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  薄明かりの下、志貴の背を追って歩きながら、シオンは首を傾げる。
  几帳面に区画された樹木に、古びた木造りのベンチ。
  空き缶に吸殻、包装紙で溢れ返った屑入れ。
  そして、幼児たちの憩いである玩具の群れ。
  それらが構成する"公園"という小世界も、深夜には静かに死している。
  死したその世界を、シオンは志貴と歩いている。

 「志貴、本当にこんな場所に真祖の姫君が来ているのですか?」

  もう何度か繰り返した問いかけだというのに、志貴は振り向きもせず答えない。
  シュラインで”心当たりがある”と言ったきり、シオンの前を黙々と進んで
  ここへ導いてきたのだ。
  シオンにしても一度志貴を疑った後ろめたさがあり、得心の行かない部分は
  ありながらも、強く問い質せないままに後をついてきた。
  だが、シオンにはある種の確信がある。
  真祖の姫アルクェイド=ブリュンスタッドは、この場には存在しない――と。

 (彼女ほどの傑物が近くにいれば、エーテライトが確実に気配を捕捉している。
  だというのに、この公園の外周をほぼ回り尽くしても反応は無し。
  90%以上の確立でこの場に姫君はいないはず。しかし――――)

  それでは志貴が嘘をついていることになる。
  何のために? 何の得がある?
  第一、自分はまた志貴を疑うのか?
  論理的に思考する上で疑問が生じるのであれば、そこには何らかの根拠がある。
  即ち、疑うに足る理由があるわけだが――何故、それを認めようとしないのか。
  疑ってしまうのが嫌なのか。
  何故、志貴は自分を非論理的にするのだろうか。
  没頭しかけた時、やはりシオンに振り返ることはせず、志貴が立ち止まった。
  目の前に真新しいジャングルジムがぽつんと立っている。

 「ふむ。やはり――――コレだな」
 「え?」

  そんな間の抜けた声を上げた瞬間、シオンは強烈な力で前のめりに引き摺られる。
  続け様に、がちゃりと金属質の音。

 「きゃっ……」

  顔からジャングルジムに突っ込みそうになるのを何とか踏み止まって、シオンは
  わけも分からないまま志貴の姿を追う。
  目の前には鉄造りの山があるだけ。では背後?
  すかさず振り返ろうとしたが、

 「う、あっ……!」

  鈍い音がして、身体が前に引き戻されると同時、手首に鋭い痛み。
  戻した目は見開かれていただろう。
  そこには、剣の肌を思わせる美しい銀の輪が――手錠と呼ばれる拘束具が
  シオンをジャングルジムへと縛りつける姿があった。

 「なっ……! し、志貴、これは一体なんの真似ですか!!」

  シオンの怒声に、しかし背中から聞こえてきた声は嘲りの笑みを含んでいた。
 
 「志貴!」
 「――――黙れ、吸血鬼。お前からは血に飢えた卑しい匂いがする」
 「っ――――!」

  凍土の果てから聞こえてくるような冷たく突き放した声に、シオンは身震いする。
  こんな志貴の声を聞いたことがない。
  いや、一度だけ。初めて会った夜に彼女の話をした、ほんの一瞬。
  これと同じ声で、志貴はシオンを責めた。
  
 「まさか――――」

  志貴は今、なんと言った?
  血に飢えた吸血鬼と、そう言わなかったか?
  その意味と志貴の変貌に、シオンは心底から戦慄する。
  志貴の旧姓――七夜とは退魔という特殊な血族においてなお特殊で、異端である。
  遠野志貴は、現在のところその唯一の継承者であり、彼にも例外なく――否、
  とりわけ強く退魔の血は発現している。
  即ち、魔なるモノに対して、強力な破壊衝動を顕現する血の流れを。
  そして、彼の衝動は今、紛れもなくシオンに向けられている。

