区別がつかなくなる。
  在り得ないはずのモノ、間違ったモノ、忌みしモノ、許されざるモノ。
  そうした有象無象の百鬼が夜行する。
  それは人と似ているかもしれないが、月がなければ見分けはつかない。
  現世と幽世の境が限りなく曖昧になるのだ。
  なにが正しいのか解からない混沌――その内に紛れて、妖は人を誑かす」

  流れるように語る志貴を、シオンは快楽に震えながら振り仰ぐ。
  膣の中で、ペニスがぎしりと一際膨らんだ。

 「人間が無意識に抱く不安を現実化して血を招く死徒がタタリだ。
  オマエは奴を追ってこの街へ来たな。
  タタリもバケモノだよ。
  不穏な空想と真実が綯い交ぜになった混沌の中で、奴は現実を欺くだろう?
  ならば、だ。
  今ここで俺に貫かれるオマエが――否、貫かれるに至ったオマエが、
  既に欺かれていると何故考えないのだ」
 「え――――――?」

  快楽のせいではなく、シオンの思考は一瞬白色に霧散した。
  志貴の、言葉の、意味がワカラナイ。
  いや、頭のどこかでとっくに理解していて、だけどそれを肯定したくない。
  そんな逃避に意味はない。
  既に欺かれている自分が、自らもう一度上塗ったところで泥沼だ。
  志貴は、心底哀れんだ視線をシオンに向けると、左手を制服のポケットに
  するりと忍び込ませる。
  ――欺瞞の糸を破ったのは、奇しくも蝶を捕らえた蜘蛛自身の爪だった。

 「――――この中に眼鏡は入っていない」

  俺には必要がないからな、とソレは不遜に吐き捨てる。
  自らを苛む魔眼を封じる必要のない志貴。
  アリエナイ志貴。
  けれど、虚実の夜に包まれたこの街でなら、ソレは在り得るのだ。

 「――――この身に遠野などという名は相応しからぬ」

  存在する非存在。
  けれど、もしもカレが彼の意識した不安であるのなら。
  ああ――――思考が、急速に閉塞する。
  
 「……あなたは、志貴の生み出したタタリ――――」

  残った気力で、シオン呪いを込めて紡ぐ。
  彼女を嘲るように、背後で妖が凶悪に微笑した。

 「否、それも正しくはない。
  天上天下に我が名は一つ――――七夜とのみ、刻み込め」

  すべての力を失ったシオンの躰を、獅子の暴力が貪る。
  ぐったりとジャングルジムに寄りかかった肢体へ更に七夜の身体が
  被さり、ぎしぎしと音を立ててぶつかり合う。
  あまりに激しい挿入にシオンの膝が折れ、崩れ落ちそうになるが、
  両手首を拘束する手錠がそれを許さない。
  シオンはだらりとぶら下がったまま、玩具のようにがくがくと身を揺らす。

 「ふぁ――――はっ、うぁ、アぁぁっ……志貴、志、貴……!」

  甘く、甘く、シオンの悲鳴が闇夜に響き渡る。
  ぐじゅぐじゅと濡れた綿同士を擦り合わせるような卑猥なコーラス。
  ぱっくりと開ききった秘唇を焼け付くペニスが見境もなく掻き回す。
  汗ばんだ七夜の指先が子虫のように這い回って、固く勃起した乳首や
  二人の体液で濡れそぼった腿をじっとりと愛撫していく。

 「ひぁ……あッ、あつ――――いっ、もう、もう――わた、しっ……!」

  七夜が触れた部分、繋がった性器の内側から見えない感覚の溶岩が侵入してくる。
  とめどない熱、限りない快楽、白、白、白。
  シオンそのものが白く溶けていくような浮遊感。
 
 「焦るな……むっ――――幕は、盛大に引いてやる」

  七夜は蜥蜴のようにてらてらと舌を伸ばし、びくびくと震えるシオンの首筋を
  吸血鬼のように艶かしく舐める。

 「あぁ……あぅっ! ン、くぁ……、あんっ――志……貴っ……!」

  シオンの感極まった声を受けて、七夜の律動も高みへと進む。
  ペニスを角に見立て、野生の獣の激しさで斜めに何度も抉り上げる。
  シオンの細い肢体を壊さんばかりの容赦のない征服。
  理性の尽きた女の肉は、自らが傷つかないように守り、尚深い快楽を得ようと
  尽きることのない白く濃厚な蜜で股を濡らしつづける。
  まるで粗相をしたかのように、シオンは全身をじっとりと濡れさせていた。

 「さあ、終わらせるか」

  闇が笑って、
  七夜は滾りに滾った男根でシオンのクリトリスを押し潰し、

 「――――弾けて、しまえ」

  淫らな毒を帯びた蜘蛛の牙を、その首筋に突き立てた。
  皮膚が、意識が、膣が、シオンが、弾ける。

 「あ――――っ、ふぁ、んぁぁぁぁっ…………!」

  首の薄皮が避ける微痛と、膣をごぽごぽと浸していく精液の感触。
  それらを諸共に受け容れて、いや、受け容れきれずに、シオンは狂おしく絶頂した。
  身体の中で、びくびくと固く震える肉がまだ迸りを吐きつづけている。
  熱い雫で粘膜を打たれるたび、シオンも丸みを帯びた尻を震わせて反応する。
  飲み乾しきれなかった白濁が、逃げ場を求めて秘唇の入口からとろりと垂れる。