 「……彼が反応するほど、この身体はもうタタリに近いというの……」

  絶望に、身体から力が汗のように抜け落ちていく。
  項垂れたシオンへ、ゆっくりと志貴の足音が近づく。

 「先ずは、その戯言を封ずるとするか」

  志貴は邪悪な笑みを浮かべ、シオンのお下げを掴んで無理矢理に顔を上げさせると、
  ――――おもむろに、その唇を略奪した。

 「んんッ……!」

  呼吸を塞がれ、おまけに舌で口内を滅茶苦茶に掻き回されて、
  シオンは目を白黒させながら頭を暴れさせる。
  生暖かい唾液が流れ込んできて、それを志貴の舌がくちゃくちゃと辺り構わず
  擦りつけてくる。
  肉と肉が擦れあう柔らかでぬかるんだ感触。
  ぴちゃぴちゃと唾液が跳ねる音で、鼓膜が汚される。
  呼吸器の制圧という意味を越える勢いで、シオンの意識は急速に侵蝕される。
 
 「ふ―――ぅっ、む……」
 「ん――――んッ、むぅぅっ……!」

  圧倒的な熱に身体を溶かされながら、シオンはつとめて冷静な打開策を検索する。
  志貴は、完全に七夜の血に意識を染められている。
  それは仕方のないことだ。
  シオンの身体には、彼の一族が忌む魔の血が紛れもなく息づいている。
  退魔が魔を断つは必然。
  魔は世の歪み。正常ならざるモノは排斥されねばならない。
  だが、しかし。

 (今はまだ、貴方に討たれるわけにはいかない……!)

  タタリを。この街に巣食う歪みを討つまでは、殺されてはやれない。
  確かな決意で、シオンは口内を蹂躙する志貴の舌へ噛み付いた。

 「むっ――――!」

  志貴が呻いて、シオンは咄嗟に身を離そうとしたが――――
  その顔は痛みに歪むどころか、獲物を見据えた猛獣のように嬉々と輝いていた。
  異様な喜色の意味を、シオンもすぐに知ることとなった。

 「ん、ふぅッ……」

  シオンの瞳が、とろんと水を差したように潤みを帯びる。
  いや、違う。カラダが潤んでいるのだ。
  噛み裂いた舌、こそげた皮膚の奥から滴るアツイアマイ蜜で、
  身も心もねっとりと溶かされていく。
  その妙味。忌避しつづけたアダムの果汁。
  鮮血を口にしてしまったのだと知って、シオンはかつてのイヴほどにも
  激しく狼狽した。
  自分の躰が、これほど鮮血に歓喜している背徳を自覚して。

 「俺の血は美味いか、吸血鬼?」

  顔を離して、志貴は傷ついた舌から指でねっとりと自らの血を拭う。
  唇の端に垂れた紅い糸を見て、シオンはぶるりと身を震わせる。
  ……熱い。松明を骨に突き刺されたような錯覚。
  たった数滴の鮮血を喉に触れさせただけで、全身がかっかと灼けつくようだ。
  熱がすべてを溶かしていく。意識も感覚も、ネコソギにモロトモに。
  思考が。冷静な思考が。断絶することなき叡智が。
  シオンを構成する上で欠けてはならないものが、無残に 
                           クズレ
                              オチル
  
 「うぁ――あっ、あく……はぁっ……」

  拘束された両腕に縋るようにして、シオンは鉛のように重くなった頭を支える。
  この熱さは尋常じゃない。
  それもただ熱を発しているのでなく、全身にある種の強烈な欲望を植えつけている。
  乳房が、下腹が、臀部が、生殖器が、びりびりと痺れて、焼け落ちそうになる。
  痒みにも似た切なく狂おしい渇望は、一秒の間にも爆発的に増殖する。

 「あんっ――くぅ――はっ、うぅッ……」

  誰かに触れてほしい、無茶苦茶に探り回してほしいなどと、浅ましい思考が涌く。
  呼吸が荒い。体温の上昇は止まらない。はしたない発想には果てがない。
  ――――欲情している。そうシオンは結論する。
  この艶めいた発熱は、盛りのついた猫と同じ原始の衝動。
  シオンという躍動する肉は、異性との性的接触を強烈に、熱烈に、渇望している。
  目の前の、暴走した志貴にさえ――――

 「あぅぅぅッ……!」

  馬鹿げた、無益な、不合理な衝動。
  その愚行を――愚想を抑えこむのに神経の最先端までを総員しているから、
  こんなに頭が重い。
  はぁはぁと火のような吐息を漏らすシオンを見下し、志貴は嗜虐心を剥き出しに笑う。

 「さて――――舌を噛んでくれたな。一つ返礼をしてやろうか」

  志貴はひたひたとジャングルジムに近付き、膝を折って地面を弄る。
  拾い上げて砂を払ったのは、シオンが手錠に繋がれた時に落としたエーテライト。
  それを指で弄びながら、ふらふらとまたシオンの視界から消える。
  足音は、ちょうどシオンの背後で止まった。

 「糸使いとしての手練はオマエのほうが上だろうが、俺にも多少は操れる。
  例えば、このようにな」

  志貴の腕が虚空を薙ぎ、鋭い鳴動が空気を切り裂く。

 「っ――――!」

  右の腿に激しい熱と痛みを感じて、シオンは悲鳴を噛み殺す。
  肌を水滴が滑る感触を知覚し、出血したと理解する。

 「斬糸、とでも呼ぶのか。然るべき速度で武装したならば、糸はいと細き剣と化す」

  高速で放ったエーテライトは鋭い刃と化し、シオンのオーバーニーと腿の肉を
  僅かに引き裂いていった。
  つい先程志貴から略奪した以上の血が、シオンから滴り出ていく。
  志貴はゆっくりと屈み込むと、鮮血の滴るシオンの白い腿に乱暴に舌を押し付ける。

 「ひぁっ……!」

  ぴたりと覆い被さった柔肉が、垂れかけた血の筋をなぞるように、蛇の動きで
  ずるりと這い登る。
  紅い線を慈しむように、或いは責め立てるように、何度も、何度も舌が触れる。
  
 「うぁ――あッ、んッ……、は、あぁぁっ……!」

  志貴はぴちゃぴちゃとミルクを啜る犬のようにシオンの脚の間で蠢き、
  傷口に唾液を擦りつけ、染み出す鮮血を啜りとる。
  ともすれば、まるで志貴のほうが吸血鬼の様相だった。
  ぬめりを帯びた舌先が股の内側へ滑る度、シオンはぞくぞくするような快感で
  躰を震えさせた。

 「奪うはずの血を奪われてさぞ歯噛みしているかと思えば、なんとも腑抜けた面だ。
  命を繋ぐよりも刹那の肉欲に溺れるか。なんとも――――浅ましい、牝」

  頬は林檎のように紅潮し、瞳からは理性の光が消えかけたシオンの顔を眺め、
  志貴は吐き捨てるような嘲りを浴びせる。
  敢えて女と呼ばず牝としたのは、極上の皮肉だ。
  
 「血よりも身の程のモノをくれてやる。歓喜の嬌声(コエ)を上げてみせろ」

  志貴は再びシオンの前方に移動すると、ジャングルジムの小脇に腰掛けて
  不意にシオンの後頭部を鷲掴みにする。

 「なに、を――――」

  抵抗の声を上げきらないうちに、シオンは頭から前に引き摺られて体勢を崩した。
  腰掛けた志貴の腹に、顔から思い切り倒れこむ。
  いや、実際には腹よりももう少し下――――そこで、何かがびくりと躍動した。
  鼻面を押し付けた志貴のズボン、その更に内側で生き物のように暴れる器官の正体は、
  人体構造を熟知するシオンに分からないはずもなかった。
  男性器。それも興奮によって極度に膨張し硬化している。
  硬直するシオンの鼻先で、志貴はバナナの皮でも剥くようにズボンのファスナーを
  下ろし、柱の如くに屹立したペニスを取り出してみせた。

 「きゃっ……!」

  情報としては保持しているものの、実際にそれと触れる機会はなかった。
  それだけに、逞しく勃起した男性器のグロテスクさに、シオンは身を固くする。
 
 「なんともはや、可愛らしい声で鳴くじゃないか。
  だがな、俺は歌が聴きたいんじゃない。
  コイツの世話をしてくれと――そう言っている」
 「っ……や、やめっ――――!」

  志貴は咄嗟に首を引っ込めるシオンを押さえつけ、

 「そら、ご馳走だ」

  赤黒く膨らんだ亀頭で唇を割り、そのまま杭を打つようにずるりとペニスを
  口に飲み込ませる。

 「んんんッ……!」

  巨大な質量に口内を侵され、シオンは空気の逃げ場を求めてばたばたと頭を
  暴れさせる。
  ペニスは歪に膨らみ、曲がりくねって、むわりとした性臭にまた意識が弛む。
  そして、生物の器官とは思えないくらいに熱い。
  初めて目に――いや、口にするその存在感に圧倒される。