 「ふ、ぅっ――――!」

  七夜は短く唸ってペニスをシオンから引き抜き、二撃目を放った。
  薄いピンク色に紅潮した尻の肉に幾つも白い粒が弾けて、ゼリー状の塊が太股や
  切り裂かれたオーバーニーにまで流れ落ちる。
  ねっとりとした灼熱を感受して――――そこで限界だった。
  シオンの膝から最後の支えが抜け落ち、腕を吊られたままぐったりと地面にへたりこむ。

 「う……ぁ、はっ、んぅ……」

  糸の切れた人形のように脱力するシオンの頭上で、がちゃりと固い音がした。
  そして、長らくシオンを拘束していた手錠が土の上に転がる。
  代わりに、首が――いや、頭がゆらりと持ち上げられた。
  ずるずると、何かを摩擦する、緩慢な音。

 「え……?」
 「……こいつで、とどめ、だ――――!」

  未だに覚めやらず痙攣する七夜のペニス。
  その先端を包むようにシオンのお下げ髪が巻きつけられ、諸共に摩擦されている。
  その、破壊的で蠱惑的で背徳的な、アリエナイ光景。
  すべての虚実を塗り潰すように、
 
 「くっ――――――!」

  三度、七夜はシオンに向かって射精した。
  ぼんやりと開かれた口、汗で乱れた前髪、紅く熟れた頬。
  すべてを白く染められて、シオンはひくひくと震えながらジャングルジムに
  背を預けるようにして倒れた。
  それを見下ろして、まだ粗い息を吐いている七夜が囁く。

 「……月のない夜には妖が出る。
  だが、真か嘘か見分ける術を一つ教えてやろう。
  迷う時は、今しがたのように肌を晒し、はしたなく脚を開いてねだるがいい。
  犯してください、とな。
  そうすれば、おまえの知る偽善者は最初に一つ戸惑うだろう。
  それが真実だ。もしも欺かれたなら――――オマエはまた今夜を繰り返す」

  頬を伝い落ちる白濁の熱さに震えながら、シオンは何も言葉を返せない。
  口を開く力も残っていない。
  瞼が、じわじわと重みを増してくる。
  疲れ果て汚され尽くしたその姿を眺めて、七夜は穏やかに言った。

 「眠るがいい、出来損ないの吸血鬼。いつか本物に成れたなら殺してやろう。
  次の夜があるなら、また逢うだろう」

  主が飼い猫に与える優しさの色だった。
  そうして振り返らず、蜘蛛は夜の闇に消えていった。
  シオンの意識もまた、空と同じ深い闇色に没した。


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 「昨日は一体どうしたんだ? 三時間近く待ってたけど、来る気配がないんで
  偵察がてらに一晩中探し回ってたんだぞ」
 「すいません……少し、体調が優れなくて」

  他愛もない虚構を口にして、シオンは言葉を濁す。
  今夜もまた志貴と二人、神殿(シュライン)の下で語らう。
  ――――けれど、目の前でおどける志貴がホンモノかどうか迷っている。
  
 「え、そりゃ気付かなかった。調子悪いなら、今夜は俺一人で探そうか?」

  そんな優しい言葉も、昨日の狂おしい夜を喚起(ヨビオ)こす。
  迷う、迷う。
  彼は遠野志貴か?  カレは七夜志貴か?
  これは現実か?   コレは虚構か?
  ……わから、ない。カラダが熱くて、ワカラナイ。
  シオンの足がもじもじと踊りはじめる。

 「は、っ――――」

  シオンが言葉を濁すのは、欺いている後ろめたさからばかりではない。
  震える声が、熱い吐息が、気付かれないか心配で。
  スカートの奥、内股を伝う幾筋もの雫が心配で。
  欲情している自分に気付かれ、軽蔑されてしまいそうな焦燥で、気が狂いそうだった。

  結局、昨夜は一睡もできなかった。
  目を閉じればアノ快楽の海が思い出されて、身体中が疼いて。
  殊更に貫かれ、異性の巨大さと熱を知った淫裂は、その空虚を満たしてほしいと、
  シオンの意思とは無関係に愛液を溢れさせた。
  おかげで下着はまるで役に立たないから、
 (それとも答えを確かめたいから、)
  昨日と同じに、夜風が直接に身体を撫でつける。
  ふらりと、なにかに突き動かされるように、シオンの影が動いた。

 「志貴――――」
 「ん? どうした、まだ厳しそうかい?」

  首を傾げる志貴のはるか頭上に、
  ――――ああ、今夜は大きな月が、明々と闇の世界を照らしている。
  でも。
  シオンはふるりと頭を振る。

  カラダは熱くて、アタマは真っ白で。熱く白くなりたくて。
  アナタがホンモノか、確かめたいのです。
  熱病に冒されたようなとろんとした表情で、シオンはゆっくりと志貴に歩み寄る。
  その手が、するすると、内の熱さを隠し切れなくなってきたスカートを抓んで。
  じわり、じわりと、濡れそぼった腿を、その付け根までを、晒して。
  滑らかで、湧き立つように淫らな脚が蕾の開花のようにゆるゆると開く。
  そうして蝶は、美しいその羽を蜘蛛に捧げ、ウソとマコトを別つ呪文を紡いだ。
  
 「志貴、私を――――――」

  ――――その蜘蛛の真名(マナ)は、誰にもわからない。


                         【I'm A Hungry Spider
                          You're Beautiful Butterfly...】




【後記】
     Q:陵辱、好きですか?
     A:あたぼうよ。