 「遠慮は要らん。たっぷりと味わえ」

  志貴は亀頭のくびれまでを含ませると、両手でシオンの頭を掴んで振り子のように
  揺さ振りはじめる。
  唇に擦られ、口内でたっぷりと唾液に浸され、舌とぶつかって、ペニスが荒々しく
  シオンを蹂躙していく。
  亀頭を槍のように出して喉を突き、逃げ場を失った舌にずるずると押し付ける。
  痛々しいほど張り詰めたペニスは、先端から薄白い腺液を滴らせ、その飛沫を
  シオンの口内に降り注ぐ。

 (っ、これは……、なに……? 苦くて、おかしな味……
  それに――このにおい。頭が、ぐらぐら……し、て……)

  また意識が薄れるのを感じながら、その一方でシオンは必死に理性で警告する。
  このままでは拙い。抗えず、堕ちていってしまう。
  どうしようと迷うより決定し、行動せよ。
  もう一度、アレを――――

 「っ――――」
 「ほう、また歯を立てるのか? やってみるがいい。
  この魔羅を食い千切ってみろ。お前の好きなモノが吸えるぞ」

  必死の決意は、愉快げな志貴の笑い声で掻き消される。
  声色で、シオンにははっきりと解かってしまった。
  志貴は、まったく本気でペニスを食い千切れと唆している。
  そんな事をすれば、今度こそシオンが鮮血に狂ってしまうと知っているから。
  淫らに、淫らに、淫らに。
  千切れかけぶら下がった肉の柱さえ、唇を寄せ舌を躍らせて貪る。
  そんな未来があると知っているから。
  ――――それを幻視して、シオンは異腑のすべてを戻してしまいそうになった。
  歯を立てることなど、出来るはずもなかった。
  シオンがぐったりと項垂れ、抵抗しなくなると、志貴はつまらなそうに鼻を鳴らす。

 「立てられない牙、貫けぬ覚悟なら初めから持とうと思うな。
  軟弱者は、隷属に快楽していればいい」

  志貴の言葉もシオンにはどこか遠い。
  息苦しさ、頭を悩ませる無数のコトバたちが遠ざかったかと思うと、
  これまで必死に押し殺していた快楽の受信が顕在化する。
  相変わらず身体中が痺れるようで、胸の先や脚の間が熱く疼いて堪らない。
  頭はぼやけているのに、与えられる感覚に対しては異常なくらい敏感だ。
  口へ突き入れられた志貴のペニス、そこから染み出す生臭い匂いにさえ、
  全身がかっと発熱してしまう。

 「んぅ――むっ、あぅ……ンッ、んふっ……」

  志貴はペニスを巧みに操ってシオンの舌を探り当て、それを捉えるとシオンの頭を
  リズミカルに前後へ動かしていく。
  動作は啄木鳥が樹木を突付くように美しく滑らかで、傍目から見ればシオンが
  志貴へと熱心な口腔奉仕をしているととれただろう。
  だが、これはあくまで志貴が主体の、志貴によって強制された奉仕だ。
  ずりゅ、ずりゅといやらしい音を立てて滑る唇も、
  ペニスを押し退けているのか、愛撫しているのかもわからない舌も、
  時折零される苦味を帯びたものを飲みくだす喉も、すべて。

 「そうだ……もっと強く舌を使え。立てたければ、歯を立てても構わない」

  後者の皮肉をおぼろげに理解しながら、シオンは前者の命令にぼんやりと従う。
  口内で舌を突き出し、飛び込んでくるペニスの先をちろちろと撫でる。
  たっぷりと染み出した腺液が、未だに慣れない男の味を伝わせる。
  ……なんでこんなコトをしているのか、わからないけれど。
  歯を立てるのは最も恐ろしいことだとまだ覚えていたから、それ以外をする。
  
 「は――――んっ……むぅ、ふっ――ンむ、ぁ……」
 「結構……では、そろそろ褒美をくれてやろうか」

  志貴は律動のリズムを次第に早めて、叩きつけんばかりの勢いで何度もシオンに
  ペニスを含ませては引き戻す。
  シオンの唇から飲み込まずに溢れた唾液が零れ、それが激しく前後するペニスと
  ぶつかり合ってぴちゃぴちゃと水音が立つ。
  シオンは、その暴力的でさえある口淫の最中で、舌での愛撫――胡乱な頭に
  ただ一つ残ったロジック――を忠実に実行しつづける。
  鈴口を甘くくすぐり、雁の溝をさわさわと撫で、竿を熱っぽく擦る。
  それに呼応するように、志貴の動きも激しく極まっていく。
  ジャングルジムから腰を起こし、シオンに密着してしつこく腰を打ちつける。
  ずる、ずる、ずる
  唇とペニスの擦れあう音が断続的に高まっていく。
  志貴の呼吸も荒ぶり、主の歓喜を受け取った性器がシオンの口内で暴れる。

 「ん――んッ……、あ、ンぅ、むぅぅっ――――!」

  呼吸もままならず、シオンはいつしか奉仕に没頭する。
  志貴が果てるのが先か、自分が窒息するのが先か。
  どちらにせよ、頭の中で今考えられるのは自分のしている行為だけだった。
  子供が飴に戯れるような無邪気さと熱心さで、爆発寸前の男根へ奉仕する。
  その、羞恥も遠慮も捨て去った艶麗なる仕草に、志貴は満足して、

 「くれて、やる……飲み乾せッ――――!」

  シオンの頭を抱え込むようにして股間に押し付け、そのまま勢いの限りに
  ペニスから白濁を迸らせた。
  どくどくと、白い洪水がシオンの喉に流れ落ちていく。

 「んんッ……んッ、むっ、ンぅ――――」

  もともと頭を押さえられたシオンに選択の余地などなく、呼吸を確保するために
  口内に溢れたザーメンを残らず飲み下すしかなかった。
  どろりとゼリー状に凝った大量の粘液を、噎せないようにじわじわと嚥下する。
  
 (――――やっぱり、にがい……でも、さっき、よりは……)

  先端にこびりついた残滓を舌で拭わせてから、漸く志貴はペニスを引き抜いた。
  血が昂ぶっているせいか、かなり射精をした後だというのに肉の棒はまるで
  萎える気配すらない。
  志貴は、物足りないとでも言いたげにびくびくと痙攣する亀頭を、
  リップを塗るようにもう一度シオンの唇で撫でる。
  
 「ん……ぁッ、志、貴……」

  ペニスに色濃く残った性の香りを間近で浴びて、シオンは弱々しく喘ぎを漏らす。
  二つの瞳は、完全に熱の霞が理性を払拭していた。
  これほどまでに思考を侵食されたことは一度もなかった。
  そう追憶することもできないほどに、頭が志貴のザーメンと同じ白色に染められている。
  
 「フン……体液には変わりないが、どうやら鮮血よりは気に召したと見える。
  そんなにもの欲しそうな顔をせずとも、とどめは刺してやろうさ」

  そうして、志貴はまたシオンの背後へと移動する。
  
 「さて……」

  志貴の側から見ると、両腕をジャングルジムに繋がれたまま力なく頭を垂らした
  シオンはまるで尻を突き出すような姿勢になる。
  ただでさえ短いスカートからむっちりと肉厚の太股と下着の端が覗いて、
  官能的な光景に志貴の欲望も高まる。
  そう、激しい行為を重ねて志貴もまたひどく昂ぶっている。
  猛獣じみた呼気を吐き出しながら、首にも頬にも珠のような汗が光る。
  ぎらぎらと目を血走らせ、唇を湿らせた唾液の残滓をぴちゃりと拭って、
  志貴はおもむろにシオンのスカートへ片手を突っ込む。
  そのまま下着を掴んで、引き裂かんばかりの勢いで思い切り膝辺りまで引き摺り下ろす。

 「ああッ……」

  最も隠秘すべき部分をあられもなく晒され、それでも成す術もなくて、シオンは
  羞恥と無力感にぶるぶると戦慄する。
  夜の闇に乗って流れてくる鋭い冷気が剥きだしの尻や秘所を撫でて、その刺激に
  また身体が灼熱する。
  ――――脚の間を、ねっとりとした雫が伝い落ちる。

 「ん……んっ、はぁっ……」

  もじもじと脚を擦り合わせるシオンの背中で、志貴は人差し指を唾液にくちゃくちゃと
  濡らして、それを月明かりに照らして確かめる。
  志貴は納得したように一度頷くと、蠢くシオンの股下に腕を潜らせて、
  抉り上げるように深々と指を秘裂に侵入させた。

 「あ――――っ、ん、アっ、あぁぁ、っ……!」

  指は柔らかく弛緩した肉壁にずるりと吸い込まれ、難なくシオンの内部へと入り込む。
  志貴は、くちくちと指を左右に動かして襞を広げながら、奥へ奥へと進む。
  適当に進んだ所で動きが止まり、指先が何かを確かめるように蠢く。

 「ふむ……やはり生娘か。それにしてはまあ、随分とはしたなく濡らしたものだ。
  これなら存分に使ってやれるな」

  志貴は生暖かい蜜に濡れた指を引き抜き、未だ余韻に震えるシオンの腰に両手を
  添えて身を寄せていく。
  ゆらゆらと蠢く亀頭が、客引きの娼婦の淫らさでひくつく秘裂に伸びる。
  ――そして、二つがぬるりと重なった。
  
 「あ……、んッ、あっ……入っ、てッ――――!」

  指を受け入れたのと同じか、或いはそれ以上の滑らかさと熱心さで、シオンの膣は
  志貴のペニスを受け入れた。
  予想以上に強張りはなく、志貴は一気に腰を進めてシオンの最深を守る儚い膜に
  辿り着く。
  そして、一片の容赦もなくソレを貫通した。
      一片の容赦もなくソレを姦通した。

 「ひ、ぁっ――――!」

  あまりにも感覚的すぎる破瓜の痛みが、シオンに喪失していた自我を呼び戻す。
  脚の間に走る焼けるような感覚に悶えながら、シオンは迅速に現状を理解する。
  ……いや、理解、しようとする。
  そして、自分が志貴に組み敷かれ、性器で貫かれているという現実を認識する。
  
 「〜〜〜っ―――――!」

  せっかく取り戻した意識がまた吹き飛びそうになる。
  口に含んだ熱く逞しい肉柱。
  あれが自分のカラダを割り、肉の内側から激しく侵蝕している。
  男女の性器を用いた交渉――――セックスというソレをシオンは識っているけれど、
  自ら実践してみればそれはなんと途方もなく淫らで、熱く、気恥ずかしいのか。
  
 「やめて、志貴……! これ以上は、いけ、ないっ……!」
 「戯言はよせよ。これ以上をこそ、オマエは望んでいたんだろうが――――売女!」

  志貴はまったく取り合わず、シオンのくびれた腰に両手を添えて叩きつけるように
  律動を開始する。
  志貴の腰とシオンの尻が擦れ合って、ぱん、ぱんと渇いた音を響かせる。
  そのたびに、シオンは身体の奥にまで打ちつけられるような快感で攻撃される。

 「んぁ、あッ……あッ、あぁっ――――!」

  破瓜を経験したばかりでまだ痛みのほうが強く、シオンは鞭打たれる羊のように
  切なげな声を上げる。
  だが、鮮血によって艶火(ツヤビ)を灯された人でなしのカラダは、その苦痛にさえ
  どこかで歓喜を覚えていた。
  喜色が、じわじわと、麻薬が染みるように、シオンから痛みを奪う。
  痛みが消えれば、息を吹き返した理性もまた冥府へ引き摺られる。
  ナニモ、かんがえ、られ、なく、なって、くる。
  シオンの中の、シオンが嫌悪して止まない部分が、痛みの代わりに甘い痺れを寄越す。
  もっと快楽しろ。もっと悶絶しろ。絶頂(ヨロコビ)の嬌声(ウタ)を奏でろと。
  足ががくがくと震えて、立っていられなくなりそうだ。
  開いた唇から、地面に唾液の糸が落ちた。
  たった数瞬で、痛みなど頭の何処からも消えてしまった。

 「そうだ……もっと鳴け。穴だけでは不足だ。その顔で、声で、姿で、魂で。
  すべてを尽くして愉しませろ」
 「わた、しはっ……んッ、あ――――ぅッ……」
 「なんだ? 聞こえない」

  か細い声で、けれどシオンは訴えるように紡いだ。

 「わた――しは、売女では、ありませんっ……」
 「くくッ――――――」

  心魂を込めた抗いを、志貴は倣岸な一笑に付して潰す。
  だが、続いたのは辛辣な叱責ではなく、さらに粘るようなペニスでの蹂躙だ。
  快楽を求める本能がシオンに体液を分泌させ、しとどに濡れた膣内をペニスが
  槍のように突き進んでいく。
  ずるずると膣の内側を擦られるたび、シオンはぴんと背筋を反らして甲高く喘ぐ。

 「うぁ、あ……あぅっ、あっ、ン―――――はぁぁッ……!」

  最早、溢れ出す歓喜の叫びを止められるはずもなかった。
  弱々しく痙攣する膝を懸命に支えながら、泥のように溶けていく意識を食い止める。
  それで精一杯。快楽に抗う余裕など何処にも残っていない。
  留まることを知らずに甘く高まる自分の声に、シオンは耳までを真紅に染める。
  志貴が覆い被さるようにしてシオンの背中に張り付き、赤みを帯びたうなじに
  ねっとりと舌を滑らせる。

 「あっ……、くぅ……志、貴っ……」

  捕らわれた腕を暴れさせ、必死に抗おうとするシオン。
  しかしソレは悲しいほどに無力で。
  唇を裂けんばかりに歪めてシオンの背に張り付く志貴は、まるで糸に捕らえた蝶を
  今まさに食らわんとする毒蜘蛛のような禍々しさを魅せていた。
  蜘蛛は、きちきちと牙を軋ませて嘲るように嗤う。
  いや、露骨に嘲っている。
  
 「艶めいた心地好い声だ。欲望に満ち満ち餓えた女の声だ。
  オマエが売女でないのなら――――教えてくれよ。
  これほど無残に汚されて、何故そんな声が出せる?
  学者先生は乱暴なのがお好みか?
  紅頭巾は大団円より狼に組み敷かれて終わりたいのか?」
 「やめ、て……」
 
  激しく言葉に打ち据えられ、シオンはかすかに頭を振って懇願する。
  しかし、荒ぶる蜘蛛は止まれない。止まるつもりも、ない。
 
 「認めてしまえ。オマエは紛れもなく快楽している。
  この先が欲しいんだよ。だってそうだろう?
  二度目の血は拒んだのに、俺が吐き出したモノは残らず飲み乾したんだからな」
 「っ――――!」

  そして、志貴も容赦を捨てた。
  いや、初めから容赦などしていなかったのか。
  兎も角、陵辱は一層にその激しさを増した。

 「っあ――――、はっ、あっ、ぁ――んんッ……!」

  志貴は両手でシオンの腹を抱え込むようにして密着し、大きく開かせた脚の間に
  灼熱したペニスを何度も突き入れる。
  じゅぶ、じゅぶと露骨すぎる水音が弾けて、熱い蜜に濡れたシオンの秘唇が
  ひくひくと妖しく揺れる。
  亀裂を押し広げて、激しく脈打った志貴の男根がシオンの中に飲み込まれては現れる。
  シオンには、もう反抗の声を上げる余力さえ残っていなかった。
  ただ、洪水のように下腹に増幅していく熱い疼きをいつまで堪えられるのか、
  そんな理由の見えない焦りと必死に戦っていた。

 「そら、そぉら――――!」

  志貴が楽しげに吠え、直線的で激しかった腰の動きを唐突に変化させる。
  ずるずると焦らすように緩慢に竿を引き抜き、
  かと思えば狂ったかのように根本までを何度も突き入れ、
  すっぽりと収まったペニスを筆のように不規則に動かして膣内を弄ぶ。
  
 「んっ、志――貴ッ、だめ――――やッ、い……あぁっ――――!」

  不規則に次々と畳み掛けてくる手管に、シオンは身体が蝋燭のようにどろどろと
  溶け落ちていくような錯覚に包まれた。
  手足の感覚はほとんどないのに。
  服の上から荒々しく撫で回される胸や、
  痛いくらいに激しく弾けあう尻や、
  なにより、志貴を受け容れつづける膣には、
  シオンそのものを蜜に変えてしまいそうなほど熱くて粘った快楽が、今も増えつづける。
  思考が、完全に静止している。
  考えることができないなら、ここには女の肉と感覚が取り残されているだけだ。
  ならば。お願いだから。
  一刻も早く、今すぐにでも、この狂った熱を終わらせて――――!

 「あ、ッ――――――?」

  声が志貴に届いたのか。
  シオンを犯しつづけていたペニスの動きが、前触れなくぴたりと止まった。
  久方ぶりにまともな呼吸を許されて、シオンは喘ぎ喘ぎに背中の志貴を窺う。

 「志、貴……」
 「――――すぐ近くで、足音がした」
 「っ――――!?」

  衝撃に、シオンが息を詰まらせる。
  弛緩しきっていた全身に新鮮な緊張が走る。
  すぐさま聴覚を最大に展開して、周囲の物音に耳を立てる。
  ――――聞こえる。
  不規則で頼りない、靴の裏が地面を擦る音。
  95%以上の確立で、泥酔している。
  靴音の間隔から歩幅、身長までを逆算すると、四十代近い男性。
  深夜の公園をふらつく酔っ払いといったところか。
  だが、相手が素面だろうが酔っていようが、このような痴態を他人に
  観察されるなどということは、シオンにとって驚天動地の事件だ。
  無意識に、シオンは唇を噛んで息を潜める。

 「どうした? 折角の観客だ、とっくりと披露してやればいい」

  意地悪に笑って、志貴はゆらゆらとペニスを再び揺り動かす。

 「んぅ――――っ、ぁ……っン……!」

  びっしょりと濡れた膣の中で再びペニスが暴れだし、同時にシオンの快楽も
  再始動する。
  つるりとくびれた亀頭が、カラダの奥の奥を熱心に愛撫してくる。
  その先で、じわじわと膨らんでいく蕾を、無遠慮に突付いてくる。
  ソレが、その快感が、絶望的に耐え難くて、

 「ぁ――ふぅっ、んッ、ぁんッ……ぅン、んっ――――!」

  いっそ死んで解放されるのが楽だと思えるほど、キモチガイイ。
  なんて甘美な苦痛。
  耐えられない。耐えられない。声を上げて、悦ばずにいられない。
  駄目、だめ、ダメ、
  もう、堰き止めるものが何もない。
  足音はまだ消えない。
  今、ふしだらな悲鳴を上げたら、彼はこちらを見るだろう。
  穴が開くくらいに、蕩けたシオンの姿を視姦するだろう。
  なのに。
  ――――もう、喉まで込み上げている甘いこの声を、抑えられない。
  
 「……なかなか強情だな。だが、愚鈍だ。まだ気付かないか」

  意味の見えない言葉が耳に届いたかと思うと、シオンの眼前に志貴の右手が
  伸びてくる。
  嬌声が喉を這い登ってきていたシオンは、形振り構わずに首を伸ばして
  手近な位置にあった人差し指にむしゃぶりついた。
  同時に、下腹で軽く快感が破裂する。

 「ん、っ――――! ン……ふっ、ふぁ……は、っ……!」

  さながらペニスに奉仕するような妖艶さで志貴の指に舌と唾液を絡め、
  その中でシオンは嬌声を溶かし消した。
  ぐらつく頭の隅に、あの足音がゆっくりと遠ざかっていくのが聞こえる。
  志貴は中指もシオンの口に飲み込ませ、二本の指でシオンの舌を挟んで
  唾液を塗りつける。

 「んぅ、――――ぁッ……」

  漸く引き抜かれた指は、シオンの眼前で人工的な寂光を受けててらてらと輝き、
  唾液が細い糸を引いて粘っていた。
  それをぼんやりと眺めるシオンに、身体の動きを止めたままで志貴が不意に囁いた。

 「噂話を聞いたことがあるか? 
  今夜のような月のない夜には、人を欺き誑かす妖(バケモノ)が出る――とな」

  声は、得体の知れない冷気と悪意に満ちていた。




                                      《つづく》